「きばっど!網界本格焼酎党」

浅草の穏やかな夜


「いや、年だね。若い連中にうるさがられてね〜」
J氏がつぶやいた。

中堅の広告会社で企画室の業務リーダーをつとめるJ氏のデスクに、新年会の幹事をおっつけられた若者がメニュー書きを持ってやってきたのだという。
その若者はF君といって横浜育ちの二年生。先輩から、「あのおやじ、焼酎にはうるさいからね。店を決める前に確認しておいたほうがいいよ」と言われてやってきたのだそうな。

焼酎なんていまどき何処にだって置いてあるじゃん、うんちくオヤジって、うざいね、やだね〜、そうF君の顔に書いてあったらしい。正直な若者だが広告会社の営業には向かない。

J氏はF君がインターネットのグルメサイトからダウンロードしたメニューを一瞥した。マボロシといわれる銘柄を中心にずらりと揃っている。
「Jさん、この店でいいっすよね(文句ないだろ?)」J氏がその紙をF君に返すと「んじゃあ、そういうことで」とF君は帰っていった。二時間のコースで飲み放題と書いてあったのをJ氏はもちろん見逃していない。

「その若いの、ほんとに二年生?」とHチャンが聞いた。「呑み放題の酒って店の指定銘柄に決まってるじゃない」デザイン会社に勤めるHチャン、そろそろアートディレクターの名刺が照れずにだせるようになった。
「まあ、大メーカーの流通銘柄か、よくてPBだな」赤坂のテレビ局のプロデューサー、Kクンが百合の原酒をショットグラスで啜りながら言った。
「それでJさん、新年会はそん店でやったと?」O嬢がカタチのいい口をすこし尖らせて聞いた。池袋の印刷会社でデジタルソリューション全般を管理する部署に昨年から配属されているO嬢、川内市の出身だ。最終的ソリューションは、やっぱ芋焼酎よ!というのが口癖で同僚たちを煙に巻いている。

「うん」若い幹事の顔をつぶしても仕方ないし、だまって二時間を過したのさとJ氏が苦笑いした。

繁華街から外れた思いがけず静かな下町の一角。
しもた屋風の店が並ぶ浅草。観音様の裏手にオープンしたばかりの居酒屋だ。さきほどまで強くガラス戸を鳴らしていた風雨もようやくおさまったらしい。引き戸の外に縄のれんがかすかに揺れている。
「それで、焼酎はあったの?」O嬢が土瓶を持ち上げてKクンにすすめた。中身は「萬膳庵」だ。Kクンが、「へ、へへ」と嬉しそうに杯を手にとって「これから雪になるかな」と余計なことを言った。

「焼酎はあったよ。店の入り口にね。からっぽのビンがずらりと並んでいた。プレミア焼酎ばかり。メニューにはもっとたくさんの銘柄名が書いてあったけれど・・・」
「ふん」とO嬢がJ氏をさえぎって言った。「実際には置いてない焼酎ばっかじゃなかったね?そいに、店ん衆(し)が焼酎を知らんとでしょ?」
J氏が語ったところでは、お湯割の濃度も量も温度も出鱈目だったそうな。二時間ビールを飲んで店を出て、カラオケだとわめく若い連中と別れていつもの焼酎居酒屋で口直ししたのだった。
「このごろそげんな店がおおかのよねえ」O嬢がつぶやいた。「だから、うちでは宴会は全部、あたいが幹事をしちょっとよ」
それは・・・とほかのメンバーが口を開きかけてすぐ閉じた。怒る彼女に、おちゃらけは通用しない。

Hチャンがさつま寿のお燗を頼んだ。
店主が土瓶を棚からひとつ取った。割烹着の女性が一升瓶を焼酎棚から出して店主にカウンター越しに渡した。この店では割り水してちろりで湯煎するのだ。
「う〜ん、うまかね〜」手酌でひとくち呑んだHチャン、おもわずひとりごちた。丸顔の頬っぺたが赤い。「どうしてこんなに美味しく燗をつけらるっと?」
「焼酎が好きだから、でしょうかね」と短く店主氏。
J氏以外は始めての店である。ひさしぶりの本格焼酎党の夜会だった。
J氏がHチャンに言った。
「こん人は焼酎が好きちゅうだけじゃなかっせえ、焼酎を造っちょっ人も、そいを丁寧に扱っている酒屋ん衆たっとも、ずるっ大切に付き合っておいやっと。こん人が美味しく燗を付けやっとは、造い手から呑ん手まで、皆に喜んで貰うためじゃったっよ。」
日本酒の燗も焼酎と同じ気持ちでしやったっど、と付け加えたJ氏、こんどは清酒をと店主に注文した。
「義侠をぬる燗で」
「あいよ」
J氏が白磁のお銚子で、Hチャンに渡した口広の杯にほどよい燗の酒を注いだ。
「日本酒はひさしかぶいよ」といいながらHチャンは杯を口に運んだ。一口飲んだ途端、のどを滑り落ちる暖かな清酒といっしょに、さっきのJ氏の言葉がHチャンの心と体に沁みこんできたのだった。

(おわり)
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