楽しく仕事するのがいちばん
ユーロスタースタッフのホスピタリティ
 ちょっと朝寝してしまった。もう8時前だ。外では愛犬のロッキーが、ときおり一声だけワンと吼えて、さんぽに行こうと催促している。一声だけ吼えて、しばらく黙っているのはこちらの様子を窺っているのだが、まあ、連続して吼えると怒られるからでもある。12才になる老犬だが、まだ足腰は達者で昔ほどではないけれど急に走り出したりして散歩に連れて行くカミさんを驚かせるらしい。休みの日は小生が散歩係だ。たしかに数年前にくらべてツナを引く力も弱っているし、目もよく見えないようだ。涎を延々と垂らしているのも老犬らしいもの悲しい風情。このごろ話題にのぼる老人介護のことをつい考えたりしてしまう。

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 高齢化社会の介護問題を考えつつロッキーの散歩から帰ってきたら、娘が居間でテレビを見ていた。朝っぱらから、バラエティ系のタレントがアホな笑い顔をアップで見せてくれている。カメラがパンし、スタジオに集まった若者たちの顔を映し出した。そいつらも同じアホな顔つきだった。おいおい、今日は文化の日だぜ。ちっとは文化的なことでもやったらどうだ。テレビを見る小生の目が険悪になってしまったのだろうか、不穏な空気を察知した娘はさっさとテレビを消し、バイトにいってきま〜すと言って部屋を出ていった。

 カミさんが書斎に運んでくれたコーヒーをすすりながら、昨夜仕事から帰ったら机の上に置いてあった封書をとりあげ、開けた。ベルギーからの手紙だった。手紙の発信人はGer van de Pol君。ヨーロッパの国際大陸鉄道ユーロスターのビュッフェに勤務している背の高い若者だ。

 10月6日の朝、ロンドンを後に、ベルギーへと向かう日。ブリュッセルまでは鉄路の旅だ。10時27分、ユーロスターはウオータールー駅を出発した。ロンドン郊外の、いかにも英国の郊外らしいなだらかな草原が続く風景の中を、ドーバー海峡のトンネルに向かって列車は走る。6号車がビュッフェというので、ベルギービールを求めてさっそく行くことにした。3号車の端の席に、二人連れのユダヤ教徒がいた。黒づくめの格好。不思議な帽子。紙袋の中のなにやらあやしい食物を食べている。さすがに国際列車だ。車内にはいろんな民族やファッションがあふれていて、見て飽きることがない。

 ビュッフェは混んでいた。アメリカ人らしい老観光客がなにやら女性従業員にクレームをつけている。その肩越しにメニューを指さして大声で注文する中近東系(そんなのあるか?)らしい若い男。後ろに並んでいる人の列を気にもせずに、カウンターに肘を突いてゆっくりとメニューに見入っている男女。個人主義もこうなると考えものだ。小生はビュッフェの隅でしばらく待つことにした。カウンターの中で立ち働くのはいかにもベルギー人といった風情の髭オヤジと背の高い若い男、それに老クレーマーににこやかに辛抱強く応対している女性。もうひとりの若い娘はハムスターのように動き回っては注文をこなし続けていた。小生は見ていて感心した。厨房の中の二人の男性スタッフと女性従業員の阿吽(あうん)の連携作業の見事なこと!

 チームワークも見事だが、彼と彼女たちの笑顔にホントの自然なホスピタリティを感じて、じつは驚いた。こういってはなんだが、小生、馬の目どころかメダカの目だって抜いてしまう広告業界で、伊達に長い飯は食っていない。作られた、そして強制された笑顔と、その人の本然の笑顔は0.2秒以内で区別がつくのだ。

 ビュッフェの隅で待っている小生を見て、髭のオヤジが片目を瞑ってうなづいた。ごらんのとおりさ、わるいけれど、ちょっと待っていてくれるかいと、その目が言っている。フランス語を理解しない小生にも100%その意味は伝わった。日本の外国語教育も、妙な文法よりウインクでも教えたほうがいいかもしれぬ。
人波が去って6号車が静けさを取り戻すと、さっそく年上のほうのウエイトレスが声を掛けてくれた。「ムッシュ〜、・・・」この・・・のところはよくわからなかったが、ま、注文を聞いたのだろう。小生はビールを頼んだ。カウンター越しに差し出されたのは、「STELLA ARTOIS 」ベルギーのビールだ。

 LEUVEN STRONG CONTINENTAL LAGER PREMIUM LAGER BEER BELGIUMS ORIGINAL BEER と書いてある350mm缶。1ポンド70ペンス。2ポンドあげて、つりはチップ。ちょっと多いのかも知れない。しかし、彼と彼女たちは「オー」と叫び、とても嬉しそうな顔をした。。30ペンスは約60円。なんだか素朴だ。しばらくカウンターで髭オヤジと雑談。客が減ったので暇になったのか、にこやかに相手をしてくれた。とにかく話し好きで明るい。背の高いほうも加わり、らちもないビールやお菓子の話しで盛り上がる。写真をとろうといったら、二人のウエイトレスを大声で呼び集め、カウンターのなかでポーズをとってくれた。撮影した写真をプレビューすると「おー、デジタル!」と叫んぶ。ほんとに素朴だ。Ger van de Pol君が、我々4人に一枚づつ送ってくれないかと言う。小生が、この後ドイツとイタリアそしてフランスを回って、東京に帰るのはすこし後になるけれど、かならず送るからと返事すると4人ともホントに嬉しそうに笑顔を見合わせていた。

 日本に帰ってきて4日目、出力したプリント4枚をGer van de Pol君宛に送った。彼の手紙に、2日前に戴いたとあるところをみると、1週間かかって着いたらしい。返事には、「ブリュッセルはEVERYTHING OK.日本も同じように平穏でありますように」と癖のある字で書いてあった。4人とも写真をものすごく喜んでくれたようだった。Ger van de Pol君はさっそくアパートの壁に掛けましたという。彼の手紙にはまた「何が嬉しいと言って、ムッシューがユーロスターでの旅が楽しかったと手紙に書いてくれたのが一番でした」とあった。


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