わが心の故郷、奥多摩にでかけた

夏の渓流、ヤマメの里へ。



上の写真は、じつは冬です。そう、心は冬景色→詳しくは本文を


  

        「つり禍、カヌー禍」 奥多摩川釣行記


 沖釣りにハマる前は毎週末を奥多摩川で過ごしていたのだが、イサキ、アジとボウズ続きで「ボウズ菌がうつるから」と、会社の釣り仲間にも誘って貰えなくなった小生は、「こういうときは初心にかえらなきゃ!」と8月3日(日)の朝、奥多摩へヤマメ釣りに出かけた。
 朝4時半所沢を出発。気持ちよく晴れ渡った空には雲ひとつない。約40分で目的地の奥多摩御岳橋近くの駐車場に到着した。
 身支度をととのえ、河原に下りてみて驚いた。なにかの大会でもあるのか、というほどの人である。
 近くの木と木の間に白い横断幕がかかげられており、『美しい川をみんなの手で〜河原清掃デー〜』とあった。
よし、川に残していいのは、足跡だけだ。「ゴミも魚も、全部持って帰ってやる!」と自分に言い聞かせる。
6.1mの渓流竿に0.4号90cmの天井糸をつけ、さらに通しの0.2号を手尻一杯まで伸ばした。
ハリはプロヤマメ5号である。外掛けに結び、チモトから23cmのところに5号のかみつぶしを打つ。
目印は毛糸。上から白、緑、赤の順に小さくつけた。
 支度をしていると、顔馴染みの老監視員がやってきた。
川の調子はどう?と聞くと、
「昨日、鑑札を持ってねえのがヤマメを10も釣ってたな。あの調子じゃあ、いつも無鑑札で釣ってんだろうなあ。ぶどう虫を使ってたな」
「で、現場売りしたのかい?」
「うん、ちゃんと2千円とったでよ」
と老監視員は嬉しそうに笑って、
「ぶどう虫だよ、いいのは。川虫はいねえよ」
と断言して去っていった。
確かに川虫の湧きが少ない。川の底を探ってみると、オニチョロ、ピンピン、クロカワが少し網に入った程度。
石を返してみてもヒラタがいない。以前の多摩川とはどうも違う。
オニチョロを一匹がけして振り込む。
川の中程にある大きな岩から次の岩にかけてのゆるい流れに乗せてエサを沈める。
狙うのは2、3個続く沈み石の脇である。
ゆっくりと流れていた目印がスッと沈んだ。続いてモールス信号のようなト、ト、トというあの下品な引きが手元に伝わってきた。ハヤだ。
 2、3匹ハヤに邪魔されたところで下流へ移動しようと遊歩道に上がった。ところが、遊歩道が通行止めになっている。ご丁寧に木の柵が行く手を塞いでいるではないか。釣り始めたばかりというのにこれではあんまりだ。仕方がないので、釣りのポイントは比較的少ないのだが、楓橋を対岸へと渡り、北側の遊歩道で少し下流に移動した。
前回来たときは白い石を敷き詰めたような河原だった所が結構な瀬になっていた。
慎重に振り込む。竿は45度に立て、両手で保持し、かすかな目印の変化にも即あわせる。絶え間なく響く瀬音の中の緊張感が渓流釣りの醍醐味である。
「ハヤの次ぎは通行止めの柵ときたが、三度目はまさか(ないだろうな)・・・」
の「まさか」が来た。「カヌーイスト」たちである。
 岩の陰に身を隠し、川面に映る竿の影にも気をつかってエサを流しているところへ、大声をあげながらカヌーが突進してくるのだからたまったものではない。
しかし、渓流師はまだましだ。哀れなのは水温ぬるむころに登場する鮎師たちである。
水温ぬるむころ、というのは「カヌーイスト」たちにとっても適温のようだからだ。
右目で目印を、左目は上流にカヌーを警戒しながらの鮎の友釣りは疲れそうだ。しかし、多摩川の鮎釣り師はそんなことは言ってられない。カヌーが出現すると、鮎師たちは大急ぎでオトリ鮎をカヌーの進路から引き抜かなくてはならないのだ。
ハヤ、通行止めの柵、カヌーと続いた災難のせいか、お昼までとうとう本命のヤマメの姿は拝めなかった。明快なアタリは2度ほど感じたが、ハリがかりさせられなかったのだ。
 午前11時半、釣れなかった釣り師は瀬音に送られながら川から上がったのだった。そして吉川英治ゆかりの奥多摩吉野郷名物「柚篭」を買って家族のもとへ帰ったのである。
 河原で汗を流しながら一生懸命に清掃作業をしておられた皆さんに感謝。





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