◆六. 響 子 ご亭主改造講座

 いたずらのつもりだった。

 検索エンジンに「ぐうたら亭主」と打ち込み、一発でヒットしたそのインターネットサイトにアクセスした響子は、そこにならんだ質問フォームのボリュームに驚いた。

「マジなのかしら、これって」

 ご亭主改造講座(特別期間につき無料診断中)というそのサイトでは、問題のある「夫」のデータを分析し、有益な人物に改造するための診断サービスを行うのだという。

 フォームには、様々な項目が並んでいた。趣味、性格、気質などはもちろん、血液型(RH+or-)、既往症、四肢の欠損の有無、薬物アレルギーの有無など・・・

「これじゃあ、まるで生命保険の告知欄だわね」

 いま夫はタバコを買いに外に出ていった。リストラされて以来、ものぐさが酷くなった夫にしては珍しいことだ。〆切のせまった仕事を邪魔されて、珍しく怒鳴ってしまった響子に気圧(けお)されたのだろう。

「無料診断とあるから、クレジットなどのセキュリティの心配はないし、どうせパターン化された自動診断書が送ってくるだけだろうけれど、ちょっと面白いわね、やってみようかしら」

 チェックボックスや、自由記入欄を一つづつ埋めていく。

 既往症の欄は択一式になっていたが、夫には特に病気の経験は無かったはずだ。「その他」をチェックしてサブクエッションの自由記入欄に「ぐうたら症候群」と記入して響子はひとり笑いをした。

 似ている動物(見た目および性格)は?などという項目もあって、響子はすこし楽しい気分になった。

 だが、収入の欄に「無し」と答えて、今度は溜息をついた。いつまでぐうたらしているつもりなんだろう、あの人。あらためてそう思ってしまう。

 響子はある広告代理店の契約社員だ。都内にある本社には月に二回ほど出社するだけで、普段は自宅で企業のホームページなどのデジタルコンテンツを制作している。本社のクリエイティブ局からの作業指示はもちろんのこと、制作物の途中確認や納品もデータ通信で済んでいる。PDFファイルなら多少容量の大きなコンテンツでも通信で送れるし、サーバーにアップしてブラウザで確認をとることも多い。デジタル化が進む社会って、頑張る女性の強い味方になっているわねと響子はしみじみ思う。

 自宅で業務に就けるのは、なにかと便利で楽なのだが、反面、苦痛もある。

 その最大のものが、リストラされて自宅にいる夫だった。ハローワークに顔を出してもつまらない仕事しかないんだ、といって家にゴロゴロしていることのほうが多い。

 夫はまだ四十才になったばかりだ。真っ先にリストラされること自体、彼に問題があるということだ。それに気づかない夫に、響子はいらだっている。

「いまどきパソコンもできないし、やる気もないんだから、しょうがないわよ」

 そういう響子に、夫はあぶらっけのない痩せた顔を向け、口をとがらせて、

「パソコンができなくても、困ることなんてなかったよ」と、パターン通りの答えをするのだった。そして響子の作業におかまいなく、居間に寝そべり、愚痴をこぼしたり、メシはまだ?と催促したりするのだ。

 さっき、タバコと灰皿を要求されたときには、さすがに響子もキレてしまい、

「自分でやんなさいよっ」と怒鳴ってしまったのだ。

 タバコを買いに行ってくる、夫は響子の背中に気弱にそう言って出ていった。 

 ちょっと気の毒かな、それにしても、夫の性格改造の診断テストをする自分も変といえば変ねえと響子は小さく笑った。

 画面をスクロールしながら、いくつかのチェックボックスや記入欄を埋めていった響子の手が、その質問のところで止まった。

 フォームのその質問は、こうだった。

「改造不可能と診断された場合、廃棄しますか」

「ダメ亭主でも、廃棄しますかと聞いてくるなんて、ひどいわね、これ。ゴミじゃあるまいし」

 響子はすこし気味悪くなって、ご亭主改造講座というサイトの、無料診断フォームに記入し続ける気が失せ、ブラウザ自体を終了しようとした。しかし、パソコンのスピーカーからは無機質な警告音が出るだけで、終了の指示を受け付けないのだ。

 その質問に答える他はない。あんなぐうたらでも、まさか廃棄なんてね、響子はそうつぶやきながら、二つ並んだ回答ボタンの「いいえ」をクリックした。 

 その瞬間、画面がブラックアウトした。

 暗い画面をみつめて響子が呆然としていると、やがて白いダイアログボックスがゆっくりとあらわれてきた。

 そこには小さな文字で、こうかかれていた。

「オブジェクトを初期化しました。バックアップから再度インストールしてください」

 このダイアログボックスにはYesとNoの承諾欄がなかった。

 数秒後、起動音がしてパソコンは何事もなかったように立ち上がった。アプリケーションにも、制作中だったファイルにも異常はない。

「いたずらにもほどがあるわ、なに、あのサイト。気味が悪いったらありゃしない」

 時間を無駄にしたわね、そうつぶやいて響子は今夜中に仕上げなくてはならない仕事に専念することにした。

 静かな夜である。闇の中でベランダを打つ小さな音がする。

 細い雨が降り始めたらしい。窓を閉めようと響子が立ち上がったとき、かすかな羽音をたてて、蚊が窓からはいってきた。

 秋の蚊って、哀れなものねえ。ふとそう思って羽音のほうを振り向いた響子の顔が白くなった。

さっき、あの欄に書いたのだ。似た生き物は?の欄に、確かに響子が書いたのだ。

「蚊」と。

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