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短編ミステリー【8人の淑女】その4

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聡 美 ◆ その顔は「お宝」

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 聡美はシートにゆっくりと沈み込み、さっきスチュワーデスが運んできたグラスワインをちびちびとすすっていた。彼女、きっとバイトスッチーだわね。どうもあれじゃあね。田舎のバスの車掌ってところね。

 結婚以来、始めての海外旅行にもうすぐ飛び立つのだ。独身時代、毎シーズンのように海外でショッピングやスキー、食べ歩きを楽しんでいた頃を想い出して、聡美はすこしタカビーになっている。

 不思議だけど、やっぱり原因はあの人形のようね、やっぱりあの人形って「お宝」だったのよ、と聡美は元の考えに戻った。

 先月の初めの日曜日に、近所の公園のフリーマーケットで見つけて買った木偶人形。幸運が続くようになったのはあれ以来だった、偶然とはとても思えないわ。そう、あれが始まりだった。

 高さ20cmほどの、その小さな木偶人形は、アフリカの民芸品のようだったが、売っていた人に聞いても、サアというだけで要領を得なかった。

「海外出張からの土産に仕事場の誰かに貰ったんだと思うけど、私もリストラで失業してしまったからねえ。売っちまっても気を悪くする人はいないのさ」

 インスタント食品メーカーの懸賞で、金賞の100万円に当選したのは、その木偶人形を200円で買った次の週だった。

 そして、その次の週には、パソコン雑誌の懸賞でノートブックパソコンをゲットしたのだ。

 ここまでは、なんて運がいいんだろう、二度あることは三度あるというから、今度はなにかな、と夫やメール仲間との話しのネタにしていた。

 そして、三度目が来たのよね、と聡美はつぶやいた。

 声がつい高くなってしまい、ふたつ左となりのシートの客が聡美の方を怪訝な顔で見た。

 あわてて、聡美はキャビンの中を見渡し、スチュワーデスの姿を目で探すふりをした。ついでに、ワインをもういっぱい貰おうかな。

「それにしてもあと一時間で出発ね。あの人、そろそろチェックインしているころかしら」

 夫は仕事の関係で、この関西国際空港から、乗り込んでくる予定なのだ。

「まったく、あのスッチーったら、もっと気を利かせたらどうなの。全然回って来やしないじゃない」

 そう毒づきながらも、シートにまた腰を沈め、聡美は三度目の幸運のことを思いうかべて、にんまりした。

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 その木偶人形を買ってからというもの、続けざまに懸賞に当選して金やパソコンを獲得した聡美は、三匹目のドジョウを、じつは密かに期待していた。

「あれは、きっと幸運を運んでくる人形なのよ。お宝よ。間違いないわ。またきっと何か幸運を・・・」

 三度目が起こったのは商店街の売り出し催事の抽選だった。マイナーなガラポン抽選だったが、聡子が回した抽選箱の穴から、金色の玉が転がり出たとき、商店街の役員のオヤジは、鉦を鳴らして大声で叫んだ。

「でたっ!でました!ヨーロッパグルメツアーご招待!」

 聡美が、この幸運の連続の原因はあの人形だと信じる理由はほかにもあった。

 懸賞に当選するたびに、あの人形に不思議な変化があらわれていた。

 荒い木彫り調だった漆黒の人形が、次第に艶を帯びて輝き始めたのだ。

 はじめは夫が磨いたのかと思ったが、違った。

「こんな得体の知れない人形なんか、磨くわきゃないだろ」

 うすく茶色に染めた髪を右手でかき上げながら、夫が言った。

 夫には人形の変化が見えていないようだった。

 商店街事務局からの話しでは、この旅行には安い追加料金で、もう一人同伴できるという。聡美はOL時代の友人に電話しようとしたが、思い直した。

「商店街の抽選に当たったなんて、恥ずかしくて言えないわね、やっぱり」

 しかたなく、夫と行くことにした。買い物もしたいし、男手がないとね。

「忙しいんだが、仕事の片をつけてなんとかいけるようにするよ」

 と夫が言った。

「まあ、機中泊を含めて4泊5日だもんな。せこいスケジュールだけど、会社をそうそう長くも休めないから、ちょうどいいかもな」

 夫はそう言って人形を見た。おまえ、幸運はこいつのお陰なんていってるけれど、馬鹿馬鹿しいったらありゃしないな、と面白くもなさそうな顔をした。

「それにしても、気持ちの悪い人形だな。これ。捨ててしまえよ」

 どうも夫はこの人形が気に入らないようだった。

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 それは聡美の「お宝」だった。フリーマーケットで見つけた、そのちいさな木偶人形は、次々に幸運を聡美に運んできてくれた。

 金、パソコン、そして、三度目は海外旅行。

 夫は、こんな気持ち悪い人形なんて捨ててしまえといったが、聡美は捨てるなんてとんでもないと思っている。

 旅行に当選してから、この人形にまた変化があらわれていた。

 白い塗料で書き込んであった両眼が、いつのまにかガラスのようなものにかわっている。

 その目がちいさく動いたような気がして、聡美がハッと人形に目をやったとき、捨てられてたまるものか、という人形の声が、聡美の耳に小さく聞こえた。 

 空耳には違いないが、聡美はうなづいて、こうつぶやいた。

「そうよ。お金が当たったのも、それから、ちゃっちい旅行だけど、海外に久しぶりに行けるのも、この人形のおかげにきまっているんだから、捨てるなんてとんでもないわ。お宝よ、お宝」心の中で、聡美はそう相槌をうった。

 テレビ局で制作の仕事をしている夫は、関西の系列局での打ち合わせを終えて、そのまま旅行に出発できると言った。

「どうせ4泊だ。荷物もそんなにいるわきゃないし。関空に立ち寄る便なんだろ」

 聡美は羽田から出発し、関西空港で夫と合流することにしたのだ。

 夫が大阪に出発した朝、あの人形の姿が消えていた。

 夫が聡美に黙って捨ててしまったのだろうか。勝手なことをするわね。ま、しかたないか。でも、いい買い物だったわ。最初は500円といっていたわね、あのオヤジ。200円に値切って買ったあの人形が、こんなに幸運を運んで来てくれたと知ったらどんな顔をするかしら。

「そういやあ、あのオヤジ、失業してると言っていたわね、ふ、ふふ」

 聡美が思いだし笑いをして、また近くの客に怪訝な目で見つめられた。あわてて、キャビンを見渡すと、スチュワーデスがこちらへやってくるところだった。

 手をあげて合図しようとして、聡美は目を見開いた。スチュワーデスの後ろに、見覚えのある夫のコートが見えた。夫が乗り込んできたのか。いや、それは夫ではなかった。夫の顔をしているが、夫ではなかった。

 その男の手に目をやって、聡美は凍り付いた。それは漆黒の手だった。

 その男は、聡美のとなりのシートに坐った。夫が座るはずの席に。

 夫はどうしたのか、体がしびれたようになっていた聡美は、ゆっくりと男のほうに青ざめた顔を向けた。

 その男の襟元に、しなびた小さなものが吊るされているのが見えた。うすく茶色に染まった髪の毛のようなものがひとふさ、その干し柿のようなものに生えていることに聡美は気が付いた。

 関西国際空港から、飛行機はイタリアに向かう。

イタリアに到着する前に、北アフリカのある空港に寄港する。その男はそこで降りることになる。そこが、その男の故郷なのだ。

 金も旅行も、その男が帰るための準備だったと、気を失ってシートに埋もれている聡美が知るはずはなかった。

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