229話 8.13
天使のわけまえ〜失われゆくもの
 かめ壷や木の樽で長期に熟成させた酒には、言うに言われない滋味があるものだ。若い人間には到底真似できない年長者だけが持てる深みや幅というものがあるが、それと同じ事かも知れない。
 時間に練られた古酒だけがもつ丸く深い味には、一種の凄みさえ感じることがある。ガラスの瓶と違い、樽や素焼きのかめ壷には気道があり、閉じこめられた酒は呼吸をしながら長い時の流れのなかで熟成してゆく。その熟成してゆくあいだにいささか蒸発して減量してゆくのは仕方のないことだ。うま味と引き替えに天に返したこの酒のことを「天使のわけまえ」という。
 何かを得るためには失うものもあるということだろう。ひとの場合は、過ぎ去った時間や、髪の毛や、体力・記憶力などということになるのだろうか。かわりに天使が呉れるのは人生の含蓄とか身に付いた落ちつきとかだろうが、ついでに持病や借金や不眠症なども持ってくるので困る。

 何年も熟成させた古酒はそう大量に出荷できるわけではないだろうから、こういう酒を自社ブランドとして持つにはいささかの余裕がなくてはなるまい。経営が安定していなくては長期熟成の酒作りには取り組めまい。120以上もある鹿児島の蔵が、安心してその蔵ならではの本格焼酎作りに励むことができるような時代でありたいものだ。
 鶴が飛来することで有名な鹿児島県出水市に新屋酒造という蔵があった。木製の蒸留機を使い、かめ壷しこみで手作りしていた銘酒「紫美」の蔵元だった。
 この3月、ソバ焼酎で有名な県外の大手メーカーの鹿児島工場として吸収されたとき、この銘酒は永久に消滅した。
 ネットのなかにかろうじて残っていた「紫美」の写真が、なぜか墓標のように見える。生き抜いてこその「天使のわけまえ」だ。わが故郷の蔵にはなんとか頑張って欲しいと、この写真を見ながら思った。
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