夏の朝、走水から早朝アジに釣行した

所沢のような埼玉の奥から行くには、海はじつに遠い。いやいや所沢をそんなふうに言うと飯能の人は、じゃあ俺達は埼玉の山の奥か!と怒るだろう。秩父の中学生なぞ、ショックで登校拒否になるかもしれない。あ、いかん。はなしがそれた。この頃、年のせいか、注意力がとみに散漫になっている。気を付けなくては。

なにしろ船の釣りに所沢から行くには熾烈な条件が前途に立ちふさがっている。

@朝がはやい(したがって、前夜飲み過ぎると大変なことになる) A遠距離である(特に夏休み期間中の海沿いの道の渋滞は、道路というより、駐車場といったほうがいいくらいだ) B電車釣行が不可能なので、唯一の足であるぼろジープに頼らざるを得ない(故障頻発、燃費最悪、冷暖房完備〜夏は暑く冬は寒い) Cお金がかかる(船代、ガソリン代、高速代そして釣れなかったときのお土産代)

前置きが長くなってしまったが、今日のように夏の日曜日にはぴったりのコースが走水や大津の船宿にはある。朝4時出船の早朝アジ船である。8時には海から上がり、帰途につけるので、渋滞を気にしなくてすむ。ただし、夜中の1時半にはうちを出なくてはならない。ジープの幌をはずして、深夜の国道16号から横横道路をかっ飛ばすのは気持ちがいいものだ。といっても、爺いジープを労って時速60kmしか出さないので、すべてのクルマが我が愛車を迷惑そうに追い抜いていくのだが。

で、船宿に着いたのはもう朝といっていい午前3時半。先に来ていた仕事場の同僚が呆れた顔をして船宿の前に立ち尽くしていた。すでに船は満員状態という。我々はギリギリのところで定員セーフだった。聞けば、先週の釣り雑誌にこの船宿の記事が出たんだそうだ。悪い予感が胸の中を瞬時走り抜けた。

走水の潮は速い。急流、激流といっていい速さである。そこに竿を出し、底をとり、道糸をさばき、走りまわるアジやサバを一気に波間から引き抜いておまつりを防ぐには、釣り人同士の阿吽のコンビネーションが必要なのだ。しかし、雑誌に紹介されたということは、今日のこの満員の客のおおかたは「初心者」とか「初級者」ではないのだろうか。

左舷胴の間に釣り座をととのえながら船の中を観察すると、いるいるいる。新品の竿と竿受けをふなべりに取り付けようと躍起になっている若者の団体がいる。その横には、なんと若いカップルがつがいのように坐っている。ベテランと思われるのは、オオドモに二組だけだ。まあ、常連さんたちはこの状況を予測して、敬遠したのかもしれないな。

定刻4時、高司丸は若船長の操舵で港を出て、一路本船航路へと向かった。予定どおり大アジ狙いだ。15分ほどでポイントに到着。簡単な潮回りのあと「はい、やってください。深さは47m、タナは底から3〜4mです」アナウンスを待ちかねたように全員が一斉に投入!と、普段ならなるんだけれど、きょうはちと勝手が違う。

仕掛けを取りだそうとして、自らもつれさせてしまい(これを手前まつりという)、ほどくのに苦労している青年がいる。竿先に道糸が絡んでいるのに気が付かず、勢い良く投入して、ボキリと竿を折ってしまった人。珍しいほどの凪だというのに、もう船縁に顔を伏せている人。これは船酔いであるが、15分でここまでダメージを受けた人は初めて見た。

しばらくすると、船のあちこちでリールを巻く姿が。が、だが、魚が釣れたわけではない。お互いのアンドンビシ(オモリを鋳込んだコマセ網かご)を釣っているのだ。おまつりである。それも隣同士といったものではない。ふねのキャビンをはさんで右舷と左舷でやりとりしているし、ミヨシ(先端)とトモより(後ろ側)でも船の下で糸が繋がり縺(もつ)れているらしい。まるで全員の道糸が絡(から)みあっているんじゃないかと思うほどである。

大騒ぎの船中であったが、やがて、さっきのカップルの女性のほうが、「なになになに、これってなに!」と叫び始めた。みると竿先がククーッと引き込まれている。アジの引き、それも大物だ。中乗り(船頭の助手)がタモを持って飛んできた。しばらくのやり取りのあと、にごり気味の水面下に灰色の影が走るのが見えた。アジだ。中乗りさんがタモで取ったアジは30cmを超えていた。その娘は顔中をひきつらせていたが、やがて表情は満面の笑みに変わった。連れの男のほうは船酔いしたのか青い顔で、それでもなんたら言って祝福していたようである。このカップルの二人の位置づけは、これで決定してしまったな。

同行した荒川氏は会社では「鬼」とよばれる仕事師なのだが、船に乗ると竿を出す回数より、缶ビールを開けるほうが多いという飲兵衛釣り師である。また面倒見がよく、人のおまつりを捌いていて、つい自分の仕掛けに食ってきた魚をバラしたりもする。いつか、「剣崎沖ゲロ海戦」というレポートに登場ねがった「三半規管の無い男=船酔いを知らない男」でもある。酒にも船にも釣果にも「強い」という羨ましい運命に守られている。彼が「弱い」のは、奥さんだけだ。賢夫人の誉れ高い、柳眉を拝するにも緊張が必要だと、共通の会社の友人が言っておった。

閑話休題。

荒川氏の子息が「太ったサバ」をゲット。その隣の営業部長須藤氏も大アジをひとつゲット。小生もおまつり騒ぎの合間を利用して、なんとか大アジを二つゲット。そのうち最後に食ってきたのは34cmの、まるでイナダのようなアジだった。

船長は何回かポイントを替えてチャレンジしたのだが、結局大アジは0〜3匹、帰港直前のサバ場では1、2本のサバを揚げた人もいた。ほとんどの人が、サバ場で仕掛けをめちゃくちゃにしてしまい、道糸まで切ってしまう有り様だった。お土産作りという船長の気配りだが、混んでいるときは考えものだ。

7時半に納竿。船は全速力で走水の港へ向かった。早朝船のあとは午前船ということになる。そして午後1時からは午後船だ。天気のいい、凪の休日は、日銭で稼ぐ船宿のかきいれ時である。一日通しで乗る客もいるが、埼玉の奥まで帰らなくてはならぬ小生は、8時にはジープを佐原インターに向け走らせていた。うちに着いたのは11時。やはり渋滞がないと、速い。

アジは夕飯のときに刺身にするつもりだが、たぶん瞬時に子供らの腹に収まるだろうな。あと、小さなカサゴとトラギスは塩焼きにしよう。

疲れて、眠くて、忙しくて、遠かった今日の釣り。しかし、早朝は風も日差しも穏やかだったし、なんといっても気の置けない人たちと竿をともに出し、海の上で過ごす時間の素晴らしさは、言葉で言い尽くせるものではない。こういうときには、結果としての釣果はその意味を失うこともあるのだ。いや、決して負け惜しみじゃなく。

だから、「釣果より潮風」