復調!観音崎沖太刀魚討伐戦


今年は早期から太刀魚好調だった

しかし、幽霊の名にふさわしく

いつしか消滅していた太刀魚の軍団が

観音崎に侵攻しているとの報に接し

出撃した


隣りに係留されている遊漁船をみて、

「こりゃあ、大変だ、半分はマグロになるなあ。ちびチャン、頑張ってな」

その大型の船には片舷に20人、船全体で40人は優に乗っている。アジサバの団体客が貸し切っているのだが、半分以上が女性と子供たちだ。

出船前のざわめきを吹き飛ばすほどに、北風が強い。良く晴れた空の高みにはすじ雲が朝日に赤く輝いているが、その下を黒いちぎれ雲がかなりの速さで動いている。港の中でも白い波が立つほどだ。

「釣り場に着く前に、キャビン行きかもな、あの人達」

小生の右隣のオヤジさんが言った。

小学校の4、5年生の男の子と、中学生くらいの女の子を連れたお母さんが小生の真向かいの席に着いた。船縁越しに、

「頑張ってね、揚がってきたら、サバと太刀魚を交換しよう」

励ましとも、交渉ともつかぬ声をかけると、「たくさん、釣ってくるよ〜」子供達が手を振って笑って答えた。

ホントにがんばってな。船酔いするだろうけれど、それもまた経験だ。

今日は、観音崎沖の太刀魚が復調してきたというので、仕事場の釣り仲間を誘って新安浦港の義和丸から釣行したのだ。

初心者、女性、子供を満載した大型船が出港したあと、午前7時20分、第一義和丸は7人の釣り客を乗せてもやい綱を解いた。操船は親父船長こと、村上和義船長。旧型の遊漁船で、船足も遅いが、確かな操船で高い波を分けて進む。猛烈な風だ。波頭が白く砕け、飛沫が真横に飛び一瞬、虹が船尾に輝いた。空は青い。風が収まったら、きょうは暑くなるぞ。

観音崎沖には、すでに何艘もの遊漁船が展開していた。船と船の間が広い。かなりの広い海域に散開している。

「こりゃあ、まとまった群れじゃあないなあ」

拾って釣る釣りになるか、そう覚悟して第一投。

中型の千鳥テンビンに直結した船宿仕掛けに、サバの短冊を付け、船頭が指示するタナまで一気に落とし込んだ。海面から50メートル落とし、15メートルくらい上までいろいろなしゃくりかたで探ってゆく。

45メートルで軽いアタリを感じた。セオリー通りに一瞬送り込んで強く、小さく、鋭く合わせる。

ロッドは朝風シャクリ30×180だ。100号のビシを下げても、柔軟に腰に乗る調子で使いやすい。この竿のトップが激しく振動した。竿の中央部まで、一気に引き込まれる。

「のったっ!」思わず叫んで、右手をリールシートの下に当てる。引きは重く、強い。

8号ハリスにPE5号の道糸だ。切れる心配はない。ギリギリと巻いて行く。いい加減に締めてあったドラグが、ジーッと鳴って道糸が数十センチ出ていった。右手でスタードラグを締め込みさらに巻いてゆく。

やがて上がってきたのは、80センチメートル同サイズの一荷だ。第一投から2本とは幸先が言い。そのとき小生の頭の中には、塩焼き、太刀シャブ、刺身、鍋そして、吟醸冷酒といった言葉、いや、妄想が浮かんでいたと白状しておこう。

邪心がでると、釣果は落ちる。よくしたもので、その後はエサをちぎられるばかり。確かに太刀魚はいるのだが、あたりがとれない。隣の常連さんも頭をかしげている。この人は、電動リールで棒巻きして2本ゲットしていた。

ポイントを変えること数回。波もおさまり、風も弱くなってきた。

朝日がかなり高く昇った10時ごろ、一斉に太刀魚が喰い気を出してきた。仕掛けを自作の1本バリタコベイト付きに替え、手返しよく釣り上げる。大きめのアタリに即合わせる釣りかたになってきた。太刀魚は群のまま忽然と出現したり、消滅したりするところから、幽霊と呼ばれるが、アタリの出方もまさしく千変万化だ。このアタリをどう取るか、仕掛けをどう工夫するか。これが太刀魚釣りの醍醐味ということだろう。

11時半に船長が沖揚がりを告げたとき、小生のクーラーには8本の太刀魚がおさまっていた。隣の常連さんが10本という。一昨日のトップが7本というから、ま、よしとしよう。

船宿に戻ると、朝方満杯状態で出ていったアジサバ船もすでに帰港していた。

「いや、まいったよ。竿も出さないうちから船酔い続出でね」

そう言って子供たちの貸し竿を集めている引率のお父さんは、ホントに大変そうだった。それでも彼のクーラーには、アジとサバがしっかりとおさまっていた。太刀魚とサバを一匹等価交換してもらう。これで夕食のメニューが増えたというものだ。

11月に入ると、太刀魚のサイズも大きくなり、油ものってくる。また挑戦するぞ!