手控え291話(14.8.25)より
鋼鉄の美女、そして・・・
仕事場の友人であり、釣り仲間であり、たまには芋焼酎も一緒に飲むA氏が、実は鉄道ファンであることを知ったのはさほど古いことではない。ひそかに(なぜ密かになのかわからないけれど)仕事場の同好の士を糾合して密会を繰り返していたことが発覚し、果ては仕事場のエラいさんたちの中にも同類が潜んでいたことまでバレてしまった。ばれたからってどういうことはないのだが・・・。
そのA氏、ある日なぜか小声で「ちょっと相談があるんだけどサ」と小生の耳元で囁いた。
右手に古びた(ホントに日に焼けていた)紙製の手提げ袋をぶらさげている。なかから取り出したのはセピアに変色したキャビネサイズの紙焼き写真が10数枚と、モノクロームのネガの束である。ネガのいくつかは熱を受けたと見えて変形していた。

(昭和43年美唄/撮影:H.Arakawa
写っているのはいずれも蒸気機関車だ。駅構内のものもあれば気持ちのいいほど空の広い郊外を走行中の写真もある。すばらしい画像ばかりだ。「こりゃあ、凄いね」小生は鉄道に関しては何も知らない。ガキのころは蒸気機関車が日常の暮らしの風景の中にあった(実家が鹿児島本駅近く)。大隅のじいさんのところへも、蒸気機関車に連結された客車を都城で乗り換えて行っていた。トンネル近くになると汽笛が鳴る。客が一斉に窓を下ろす。トンネルの闇の中で、客車の天井の円い灯りがガラス窓に黄色く映る。しばし夜行列車のような気持ちになるのだった。A氏の写真を見て昔を思い出していたら、「これだけしか残らなかったんだ」と彼がつぶやいた。学生時代は鉄道に乗って全国ほとんどくまなく旅したらしい。
撮りためた写真はおびただしいものだった。
それが火事にあって焼失した。残ったのが手提げ一つの紙焼きとネガの束というわけだ。
小生の友人の中では珍しく記憶力は抜群の男だ。たとえば釣りでいえば、いつ、どこの海で釣ったかも、当日の潮の流れや仕掛けなども、そしてその釣果もすべて脳内データベースに収めてある。その明晰な頭脳のおかげで、彼はかって見た風景を細緻なまでに記憶している。たとえば肥薩線のすべての駅、北海道なんとか線の沿線の情景・・・記憶の中で鮮明さを失うことがないと言うのだ。まったく羨ましい。兵学校の五省に「知能に悖るなかりしか」ってのがあったら「悖ります」と正直に言わざるを得ない小生などにとっては瞠目すべき存在だ。だが、彼の手元に残った手提げ一つの財産は、たしかな時の流れと共に色あせてゆく。物理的な意味ですでにかなりの退色を見せている。
「これをデジタルファイルにしておきたいのだけれど・・・」
最終的にはCDに焼いておきたいという。小生はCDライターを持っていないので、スキャニングしてデジタル化し、MOに収めるところまでをとりあえず手伝うことにした。もちろん画像ソフトを使用して修復も。
週末に自宅に持ち帰った写真をじっくり見て、その鐵の存在感に圧倒された。重厚だ。いささかのムダも誤魔化しもなく、精緻で優美ですらある。駅舎や機関士とともにある姿も鉄路を驀進する姿もまさしく生きてある鋼鉄の美女だ。
これまで馴染みの無かった彼女たちの姿を一枚づつスキャンし、修復し、名前をつけてハードディスクとMOに格納する作業に没頭していると天啓のようにわが灰色の(退色した)脳に浮かんできたイメージがあった。「本格焼酎」なかんずく「芋焼酎」である。(やはり、そうくるか・・・って?^^;)
質実は剛にして端正。機能美を超越した優美。汗を流しながら焚くボイラーから蒸気を送り込み「力」が生まれる。多くの人たちに楽しい旅を与えて倦まない。まさしく芋焼酎は酒の蒸気機関車だ。かっての蒸気機関車は、記念碑的に運行される数少ないものを除けばすでに使命を終えて消えた。だが芋焼酎はますます元気に産み出され続けている。8月末。薩摩の蔵元さんでは造りが始まった。はやくも蒸留に入ったところもある。これから秋が深まり霜がおりる季節まで、南の大地にはもろみの躍動するざわめきが絶えない。芋を蒸す蒸気、流れ出る冷却水からの湯気が湧き、ほとばしる焼酎の音が響く。蔵元での造りの旅が続いてゆく。
「本格焼酎」の人気に水をさすような不明朗な報道があった。便乗したいろいろな動きもあった。官庁と報道の「守秘義務」とやらのために物事が明解になるはずもなかろうけれど、あえて是非を決めつける動きも多くあった。だが、何事があろうと薩摩の誇り高い焼酎屋は作り続けなくてはならないのだ。これから何年も何十年も、継承してきたものを次のまた次の世代に繋げてゆく使命がある。木を見て森を見ぬような世間の「良識・正義」とやらに惑わされず、こんなことにへこたれずに、一心に造りに打ち込むことを答えとして欲しい。。蒸気機関車のように力強く、一歩一歩われわれ飲兵衛の元気のもとを産み出していってほしいと思う。


(昭和47年小沢/撮影:H.Arakawa










(「本格焼酎寸言〜一どん」より)


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