ひるね蔵 蔵守日月

けふの手控え

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第169話 5月28日 

■デジタルはめんどくさい

面倒というより、間合いをとるのが難しいと言うことかもしれませんね。小生はもとより典型的なアナログ人間です。インターネットを便利に使ったりはしていますが、それは車を運転するのと同じで、道具の使い方を知れば誰でも出来ること。いまどきホームページくらい器用に作る小学生はたくさんいます。マックで絵を描いたり、メールでPDF書き出しした文書や画像を添付して送ったりするのを見て、いまさら驚く人がいるのにはこっちが驚いてしまいます。車の運転をする人を見て宇宙飛行士と同一視したり、マウスやタブレットで絵を描くのを見て奇術師かペテン師と思うようなものでしょうね。

そういえば「詳しいことはメールで」という電話での会話が多くなってきたような感じがします。メールに添付されたファイルは自分のパソコンで必要に応じて処理できるし、重いデータファイルで加工の必要のないデリバリーものなどはPDFファイルで軽量化して送ることが出来ます。PDFファイルを書き出すアクロバットの次のバージョンではテキストのコピーだけでなく、文字や画像の加工も自由に出来る(はずだ)とメーカーは言っている(らしい)のでさらに使いやすくなると期待がふくらみます。

「デジタルって言ってもだな、クリエイティブは感性だよ。コンピューターになにができるっていうんだ」ごもっとも。コンピュータ自身では何もできない。

「データで送ってくれといわれてるんだけれど、ファックスで送ればいいんだろう?確実だし」そう、確実です。受け取った相手が紙切れを手にして途方にくれることも確実かもしれません。

かとおもうと、「ボクのマックのOSのバージョンは8.6だよ。90メガをダウンロードするのはうちの専用線でも時間がかかったがね、ふ、ふふ」という人もいます。新しいことやモノにチャレンジするイノベーター精神は、時として「新G3の最高バージョンさ、ぼくのは」とか「新しいパワーブックってバイオみたいに軽いんだ。ほら、みなよ」とかスノッブに転化しやすいことも確か。だいたいはインストールして立ち上げた瞬間にHDの中がぐしゃぐしゃになったり、落っことしてただのプラスチックゴミになったりしてしまうことも多いんじゃないでしょうか。こういうときには、ざまーみろ、と貧民的喝采を上げたりもします。

「新バージョンではキャリブレーションは簡単さ。ICCプロファイルのサポートとエクステンションでね、ハイコンプレックス性のカラーリングをインテグレイテッドして、インターフェイスがベリイージーになったのさ」なにがベリイージーなんだろうか?こいつの頭か?「だけど、気をつけなきゃいけないよ。キミみたいに古いバージョンにオリエンティッドな人間は特にね。ボクが作ったグラデーションメッシュをキミの5.5とか7とかでは読めないからね。身の程知らずに読めたとしても、キミの古いプリンターではグラデーションメッシュオブジェクトはプリントできないのさ」こういうカタカナ男の頭の中身をイニシャライズしてまっとうな日本人にすることはできないのだろうか?しかし、この電脳天気オトコにも、このような高邁新進のワーディングは理解できないだろう。

「二枚の下がはええからよう、150のビシもふっとんどるし、のどくろがいくつか喰えば土産もまとまるんだが。根は荒れてすぐだからおう、なんも口をつかわねえなあ。お、にいちゃん、あんどんの蓋がひらいとるよ。ミンチがもたねえよ。鉄仮面やろうか?そっちはまたオジサンか。ねずっぽもか。お、かながしらがでたぞ。シコがまわっとる。青いのんが喰うかもな。おやおや、そっちのねえちゃん、そのキャロに喰ってるぞ。げげ、げげ、どんこびっみたいに鳴いとらんであわせてポンピングじゃ」

え?もう、いいって?


第168話 5月19日 

■携帯のはなし

 よく晴れた冬の午後だった。下りの新幹線に揺られていたのは大阪への出張のためだったが、ビッグコミックオリジナルを広げ、缶ビールを片手にしていたのは大阪での会議が次の日の朝9時からという都合のいい状況だったからだ。

 ご立派な外国のビジネスマンが見たら「アンビリーバブル!漫画を読みふけるジャプのビジネスマン!」と蔑まれたかもしれない。幸い外人さんの姿は車内になかったので国辱犯のそしりは免れた。小生は普通の給与生活者だが、面と向かって異人にジャップと言われたら斬ってしまうくらいのささやかな愛国心は持ち合わせている。ところで、あの、異人(異国船だっけ)打ち払い令っていう法律か布告かは、もう失効したのだろうか。小生は法学部出身ではないのでよくわからぬ。

 あ、話しがそれてしまった。このごろとみに集中心と骨密度が低下している。ま、これはしかたがない。年をとるとはそういうことだ。

 割引券を手にいれて潜り込んだグリーン車には、タレントも乗っていないし、八九三関係のかたの姿も見えなかった。従ってタレント見物のために意味無く通路を歩き回るガキ、いや、お子さまや、そのお母さんがたもいなかった。や九ざ関係の方々は、まあまあ静かなことが多いのだが、かわりに不気味な風情が漂うので、これも姿が見えないと安心するものだ。

 静謐に充ちた午後のひとときは、しかし新幹線が熱海にさしかかった時に、携帯電話の着信音で破られてしまった。それまで眠っていたらしい男が馬鹿でかい声でしゃべり始めた。はじめは起こされたことに腹を立てているようだったが、そのうち博多の天神の店がどうしたという話しになった。耳障りな笑い声をたてて愚にもつかないことをしゃべり続けている。うるさいぞ、ばかやろう。

 話している相手が、別の車輌に乗っている、そいつの連れらしいと気が付いたときには、普段150と高めの小生の血圧は多分10000ぐらいにはなっていたかもしれない。

「こらあ、い〜かげんにしろよ!うるさいっ!」

 そう怒鳴りつけたのは、小生ではない。

 この迫力のあるどでかい声は素人のものではなかった。

 顔を上げると、一人の小太りの男がシートから腰を浮かせ、数列前の席の若い男を睨んで腕を振り上げていた。もちろんその声は若い男に聞こえたに違いない。声が小さくなり、やがて携帯を仕舞ったのが後ろ姿の動きでわかった。

 叫んだ男はスッと腰を下ろし、隣の紳士と話し始めた。よく見るとその男もダークグレーの渋いスーツ姿だ。

 落合信彦の実物を見たのはそのときが始めてだった。

 小生、この愛国的共和主義者を尊敬はするが、好きではない。考え方もゼンゼン違う。従って彼の本はよく読むがとってはおかない。

 しかし、あの短気さと気持ちの切り替えの早さには驚いた。う〜む、男はかくあるべし。

 携帯男はというと、あとで気が付いたら姿が消えていた。別車輌の友人のシートの近くで空席を見つけたのか、荷物も一緒に消えていた。

 怒鳴った男とその連れの紳士は名古屋で降りていった。小生は大阪で下車し、夕方5時には心斎橋の居酒屋に腰を落ちつけていた。

 福岡行きの新幹線のどこかの車輌の中では、あの携帯男がまた無神経な喧噪で周囲に迷惑をかけ続けていたかもしれない。だが、そんなことはもうどうでも良かった。その時の小生の頭の中では、目の前のビールの泡のように一日の出来事は少しづつ消え去って、代わりに金色に輝く至福の夜がたそがれ始めていたのだから。

※携帯と言えば仕掛け付き携帯を作って、いや、描いて見ました。このページの下の方です。(^^;)


第167話 5月13日 

■研修会、セミナー・・・睡魔との戦いに漫画翻案法

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「そこの人っ!聞いてますかっ!」

 ひそかにカマキリ女史と名付けた女弁護士が小生の隣の席を指さして怒鳴った。甲高い金属的な声が耳に突き刺さる。女史のふりあげた腕にまるでカマの刃がついているように思えて、おもわず首をすくめた。

「いいですかっ!男性優位の社会はもう時代から消えて行こうとしてるんですっ!パートナーとしての女性への謙虚な態度こそが必要なんですっ!」

 この女性弁護士センセイは、ひとこと毎に「っ!」をつける。したがって前から4番目の列に座っている小生には被害はないのだが、最前列に並んでいる役員たちの頭にはひっきりなしに女史の有り難い言葉といっしょにもれなくつばが飛んでくる。「ちゃんと聞いて理解していただかないと、大変なことになるんですよっ!改正男女雇用機会均等法の主旨を理解するのは当然で、それよりですねっ(またツバが飛んだ)女性への根本的な尊重の態度が必要ということを心から解っていただきたいっ!わたくしが言いたいのはこれなんですっ!なんといっても、世の中には女性と男性しかいないんですからねっ!」

 一時間半の講演会が終わって、なぜかホッとした表情の人事部長が立ち上がってマイクをとった。

「なにか質問は?この際ですから是非・・・」

 小生は隣の席の男をうながして会議室を出た。彼はそうとうひどい二日酔いらしく、午後三時というのに息が臭い。

「なに言ってんだ。世の中には女と男だけだって?ちがうな、世の中にいるのは酔っぱらいと下戸だけだ」

 そう訳の分からないことをつぶやいて彼はゲップをした。

 このセミナー、開催したという事実においては確かに意義はあったのだが、実効となると・・・。あとはここには書けないなあ、仕事場で読んでいる人がいないとも限らないし。

 このように演壇と客席の温度差が開いてしまうのはよくあることだ。講師の熱意がからすべりしているときとか、強制的に動員されたセミナーとかでは特にそうなりがちである。深刻なテーマを律儀な一本調子でやられると、覚醒を保てるのは開演3分が限度だし、さっきの男のように二日酔いで寝不足だったりすると席に着いたとたんに頭がガックリと垂れてしまう。広い会場で、演壇が遠く、おまけにプロジェクターを使用するために会場の照明が溶暗状態のときなら、心配はイビキだけだから寝るにかぎる。しかし、仕事場の会議室で、目と鼻の先に講師が居るというときにはそういうわけにはいかない。

 小生はまずメモ用紙を広げる。ペンを動かしていると眠気は襲ってこないのだ。おまけになんだか真剣に取り組む姿勢ってものが醸し出されるではないか!二兎を得るとはこういうことだ。

 じつは正確に言うとメモ用紙を広げるのであって、セミナーの「記録テキスト」を取るわけではない。とんでもないことだ。そんなことをしたら1分で寝てしまう。

 まず講師の似顔絵を描く。これがセンセイへの礼儀というもの。顔を描いたら手足をデフォルメして書き込み、吹き出しをつけてネームをいれる。(「ネーム」の意味が分かる方、あなたは偉い!)講師のキャラクターを考案するのはイメージトレーニングとしても有効だ。だいいちキャラクター開発という業務上のメリットにも、いつかは、多分役に立つ、かもしれないではないか。

 このセミナーの時にはこんな絵になった。

 粘着性の唾液を吹き付けられて身動きできなくなった新人男性社員。からめとったその獲物を、鋭いカマで捌こうとするカマキリ女史。その周囲の余白や吹き出しには女史のお言葉から連想する情景をカットやネームで構成していく。講演が終わる頃にはA4サイズの紙に3枚ほどになった。カリカチュアだが講演の中身は多分網羅しているはず。この4枚のメモ用紙から講演録を作成することも可能だ。漫画翻案法とでもいおうか、この方法ならまず眠気からは逃れられる。

 講師は蒲田という(人権派)弁護士だ。これで名前がキリコだったら漫画だ。残念ながら、女史は菜食、いや才職(誤植にあらず)兼備のキャラにふさわしい「聡美」とおっしゃる方だった。漫画にしやすい容貌というのは確かにあるものだ。蒲田センセイの場合、描いた自分もおっかなくなるほどのキャラクターに仕上がった。寺田克也の描く大猿妖怪もマッサオといっていい、かもしれない。(寺田克也のファンのかた、ごめんなさい)

 きょうは、これまで。

 え?その絵を見てみたいって?

 いや、妖怪カマキリッチは門外不出でござる。もし仕事場の、それも総務関係の方がご覧になったりしたら、ひじょーに困るので。


第166話 5月8日 

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■デジタルな、カメラと絵筆と

 最初に買った自分のカメラは、オリンパスの名機「OM-1」だった。露出計が付いているだけのマニュアル機だ。その後ニコンFをシステムで揃え、いまはFEを持っている。使っていると言わないわけは聞かないで欲しいが。E(=電気)の付く機械方面はこれが限界だ。ロボットのような今の一眼レフには近づきたくもない。もともと小生は完全なアナログ人間なので電気に弱いのだ。その「電気」が「電子」になると口元がひきつり、奥歯が鳴る。カタカナだらけのマニュアルを手にしようものなら指が震えてしまう。念のため言うと、この場合は断じてアル中のせいではない。こうしてデジタルというタイトルを打ち始めただけでもう手がぶるぶると振動しているのだ。これではいけない、落ちつかなくては。冷蔵庫からビールでも持ってくることにしよう。

 OM-1もNikon-Fも、光の描写にいい味を出してくれるカメラだった。ズイコーレンズはコンパクト性を第一のプロモーションコンセプトにしていたが、プロダクトの優位性は、間違いなく得意技のマクロ自然写真で最大限に発揮される、独特の柔らかな光と影の描写性能だった。ニッコールレンズは正確細緻な表現力が売りだったが、たとえば小生の最も好きなF2.8/200mmなどは、開放値にして被写体を逆光でとらえる時などに思わず溜息をついてしまうような色と光をポジフィルムの上に描き出していた。もっとも感材(フィルム)の特質によっては出来上がりはかなり左右されるから、それを変数として織り込んで撮る必要はあったが。

 光の描写といえば、作家では藤沢周平さん。このひとの作品では、たとえば何色にも変化する江戸の空を見ることが出来る。もちろん写真や絵ではなく小説だから、読み手の数だけ様々な光がある。色も匂いも味もある。酒も料理もある。したがって文章は読者の心にどれだけ響き、共鳴させられるかが勘所なのだが、それは写真や絵という表現創作行為にとっても全く同じなのだろう。

 アナログおやじの小生がウインドウズではなく、NECなどではもちろんなく、アップルのマッキントッシュを選んだのは、いま思えば幸せなことだった。はじめはワープロと表計算のためだけに必要に迫られて購入を決めたのだ。しかしこころの片スミでは、絵を試してみようかとも思ったのも確かだった。そしてある日の午後、今はもう潰れてしまった秋葉原の小さな店で、

「マックってのをください!月賦で」

まなじりを決してそう叫び、LC3を購入したのはもう100万光年も前のような気がする。

 以前はアクリル絵の具、さらにその前は油絵の具で悪戯していた絵は、いまアドビさんちの画材だけで描くようになってしまった。机の上や回りに散乱していたマーカーペンやツケペンやアクリル絵の具や羽箒、さらにはコンパスや溝引き(もうイマドキ君たちは知らないかもな〜)用の定規や烏口はとうに姿を消してしまった。

 写真はデジカメで撮る。メガピクセル機の描写力は解像度に応じて向上している。マニュアルの撮影の「醍醐味」こそないが、記録やスナップといった用途なら十分に使用に耐える。

 しかし、根本的に失ったものがあるのも確かなことだ。

 移り行く光を見据えて、一瞬のシャッターチャンスをじっと待っていたころの創作的意欲などというものはすっかり希薄になってしまった。

「あ、あそこに白いビニール袋が落ちているぞ。ま、あとで消せばいいか」

 マックで処理するのが普通だから、撮影者としての魂もかくまで下落してしまっているのだ。

 これでは、いけない。

 しかし、ひとは便利な物を決して手放さない。

 あともどりすることは、ないのだ。

 きのう手元にG3カードが届いた。さっそく自分のマックに差し込む。ソフトをインストールして起動。順調に動き始めた。ペインターのポインターに描画スピードが追いついている!感動!メモリは180MBしかないが、とりあえずG4まではこれでいこうと決めた。かくしてアナログおやじはデジタルな知識は絶無のままデジタル道具に埋没して1と0で絵を描いたり写真を加工したりしてゆく。一瞬にして消え去るというリスクにちょっとだけスリルを感じながら。

 イラストレーションという雑誌の117号(1999-5)にCG LOVE「女性イラストレーター編・CGの愉しみ方」という特集が載っていた。うらわかき(あんまり若くないひともいるが)女性クリエイターたちのアンケートを読んでいると、なんと自然に便利な道具としてのコンピュータにとけ込んでいることか!

 オヤジはまた愕然として、もう何年もバージョンアップできないマック本(Mac Fan)を開き、タブレットの新製品の広告などを眺めるのだった。


第165話 5月5日 I●I 

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■端午の節句

 数年前になるが、岐阜の川に通い詰めた一時期がある。そこは良型のアマゴに、黄色味の強い岩魚が混じる里の川だった。素泊まりの宿の裏手からすぐ入渓できるのも嬉しいし、なにより釣り人がほとんど入っていないので魚がすれていない。朝の4時、まだ薄暗い川面にそっと仕掛けを伸ばし釣り始める。川幅は4mもないような小渓だ。頭上には雑木や笹竹が多い被さるように茂っている。いわゆるボサ川である。4.5mの渓流竿に0.2号2mの糸。やまめ針の4号を直結し、天井糸として1号ハリスを50cm。全長2.5mの提灯仕掛けだ。いつの初夏だっただろうか、その朝も鬱蒼とした緑のトンネルのような川を遡行していた。木漏れ日が次第に明るくなっていく。釣り始めて3時間ほどたっただろうか。ちいさな淵で20cmほどの岩魚を抜き、頭を弾いてしめてから腰の魚篭に収めた。そろそろ朝食にしようかなと、ボサをかきわけて川から上がったら、そこは農家の広い庭だった。思いがけないくらいの強い朝の光が一面に満ちていて、その白い光りのなかで子供たちが遊んでいた。空は深く青い。遠いなだらかな山渓の連なりにくっきりと影を落として雲が流れている。そのとき突然旗を打ち振るような大きな音が頭上で響いた。驚いて見上げると、何連もの大きな鯉のぼりが風に高く舞い、朝陽を受けて輝いていた。

 あ、まもなく5月、端午の節句なのだと気が付いた。県道に出て、宿への道をたどりながら見渡すと、点在する農家の屋根ごとに高く竿が立ち、風車は金色に輝きながら勢いよく回転し、黒と緋の鯉が風を一杯に受けて大空に平(ヒラ)を打っている。狭隘な都会の暮らしではもう見ることが出来ない景色だった。この年のGWの釣りはこの日で終わった。

 きょうは5月5日。昨日来の雨もあがり、よく晴れた真っ青な空にはさわやかな光りが満ちていて、あの岐阜の里を思い出させる。我が家の裏の原っぱの向こうに一軒の農家があり、その庭にはあの里ほどではないが大きな鯉のぼりが立ちあげられて風に舞っている。きょうは連休最後の日、穏やかな午後。

 休みの間に読んだ本 

「パニックY2K」〜まあまあ面白かった。年末には、食料とガソリンと水を確保しておくことにしよう。

「島津奔る」〜池宮彰一郎さんの丹念な調査執筆の姿勢には感嘆の他はない。とくに下巻、関ヶ原の戦いの描写は素晴らしい。僅か600人の薩摩兵が義弘公を護って幾万の敵兵の真っ直中を薩摩に向かって奮戦死闘しつつ退却して行くくだりは馴染みのある話しなのだが、あらためて読み込んでしまった。最後の1ページに薩摩人の心がきちんと描かれていることにまたも感嘆。


第164話 4月28日 

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■かごしまのはなし

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 錦江湾で鯛を釣る!

なんという魅力的な響きのフレーズだろうか。鯛ばかりではない、鹿児島湾ではカワハギもウマヅラもアラカブ(笠子)もブリもそしてエイも鮫も釣れる。暖かい海では冬でもパールピンクのキスが心地よい引きを味わわせてくれるし、なぜかアタリがない時にはすぐそばの波の間からイルカが顔を覗かせたりもする。釣り師にとってはちと迷惑な連中だが、なぜか憎めない。

 この海は波も穏やかだ。竿先から目を上げると湾内のどこからでも、桜島の雄大な姿を仰ぐことが出来る。シアン100%の南国の空に、かすかに煙を上げて聳えたつこの火の島は、男性的というにはすこし優しいシルエットを持っている。いちにちの陽の移り変わりの中で美しく7色に変化する桜島、その溶岩の磯ではまた様々な魚が竿を絞ってくれる。

・・・と書いてくると、小生は恵まれた釣り環境にいる、あるいはいたのだなと誤解されるかもしれない。だがじつは小生、高校卒業まで錦江湾で釣りをしたことはほとんどないのだ。釣りを趣味としたのは就職してからのこと。声帯ポリープの手術を受けて声を出すことを禁じられたその期間に、人と会話しなくて済む渓流の釣りを始めたのがきっかけだったことは、以前に書いた。

 豊穣の海がすぐ目の前にあったのだなと、後年釣りにはまってから気が付いたのだ。惜しいことをしたな、もっと早く釣りをはじめていたらなと思うが、まあ、後悔は常に追いつかない距離を置いてやってくる。幼稚園のころ遊んであげていたとなりのみっちゃん(紀ちゃん)が、あの藤原紀香だとつい最近知った、というようなものだ。ウソだけど。

「錦江湾ではなあ、東京では考えられなんことじゃっどん」ネットで知り合った同郷の釣り師がそう勢い込んで言った。

「こませなんかいらんど。あんなものを使って磯焼けさすっとな、釣り場がだいなしになっど」

 磯焼けというのは、こませのオキアミやアミエビが磯の釣り場に沈殿し酸化してしまうことだ。だがむしろその釣り師がいいたかったのは、錦江湾の釣り師はこませで魚を寄せるなどという、せこい釣りはしないし、する必要もない、ということだったのだろう。そう、誇り高い薩摩の釣り師は、手釣りでタイやブリを釣るのだ。手のひらに火傷しながら一本の糸や綱や針金を介して大物と戦うのだ。まったくヘミングウエイの世界ではないか。このゴールデンウイークは、小生しばらくぶりにニュージーランドへ行って鱒釣りとスナッパー(鯛)釣りとNZ麦酒とバンジーに耽溺する日々をすごすつもり。楽しいだろうな。ぜんぶウソだけど。

 贅沢は言わない。なんでもいいから釣りに行きたいものだ。もう半年近く釣りに行っていない。このあいだなど、家の裏のはらっぱにできた雨の水たまりをついのぞき込んでいる自分に、気が付いて驚いた。こうなったらお仕舞いだな。このGWは娘を連れて鱒釣り場に行くことにしよう。薫製も作らなくては。

 みなさん、よい休暇を!


第163話 4月22日 払暁

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■困ったひとびと

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「おかえりなさい」とかみさんが玄関のドアをあけた。居間にあがってパソコンケースをソファの上に放り出す。ケースの中にはいっているのは哀しいことにパワーブックではなく、アップルのカタログとマックファン一冊だから、放り出しても壊れたりしないのだ。(中古でいいから、PBが欲しいぞ!)

 普通ならここで「ごはんはすんだ?」とか「とりあえず焼酎でも飲みましょうか」とかかみさんが聞くのだが、この日は違った。朝がたから降り始めた雨はまだ止む気配もない。

「何人、きょうは?」

 朝から雨の日だった。仕事場に行く途中の地下街でも、駅の地下通路でも勤め人や学生がひしめき合うように行き交っていた。それぞれが傘を手に持っている。最初の奴は池袋駅の階段で小生を追い抜いていった若いサラリーマンだった。傘を水平に持って、しかも前後に振りながら歩いている。

「危ないね、子どもの目でも突いたらどうするの?」と声を掛けた、つもりだった。が、実際には一瞬の出来事にすぎない。たぶん相手にはこう聞こえた、かもしれない。「馬鹿野郎!」

 その男は叩き落とされた傘を拾いながらこちらを見上げたのだが、口を半開きにした惚けたような白い顔は、全くの無表情だった。驚いた、というより、なにがおこったかが理解できないのだろう。こういう人々はこういう場合、例外なく同じ表情をする。

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「ふたり」

「ふーん。焼酎がいいかなあ、それとも日本酒?」

「焼酎がいいね。魔王がまだ残っていたかなあ」

 魔王というのは鹿児島の本格焼酎だ。生産量が極めて少ないので、手に入れるルートを確保するのが大変だ。それほど人気がある。上品な口当たりの芋焼酎だ。湯で割るとやわらかな馥郁たる香りがたまらない。南日本新聞の某広告管理部長のデスクか、西方某駐屯地の司令の部屋くらいでないと、いつでも手にはいるという訳にはいかない。

「お湯割りがいいわね。ちょっと肌寒いから」

 ふたり目は六本木の仕事場に近い地下通路の、登りエスカレーターだった。この人は小生のすぐ前を歩いていたが、エスカレーターに乗って立ちどまった。小生の眼前上方1mのところに傘の尖端が突き出されている。出口に近づいて行くにつれて、その(木製で、あまり尖ってはいなかったが)傘の切っ先がだんだんと下がってくる。パソコンケースで払いのけ、こちらの傘(尖端は尖った金属)を彼の胸先に突きつけて、

「目を突いてしまうところでしたよ。お互いに気を付けましょうね」と言った、つもりだった。どう聞こえたかは知らないが。

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「あれ、あんまり残っていないわね、魔王」

「ほんとだ。もう半分しかないなあ」

 お湯が沸いてきた。薬缶の蓋が音を刻んでいる。「もったいないから、今日は<いいちこ>にしましょう」

「そいが、いいね」焼酎を飲もうとするときなど、条件反射的に薩摩弁になる。故郷の陽の光や風のにおいまでも感じられるようで、なかなか嬉しい。

 先週の話しを思い出して書いた。

 昨日、仕事場からの帰りの電車で読んだ週刊文春に、某朝日新聞の社員の不祥事(卑劣低俗不倫騒動)が出ていた。東大から某朝日新聞に入社し、永田町界隈を遊泳していた「特別に選ばれた、特別な」人種だと自称自賛する人物らしい。その写真を見て気が付いた。所沢のダイオキシン騒動の時に、視聴者を指さして(指さしたのは2カメだといってもダメである)バカ野郎よばわりをしたあの人物ではないか。北朝鮮や中国の現代文化政治のエバンジェリストとしてだけでなく、日本の優れた平和的進歩的文化を代表する某大朝日新聞にとってのイメージダウンではないか、と思っていたら、どうもそうでもないらしく、あの番組を降板しただけで、彼に対する処分など「マッタク考えていない。そんな話題すらでていない」そうだ。うちの会社ならすぐに網走出張所行きになるところだ(ないけど)。

 昨日は雨は降っていなかったが、小生のパソコンケースにタバコの火を押しつけた「歩き吸い」の男性に注意した。パソコンケースは固いABSプラスティック製だから、彼は手首がすこし痛かったかもしれない。しかし、火のついたタバコを大きく振りながら歩くことの危険さを知らないことのほうがもっと痛い目をみることにつながる。小生はその火を目に受けた子どもの話を聞いたことがあるのだ。まことに放置いや法治社会というものはありがたいものである。彼は手首を失わなかったことを感謝すべきであろう。

 昨日の夜は、うちに帰ってもそのはなしはしなかった。あんまり言うとかみさんがこう言うに決まっている。

「でもねえ、いいかげんにしたほうがいいですよ。はい、焼酎」


第162話 4月16日

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■釣りに行く、はずだった日のおひるやすみ

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くやしいことに薄曇りの、風もない、あたたかな日だ。今日は釣りにいくはずの日だった。

いま古いビルの20階にある仕事場の窓からぼんやりと外を見ながらキーボードを叩いてこれを書いている。テレビ朝日とアークヒルズのマンションビルのあいだから、全日空ホテルのプールが見える。夏場なら長方形に切り取ったようなプールの青い水面が日の光に反射して眩しいほどに輝き、その光の中で結構な水着姿が見えたりする。ときには結構じゃない水着姿も見えるが。いまはまだプールには水も張られてない。プールサイドにはだれもいない。遅い春の穏やかな午後だ。

くやしいといったのは、釣りに行けなかったことだけではない。一緒に行くはずだった連中は、無事会社をサボることに成功し、いまごろは缶ビールを片手に竿先をみながら、やわらかな潮風と寿司弁当を堪能しているに決まっているからだ。

小生が行けなかった理由は「会議」のため。じつは釣りの予定を立てたとき、きょうの午前中に会議のあることをすっかり忘れていたのだ。ダブルブッキングだ。わが業界ではあってはならないが、実はよくあることだ。まあ、自分が悪い。誰も責めることはできない。ふり上げたこぶしは自分の頭におとすしかない。こういうとき、小ギャルなら「ちょーイヤだ」とか「すっげえ〜むかつくう」と叫んでコンビニのごみ箱でも蹴ればすむのだろうが、まっとうな給与生活者である小生がそんな振る舞いをするわけにはいかない。しかたないので会議が終わってすぐに早飯に行こうとしたら電話があって客が来ることになった。

めし時にくるなよな〜。あ、11時20分だから飯時と断言するにはちょっと早いな。しかたない。古い友人であるその客とお昼に行こうと思って待っていたら、30分遅れてきて立ち話をし、あ〜いそがしい、それにしてもお前んとこの受付の子は可愛いね、と余計な一言を残して、彼は帰っていった。

なんだよ、昼食にいく時間もなくなったじゃないか!しかたないので給湯室で女の子たちに混じって焙じ茶をいれ(爺いくさいなあ)、デスクに返って仕事場の若い人からカロリーメイト(フルーツ味)をめぐんで貰って喰っている。なさけない48才だなあ、われながら。

おもえばもう半年ちかく釣りにいっていない。わがひるね蔵の釣行記もたぶん昨年の10月が最後のはず。まてよ、12月に鯛釣りにいったんだっけ?覚えていないぞ。そろそろ小生にも老人力がついてきたかな。ま、今年になってから海だろうが川だろうが釣りにいってないのは確かだ。かくして多摩川には魚があふれ、相模湾の鯛は絶滅の危機をのがれ、釣り人たちはこころゆくまで釣りを楽しみ、釣果をうちに持って帰れるということになる。

奥多摩の恐怖、東京湾の奇跡、狭山湖の密漁王。そうよばれたひとりの釣り人が息を、じゃない竿をひそめていることを、魚一族と釣りオヤジたちは感謝しなくてはならない。ん、われながらエラそうだなあ。なんだか、よたばなしが止まらんぞ。

船の上でも、仕事場でも、よたばなしと法螺から逃れられないのが釣り人のサガというものだ。

ゲフゲフゲフ、なんだか胸焼けしてきた。カロリーメイトなどと敵性語の名前のついた代用食料を喰ったのがまずかったかなあ。あ〜それにしてもつまらぬ日記だな。詰まっていいのは財布と頭脳。詰まって困るは奥歯と血管。(と、腸と糞と鼻と、え〜それから・・・え?いいかげんにしろって?)


第161話 4月11日

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■日曜の、つまらんタワゴト

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 きのうの午後から雨足が強くなり、おまけに風も激しくなった。とてもキャンプに出かける天気ではない。しかたなく昨日は一日中部屋に垂れ込めて麦酒をなめつつ本を読んでいた。きょうも朝から雨。もう午後五時近いというのに小降りにはなったもののまだやまない。どんよりと暗く低い雲が窓から見えている。

 きょうは午前中ずっと絵を描いていた。この24日から開催されるシグナルコー第13回大会のオフィシャルマガジンの表紙のイラストだ。

 シグナルコーというのは、春と秋、年に二回開催されるクラシッククロスカントリービークルとクラシック電子通信機器、それにレプリカ&ユーズドアームズの(わかるかな?)愛好者たちによる展示トレードイベントである。(わからないだろうなあ)

 簡単にいうと古いぽんこつ車輌(ジープやトラック)と時代遅れの無線機なぞが好きなオヤジたちが、日頃の家族や近所の白い眼を気にせずに宴会したりフリーマーをやったり部品を交換したりできる至福のイベントだ。200人(120輌)ちかくのメンバーが集まってくるため、広い河原で開催することが多い。一般のひとたちには変なオヤジ集団と見えるらしく近寄っては来ないが。(通報されたことはある)

 某巨大電気機器メーカーのグラフィックデザイナー氏が編集する会員誌「プラトーン」はB5サイズ中綴じ20ページ、写真点数50以上というオフセット印刷の本格的な出版物だ。記事も写真もデータで編集者に送られ、データのまま編集(DTP)され印刷入稿される。商業出版物より一足先にデジタル制作&送稿の環境を実現している。当然、小生のイラストも基本的にデジタル制作である。近所のエステティックサロンの上質紙を使った片面刷りのチラシに、まずサインペンでいい加減な下絵をフリーハンドで描く。後でなんとでも修正が効くから少々の間違いは気にしないで描きすすめる。イラスト全体の構図よりイラストを構成するパーツ(酔っぱらい、車、デフォルメしたタイヤやシールド、酒瓶、焚き火など)を書き落としのないように気をつけて、とにかくドンドン描く。

 30分くらいで一応かきあげたら、ここからはもうマウスとタブレット用の電子ペンしか使わない。フォトショップ4.0でスキャナーからこのドラフトを読みとり、モニター上での作業にはいる。

気をつけるのは、作業の段階を当初からいくつかに分け、それぞれの段階で別名で保存すること。こまかな加工をするパーツはレイヤー上ではなく新規のファイルを作って作業することなどである。それから、レイヤー機能と、選択範囲の反転や範囲内でのコピーを細かに使ってゆくことも大事だ。別に論理的な根拠はない。自分の使い勝手がいいというだけで、人が見るとかなり無駄な作業も多いかも知れない。

 3時間くらいで仕上げて編集者にメールに添付して送った。送ったら肩から力が抜けた。

 けっこう根を詰めた作業になったのだろう。肩は凝ったが編集者からの宿題が終わったので気分はいい。詰まっていいのは手作業の根と財布の中身。詰まっていけないのは腸と血管。

 いつも会社の帰りに「つまらん、つまらん!」と愚痴るオヤジ友達に、そう言ったのを思い出した。

 彼は腸閉塞を3回、鼻血管動脈破裂(要するに鼻血どばー)2回のつわもの、いや詰まりものなのだ。

 つまらんオヤジ洒落をいってないで、こんどは本でも読もう。なにしろきょうは禁酒日。なにかやってないと手持ちぶさたでしかたがない。

 禁酒日かあ、つまらんのう!


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