ひるね蔵 蔵守日月

けふの手控え

今の所、頻繁に更新しているので、「リロード」してください!11月になったので、10月の「手控え」を切り分けました。

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第139話 11月28日

 世間ではリストラの嵐が吹き荒れている。会社も生き残りに必死だが、社員のほうも勿論、うかうかとはしていられない。ちょっとした油断が経営者に理由を与え、左遷リストラそして慢性失業、ハローワーク通いとなる。

 ハローワークでも、なかなか良い条件の仕事など見つかることはない。自分の希望年収見積もりを、希望の三分の一にしてやっとなにがしの仕事にありつける状況らしい。そこで川柳をひとつ。

  いばれない ハローワークの 古参兵     秘剣

あさ、眠い目をこすって朝御飯をかき込み、仕事に出かけることの出来る幸せをいつくしむことが必要ということだろうか。

  目覚ましの 音懐かしむ 失業中       秘剣

こんな厳しい世の中でも、保険屋さんたちは、したたからしいぞ。ハローワークの前には保険の勧誘員がひしめいているそうな。失業者を保険に入れようということではない。すくなくとも、そこでは。

ハローワークに通ってくる失業者を保険外交員に勧誘するんだそうだ。

新米の保険屋さんたちは、自分や家族、知り合いをひととおり保険に入れたら、もう成績を上げることは出来ずに辞めていくのだそうだ。結局保険会社は労せずして契約を増やせるということだ。ずいぶんとしたたかというか、悪辣といったほうがいいくらいの仕業ではある。ただ、仕事場で、団体保険に加入できるうちが花かもしれぬ。

  掛け捨ての 「捨て」が哀しい 保険金    秘剣

リストラをテーマに、短編を書いてみました。ここです

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第138話 11月25日

例年、年賀状は師走も押し詰まった27日ごろから書いている。

理由は簡単。数人で一緒の版で年賀状を印刷しているのだが、原稿が揃わずに入稿が遅れるからである。4C/2Cのカラー印刷で、校正を一回出して貰うので、結構時間がかかる。時間がかかるといっても年が明けてしまうとほとんど意味が無くなるので、結局印刷所を煩わせることとなる。普段仕事でおつきあいしている所だから無理をきいてくれはするが、普通ならこうはいかない。

入稿→校正→下版印刷→納品という行程を中3日でやってしまった年もある。クライアントにはとても言えない。

今年は、早めに原稿は仕上がったのだが、早めに出したいところもあるので、一部オンデマンド印刷で刷ることにした。

官製の年賀はがきを使用するので無駄は出来ない。湯水のように印刷し、書き損じ、捨ててしまう私製はがきとは、なんと緊張感が違うことか。

今年もはがきの全面に、ジープや釣りオヤジや酒瓶がてんこ盛りの支離滅裂なイラスト年賀状である。今年は戦車とパラシュートまで混ざっている。しかし、データを作ってしまってからウサギをかき込むのを忘れたことに気が付いた。気が付いたが、もうかき込む余地がない。ま、いいか。

年賀状のスケジュールが話題になる季節だ。こうなるともうすぐ年末。そして正月。そして、4月新年度。そしてすぐ4月30日になってまう。え、30日がどうしたって?

はあ、拙者の生まれた日でござる。ま、それでもまだ大台には手が届かないのでござる。(ojisan見てないだろうなあ)


第137話 11月22日

フリーマーケットで、お宝をゲットした。

西武池袋線の「稲荷山公園駅」は、入間の航空自衛隊の中にあるといってもいいような都市公園だ。広くて、そしてこれが大事な点なのだが、遊具や舗装といった点では(幸い)全く完備していず、なかなかいい雰囲気の空間になっている。

ここでフリーマーケットがあるというので、朝御飯を食べてすぐにカミさんや子供たちと出かけてみた。駅にして三つ目だ。車なら15分。駐車場のことをかんがえると、電車でいくのが楽だ。フリーマーは、結果としては「がらくた」が増えるだけなのだが、見て回る楽しさや、値段の交渉、かけひき(といっても二つで1000円というのを、500円に値切る程度のことなのだが)が面白い。

出店者も60店ほどのこじんまりとしたフリーマーだった。衣類がほとんどだったが、小生にとっては「お宝」、他人にとってはゴミといえようか「チョー古いプラモデル」と「チョー古いスピニングリール」をゲットした。ボーイング727、ダグラスDC8といった、約30年くらい前のストックモデルが、ここには書けないような値段ででていた。売っていたのはおばさんだったが、なぜこんなものがという小生の問いに、おばさんはハアと言うだけ。信じられないような値段で、4つのプラモを買った。

そこから、20mくらい先の店で、中年の夫婦が小物を並べていた。シートに並べられた衣類や、ガラス製品などのかたわらの、小さな段ボール箱の中を覗いて、小生は、一瞬目を疑った。そこには古いタイプのリール、それもインスプールタイプのスピニングリールが4個はいっていた。巻いてある糸は劣化し、ハンドルは固い。油汚れでメーカー名も読めないほどだったが、どれも30年以上前の製品だ。もう消えてしまったメーカーのものもある。名前を変えたメーカーのものもあった。いずれも、古いというより、ミュージアムコレクションといったほうがいいかもしれない。これは一個5000円でも高くはない、といっていい。

おそるおそる小生は聞いた。「これは、いくらなの」

帰ってきた答えは、「それ、動かないけれど、いいのね」「うん、ちょっと懐かしいんでね、欲しいんだけど」

夫人が旦那のほうを見て「あなた、これはいくらでしたっけ」

旦那がこっちを見て言った。「故障してるよ。ま、一個100円かな」

ハンドルがない一個をのぞいて、3個全部を買った。300円で!

うちに帰って、分解し、ギヤに噛み込んだ糸を取り除き、油をさし、磨き粉で拭きあげたら、輝くようなクラシックリールが復活した。しかも完全に動く。

これは、使わずに飾っておくことにしよう。

あー、結構な、よい一日だったな。



第136話 11月18日

18日未明の流星群を観た。

拙者の長屋のある埼玉西部地域は、いまはダイオキシンでなさけない有名ぶりを発揮しているが、宮崎駿さんの傑作、トトロのふるさととして知られる狭山丘陵を後背し、水よし、空気よし、人情またよしという土地柄だった、はずである。

いまは、大気は汚れ、川はむしろドブというべきで、人情豊かな土地の人のかわりに、えせ農家と、バイクやクルマを買ってもらって跡継ぎを承知したそこのボンクラどもの跳梁する街になってしまった。

しかし、この街もはずれまでくると(ま、そこに住んでいるわけですが・・・)まだまだ夜の空はむかしの暗さを保っていて、闇は恐く、風は冷たく、朝日は勢いがよく、といったふうに自然らしさがすこしは残ってはいるのだ。

昨日のというより、きょうの朝、獅子座流星群が33年ぶりに出現するというので、楽しみにしていた。午前2時ごろから、高校生の娘と「あ、あそこ!」とか、「あっちだあ」とかいいながら、流星にみとれていた。今日が仕事でなかったら、傍らに焼酎を熱くしたのを置いて観測にあたった(というほどのことではないが)のであるが、残念なことであった。

おびただしい流星(ながれぼし、といったほうが語感が良いが)のひとつひとつにそれを見る人たちの思いや祈りが投射されているとすれば、きょうの未明の天空の饗宴はその意志の交錯という点でもすさまじいものがあったのだろうな。

流星群を見上げていて、ふと着想があったので、短編を書いてみました。ここです。


第135話 11月16日

わが薩摩の大先輩、帝國海軍の栄光といえば、東郷平八郎元帥である。

このごろでは、歴史の教科書に「手塚治虫」や「小田実」はのっていても、東郷元帥やましてや広瀬中佐はでてこないか、ほんのおまけ的なあつかいらしい。手塚治虫は好きだから文句はないが、小田のようなキチガイを手塚氏と一緒にあつかうなぞ、とんでもない。(不穏当な表現がありました。訂正もお詫びもしませんが、気にしないでください)

ましてや、明治以来のわが国が西欧列強に対して戦った歴史を軽んじるべきではない。

あ、こんなことを書こうとしたのではなかった。

東郷元帥でも、バルティック艦隊を発見できず、したがって「敵艦見ゆとの警報に接し」なければ、いかな天佑神助があろうとも「これを撃滅」することはできなかっただろう。それと同じく(ぜんぜん違う、といわれそうだが)海に魚群が発見できなければ、これに挑み、バトルし、釣りあげることはできない。そういうことを言いたかった。

土曜日はみごとに「天気晴朗」であった。亜細亜解放の端緒となったあの日本海海戦の日とおなじく、突撃する釣り人らの意気は天を衝き、大勝利への決意は鋼のように強固だった。雲一つ無い浦賀水道に白波をけたてて出撃する船の上空には、まさに昇らんとする旭日が矢のような光をほとばしらせていた。

だがしかし、運命は情け容赦なかった。勝利のあろうはずがなかったのだ。なぜなら、戦端が遂に開かれることがなかったからである。

「きょうは、ダメだあ。昨日はよかったんだけどおう。まあ、しかたなかんべさあ」

例によって、漁師語で船頭が言った。「またきてくんな」

そして、情け容赦のない言葉が続いた。

「勝負は時の運だからおう。潮がよくなりゃあ、すぐ釣れるようにならあ」

ひがなたゆたう波に揺られ、ビールを飲み、むなしく仕掛けを100mの海底に下ろしては上げる、その繰り返しで一日が過ぎたのである。

この日のつりは、鯛の「こませ釣り」であった。基本的には待ちの釣りである。太刀魚のように、しゃくって、誘って、だまして、ひっかけるといった釣りとは違う。お大尽の釣りに近いかもしれぬ。ちなみに、小生はこの釣りでいい思いをしたことがほとんどない。

往復7時間。総経費○円(こわくて書けない)。それでも帰りのジープを走らせながら、つぎはどこに行こうかと考えているのだから、釣り人ってのは懲りないものだ。

朝日を拝み、夕陽に感謝して帰宅した休日であった。はあ〜


第134話 11月13日

 3年前の自分を見るような気がした。

 今日の日経新聞に20万円までのローン、利率1%!という全10段広告が掲出された。

iMacキャンペーン、いよいよ第二段階にはいったようである。

その新聞記事を手に、仕事場の飲み仲間が小生のデスクに駆け寄ってきたのだ。

「おい、これって、あの、あい、ああい、マックってやつだろ。どう、これ。ひとつ買ったほうがいいかなあ」

どうこれ、って、魚じゃないんだから。それに、かれはこれまでマックを触ったことも、そしてたぶん、買おうと思ったこともないはずだ。

「あのね、利率が1%ローンってのに釣られて買って、後悔してもしらないよ。20万円あれば、野毛屋に20回いけるよ」

野毛屋というのは、金沢八景にある船宿である。彼の定宿で、たしか去年の冬、彼には珍しく釣果に恵まれ、鯛とイナダあわせて50匹くらい釣ったことがあるはずだ。

「いや、俺はこれを買いたいんだ。今こんな気持ちになったんだから、今日買いたいんだ」

「あんたね、A型らしくもない。もっとしらべてだね、ウインドウズがいいのかとか、マックならなにがいいのかとか、ダンドリってものを考えたほうがいいと思うよ」

 しかし、彼は思いこんだら梃子でも動かず、一瀉千里、頑迷固陋、短気は損気との言葉に耳をかそうともしない。多くのマックファンがそうであるように。その点、かれは立派にマック使いの条件を充足していた。しかたがない。霞が関のゼロワンショップまでつきあってやるか。

「金は?」

「ローンを組む、ってんだから、あるわきゃない」

「銀行の印鑑は?」

「あ、そうか。いるか」

「あたりまえだよ。あしたにしたら、買いに行くの」

「いーや、きょう、なにがなんでも買ってしまう。ちょっとまってくれ。銀行に口座を作ってくる」

「・・・・・・」

彼が新規に作ってきた通帳とハンコをもってゼロワンショップにタクシーを飛ばしたのは午後2時。4時前には彼のデスクの回りは人混みでいっぱいだった。

「クンクン、リンゴの匂いがする」と鼻をうごめかしながらやってくるマックおたくたち。さわるんじゃない、ビールスがうつる!こらこら、マウスをはずすんじゃない!

「きゃー、かわいー」とさわりまくる女の子たち。

「これが、スーパーディスクかあ。どれどれ」ちょっと貸してねという若い奴の手をひっぱたく。

小生は彼に、心からの親切心でこう忠告した。

「しばらく仕事場に置いておくのなら、夜帰るときはキーボードとマウスを引き出しに仕舞って、鍵をかけたほうがいい」

彼は来月から、月5000円のローンを36回払い続けるのだ。

さっきの勢いはどこへやら、だいじょうぶかなあとこぼす彼に、小生は言った。

「コンピューターを買うってことは、後悔を一緒に買ったこと。でもね、きっと買って良かったと思う(と、思う、いや、思いたい)」

あすは、釣りだ〜。 


第133話 11月8日

このところミステリーに凝っている。

宮部みゆきや、フリーマントルの幻妖(こんな言葉はないけれど)な作品もいいし、佐伯衆一の江戸もの、福井晴敏のミステリー風の作品もいい。

なんといっても、秋は釣りとミステリー。そういうことになれば、これはもう、エド・ザーンの「プロドヘッズ川綺談」(朔風社刊/アメリカ釣りエッセイ集「鱒釣り」所収)にとどめをさす。巨大なマスに魅入られた青年釣り師の妖しいまでの狂熱と、それを追う恋人の話しだが、一貫してながれる真摯なトーンと、細緻な描写と、そしてなにより読後豊かな気持ちをそっと読み手に与えてくれるユーモアたっぷりのからくりがこの物語をきわめて上質な作品に仕上げている。

日本の山里の深い秋の夜には、「岩魚幻談」だろう。奇々怪々の逸話を20人の渓流(たに)師たちが語る実録は、自分がまるで幽谷のなかをさまよっているような幻想にひたらせる。

ホントに恐い話しは、「釣魚大変」の中にある。ご察しの通り、このタイトルは例の「釣魚大全」のもじりだ。しかし、内容はオリジナルで高質だ。ユーモアもあり、恐怖もある。特に、カミさんに始末される釣りオヤジの(おっと、バラしてしまった(^^;;)話しはとても生半可な恐さではすまない。世の中の釣り師たちの必読の書といえよう。

これらの本は、みな朔風社から刊行されている。朔風社は釣りブームなど相手にもせず、釣りに関する良質の本を出し続けている、いまどきめづらしい真面目な出版社である。この会社のサイトは、ひるね蔵のリンク蔵に収納されているので、ご興味を持たれた向きはご覧戴きたい。

よせばいいのに、自分でもミステリーを書きたくなって、このところ何人かの「読んでやってもよい!」というご奇特な方々に、愚作を書き散らしては送りつけて、ご迷惑をおかけしてきた。この場を借りて(じぶんちだけど)お礼申し上げます。


第132話 11月2日

神奈川県相模原市の高田橋といえば、広い河川敷で有名だ。日帰りキャンプや、バーベキューはもちろん、デコトラの大会や、四輪駆動車の集会など毎週のように催し物が行われている。以前にくらべると河川敷として整備され、結果として遊べるエリアは狭くなったが、盗難車の放置や、ゴミ、燃え殻(たばこ、焚き火から、車まで)の類がなくなった。それでも都市近郊としては広大なこの河原で、一泊のキャンプで遊んできた。

下の娘と河原に到着し、ジープからテントやバーベキューの道具などを下ろしていると、早速どやどやと迷彩服の青年がやってきて、テントを設置する小生の手伝いをしてくれた。あっというまに立ち上がったテントに寝袋や着替えを放り込み、こんどはバーナーで炭火を起こし、バーベキューの準備。肉を切ろうとしたら、また別の青年がやってきて、M16用の銃剣でささっと細切れにしてくれた。野菜を切ろうと愛用のナイフをとりだすと、こっちのほうが早いですよと、刃渡り60cmもあるマシェットが近くのテントから差し出され、またたくうちに夕飯の準備は整ってしまった。こういうことには慣れた人々が集まっているグループのキャンプなのだ。15mほど離れた所に列線駐車している3台のM35戦術トラックでは、高くそそり立った軍用の強力な無線機から神奈川県下一帯に電波を飛ばし、キャンプ会場の道案内をしている。会場の奥まったところにはハマーが独特のシルエットをみせて停まっていた。

事前の連絡では、逆光氏が夜来場するとのことだったので、一皿の肉を取り分けて置いたが、氏はこの夜は姿をみせず、翌早朝、朝日を背に会場に登場。その長身は逆光のせいか、真っ黒に見えた。さっそく炭火焼き肉&ビール宴会になったのはいうまでもない。朝7時の一杯も、野営の空気にブレンドされるといっそう美味に感じるのは小生だけだろうか。

太陽が正面から照りつけ、秋とは思えない強い日差しの中で、らちもない事をしゃべりながらビールを飲むという、まったく生産的でない休日を楽しみ、午後遅く酔いをさましてからの撤収となった。一足先に帰っていった逆光氏の顔が、順光のなかでも真っ黒だったことをつけ加えておこう。