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ひるね蔵 けふの手控え

187話 10.30

強い心臓

 心臓が弱い、といっても狭心症や弁膜症という訳ではない。毛唐、いや外国人たちのようにディベート向きの根性に乏しいということだ。古いヤツだとお思いでしょうが、(古いなあ、こりゃ)奥ゆかしさとか控えめとか聞き上手とかそういう本邦の民族文化的美風を小生は大事にするほうなのだ。争いごとや議論、自己主張といったものはホントに苦手なんである。チクチクと相手を言い込めるなどということはとてもできない。それくらいなら一気に斬り捨てたほうがいい。

と、そんなことを書こうとしたのではなかった。歳をとるとくどくていけない。

 

 ロンドンの3日目の夕方、ハロッズ百貨店にお茶を買いに行った。行って食料品売場を見渡すと、日本橋三越がハロッズのレプリカ(というも恥ずかしいが)ということがよくわかった。食料品売場の紅茶を扱っている一角は壮観だ。さすが、紅茶の国。焼酎の国のひとは感動した。従業員もしつけ教育がしっかりしている。

ブレンドして貰った紅茶の包みをかかえて宵闇の中を街へでた。中華屋がならぶ一角へ向かう。

 麺屋の看板のある一軒の飯店にあがった。無愛想で乱暴でモノを投げてよこす店員のいる(つまり中華スタンダードの)店だった。運ばれた品は、どれも独特の味と風味だ。日本だったら遠慮したい味なのだが、なぜか旨いと感じた。場所がそうさせたのかもしれない。となりの中国人のおばさん二人連れが、ひそひそ言っているのが聞こえた。「きっと日本人よ」

 中国語で「そう、日本人ですぜ」といったら、驚いた顔をして、「いつ来たんだ」とか、おいしいかと聞く。

 旨い、とほめると、そのおばさんは、ここはまずいねと言い返した。驚いたことに、ウエイターを呼んで強い口調でなにやら抗議している。聞くと、まずいから交換しろといったのよというではないか。おばさん、もうドンブリの半分は食ってしまってるぞ!そのドンブリを、うらめしそうにウエイターが運んで行ってしばらくしたらほんとに別の料理がやってきた。信じられない。日本人もこの強い心臓が必要だろうな。

寒風のなかをケンジントンの宿まで帰った。近くのコンビニで缶麦酒とミネラルウオーターを買い(2ポンドと少し、400円位か?)部屋で焼酎(持参していた(^^;))のお湯割りを作ってやっと人心地がついた。さすがにお茶の国だ。お湯を沸かすセットが完備しているので、焼酎の国のひとは助かった。

テレビニュースがパディントン駅の死傷事故を伝えている。宿のすぐ近くだ。

186話 10.28

美味しいこと

 午後早めに仕事場を出た。カミさんと銀座で待ち合わせ、築地に食事に行ったのだ。銀座四丁目からゆっくりと歩いて向かったのは、釣り仲間の新聞部長に教えてもらった「丸川」という安くて旨い寿司屋。

 新聞部長は昼前になるとよく「朝日新聞社に行ってくらあ」と言って出かけるのだが、実はどうもこの店に直行している気配がある。一度ならずご馳走してもらったので、これ以上は書かない。
 カミさんと築地の市場の中を冷やかして歩き、丸川に着いたのはもう12時半を回っていた。地下のテーブル席に落ちついて麦酒を頼みメニューを眺める。
 ところで、釣り人としては、光り物が美味しい寿司屋は信用できるといっていい。 この店はいわしもアジもサバも合格点。生意気なようだが、アジやサバを釣るのが好きな小生のような釣り人にとってはこれが寿司店の格付けの確実な指標なのだ。ほかの高価なネタについてはサッパリわからないけれど。ま、なによりリストラ旋風のなかで身を竦めている給与生活者にとっては、活きがいいというのと同様に安いというのが必要条件ではないだろうか。その点もこの店は合格だった。いや、ほんとに安かった。
 安いと言えば、フランクフルトの居酒屋も安かった。なにより麦酒が旨く、マスター(っていうのかな)がものすごく気持ちのいいもてなしをしてくれた。濡れた石畳を踏んで宿から歩いて15分くらいのその居酒屋街にむかったのは10月8日の夜。ホテルを出ると外は雨だった。部屋でレポートを書いていたのだが、小腹が空いたのでうわさに聞くライン川沿いのその居酒屋に出かけたのだった。
 その店では絵で注文した。ビールジョッキの絵、ソーセージ二本とキャベツ、適当なつけあわせの絵をレポート用紙にかいて初老のマスターに渡したら、しばらくたって厨房から大きな笑い声が起こり、シェフ(というのだろうか?)が小生のテーブルにやってきて「まかせろ」というようにまた笑った。やがて出てきた皿をみてびっくりした。小生が描いた絵の通りに料理が皿にのっている。適当に描いた付け合わせはポテトだったし、キャベツの盛り合わせかたまで絵の通りになっていた。まったく洒落た料理人だ。レポートを書きながらビールとソーセージに取り組んでいると、マスターがスープの皿を運んできた。「これはうちの自慢のスープだ。ビーフスープ」
 注文してないぞとドイツ語で言おうとして、ドイツ語で大学を留年した事を思い出し、諦めた。しばらくしてパンをてんこもりにしたバスケットが運ばれてきた。食えという。ヒャー、こっちはもう腹一杯だ。なんとかソーセージとパンの一切れを腹に納め、勘定をたのんだ。初老のそのマスターが持ってきた勘定書きを見てまた驚いた。安い!しかもさっきのスープは勘定されていなかった。
 おつりをチップに置いたら、実に嬉しそうに笑い、ちょっと歌を口ずさんで小生を送り出してくれた。こんな居酒屋や丸川のような寿司屋が小生は好きである。座って何万円とかいうキンキラのばばあがいるクラブや政治屋が出入りするような料亭なぞとは一生縁を持ちたくはないな。ま、持てないだろうが。


185話 10.23

パリのナイフ屋

 歩いて15分のところに美味しいパンを作っている店がある。きょうの午後はやい時間に、散歩がてらバケットを一本買ってきた。パンとチーズをナイフで切り、ローストビーフやハム、レタスと一緒にはさんでサンドイッチを作る。刃を立てたばかりのこのナイフはパリで見つけたものだ。質実堅固な作りが気に入って買った。オイル仕上げのグリップがよく手になじんで、とてもいい。仕上げは素朴だが、しっかりと作ってある。

 シャンゼリゼを西に向かって登り詰め、凱旋門を地下道でくぐり抜けたところにあった白いテント村。それは骨董市だった。高価な古い絵や家具、得体の知れない金具などが雑然と並べられていた。そのはずれのほうに古い看板をポールにくくりつけた小さなテントがあった。そこでひとりのオヤジがナイフを並べて売っていた。
 その古びた看板にGEOPARDと書いてあったので、ドイツか?と聞くと、そのイカついオヤジは憤然として看板を指さした。よく見ると、1827年/フランス、と書いてある。170年以上の伝統を持つフランスのナイフ屋としての誇りを傷つけられたと思ったのかも知れない。オヤジの扱っているモノがモノだ、あわててオー、フランス!と感嘆したフリをした。
 ナイフを手にとってみた。グリップのかしめもしっかりしている。フレードも厚い。ハリはずしのついた鱗落としが付いているから、おそらくこの鍛冶屋のオヤジが、釣り好きな農民のために作り続けているものだろうと勝手に想像した。自分と釣り友達のために4本購入した。さっき憤然として怒ったオヤジが笑顔になった。値段はここには書かない。ただ、小生が持っているナイフのうちでは安価な部類だといっておこう。まるで昔から使っているように手になじむこのナイフ、いい相棒になりそうだ。

 フランスで買ってきた最後のチーズを切りわけてパンにのせた。
 子供たちは部活やバイトででかけてしまったので、カミサンと二人の静かな昼飯になった。

184話 10.20

旅のあと

突然、睡魔ではなく、爆睡魔が襲ってくる。ははあ、これが時差というやつか。眠い眼をこすりつつ会社へ出すレポートを書いている。勿論仕事でのヨーロッパ出張だったから報告書を出すのはしかたない。業界紙にも記事を書くことになっている。コラムをかくのはちっとも苦ではないが、EURO統合後の汎ヨーロッパマーケティングについての小論を書くのは、ま、仕事みたいなものでちょっと気が重い。だから、それはちょっと脇に置いて、手控えくらいは雑多なヨーロッパ旅行記を書くことにしよう。

約束事として、1.なるべく短い文章 2.写真を載せる 3.毎日の更新 ・・・を自分に言い聞かせているが、3番目の約束はどうだろうか?

ヨーロッパの旅は「大型バス」の移動と「会議、また会議」だった。だから、合間をみてはひたすら歩き回った。朝は真っ暗な内から街をふらつき、夜は、当然だが、居酒屋関係の偵察にいとまを惜しまなかった。

この写真のご婦人方は、ミラノで小生に道を教えてくれた方々である。

そのとき、小生は道に迷っていた。目的地までは1キロもないはずだ。しかし、ミラノの市街は街路区画の整理など全く無縁な、中世のままの町並みである。石畳の小道がうねうねと街を巡り、直線的な道は全くない。地図を見ながらでも100メートル先にたどり着けないくらいだ。しかも小生は自慢じゃないが方向音痴。食い道楽と方向音痴で有名な、どこぞのデジタル系デザイナーさんにも負けないくらいである。

途方に暮れて石畳の小道に立ちつくしていたら、むこうからこのお二人が歩いてきた。高価そうなファッションと高価そうな毛皮をまとった黒い犬をつれて。若いご婦人とその御母堂さまらしい二人連れであった。

「エキュスキュウーズミー」とはなしかけたら、その娘さんのほうがにっこり笑って小生の手元をのぞき込んだ。地図を持っていたから道を聞くんだなとわかったんだろう。行きたい場所を示すと、二人が困った顔をした。どうもこういうことだったらしい。場所は直ぐ近くだが、説明する英語力は娘さんにはない。その母上は全く英語はわからない。二人とも困った顔をしていたが、やがて母上のほうが娘になにやら言い、相談しはじめた。やがて娘さんが頷いてハンドバッグを開け、中を探り始めた。紙に書いてあげるということらしい。小生が持っていたスケッチブックを広げ、娘さんにわたすと、それを母親が受け取り、取り出したペンでなにやら書き始めた。

今、いる道がここです。街路の通り名表示を指さしながら娘さんが説明してくれた。この通りの順番に辿り、曲がってゆくと、あなたの行きたい場所に行き着けますよという。もし、また迷ったら、これを誰かに見せてください。きっと次にどういけば良いかを教えてくれます。

彼女とその母親は、小生のために道順を書いてくれたのだ。そして、ふたたび迷った時のために、未知のイタリア人にあてて手紙を書いてくれたのだった。

小生は感動してしまった。イタリアの男はどうでもいいが、ご婦人方の麗しきこと!

一枚の写真を撮らせていただいて、別れを告げ、石畳の歴史を踏みしめる靴音と、水虫のかゆさとともに感じながら小生はダビンチ博物館へと確固たる足取りで向かって歩き始めた。そして、その五分あとには又迷ったのだが、結局、無事にたどり着けたのはいうまでもない。

183話 9.26

旅支度

 ある日、役員に呼ばれておそるおそる出頭した。

「キミ、パスポート持ってるかね」
「い〜え、持っていません(失効していた)」
「英語はどう?」
「ジスイスアペンくらいなら・・・」
「健康は問題ないね」
「痔がすこし、それに血圧が・・・」
「もういい。行く前には会社を受取人にした保険に入って貰うよ、きまりだから」
「へ?」

 今週末から出かける出張は、二週間の間に会議が10回あり、そのほかに3回のミーティングがある。イギリス人やドイツ人、イタリア人やフランス人、それにベルギー、すべてが広告業界関連のガイジンさんたちとの会議、或いは研修なのだ。
 気ままな旅がいいという人がよくいる。
 それはまあ当たり前だから、そうですねと頷くだけで、議論にならない。旅はやっぱり仕事がらみだね、というやつはいないだろうし、気ままな仕事の旅などというモノはないからなあ。でも、仕事の旅でも、かなり気楽なことはある。それは、ただ一点、「スーツが要るか要らないか」にかかっているのだ。

 ニュージーランドの北島での10日間は、CM(しかも釣りメーカーのCM)の撮影だったから、ほとんどの時間を川の中や岸辺で過ごした。もちろんクライアントと一緒だったが、彼らもおなじ環境なのでスーツなぞ持ってきてはいない。全員がTシャツとジーンズ、それに釣りに使うゴム長靴で通したのだ。打ち合わせは会議室ではなく、河原でと決まっていた。

 中国での8日間も、北京ダッグを紹興酒で胃に詰め込みながら某新聞社の北京支局長と情報交換したのが会議といえば会議だった。支局長はアロハだったから、ポロシャツにジーンズ姿のこちらも気後れすることはなかった。ほかのミーティングも全部その格好で通した。これは気楽だった。(会社関係の人が見ていたら困るからいっておくけれど、仕事はちゃんと完遂したのですぞ)

 思えば仕事にしては、気楽な旅が多かった、のかもしれない。しかし、天は見逃さない。その罰がとうとうやってきた。

 背広を着て、ネクタイをして、革靴をはいて行く、わかんない言葉が飛び交う会議だらけの出張! 

 冬物のスーツを一着新調した。えらい出費だ。パソコンは会社のパワーブックを持って行くからただ重いだけですむけれど、モデムの電流チェッカーとかワールドコネクターとかの必要機材は、それが何かわからない人に経費として認められるはずもなく、自己負担となってしまった。えらい出費やんけ。いつも風呂敷ひとつで済んでいたのに、今度は背広を持っていくのでスーツケースも買う羽目になった。えらい出費でござるぞよ。おまけにショルダーバッグなどという、持ったこともないモノも必要だというので買った。ホントに、えらい出費だ。パスポートを取るのに印紙代がかかり、これも自己負担。いつか国外脱出のときのために必要にならんとも限らないから、これはまあ、しかたない。あとなんやかやと買い込んできたものを小振りのスーツケースに詰め、会議用の資料をショルダーにしまい込み、なんとか支度できたかなと息をついたら、背広を入れるのを忘れていた。え?ケースはパンパンだ。もう何も入らないぞ。

 

182話 9.23
MONO

 こだわって仕事をするひとと、漫然と流した仕事ぶりの人では、やがてその結果は明確に出るものだ(なんという書き出しだ。自分で書いていて冷や汗が出る)。

 ま、仕事だけではない。人やモノへのこだわりも、ある意味では必要なことだ。情熱を持って事物に取り組むということだから。
 たとえば、こだわりのない迷い風のようなつき合いで結婚し(てしまっ)た人など信用しろと言ってもムリである。
 インターネットとはいってもこのページを見る人など極めて限られているだろうから書いて仕舞うんだが、離婚経験のある友人知人たちを見ると、ほぼ一様に他人へのこだわりが希薄な人格が多い。小生の周囲、半径2キロくらいの範囲に限ってもたくさんいるバツイチ君たちの中で(バツニも、バツサンもいるけれど)まっとうなのは二人しかいないのだ。
 いや、そんなことを書こうとしたのではなかった。ドック入りしていたジープを、さっき引き取って来たことを書くつもりだった。全くもの忘れが増え、話しの筋道をはずすようになってしまったな。歳のせいだろうなあ。それが歳をとると言うことだろうから、仕方がない。

 人でもモノでも、こだわりを持って接してはじめて本当のつき合いが生まれると小生は思う。したがって、くだらないモノにこだわりはしないし(できないし)それが人の場合でもじつは同じなのかもしれない(狭量といわれるけれど)。心を囚われるということは自在闊達な心機の活動を阻むことでもあるけれど、囚われるほどの対象を持つことの心の至福感も何物にも代え難いものだ。この手控えに何回か書いたが、小生の愛車は昭和42年製のエンジンに換装した45年製のJ3ジープである。それを昭和27年タイプのM38型に改造している。故障頻発、気息延々の老体だが、丁寧に整備していればなんとか釣りの足としての役目を果たしてくれる。なんといっても一切の無駄のない「鉄とガラスとゴムとキャンバス」だけでできた車体、直線的なローシルエットが潔いではないか。基本設計は昭和17年のままのJ4エンジンを積んでいるが、そのロングストロークが生む重厚なしかも品格ある咆哮音。う〜む、素晴らしい!

 どうだろう、ものにこだわると他の物が見えなくなり、バランス感覚が麻痺し、ひとりよがりになってしまうことがおわかりだろうか?ま、そんなもんである。アルファロメオにこだわって遂に愛車をゲットした(らしい)年若い友人がいる。修身斉家治国平天下というが(我ながら、古いなあ)カミサン、家庭、車、仕事の順番にプライオリティを(たぶん)おいてのアルファロメオの獲得だから、えらい! カミサンを最初に、仕事を最後に持ってくるなんてところに、したたかなとでもいうべき誠意を感じてしまう。

 で、お昼前にカミさんと一緒に、買い物クルマで郊外の修理工場に出かけた。シャッターは下りていたが、工場の前庭にぽつんと爺さんジープが止まっていた。マフラーの溶接修理のついでに、三菱のハンドル(S45製)を米軍のM38用純正のモノ(S27製)に取り替えてもらったのだ。このハンドルは去年信州の山奥で行われたフリーマーケットで奇跡的に発見し、12.7mm機関砲弾一個と一緒に1200円で買って仕舞っておいたのだ。砲弾は文鎮にした。いま使っているハンドルのひび割れがひどくなったので、ハンドルも交換したのだ。

 カミさんの赤いクルマと隊列を組んで家にむかった。ジープ、ジープ、ジープ。やっぱりジープだ。快走するジープ、秋の涼しい風が心地よい。新しい(じつは古いのだが)ハンドルはすぐ手になじんだ。三菱のものとは微妙にちがうグリップ感が気持ちいい。ホンのすこし細身なのでハンドリングが軽く感じる。

色は黒からオリーブドラブ(OD色=C48,M21,Y95,K20)にかわった。うちにかえって、ジープを裏の原っぱに止め、フードを開けた。電気系統、燃料系統と順番に見て行く。オイルが減っていたので、ホームセンターで買ってきた安いオイルを入れた。このエンジンには高価なオイルの必要がない。フューエルフィルターを交換し、キャブレターのスロージェットを掃除する。古いエンジンだから、両方とも詰まりやすいのだ。爺いジープは入念にチェックしてやらなければすぐダメになる。え?人間といっしょだって?いいところに気がつきましたな。その通りです。

181話 9.13

大砲のマトは

 アナウンスは聞き取り辛かったけれど、その瞬間会場全体が静まり、大多数の観客が起立して脱帽した。野球やサッカーの試合とはさすがに違う。国旗掲揚台に注目する人々の間には、国歌君が代を斉唱する声も静かに流れていた。

 招待をいただいて見学に参加したのは、陸上自衛隊が年に一度実施する「総合火力演習」である。東富士の広大な原野で実施されるこの演習は、戦車装甲車約60両をはじめ各種火砲やヘリ、車輌、そして兵員約1700名を投入しての大規模実弾演習だ。歩兵・砲兵・機甲部隊等の戦闘・戦技を展開する前段と、火力戦闘(攻撃)を展開する後段との2部で構成されている。

 演習開始に先だって、射撃のマトの説明がアナウンスされた。銃や火砲の能力と使用目的によってマトまでの距離は違う。戦車のマトは、左から一の台、二の台、三の台と説明された。航空機や火砲の説明も会場に特設された映像機器によって詳細に説明される。

 ん、自衛隊はPRが旨くなったな、などと感心していると左手のほうから赤いプレートに三つの星をつけた軍用パジェロが走ってきた。演習の統裁を務める富士学校長の石飛陸将だ。群衆のあいだから拍手が沸き起こった。

 次ぎに大型バスが進入してきた。アメリカ軍をはじめとする外国の軍人たちだ。こんども拍手が湧いた。わが国の軍事演習に敬意を表して(表しないところもあるが)参加してきたのだ。拍手があって当然だろう。

 その次ぎに3台の大型バスが進入してきた。こんどは何だ?見るとバスの横腹に「国会議員」と墨書してある。ん?と気が付くとだれも拍手する人がいないではないか。選挙民の拍手に諸手を上げて応えるのが何より得意な国会議員のセンセイ方だ。だれか拍手してやれば?と思わないでもなかったが、だれも知らぬ顔だ。この大群衆は、あの傲慢な種族の男(一部は女)たちを徹底的に無視していた。

 まあ、考えてみれば当然だ。国民は忙しいから政治なんかやっているヒマがない。言ってみれば彼らを選挙で選び、国会で働かせているのだ。「センセイは偉い」とおだてているのに過ぎない。その彼らが、自分と自分たちの職業を「偉い」と勘違いした姿は情けないものがある。赤坂の料亭や選挙区や母体の宗教団体などではなく、この軍事演習場で見る議員の背広姿は拍手どころか笑いも誘いはしない哀れなものだった。

 小生の隣に座っていた若い男がつぶやいた。「あのバス、一台目から順番に一の台、二の台、三の台に並べたらどうかね?」男がそういうと、ささやかな慎み深い笑いが涌いてすぐ消えた。

 霧が出ている。空挺降下はたぶんダメだろうなと思っていると、

「うおーっ」どよめくような叫びが群衆の海の底から沸き起こった。視界左手から轟音とともに5両の90式戦車があらわれたのだった。

 

180話 9.5
むすめのごちそう

夕方になってもかみさんがゆっくりと本など読んでいる。

「ん、なんとなく余裕の風情だね〜」と聞いた。かみさんは本から顔をあげ、

「さやかがご馳走してくれると言うのよ、今夜は」そう言って嬉しそうに笑った。

これは一大事だ。地震か嵐か雷か天変地異の前触れに違いない。7月には来なかったが、いよいよハルマゲドンの到来なのか。

さやかというのは上の娘だ。この春から都内の大学に通っている。ちゃんと勉強しているかどうかは知らない。V6とかラルクなんとかとか、ルナシーとかのファンらしくコンサートにいって盆踊りのように両の手を振っているらしい。授業のない日などは、客のあまりこない駅前の文房具屋でバイトだという。毎日のラッシュ通勤に耐えているオヤジとしては羨ましいほどの気楽な暮らしを送っている。

「文房具屋さんからバイト代を貰ったというのよ」とかみさんが本に眼をおとしながら言った。

なんと、バイト代が入ったから母親にレストランでご馳走しようというのだ。勿論日曜日の夜だから、オヤジと兄妹ももれなく付いてくるのは仕方がないと覚悟しているのだろうか。それにしても良い心がけだ。感心したとオヤジは心の中でほめてあげた。小遣いは上げないけれど。これを機会に学校でなにをやっているのか聞いてみた。ロックとかブレイカーダンスとかよくわからんものに入れ込んでいても許してやろう、そんな気になってしまった。

「え〜っとね。第二(語学)は中国語で・〜、クラブは邦楽三弦の琴で・〜、日本茶の同好会とァ〜」

こら、娘!もっと現代的なもんをやれ!

179話 8.29
つり馬鹿

このホームページは、たしか「趣味の釣り」がテーマの、はずだった。そのはずだったのに、いや、歳はとりたくないものだ。夜討ち朝駆けの遠征釣りなどもちろんの事、近くの奥多摩川に出かけるのもおっくうになってしまい、今では自宅の裏の原っぱのはずれを流れる小川にさえ竿を出す気にならない。ま、この川はどぶ川だし泳いでいるのはアメンボくらいのものだが。

 あの頃、晴れた週末はいつも海か川にいた。雨が降れば谷の川を想い、夢の中にはいつも清流が瀬音をたてて流れていた。銀の鱗を輝かせてひらを打つ山女魚、見えない水底から重い魚信を伝えてくるイワナ。小生は今様のキャッチ&リリースを潔しとしないから、釣り上げたらすぐに魚の頭をはじいて締める。腰につけた魚篭が次第に重くなってくると心も満足で一杯になる。うちに帰って魚に感謝しつつ料理。世の中には「釣った魚にエサはやらない」と豪語する亭主がいるそうだが(ホントか?)、わが家ではこうだ。「釣った魚でカミさんと一杯」

 忙しくて釣りに行けない時の禁断症状は酷かった。道路に出来た水たまりや、なんと万世橋下の神田川でさえついのぞき込んでしまう。日本橋の暗渠の、波とも言えぬ水面の襞に、魚の影を求めている自分に気がついたときには愕然とした。その足で丸善に走り求めたのが「鱒釣り-アメリカ・釣りエッセイ集」(朔風社)だった。これは良かった。全編を爽やかに乾いた風が吹き抜けていた。次ぎに読んだのが同じ出版社から出ていた「釣魚大変(上・下)」だ。こちらは全編に奇怪面妖なおどろ話が充ちていた。すっかりアームチェアフィッシングにはまってしまった小生は「これではいかん、純文学も読まなくては!」と、書店に走り求めたのが「ヘミングウエイ文学全集(上・下)」だった。だが、うちに帰ってよく見るとそれは「ヘミングウエイ釣文学全集(ホント)」ではないか。発行社名をみると、やはり朔風社だ。これもずっと書架に置いておきたい本だった。

どうも本の中にこそ釣りの理想の形があるような気がしてならない。現実の川には川底を埋め尽くすような魚影もなく、渓魚を騒がすバッタ風も吹きはしない。奥多摩の河原にはゴミが散乱しているし、東京湾は発泡スチロールやビニール、重く淀んだ油膜に覆われていて、釣り人はそのゴミの間から糸をおろす始末だ。その釣り船が満員なのがまた哀しい。

 先週、所用で鹿児島に帰り、故郷の海を久しぶりに見た。見ただけで釣りはしなかったが。

 透明感のある群青に染まった錦江湾、真っ白な波。これこそが海だといいたくなった。顔を上げると「これが空だ」と叫びたいほどの明解な夏空が広がっていた。

 こんどは釣りだけのために帰ることにしよう。