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手控え欧州篇

ひるね蔵 けふの手控え

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「欧州手控え篇」をアップしました。

207話 2.27

期首期末

 このタイトルを見て、ふ〜、とでも、う〜とでも唸ったり溜息をついたりするのは、給与生活者の方々。そう小生と御同輩の宮仕えの皆様方のはずだ。多くの企業の会計年度が4月〜3月であるから、組織や人事もこれにあわせて行われるということになっている。つまり3月(来月だ!)には新年度にむけての体制が固まるし、固まらなくては企業としての年は明けない。したがって、2月から3月にかけて、昇格降格、異動転籍、派遣出向などさまざまな人事が発令されることになる。もちろん入社前の研修にと出社する新人もいるし、退職届けを書く人もいる。悲喜こもごもという言葉の本当の意味を、これほど感じる時期はない。

  江戸時代の武士階級は世襲だからそんな心配はなかったかというと、実はそうではないのだ。家禄こそ一応安定してはいたが、社会(貨幣)経済が活性化してゆくにしたがって札差や本両替などの大商人にキン○マを握られるようになり、相対的に苦しくなる生活の中で、猟官運動に血道をあげる旗本・御家人は絶えなかった。
 お役につけば役禄が貰えるし、役に応じた役得というものも期待できる。小普請(無役=窓際)に入ったおびただしい貧乏御家人たちの悲哀は、現代のハローワークに日参する求職者たちの比ではなかったはずだ。
 特に、なかなかお役につける可能性の少ない次男三男にとっては「厄介」ものの身分から脱出するには、なにか腕に技(わざ)がなくては叶わなかっただろう。ある者は剣を学び、ある者は職を身につけた。
 前者の例がたとえば辻平内であり、後者のひとつの例が新宿のつつじ栽培だった。
 辻は池波正太郎の「剣客群像」に登場する無外流の達人。つつじを栽培していたのは新宿大久保に、今も地名に残る鉄砲百人組の御家人たちである。
 虚と実、個と群の違い在るとしても、いつの時代も口を糊するのにはなかなかの決意や努力そして知恵、工夫といったものが必要だったのだなと、ついマジメに考えてしまった。
 映画になった、山本周五郎の短編「雨上がる」の中で、浪々の身を飄々と、風と剣に託していた三沢伊兵衛のような生き方もあるか、まあ、ありゃあお話だからなあと苦笑い。
 そういえば、あのノラ犬の姿が見えないな、どうしたのかなとカミさんに聞くと、「きのうバイパスで死んじゃったのよ」
 カミさんが落ち込んだ声でいった。

 近所の奥さんがたがエサや水をやっていたのだが、とにかく繋がれていない身上だ、交通量の多い新しい国道にふらつき出たところをはねられたらしい。
「けっきょく、仕官かなわず・・・か。可哀想だが」

 窓の外をみると、雀の群が隣家の軒先に騒いでいる。眼下にある餌をめあてに集まってきたのだ。
ロッキーという老愛犬、気が優しく、雀が目の前で自分の食事に群がっていても追おうとしない。近在の雀たちは妙に肥え太り、ロッキーはスレンダーなままだ。
儚いものも、でないものも二つながらあるのがこの世ということか。人も同じ、いずれは儚き生けるものではあるのだが。

206話 2.20

おばか

 ちょっとおかしいのだ。いや、我が愛車のジープのエンジンの具合や、ポンコツMacのことではない。自分のことなのだ。え?今に始まったことではないだって?

今朝がた強い風に煽られて、雪が舞っているのを窓の外に見た。雪を見ているうちに気がついた。今シーズンは風邪を引いていないぞ。

 毎年のことだが、寒い季節はもちろん、四季を通して何回かは酷い風邪を引いている。ぞくっと寒気を感じ、ずるっと鼻水を垂らしたらもういけない。風邪の神の降臨だ。高熱と咳、関節痛と頭痛に苦しむ数日がたちまちにやってくる。それが、この冬はまだ、ない。


 体質が変わったのだろうか?はや老人性の抵抗力システムが身についてきたのだろうか?それとも、もしかすると逆に体力がついてきたのかも知れないな?仕事場への行き帰りに一駅手前で下車して歩くようにした成果が現れたのか?

 そう、小生まだ40代だ。髪の毛は薄くなる一方だが、気力と根性だけは厚い。体力だってまだまだだ。そう思ってはいるのだが、仕事場では影が薄いと言われ、家庭では味噌汁を薄くされている。血圧が高めだから仕方がないが、不景気風のせいで財布まで薄くなるとやはり滅入ってしまう。陰々滅々と垂れ込めて仕事場でもつい愚痴をこぼしたくなる。すると、それまで黙って聞いていた同僚が、いうではないか。「おい、大丈夫か?それってもう3回も聞いたぞ」

馬鹿だね〜、俺って。そうつぶやいてハタと気付いた。風邪を引かないはずだ。


205話 2.13

春の匂い

 「におい」を変換したら、「臭い」と出た。これでは、せっかくの春の風情もだいなしだ。

 小生が陋屋を武州所沢大字に構えてすでに10余年。拙庵の周辺の風景はかなり様変わりしたとはいうものの、まだまだ農家は多く、野菜畑の脇道に無人販売所があったりもする。すこし遠くまで散歩に出ると一面に茶畑がひろがり、霜除けのフィンの塔が林立している風景にも出会う。
 あのテレビ朝日のキャスターと称するタレントと、下手なパフォーマンスで問題をごまかしたわが宰相のおかげで、この地の農園や茶畑の広がる風景を春風のなかで眺めても、そう長閑な気持ちになれないのが残念だ。


 そういえば、隣接するテロ国家になぜか寛容なのもこの二人に共通している。あ〜、余計なことまで思い出してしまった。まったく、どうしてくれるんだ?きょうはげんなおしに一杯というわけにはいかないのだ。禁酒日だから。

 まあ、農家や畑が多いのだから、当然だが肥料や土そのもののにおいが大気にみちているのは当たり前で、これはこれで小生は好きなのである。六本木や渋谷の化粧臭いのや、永田町の政治屋たちの獣のような油臭さとは較べることすら失礼というものだ。

朝、愛犬ロッキーの散歩。ゆっくりと歩いていると、埃と、花粉と、陽の光が充ちはじめた空気のなかで、かすかに梅のにおいがした。小川のそばの梅のひとえだに白い花が咲き始めている。

 きょうは午後から下の娘の演奏会(中学のブラバンでサックスを吹いているらしい)に行って来た。カミさんと友達の母堂お二人を乗せて乗用車で市内の演奏会場へ。娘の出番が終わったので、車のカギをカミさんに預けて、小生は歩いて帰ることにした。旧市街は車の通る道も狭く歩道もない。とくに西所沢の駅あたりになると、人は今にもはずれそうなドブ板の上を、脇をかすめる車に気を使いながら歩くしかない。杖をはなせない老人にはとてもムリな道だ。所沢市長よ。ひとに優しい政治一筋に・・・なんて言っても、もう信用しないぞ。

 血圧があがってきたので、道をはずれ雑木林の残る六所神社のほうへと入り込んだ。東川というちいさな流れにそった小道を辿ることにした。遠回りだが、低能な道路行政のおかげで脳溢血になるよりましだ。

 川沿いの農家の庭に梅の木が数本並んでいた。紅梅白梅がみごとに咲き、おびただしい蕾が噴き出すかのように蠢いていた。紅白の梅の花と蕾のなかに数羽の小鳥が遊んでいる。つい足を止めて見ていたら、さっと風が光って、鳥たちは一斉に飛び立った。

うん、血圧がさがってきた。

めぐり来し はるにあひたる 嬉しさは 梅花にあそぶ 鳥の音ににて


204話 2.6

日記ふう

 ホントは「けふの手控え」なのだから、わざわざ日記(ふう)に書く、というのもおかしなものだ。

だが、このごろとみに物忘れが激しくなってきたし、時間の速度はわが記憶回復力よりはるかに早いようなので、きょうはひとつ昨日と今日一日にあったことを書いてみよう。

書いてみようと書いて、しばし呆然とした。
 脳の底から昨日の最初の記憶が立ち上がってくるのになぜこんなに時間がかかるのだろうか?
 まあ、年をとるとはそういうことなのだろうな。


 知り合いのご母堂さまが亡くなり、その告別式に横浜までカミさんとでかけた。そう、それが昨日の朝の始まりだった。告別式は大倉山というところで営まれたのでカミさんと朝早めに出かけたのだ。渋谷からは東横線に乗った。車窓から流れる風景を見ているうちに、26年前この沿線でアルバイトをしていたことを思いだした。駅のガード下商店街にあった(今でもあるかもしれない)漬け物屋である。
 そこの社長の家は田園調布にあり、娘さんがふたりいた。漬け物作りと販売の腕を見込まれて婿養子にされそうになり、あわてて逃げ出したんだとカミさんに言うと、
「漬け物屋の社長も似合うかも」と見当違いのことを言うではないか。
 いまこそ腹が出て頭の薄いオヤジになった小生でも、当時は意気盛んな熱血自衛隊志願者だったのだから婿養子のはなしに乗るわけがない。漬け物は好きだが(これも見当違いだな)。

 式の帰りに駅近くの寿司屋で昼食を取り、ビールを一本。東急線、省線とのりつぎ、西武線に乗り換える池袋駅でちょっと街に出た。パソコンショップでランケーブルとハブを買ったのだ。生まれて初めてパソコンショップなるものに入ったカミさんが「すごいね〜、このビルが全部パソコン関係なの?」と驚いていた。
 ここで30mと2mのストレートケーブルと、5ポートのハブを買い、しめて4800円。これで娘のiMacを通信サービスのモデムに接続できるというものだ。思えば始めてマックを買いホームページをつくってから4年足らずだ。まさか家庭内ランを構築することになろうとは思いもしなかった。

 家に帰って愛犬ロッキーの散歩。原っぱの端をながれる小川に沿って歩いていると、鶉が5羽茂みを騒がせて遊んでいた。それにしても寒い。はやばやと散歩を切り上げて帰る。夕食はカレー。ビーフが固いので娘に一切れやった。年だな〜。夜は、缶ビール一本。麦焼酎をお湯割りで3杯。書斎に行き、メールの確認をとマックを立ち上げる。お、オークションに出していた雑貨に値段が付いている。35年前の少年マガジン2冊で2600円の値段を付けた人がいた。落札日はあと3日後だ。最後はいくらになるかな。ちょっとした刺激と楽しみがオークションにはある。ネットの例に漏れずオークションには不愉快な参加者もいるらしいが、小生はまだ出会ったことはない。

 さあ、きょうは日曜日。(そして禁酒日)今朝もロッキーの散歩から一日が始まった。そのあとラン工事にかかる。ケーブルを取り回し、目だたないように金具で止めていく。脚立をお隣さんから借りて天井の縁のくぼみをうまく使い配線した。モデムの設定、ついでにマック回りの器機の電源、配線の整理。午後遅い時間になってやっと作業は終わった。お茶を飲みながら(禁酒日だから)さあ、娘がどう学習に利用してくれるかなと思っていると、ペットにエサをやるんだ〜とかなんとか言っている。オヤジの苦労は、ポストペットのエサのためかい。

チャイムを鳴らして宅急便が届いた。カミさんが「割れ物ってかいてあるよ。お酒かな〜」と言う。差出人は関西のI女史。デジタルイラストレーターさんだ。業界出版物の表紙にイラストの協力をしていただいた。ギャラのでない仕事だったのに、気持ちよく協力してもらい、先日その出版物は完成した。協会から寸志として僅かな記念品をお送りしたのだが、それを気遣いしていただいたらしい。なんと、うまそうな地酒を送っていただいたのだった(だが、きょうは禁酒日)。

 夕方、カミさんがお菓子を焼いた。小生は近くの生協にお使いだ。小麦粉とタマゴを買い込んだ。この紅茶ケーキは甘党でない小生も大好きである(しかも、きょうは禁酒日)。脚立を貸して貰ったお隣さんへのお礼。そして、カミさんがファンである、ルナシーのビデオを貸してくれた、わが仕事場のスギゾウ女史へのお礼にするのだ。

台所からうまそうなにおいがしている。カミさんが鰈の空揚げを作っている。もうじきに晩飯だ。小生はじつはお茶も好きなのである(禁酒日だし)。

203話 1.30

雨あがる

 あ、もう十時すぎたよ、とあわてて支度し、カミさんと自転車で新所沢のパルコに出かけた。
 子供らは部活や遊びに出かけてしまっていない。数日前から家の回りに野良犬が出没しているとカミさんが言っていたが、出かけようと玄関のドアを開けたら、きっとそいつだろう、一匹の犬がいた。小さな雌の柴犬だ。門のそとに立ちじっとこちらを見ている。人なつっこさと、警戒心と、エサほしさの混じったまなざしでこちらを見つめている。手を差し伸ばしたら、びくっと耳を上げ素早く退いた。カミさんがなにやら小皿にいれて運んできた。「このわんこ、かっぱえびせんが好きなのよ。朝、ドッグフードをあげたのだけれど」
 近所の奥さん方がそれぞれ小皿を自分の家の前に出している。しばらくはこの野良公、エサにありつけるらしい。

 カミさんと見に行ったのは、映画「雨あがる」だ。山本周五郎の短編を原作とし、黒澤明監督が脚本を書いた。だが、黒澤はこの作品を映像にすることなく、黒澤組の人々と幽冥境を異にしたのである。その遺髪を継いだ黒澤組のスタッフが作り上げた映画だ。「見終わって晴れ晴れとした気持ちになる作品とすること」という黒澤明の言葉に見事に違わぬ作品になった。評論家の佐藤忠男は、まず寺尾聡が良かったという。次に宮崎美子。だが、小生はなにをおいても妻を演じた宮崎が一番であると思う。理由は長くなるので言わない。寺尾はさすがに素晴らしい芝居をした。原作では「小野派と抜刀をいささか」という設定だが、映画では無外流の使い手ということになっていた。寺尾の抜く立ち居合いも見事だったが、なにより映画のオープニング、雨の中を傘をさして川縁に歩く姿が良かった。刀が腰に馴染み収まり、背筋が伸び、歩きに隙が無かった。剣を抜いてもいないが、剣をつかえる侍ということがすぐわかる、そんな歩きだった。パンフレットによると半年間の稽古の成果だという。刀を操る技は半年もやればまあできる。しかし、寺尾が発した剣客の目の光りは演技の巧みさでもあり、それだけでもあるまいなと小生は思った。

 この映画の中には、確かに昔の様々な日本を感じることができる。この國の人々、自然、感情、やさしさと哀しみ。原作は文庫本で40ページに足らない短編作品である。このなかにさらさらと描かれたものの大きさと豊かさ、そして原作をさらに輝かせた脚本のすばらしさ、55才の新人、小泉監督を始めとするスタッフも素晴らしかった。(年齢といえば、黒澤組の平均は70近いのだ。驚嘆する!)

 カミさんとお昼をすませ家に帰った。ドアの前にまたあの野良がいた。うん、仕官の口を探すというのは大変だなと野良公をみて思った。

 カミさんがパンフレットを読みながら小生に聞いた。

「寺尾聡って、剣術は上手だった?」「なんで?」
「これまで剣術はやったことがないんだって」「うん、上手だった」
「とーちゃん、ちょっとあれ、やってみせてよ」
 まったく、映像の影響はおおきい。これまで言ったことがないのに、小生に抜刀をやれという。
 書斎から、稽古用の刀をもちだす羽目になってしまった。


202話 1.23

ビューティフル・ライフ

 

 そんなタイトルの、キムタクと常盤貴子のテレビドラマ初回の世帯視聴率は、なんと38.1%だった。

カミさんと娘に聞くまでもなく、キャスティングを見ればラブストーリーということはわかる。ラブジェネの二番煎じということも、多分ご都合主義的なハッピーエンドで終わるだろうと言うことも。深遠、深刻なメッセージ性が包含されていないと、ゲージュツではないという知的レベルの高い人もいるだろうが、小生はドラマや小説はそれでいいとおもう。見て読んで楽しいのが一番だ。すがすがしさや、幸せ感が余韻として残るなら、それはとても良質の作品だと思う。
 まあ、このTBSのドラマを家族と一緒にみようという気はないけれど・・・。


BEAUTIFLE LIFEを本邦の言葉で言えば、美しい人生と訳してもよろしかろう。この言葉にふさわしい人生のあり方をえがいた創作をきのう見つけた。その短編を原作とした映画がいま話題になっているらしい。山本周五郎の「雨あがる」がそれだ。昨日の夕方、所用で都内に出た帰り、特急電車の時間待ちに本屋に入って立ち読みしたのだ。15分ほどで一気に読んでしまった。50枚にはならないだろう短編である。しかし、創作の中身は原稿用紙の枚数ではないことがはっきりと分かった。読後の感想は、まさに「雨あがる」そのものだった。

 番組宣伝でみた主演俳優は、年を経てなかなか良き顔となり、女優は昔から変わらぬ良き顔のままであったが、原作を読んでこのキャスティングがまさに原作どおりのものであることを知ったのだ。この男優の父親はすでに故人であるが、優れた俳優であり巧みな思想宣伝家として知られていた。小生にはちょっと苦手なタイプだったが。

 あまりにも剣が強く気性が優しい主人公が、それ故に長雨に降り込められたような浪人暮らしの中で、妻とふたり雨の上がるのを待つ風景を描いたこの作品。当然ながら主演の俳優が剣をつかうシーンは重要となるはずである。そして、番宣で見せたこの男優の殺陣はその期待に応えたという以上に、ちょっと役者の技を超えていたように思われた。演技ではない、きちんと居合や刀法を学んだ人のそれになっていた。

 原作の中で主人公が「いや、小野派と抜刀をすこし、いや、当然まだ未熟でして・・・」と全く謙遜が過ぎる風情で云うのだが、一刀流の切り落としと抜刀をよく演じていたのには感心してしまった。このリアリティでこの映画作品はさらに原作に忠実なものになろうかと思う。

 それにしても、年とともに体力のみか精進の気持ちまでどこかに忘れてしまった自分が情けない。これを機に少し木刀でも振ってみようかな。(三日坊主という声が聞こえる・・・)



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