TOP
手控え
掲示板BBS
自己紹介
釣り蔵/釣行記
手控えINDEX
 from1998
過去の手控え
手控え欧州篇

ひるね蔵 けふの手控え

たまに更新していますので、リロードしてください。
平成12年5月までの手控えは、「過去の手控え」でご覧ください。
224話 6.25
グッバイ、デブライフ

 身長170cm、ウエスト85cm、そして体重73.5kgというのが先月の健康診断での小生の基本スペックである。 

 髪の毛と財布の超軽量さについてはあえて測定するまでもない。先週の手控えに書いたが、この数値を見て医者は明快に断言した。
「あんたね、もう立派なデブ、デブだよ、デブ」(ホントに3回言った)
 この医者はじじいでデブだから、彼が「デブのままでは人生これからが大変だよ」とでも言おうがあまり説得力はない。しかし、数値が証明したデブとしての現実には直面せざるをえないではないか。

 今の仕事をはじめて、もう300年も過ぎたような気がするが、よく考えると入社したのは25年前だ。総務部に行って古文書のごとき入社時健康診断書を見せて貰って驚いた。厚顔の、いや紅顔の新入社員であった小生のスペックは、身長171cm、ウエスト68cm、そして体重57kgであった。身も細る思いをして働いてきたはずなのにそれは錯覚だったのだろうか?

 この25年間で身に付いたのは、つぶしのきかない給与生活者としての処世の知恵と、15kg以上の膨大な脂肪塊だけなのだろうか。そういえば、上がったのは額と血圧だけで、肝心の経済的状況はずっと低迷している。このあまりにも悲しい現実を受け入れる前に、もういちどよく考えてみることにしたが、身についたものは飲み助の友人たちとの交友以外にはもう何一つなく、大切な時間や、髪の毛など、失ったものの多さに愕然とするばかりだった。

 秋の野末をなぶる冷たい風のような失意とともに、総務部を後にした。仕事場に戻ろうとフロアを横切っていると、妙に明るい声が飛んできた。

「どう、これ?」
 声の方を見ると、印刷ディレクターのM氏がニコニコ笑って手を振っている。その手になにかカードのようなものを持っていた。

「Mさん、そりゃなに?」
「ベルトさ!」正確にはベルトの切れ端だという2cm四方の皮のカードを、M氏はあと2枚出して見せた。
「ウエストが引っ込むたびにね、このベルトを切り詰めているんだ。そして記念にとっておくのさ」
「・・・・・・」
 小生はそのベルトの切れ端を見つめて瞠目した。2cmの切れ端が3枚ということは、M氏のウエストは6cmも細くなったということではないか!あらためてM氏の胴回りに目をやって小生は驚嘆した。あのマシュマロマンの如くであったM氏のハラが、たしかに引っ込んでいる。元のサイズがサイズだから目だたないのかもしれないが、たしかに細くなっている。小生は決心した。即座に決意し、覚悟したのだ。そして、M氏に聞いた。「どうやって、やせたの?」

 やせた、という言葉をたのむからもう一度言ってくれないかとM氏は嬉しそうに小生に頼んだ。そして、その秘訣を伝授してくれたのだった。

夕食では一切の油分を採らない。甘いもの、おやつのたぐいには手をださない。これがM氏が「痩せた」理由の総てだった。小生、これを守ると同時に、すこしづつ運動を開始することにした。脂肪を除去しながら、筋力を付けてゆく。ここ数年、運動らしい運動をしてはいなかったし、なにぶん、この4月で大台に乗ってしまったから無理は禁物だ。運動の基本メニューは、ストレッチから筋力増強、そしてウオーキングからランニングへ。

 10日目あたりで、やや効果が見えてきた。体重は71kg、背筋は5回が10回に、腕立て伏せは20回が50回に、腹筋のセット(V字屈伸10回)は1セットが2セットにと少しづつではあるが体重が落ち筋力がついてきた。

 そして今日がちょうど一ヶ月目である。体重68.5kg、ウエストはベルトの穴二つ分減少した。腕立て伏せ90回、腹筋5セット。インターバルランニングを約40分済ませてからひと休みし、血圧をはかったら、一月前に医者が(じじい医者ではなく、血圧の薬を貰いに行っている医師が)もうすこし薬の量を考えましょうか?といったのがウソのような正常値に戻っていた。

 手控えを読んで戴いている方ならご承知だと思うが、小生は寿司が大好物である。

 思えば、寿司といえばイクラ、ウニ、トロと言っていた頃(ひと月前まで(^^ゞ)の小生は貧しい寿司ファンだったのだろう。だが、エライことに、これもまた変わった。

 来月の末あたりからは、シンコが出回る季節だ。シンコというのは、コハダの子だが、寿司ネタとしてこれほど季節を感じさせるものはない。夏のアジも旨いし、スズキも季節の味である。いずれも透明感のある弾けるような身に、微かに旬の脂が乗り、暑い夏の疲れを忘れさせてくれるのだ。これからは、寿司屋に行っても青い魚主体のメニューになるだろう(と、思う)。ウニ、イクラ、トロなどは、なるべく見ないようにしよう。万が一、注文したとしても一個づつとかにしたい(と、思ってはいるのだが・・・)。


223話 6.18
寿司屋の雨宿り

 K氏はイラストレーターだ。細密な動植物画やクラシックカメラ、ジープなどのメカを描かせるとピカイチの腕を持っている。先週のいつだったか、プライベートな研究会の会報を作る件で打ち合わせすることになった。いつもならメールでのやりとりで済んでいるのだが、レアもののポスターが入った、一枚やるから作業場兼用の自宅マンションに来てくれという。

 「根を詰めた作業だから外出するのは億劫だ、もう何年も釣りにもいっていないし、ジープにも乗っていない。今年は花粉症もひどかったからなあ、山にもとんとご無沙汰だ。やれやれオレも歳だよ、もう」とビールを飲みながら弱音を吐く。腹も以前より出ている。よくこれでアウトドアの絵なぞ描けるものだと思う。

 打ち合わせを終えて窓の外を見ると、もうすっかり暗くなっていた。かすかに雨が降っている。メシでもと誘ったのだが、Kは部屋で飲んでいるほうがいいという。別れを告げ、彼に貰ったクラシックジープのポスターを濡れないように抱えて、傘をさし歩道に出た。帰りを考えると、駅前の商店街を抜けて落合の駅に出たほうがいい。

 そう考えたのが間違いだった。じつは小生は自慢してもいいくらいの方向音痴だ。落合の駅ならすぐだ。5分くらいだよといったKを恨みながら雨の中を歩き回り、ついに自分がどこにいるかすらわからなくなってしまった。しみじみと兵隊にならずに良かったと思う。斥候などに出された日には味方の全滅間違いなしだ。

 濡れた歩道をとぼとぼ歩いていると、腹が減ってきた。
 そういえば今日は昼を抜いている。二週間ほどまえの健康診断で、
「あんたね、すこし節制しなくては。歳だし。ほら、この数値をみてごらんよ、もう、あんた、立派なデブだよ」そう医者に言われてショックのあまり拒食症になりかけていたのだ。この医者、自分こそデブで、とんでもない爺いなのだが、肌色や艶が異常にいい。健康診断で貧乏サラリーマンをイジメてたんまり儲かっているにちがいない。

 前に灯りが見えた。

 寿司屋だ。

 暖簾の間から中をのぞくと、狭い店内にはカウンターに二人連れの客がいるだけだ。もう一度店構えを見てからガラスの引き戸に手をかけた。むかし銀座でひどいめにあってからは、寿司屋に対する警戒心がトラウマになったのだ。小生が警戒心を持つのは、寿司屋のほかにはあまりない。怪しげなスナックや、宣伝だけは上手な酒のメーカーや、キンキラのクラブのばばあや、警察や、経理のイトウさんくらいのものだ。美人のイトウさんは、小生が経理に回す伝票や請求書の不備を絶対に見逃さないのだ。

 カウンターにすわり、ビールを頼んだ。カウンターの左手のテレビでは野球中継をやっている。

「お客さん、なににしましょう」つけ台のむこうから、はぎれのいい声が飛んだ。
 小生と同年輩くらいの職人さんだ。いや、この店の主人だろうか。
「一人前、握ってください」そういって、カロリーの少ないのを頼みますと付け加えたら、主人一瞬困った顔になったが、にこりとして「はい、わかりました」

 ビールを一気に飲んだら肩の力が抜けた。ちょっと腹ごしらえして帰るとしよう。
 丸顔でにこやかなおかみさんが、すっとビールのジョッキを膳から下げ、

「お茶をお持ちしましょうか」

「冷やで結構ですから、お酒をください」

「はい」

 けっして賑やかではないのだが、ゆっくりした明るい空気のなかで、落ち着いた時間が流れているような、そんな雰囲気の店だった。

「おまたせしました」

 主人がつけ台に出してくれた握りを見て得心した。お客を迎えるということは、実は不確定性に満ちた難しいことなのだと、ここで働く人たちはちゃんと知っている。そして、よく考え、努力することで自然体の応接をこなしている。

 主人が握ってくれたマグロのづけ、白身魚の昆布〆、赤身の巻物などを味わっていると、おかみさんが焼きたての卵焼きを皿に盛ってカウンターに出した。湯気を上げているそれをみた途端、あの爺い医者が指摘した尿酸値のことなど忘れてしまった。「少しでいいですから、それを」と叫んだのは当然だろう。いまどき寿司屋の自前の焼き立て卵焼きなど、そうお目にかかれるもんじゃない。

 堪能した。満足した。

 この店の名前がいい。名声が登り、利益が増すと書いて、「名登利寿司」

 落合の駅までの道を主人に聞いて店を出た。案内通りに小道を辿っていくと、すぐに駅の前に出た。

Kの道案内とはエライ違いだ。


222話 6.10
旬の味、グルメばか

 「母親の手抜きが娘で増幅され、遂には日本の味が滅ぶ」ってなことを言ったのは、高橋治さんだ。もしかすると正確ではないかもしれないが、なにかのエッセイで確かにそう書いていた。高橋さんはもともと映画監督だ。かなり年輩になってから作家に転身して直木賞を受賞した人だ。受賞作は「秘伝」という。かなり昔に読んだのでこれまた正確には覚えていないが、たしか頑固な爺いふたりが、怪物のような魚を釣るために奮闘する話だったと思う。

 なんだか曖昧な記憶ばかりですまんのだが、ま、こっちも爺いだから許して貰う。その作品は、作者同様に、たとえば颱風の去った後の、九州の青空のような明朗なそして剛直な文章だった。

 この高橋さんが、同じエッセイ集のなかで鮎のことに触れて概意こんなことを書いていた。「(鮎は)釣って良し食って良し、更に姿無類の美形だ。だから、豚みたいに太らせた養殖鮎を作る奴は、どう考えても許せん・・・はまち、鰻(うなぎ)、ブロイラー、鮎、この養殖4悪はなんとかならぬものか・・・」

 う〜ん、戦友!といいたくなる。人生と映像と文章の大先達である高橋治さんに、長幼の序を弁えた小生にして「戦友」といいたくなる。そうなるほどに、この国と人々の「食と味」についての感覚は救いがたいほど麻痺し衰退してしまった。

 いまあらためて思う、小生のガキのころの経験は、もう今の子供らには神話か伝説と同じく得難いことなのだなと。

 天気のいい朝、近所の悪ガキ仲間で近くの川に行く。薩摩の夏だ。空は広く、風は青い。ちょっと違反なのだが、自転車のモーターにつないだ針金の先を土手の石の間に差し込むと、たちまち強い電流にウナギがしびれて浮かびあがる。スタンドをたてた自転車を一生懸命に漕ぐのはいちばん小さい子だ。細い竹の棒のさきにミミズを通したハリをひっかけ、水面の下の穴を探るのもいる。獲物はバケツで持ち帰り、庭先でさばく。取り出した鰻の心臓はちいさな電池のようだった。まな板のうえでいつまでもうごき続け、われわれガキどもに野生の生命の驚異を見せつけていた。

 客があると、庭を駆け回っていた地鶏をつぶして歓迎するのが薩摩の風習だ。父親を手伝って鳥をひねり羽をむしりハラ(内蔵)を出し、自家製の味噌を使った鍋で調理する。ときには祖父が撃ってきた兎の皮むきも手伝った。カワハギのようにべろりと剥ける兎の皮の下からは、おびただしい散弾がこぼれ落ちるのだった。  

 天然の鰻や地鶏の味は言葉には尽くせないほどの滋味に満ちていたし、兎の肉は刺身が最高だった。

 はまちと鮎については、小生のガキ時分には接点がなかったから、いう言葉もない。関西で言う「はまち」は関東では「イナダ」だろう。ブリの子供、ワラサの末弟。関東でハマチといえば養殖のイナダを指す。

 イナダと鮎については天然と養殖の違いは明解だ。小生、この両者には、警官と極道、詐欺師と教師、政治屋と泥棒くらいの違いはあると思う。(え?全部おんなじじゃん、だって?失礼)

 鮎を釣り、イナダを釣り、それぞれに天然の恵みの味をいただいていると、高橋さんではないが店頭に並ぶデブ鮎が情けなく見えるものだ。情けないといえば、合成飼料で養殖されるハマチも同じだろう。だが、もっと情けないのは、グルメ文化人とかいう連中だ。したり顔で「まったり」とか「いい仕事だ」とか「ワインがどうした」とかほざいている連中だ。

 面接のノウハウや、恋や愛について書いている博報堂出身の饒舌な男は食材についての蘊蓄を誇示するが、その中身はせいぜい四十男のフケくらいの重さしかない。余計なことだが、この男のセクハラ談義は凄い。二回ばかり会ったが、食傷した。

 Yという料理評論家はその能書きに反比例し、その顔つきに比例して下品な男だ。とりわけ寿司についてよく喋るのだが、とても自費では出入りできないような超高級寿司屋を職人の技とほめあげること常である。彼は近年肝臓を痛めたらしい。「まったり」と表現するのが得意技なのだが、自分の内蔵がフォアグラになっては仕方ない。

 ほんとうに美味いものは彼らの指さすところにはない。

 美味なるものは旬にある。野にあり海にあり川にあり、四季の大気の中にあり、親しき友との間にある。

 たぎつ瀬に黄金の鮎蒼き風   秘剣


221話 6.4
回転寿司の夜

 あとで聞いたのだが、どうもこういう会話だったらしい。

「アタマの中で、ウニと海老が回っているんですう」
 あー、ハラが減って、減ってと娘盛りらしくもないぼやきを吐いたのはわが仕事場のニューフェイス K嬢。素材用の写真集をチェックしていたのだが、食材写真のページで目が点になってしまったのだ。

「だから、さっさとそれやっちゃえよ。終わったらメシに連れていってやっからよ」
 Kに仕事を言いつけていたクリエイティブディレクターのAが野太い声で吼えた。時計を見るとそろそろ夜も9時半になろうかという時間だ。
「制作ってのはな、寝ても醒めても、明けても暮れても、会社にいても遊んでいても、仕事のことを考えるんだ。ま、自衛隊と同じだな。24時間勤務だと思え。甘やかしはしないからな」

 こわもてで鳴るAが軽く凄んだが、K嬢はちっとも聞いてはいなかった。

「だってえー、このウニがウニが・・・」

「おめえの脳がウニになる前に、さっさと片づけてしまえ。な、メシは奢るからよ」
「え?ホント。じゃあ寿司ね!寿司がいいわ」
「中華はどうだ」
「寿司!」
「餃子のうまい店があるんだ」
「寿司!」
「シューマイもつけてやる」
「ダメったら、ダメ。寿司」
「社会党みたいな奴だな」
「だって、頭とおなかがもう寿司モードなんだもの」
「仕方ない。さっさと仕事をすませろよ」
「やった!すし、すし、すし(5〜6回繰り返して叫ぶ)」
 
 しかし、AもK嬢にやられっぱなしではなかったらしい。寿司は寿司でも回転寿司で、ビールは一杯まで。白色(120円)や、茶色の皿(250円)まではいいが、銀色の皿(400円)は厳禁。金色の皿(600円)などもってのほか。したがって、K嬢のアタマの中をぐるぐる回っていたウニも海老もダメ。そういう約束で、二人は六本木交差点近くの回転寿司屋に出かけた。

「あ、こら」Aが制止するヒマもなかったという。席についてAが店員にビールを頼もうと後ろを向いた瞬間に、K嬢の手が魔法のように動き、白い太めの「エビ」のようなものがKの口の中に消えた。

「あ、これって白い皿じゃあないわ。銀色ね」
「っきゃろー、ボタンエビが120円なわけねーだろ。しょうがねえなあ」
 回転寿司屋の客はほとんどが外国人だった。Aの向かい側に座った二人連れの女性客はどうもイスラエル人らしい。(なぜAにそうわかったのか、理解できないが)左側のかなり美人のほうにAの視線が移ったときに、またK嬢の手が電光のように動いた。Aが気付いたときには「ウニ」の軍艦巻きのようなものがKの口の中に飛び込んだ後であった。
 勝敗はどうも決まったようだった。釣り師でもあるAは、こと勝負に関しては、あきらめは早い。
「どれ、すこし貰おうか」
 右側から縦列を組んで流れてくる皿をじっと見る。アナゴの皿が3つ続いて前進してくるところだった。できるだけ大きなネタを一瞬にして見抜きさっと手を伸ばす。Aの手が皿の一寸手前でピタリと止まった。

「いやね、ネタはでかかったんですがね」シャリに目をやった瞬間、アナゴにかけられたツメ(たれ)がそのシャリを浸潤し、握られた強度を分解しつつあることに気がついたという。

 Aの行動を右目のスミでしっかり見ていたのだろうか、カウンターの中の店員がその皿をさっと取りあげた。ネタを左手にのせ、シャリを捨て、あたらしいシャリを右手で握って左手に載せたネタに押しつけた。そして何事もなかったかのように再びそのアナゴの皿が戦列に復帰するまでにAの眼前を通過した皿は数枚に過ぎなかったという。Aはそのことを「人生を感じてしまいましたね」と感慨を込めて表現した。

 客に看過されてもされても、ひたすら回転し続ける白い皿の寿司たち。ツメのために身をぼろぼろにされても新しいシャリを与えられて戦列に動員されるアナゴのけなげさ。ぐるぐる回る回転寿司達に、Aは働きつかれたわが身を置き換えて妙にしみじみした気持ちになってしまったらしい。

「遅くまで悪かったな」と、柄にもなくK嬢を思いやるAであったが、横をみると既に10枚以上の皿の山を前に満足した顔のKが、ちいさくゲップをして言った。

「最後にもうひとつボタンエビってのは、どう?」

                    (この話のみはフィクションです)




表紙にもどる 過去の手控えにゆく