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ひるね蔵 けふの手控え

平成12年7月
                           
227話 7.23
アタマ熱燗、気は凍り
 この暑さで死人が出たらしい。
 部屋の中にこもって、ミニ扇風機がかき混ぜる熱気の中でこの週末を過ごした。資料を漁り、文章にまとめ、構成して挿し絵をつけて「ひるね蔵」にひとつのコーナーを作る作業をしていたのだ。デスクトップMacの置いてある物置兼書斎には勿論クーラーはない。わが家で冷房のあるのは居間だけ。それも運転するのは午後のみと決めている。
 だから今日のようなべらぼうな暑い日は、午後になると家族がみんな居間に集まる。ただ小生のみ隣接する熱帯地方の熱風のなかに残留するというわけだ。
 焼酎は薩摩の誇りであり、鹿児島県人や焼酎を愛好するひとたちの元気の源泉だ。小生、鹿児島出身でありながら、この薩摩の魂のことをよく知らないと気が付いた。気が付いたのだが、飲む方ばかりでちっとも焼酎に関する知識を勉強することがなかった。

 この10月に、焼酎に対する酒税格差の平準化という名目で、酒税があがる。一方、ウイスキーの酒税は下がる。3回に渡りアップされてきた最後の段階なのだ。最初のアップ(ウイスキーはダウン)のときに、サ●トリーが大々的にキャンペーンを繰り広げたことを記憶している人は多いだろう。たしか「ウイスキー革命」というキャッチを大書したポスターが街に溢れたはずだ。この酒税改革は、WTOの圧力という。確かにそうだが、政府を内側から付き動かしたのはウイスキーなどの大メーカーだ。だが、小生は別にサ●トリーのことを調べていたわけではない。二日間、焼酎に関するあらゆるデータをアタマに詰め込む作業に集中していた。
 ストックされたデータは時間とともに発酵し、蒸留し、成熟して、やがて自分なりのひとつのテーマをもったコンテンツとなる。いつもそういう方法論でやってきたのだが、考えてみると、こりゃあ焼酎の生成と同じだな。まあ、焼酎造りと違って小生の場合は、アタマの中の雑菌の管理がいい加減だからすぐに腐敗してしまう。特にこの週末二日間のように熱暑に居座られると発酵も早く、熟成も急速だ。コンテンツの一部はもうサーバーにアップしたくらい早かったが、さて、雑菌だらけの中身になったかもしれない。ご奇特な方は是非ごらんください。ひな吉とか、芙蓉とか数少ないキャラも登場。

 サ●トリーのホームページに書いてあった二つのことについて書いておかねばならない。ひとつは「酒税があがるのは、焼酎(甲類)」としか表記がなかったこと。本格焼酎(乙類)の存在自体を認めないような書き方だ。もうひとつは「安い焼酎で我慢していたユーザーが、(酒税改革で)安くなったウイスキーを飲めるようになった」と言う意味合いのプロモーション漫画の記載である。このことは、このメーカーの戦術であり、欺瞞であり、そして実はメーカー自身の恥でもあると、哀しく思った。
 ビデオを二篇。「プライド」と「地雷を踏んだらさようなら」を作業の合間にMacで観た。この週末のわがテーマと暑さには、ぴったりだ。


226話 7.16
白い月光の下で
 任務を果たす時がきた。匿ってくれた屋敷を出かける前に、ジョンがそのドイツ女に言った。
「おれは貧乏な家に生まれた。クリスマスのプレゼントにオレンジ一個と軍手をくれたお袋が、これしかないのと泣いていたのを、いまでも覚えている」そして、こう続ける。「あんたは、貧乏したことってあるのかい」
 すると女は、すこし考えてこう答えた。「そうね、南仏のビーチにある別荘が、嵐で壊れて避寒に行けなかった年があったわ」
 女を残してジョンはベルリンの街に消えていった。ヒトラーの暗殺に向かったのだ。

 徹底したプロットの構成と、登場人物のキャラクター設定が秀逸なアメリカの作家、ジェイムズ・セイヤーの「アメリカの刺客」のワンシーンだ。土曜日に読了した。翻訳も素晴らしく、セリフはエンコードラグのひとつも無く勢いよく伝わってくる。なにより、エンターテインメントとしての小説作法が丹念に編み込まれ、驚きが隠され、絶望の影にはかならず救済の光がほの見えている。楽しんで読み、惜しみながらページをめくり、空になった缶ビールと共にゲップか溜息かわからないが、吐息をひとつついて、本を置く。これを名作といい、こういう作家をテダレというのだ。J・セイヤーの作品には、同じ新潮文庫から、「地上50m/mの迎撃」というスナイパーものが出ている。これは今日読んだ。「アメリカの刺客」ほどではないが、これもまた間違いなく秀作だ。

 今日はいちにち書斎で本を読んだり、書き物をしたり。要するに釣りに行かない普通の日曜だった。居間ではクーラーをフル回転させて、わが家の受験生たちが勉強している。なにも西日が真っ向から差し込む書斎兼物置に閉じこもることはない。本を持って居間に行けばいいのだが、いっぺんクーラーのある部屋にはいると、二度と出てこれない。クーラーごときに堕落させられては恥である。子ども達がいい例だ。
 小生が書き物に使用するマックは7500/G3、机のうえから持ち運ぶにはちょっと重い。ミニ扇風機で熱い空気をかき回しながら、終日灼熱の書斎で過ごした。ほとんど修行だ。書いたのは、「歴史・時代小説の部屋」の渡辺さんのお誘いを受けてとりかかった掌編だ。
 江戸の武家社会と現代のビジネス社会をオーバーラップさせる結構安易なテーマでとりかかったのだが、プロットを作っているうちに考えを変えた。以前書いた「江戸の海風」に登場するキャラクターを久しぶりに動かしてみることにしたのだ。
 約10枚という超短編でどこまで描けるかに挑戦してみるのも面白いと思った。
 一応書き上げてひと休み。脱稿するのは子供らと裏の原っぱで花火で遊んでからだ。
 外に出た。やがて月に影がかかり始めた。そう、今夜は皆既月食だ。天気が心配だったが、東へ流れる雲の間から、すでに欠け始めた満月が白い光を地上に落としていた。

226話 7.9
風変わりな豆チョコ

 そこは巨大な食材倉庫だった。

 食いしんぼうなら目移りして困るほどの様々な食材が、広大なフロアにたっぷりと詰め込まれていた。
「モノがモノですから、常に新鮮な材料を使用しています」案内してくださった工場長さんはそう胸を張った。多種多様の材料は、国内はもとより海外からもこの工場に集積される。そして、熟練したスタッフと、整然と管理されたシステムによって商品化され、全国にデリバリーされるのだ。確かに工場の内外ともに清潔で整頓されている。某雪印の杜撰汚染工場とは大違いだ。

 工場内は明るく、作業中の社員はただ一人の例外もなく、自然な笑顔で「いらっしゃいませ」と挨拶する。入社後数カ月で先輩社員に会釈もしなくなるどこぞの広告屋の社員とは人種が違うとしか思えない。

「ここには、人間が食べることのできないモノは何一つありません」

 工場長がまた胸を張って言った。「わたしたちが扱うのは、常に新鮮な吟味した材料です。人に食えないものは、魚のエサにはならないんです」

(食えない奴は、魚のエサにはならない・・・)そう聞いて、突然小生のアタマに、某役所の課長補佐の顔が浮かんだ。異業種学習会で知り合った男だが、傲慢にして無礼、エリートを自負する軽薄な男で、人の迷惑を省みない。傘を水平に持って歩く態度も許しがたい。いつか東京湾に沈めてやろうかと思っていたのだが、魚のエサにもならないんじゃ海が汚れる。

 宣伝部のN氏が、さあ、どうぞ、うまいですよとひとつかみの豆チョコを差し出した。「あ、いまダイエット中でして。甘いモノはちょっと・・・」
「いやいやいや、甘くなんかありません。ちょっと香ばしい程度です」
 N氏が広げた手のひらに乗っているのは、たしかにチョコレートではなかった。干し上げられた虫、いや正確にはさなぎといったほうがいい。カイコが蛾になる前に繭の中で変身する、あの「蛹(さなぎ)」だ。

 ふと気がつくと、工場見学に同行した仲間たちは、退く波のように遠ざかっていた。遠くから興味津々といった風情で小生を眺めているではないか!戦火の及ばぬ距離から他人の戦いを見物するとは卑怯な。自衛隊PKOカンボジア派遣部隊の隊員をイジめて平和に貢献したとほざく、ピースボート時代の辻元清美センセイにも匹敵する振る舞いではないか。

「それでは、いただきます」ひとつつまんで、口に放り込んだ。「あ、なかなかいけますね」さらにもう一個つまむ。かみ砕いて嚥下すると、口の中にいがらっぽい昆虫の羽のカスが残った。乾燥してはいるのだが、油っぽい味だ。「いや、うまいですね。みんなにも勧めてやってくださいよ」そういうと、N氏は嬉しそうに笑って、「もちろんですよ」
 結局全員が試食させていただき、我々がかねて釣っている魚たちの好物を、身を持って確認したのだった。
 見学したのは、埼玉県桶川にあるマルキュー桶川工場。同行したのは、仕事場の釣り仲間である。帰りには大宮で途中下車し、怪しげな飲屋街の居酒屋で反省会を行った。鉄は熱いうちに、知識は忘れぬうちに、魚は生きているうちに処理するのが小生のモットーだ。この席では、魚の食性と食味について話題が沸騰したのは当然だが、話しが蛹(さなぎ)の試食に及んだら、全員が杯を取り、日本酒を口にした。


225話 7.2
アジの骨酒

JEEPの隣で干し上げる


アジ寿司と骨酒

 趣味は?と聞かれて、正直に答えたら

「それって、勇気のあるお答えですな」
 質問者である高名な弁護士センセイにそう言われた人がいる。
 答えた人はヨシイさん。愛車ジープに狂熱を注入するだけではモノ足りず、強力な感染力をもつジープ症候群ヴィールスを散布するため、このほど「jeep for ever」というサイトを開設した方だ。
ヨシイさんはこう答えたのだ。
「私もクルマが好きでして。いま、ジープに乗っています。釣りにもそれで行ってます」

 高名な弁護士は、このヨシイさんの回答のどこが勇気ある発言だというのだろうか?ジープ=野蛮、釣り=オヤジ臭いとでも反応したのだろうか?たとえば、音楽と、ゴルフを少々とでも答えれば良かったのだろうか?迷彩服を着て野原でキャンプを少々、とか、ナイフを少々とか、大酒を飲むんですとか言えば、このセンセイの思考回路は、もしかすると崩壊するかもしれない。

  高名なセンセイはそういう日にはゴルフに行くのだろうが、先週の金曜日はよく晴れて風も穏やか、想像もできないくらいの素晴らしい日だった。前日の夕方、デスクのK嬢に、

「伝票だけどさ、結構大変かい?月末だし」

 あたりまえでしょ、といいたそうな目でK嬢は小生を睨んだ。だが、小生の手に「週刊つりニュース」がしっかりと握りしめられているのを見て、すぐにまた伝票整理の作業に集中し始めた。小生と話しても時間の無駄と瞬時に判断したのだろう。業務の効率化を追求するK嬢の姿勢は正しい。

「じゃ、お先に」と足早に仕事場を出た。携帯電話の電源も切ってある。脱藩者や出奔者にとっては、追手をまくのがなにより肝要なのだ。

 金曜日の朝、8時に所沢を出発した。目指すのは横須賀走水港。船宿は「関義丸」。アジが好調だというので、午後船に乗ることにした。午後11時半、愛車のジープは走水漁港の駐車場にすべり込んだ。途中止まることもなく順調だったが、渋滞のため3時間半もかかってしまった。

 午前船が帰港するにはまだ時間がある。ひろい岸壁に沿った駐車場には人影もなく、かすかな風が、潮と重油と魚の入り交じった、港特有のにおいを撹拌していた。

 ジープから軍用の折り畳みイスをだす。英軍のコンパクトな野戦用テーブルも広げ、仕掛けを作りながら、おにぎりと麦酒で昼飯にする。

 空は青く、白い雲の断片がはるかな高みに浮かんでいる。沖合いには輸送艦の巨大なグレーのシルエットが縦列を組んで、ゆっくりと湾奥に向かっているのが見える。おそらくは三宅島沖から帰還してきた海上自衛隊の船だろう。

 海は午後の日差しを受けて眩しいくらいに輝いている。午前船が帰港し、午後船の出港準備がはじまるまでの、しばし静かな時間だ。高名なセンセイが味わうこともない、至福の時間だ。

 午後船は1時ちょうどに出港した。釣り客は、両舷で11名。うち3名ほどは準スタッフといっていい常連サンだ。港のすぐ前でしばらく潮回りしたあと、一路本船航路へ。大物を狙う戦略か?結局落ちついたのは、観音崎の灯台を眼前に望む場所だ。潮が早く、金色の大アジが(運と腕によるが)釣れるところだ。

 あんどんビシにミンチと期待を詰め込んで第一投。潮が早い。底が取りきれないうちにダボハゼを一荷で掛けてしまい苦笑。

 第二投目。着底して2m上げ、コマセを振ってゆっくりと竿先を船縁の高さまで聞き上げる。ホンの数秒でアジ特有のククッというあたり。ゆっくりとまき始めると二匹目が食いついたらしく引きがさらに強く、重くなった。深さ35mほどの海域だ。手巻きのリールでも気楽なものだ。やがて上がってきたのは、22cmほどの小振りなアジ2匹。小振りとはいえ、幅広い鮮やかな金色のアジだ。

 それからは、コンスタントに釣れ盛り、結局5時の沖あがりまでに50とすこしの釣果となった。

 この釣果は、同僚宅や近所の友人に少しづつ配り、のこりをアジ寿司や一夜干し、塩焼きでいただいた。脂ののった旬のアジ。走水のブランド鯵は、言葉に尽くせない旨さだった。カミさんのアイデアで、アジの骨酒も試してみた。これがまたすばらしかった。脂が金色に輝くように滲みだしてイワナの骨酒に負けない豊かな味わいとなった。純米酒で楽しんだ骨酒のあとは、本格焼酎「百合」で刺身。夜の酒では、生干しを軽く焼いて肴にした。

 さて、気持ちのいい釣りを終え、愛車ジープで家路についたのだが、途中で会社に連絡をいれた。平日の釣行だ、給与生活者としては当然である。なにか、ある?という小生に、

「お待ちください」
 とK嬢は答えて、電話をそばにいるらしい誰かに渡した。よぎる不安。その瞬間、「ナンビキ釣れたんだあ」野太い声が耳元で炸裂した。仕事場の同僚の釣りオヤジ達には無断の釣行だったのだ。とくにクリエイティブディレクターのAは、忙しさのあまり釣りに行けない禁断症状が酷いので、思いやって、あえて通告しなかったのだった。
「100くれえかな」
「そうかい、声が笑ってるよ」
「久しぶりだからなあ」
「お互いにな、きのうまでは」

 K嬢が電話に出て、気の毒そうに言った。

「伝言メモは特にありません。でも、常務が探していらっしゃいました。お急ぎだったようです」


224話 6.25
グッバイ、デブライフ
 身長170cm、ウエスト85cm、そして体重73.5kgというのが先月の健康診断での小生の基本スペックである。 

 髪の毛と財布の超軽量さについてはあえて測定するまでもない。先週の手控えに書いたが、この数値を見て医者は明快に断言した。
「あんたね、もう立派なデブ、デブだよ、デブ」(ホントに3回言った)
 この医者はじじいでデブだから、彼が「デブのままでは人生これからが大変だよ」とでも言おうがあまり説得力はない。しかし、数値が証明したデブとしての現実には直面せざるをえないではないか。

 今の仕事をはじめて、もう300年も過ぎたような気がするが、よく考えると入社したのは25年前だ。総務部に行って古文書のごとき入社時健康診断書を見せて貰って驚いた。厚顔の、いや紅顔の新入社員であった小生のスペックは、身長171cm、ウエスト68cm、そして体重57kgであった。身も細る思いをして働いてきたはずなのにそれは錯覚だったのだろうか?

 この25年間で身に付いたのは、つぶしのきかない給与生活者としての処世の知恵と、15kg以上の膨大な脂肪塊だけなのだろうか。そういえば、上がったのは額と血圧だけで、肝心の経済的状況はずっと低迷している。このあまりにも悲しい現実を受け入れる前に、もういちどよく考えてみることにしたが、身についたものは飲み助の友人たちとの交友以外にはもう何一つなく、大切な時間や、髪の毛など、失ったものの多さに愕然とするばかりだった。

 秋の野末をなぶる冷たい風のような失意とともに、総務部を後にした。仕事場に戻ろうとフロアを横切っていると、妙に明るい声が飛んできた。

「どう、これ?」
 声の方を見ると、印刷ディレクターのM氏がニコニコ笑って手を振っている。その手になにかカードのようなものを持っていた。

「Mさん、そりゃなに?」
「ベルトさ!」正確にはベルトの切れ端だという2cm四方の皮のカードを、M氏はあと2枚出して見せた。
「ウエストが引っ込むたびにね、このベルトを切り詰めているんだ。そして記念にとっておくのさ」
「・・・・・・」
 小生はそのベルトの切れ端を見つめて瞠目した。2cmの切れ端が3枚ということは、M氏のウエストは6cmも細くなったということではないか!あらためてM氏の胴回りに目をやって小生は驚嘆した。あのマシュマロマンの如くであったM氏のハラが、たしかに引っ込んでいる。元のサイズがサイズだから目だたないのかもしれないが、たしかに細くなっている。小生は決心した。即座に決意し、覚悟したのだ。そして、M氏に聞いた。「どうやって、やせたの?」

 やせた、という言葉をたのむからもう一度言ってくれないかとM氏は嬉しそうに小生に頼んだ。そして、その秘訣を伝授してくれたのだった。

夕食では一切の油分を採らない。甘いもの、おやつのたぐいには手をださない。これがM氏が「痩せた」理由の総てだった。小生、これを守ると同時に、すこしづつ運動を開始することにした。脂肪を除去しながら、筋力を付けてゆく。ここ数年、運動らしい運動をしてはいなかったし、なにぶん、この4月で大台に乗ってしまったから無理は禁物だ。運動の基本メニューは、ストレッチから筋力増強、そしてウオーキングからランニングへ。

 10日目あたりで、やや効果が見えてきた。体重は71kg、背筋は5回が10回に、腕立て伏せは20回が50回に、腹筋のセット(V字屈伸10回)は1セットが2セットにと少しづつではあるが体重が落ち筋力がついてきた。

 そして今日がちょうど一ヶ月目である。体重68.5kg、ウエストはベルトの穴二つ分減少した。腕立て伏せ90回、腹筋5セット。インターバルランニングを約40分済ませてからひと休みし、血圧をはかったら、一月前に医者が(じじい医者ではなく、血圧の薬を貰いに行っている医師が)もうすこし薬の量を考えましょうか?といったのがウソのような正常値に戻っていた。

 手控えを読んで戴いている方ならご承知だと思うが、小生は寿司が大好物である。

 思えば、寿司といえばイクラ、ウニ、トロと言っていた頃(ひと月前まで(^^ゞ)の小生は貧しい寿司ファンだったのだろう。だが、エライことに、これもまた変わった。

 来月の末あたりからは、シンコが出回る季節だ。シンコというのは、コハダの子だが、寿司ネタとしてこれほど季節を感じさせるものはない。夏のアジも旨いし、スズキも季節の味である。いずれも透明感のある弾けるような身に、微かに旬の脂が乗り、暑い夏の疲れを忘れさせてくれるのだ。これからは、寿司屋に行っても青い魚主体のメニューになるだろう(と、思う)。ウニ、イクラ、トロなどは、なるべく見ないようにしよう。万が一、注文したとしても一個づつとかにしたい(と、思ってはいるのだが・・・)。


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