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ひるね蔵 けふの手控え
平成12年8月真夏

                             
231話 8.28
夏休み最後の一日

南日本焼酎ファンの館
 お盆には人と会う仕事があって、当初取るつもりだった夏休みを一週間延期した。で、この23日から4日間にわたって鹿児島に帰り、遅い墓参りをしてきた。
 もうひとつの目的は、鹿児島の基幹産業である本格焼酎の製造・流通・消費実態を踏査し、見聞し、そして堪能して(^^;)くることにあった。この重大プロジェクトには故郷の有力新聞である南○本新聞社で重責を負う立場にある友人が、現地情報の提供ということで協力してくれた。主に消費実態についての現地踏査が主体であった。ついでに焼酎の現物も提供してくれたのでとても楽しかったと感謝しておかなくてはならない。そういえば、わが実家は同新聞社の創業時代からの購読者でもある。一応念のため。
 また、鹿児島県庁の方からも貴重な意見を寄せられて、大いに参考になった。ついでに晩御飯にも寄せていただいたので大いに楽しかったと言っておかねばなるまい。
 地元酒販店の方々からは流通実態に関する生の声を聞きくことができた。また、酒販店さんでは、豊富に用意してあった試飲用の焼酎を実際に調査させていただくこと頻繁で、つい酩酊してしまったこともたびたびであった。調査への熱心のしからしむるところとご寛容いただきたい。
 そして天文館ではおもに業務店(飲み屋ですな)での消費行動を踏査。もちろん味覚実査も敢行(要は飲んだだけ(^^;))。
 お世話になった方々には、こころからお礼を申し上げたいと思う。
 なかでも、仕込み時期を迎えて多忙な中、丁寧にご案内いただいた「国分酒造協業組合」の笹山護氏と「佐藤酒造有限会社」の佐藤誠氏には、深く感謝いたしたい。
 国分酒造を訪問した日は、「いも麹 芋」の初蒸留の日で、なんと飲兵衛の垂涎のマトである、初垂れ(ハナタレ)を戴くことができた。笹山さんの知性的な物腰の中に強靭な焼酎造りへの意志を感じ、「新機軸への挑戦、さもありなん」との印象を持った。その真剣にして真摯な姿勢には、わが身を振り返って、大きな感銘を受けたのだった。
 佐藤さんは、パワフルな行動力と酒の造り手としての確固とした哲学を持った蔵元さんだった。酒文化の中での姿勢の正しさに対する確信と、自ら考え造り出す焼酎への情熱を感じ、感銘したのだ。
 この二つの蔵を訪問して感じたのは、薩摩の本格焼酎の将来を支える若い力の強さだった。今回の鹿児島での最大の収穫は、このことを感得したことと言っても過言ではあるまい。

 「鹿児島酎紀行」と題したレポートを書いている。まず蔵元訪問記。いま蔵元さんに内容の確認を戴いているところだ。今週末には「天文館焼酎夜話」などと一緒にアップできるだろう(何と言っても小生は給与生活者なので、執筆と更新作業は週末の休みの日になるのだ)。

 ところで、今回の薩摩焼酎紀行でゲットした地元ならではの焼酎6銘柄(この中には、以前手控えに書いた「紫美」もある。無くなった蔵のラベルで去年の仕込みとわかる)。どれも宅急便でうちに送った。秋深まる頃、良い日を選んで、利き酒会を開きたいと思っている。(まあ、ただの飲み会になるんだろうけど(^^;))


230話 8.19
ブランド、それは何ぢゃ?
 それはまだ春早い季節の朝のことだった。前夜飲み過ぎて電車を乗り越し、タクシーで帰ったため、自転車は駅の駐輪場。しかたなく歩いて駅に向かった。
 朝の通勤時間だ。次々と自転車が追い抜いていく。サラリーマンも、OLも、若いのも年寄りも、可愛いのも可愛くないのも、駅への登り坂を中腰になって一心にペダルを漕いでいる。
 自転車に乗っていては見えない風景というものがある。時速3キロでゆっくり歩きながら、おびただしい通勤者たちを見ていて気が付いた。
 年に似合わぬブランド品を持ち、身につけている若いのがやけに多い。
 まてよ、いまわが国は不景気なのではなかったか?贅沢は敵だとまではいわないが、贅沢は素敵だなどといっている状況ではないのではないのか?ぶつぶつ呟きながら二日酔い気味の足どりであるきつつ、一句。

エルメスも グッチもソニアもアルマニも ペダル漕ぎ行く 私鉄沿線      秘剣

 ミラノの街角で小生に道を教えてくれた母娘、自転車で風のように公園の小径を過ぎていった黒い髪の娘、早暁通勤のためにバス停に佇んでいたフランクフルトの年輩のご婦人など、さりげないお洒落が自然に良い風情を醸し出していた。彼女たちがブランド品を持っていたかどうか、目利きでない小生にはわからない。しかし、西武線の駅に向かってペダルを漕ぐ通勤の女性たちの姿に、イタリアや英国のブランド品が似合っているとはとても思えない。しかも自転車のOLたちが持っているのは、ほとんどが同じ模様の茶色のバッグだ。これじゃ中学の制服や道具袋と同じじゃないか!
 清酒でも本格焼酎でも、有名な銘柄になると当然ながら品薄になる。手を掛けた良い商品ほど絶対的な生産量は少ないはずだ。意図して品薄にすることがないとは言えないだろうが、むしろ問題は、ブランド化した銘柄を要求する客の方にもあるのではないか。
 評判が高まった酒になにがなんでも飛びつこうとする消費者の群、それを看過できずプレミアを付けても並べたがる流通、どっちも大人の振る舞いと言うにはほど遠い。もちろん経済だからパワーバランスの原理が働いているということだろう。しかし、そんなことはどうでもよろしい。ブームに惑わされずに、自分で納得できる銘柄を見つける。試して良ければ、長く付き合う、そういう飲兵衛の側の態度が健全な業界を育て、良い酒を生み出してゆくことに繋がるのではないのか。自分のアタマで考え、自分の心で感じ、自分の舌で味わうことこそが大切だと、そろそろ日本人は気がつかなくてはなるまい。

229話 8.13
天使のわけまえ
 かめ壷や木の樽で長期に熟成させた酒には、言うに言われない滋味があるものだ。若い人間には到底真似できない年長者だけが持てる深みや幅というものがあるが、それと同じ事かも知れない。
 時間に練られた古酒だけがもつ丸く深い味には、一種の凄みさえ感じることがある。ガラスの瓶と違い、樽や素焼きのかめ壷には気道があり、閉じこめられた酒は呼吸をしながら長い時の流れのなかで熟成してゆく。その熟成してゆくあいだにいささか蒸発して減量してゆくのは仕方のないことだ。うま味と引き替えに天に返したこの酒のことを「天使のわけまえ」という。
 何かを得るためには失うものもあるということだろう。ひとの場合は、過ぎ去った時間や、髪の毛や、体力・記憶力ということになるのだろうか。かわりに天使が呉れるのは人生の含蓄とか身に付いた落ちつきとかだろうが、ついでに持病や借金や不眠症なども持ってくるので困る。

 何年も熟成させた古酒はそう大量に出荷できるわけではないだろうから、こういう酒を自社ブランドとして持つにはいささかの余裕がなくてはなるまい。経営が安定していなくては長期熟成の酒作りには取り組めまい。120以上もある鹿児島の蔵が、安心してその蔵ならではの本格焼酎作りに励むことができるような時代でありたいものだ。
 鶴の飛来で有名な鹿児島県出水市に新屋酒造という蔵があった。木製の蒸留機を使い、かめ壷しこみで手作りしていた銘酒「紫美」の蔵元だった。ソバ焼酎で有名な県外の大手メーカーの鹿児島工場として吸収されたとき、この銘酒は永久に消滅した。
 ネットのなかにかろうじて残っていた「紫美」の写真が、なぜか墓標のように見える。
 生き抜いてこその「天使のわけまえ」だ。わが故郷の蔵にはなんとか頑張って欲しいと、この写真を見ながら思った。

228話 7.30
釣魚料理と本格焼酎〜写真入りの記事は、酒亭のほうでご覧下さい
 たとえば、豚骨料理のようなこってりした味付けが焼酎には合うといわれる。(※ここで言う焼酎とはすべて本格焼酎のこと。飲用アルコールやホワイトリカー類などではない)
 味噌で煮込んだ肉とお湯割り焼酎の組み合わせは確かに類希なコンビネーションだ。季節を問わず食欲を刺激し元気を回復させてくれる。しかし、手控えを読んでいただいている方には、釣りファンが結構いらっしゃるはずだ。ここでは釣った魚でうまい焼酎をのむ方法を、ご紹介しよう。
 鮮度の良さと言う点では、釣ってその場で締めた魚にまさるものはない。
 築地だろうが、高級ホテルのレストランだろうが、政治屋や高級官僚が他人の金で出入りするような赤坂の料亭だろうが、釣り人の食卓には太刀打ちできない。したがって、釣魚料理の基本は、なにより刺身であると言っておきたい。刺身のバリエーションとして、軽く酢で締めたり、寿司にしたり、づけで戴いたりもする。また新鮮な魚は、加工によっても鮮度を失わない。魚屋で買ってきたアジと、釣ったアジの干物を作って較べてご覧なさい。出来上がりは、全く別の物と言いたくなるほどの違いがある。
 釣った日の夜、塩焼きにしていただいたアマダイの至高の美味は、氷と海水を満たしたクーラーの中に入れて置いても、次の日にはもう味わえない。ことほどさように、鮮度というものは失われやすいものだ。記憶力やアタマの毛や財布の中身と同じ運命だと思えばいいかもしれない。

天 誅
この焼酎、ちょっと物騒な名前だ。蔵元では、天からいただいた酎の意と説明しているがホントだろうか?どうも焼酎業界の未来に向けて憂いを投げかけ、その憂いの元凶たちに下す「天誅」の意味ではないかと、ひるね蔵では推測している。肝属郡の白玉醸造合名会社はあの「魔王」を送り出していることでも有名だ。「天誅」は独特の麹米の風味が強く、人によってはくどいと感じるかもしれないが滋味のある旨い酒だ。この焼酎には酢で締めた青い魚がよくあう。秋の相模湾で釣ってその場で血抜きをしたサバなら文句はない。塩も小一時間でいいし酢水(50%)に30分も浸けておけば、すばらしい締めサバが出来上がる。この一切れを味わい、お湯割りの「天誅」で幸せの残滓を流し込む。言葉もない至福の時間だ。

川 越
「川越」は宮崎の川越さんという老夫婦で作っておられる焼酎だ。まろやかで素直な喉越し。馥郁と広がる上質の芋風味。丁寧に積み重ねた熟成された味が作り手を言い表して余りある。信州のkimico様のサイトでキリ番をゲットして、その記念に贈呈していただいたものだ。ちょっと甑島の「百合」に近い深い味わいが嬉しい作品。素朴に手作りしたアジの一夜干しを戴きながら、「川越」のお湯割りをちびり。すこし焦げたアジの皮が香ばしい。走水で釣った旬の真アジだ。塩でしっかりと座った脂たっぷりの魚肉には、夏の陽光と風とが閉じこめられ、「川越」の一滴で開放されて輝く。まさに夏の夜の夢だ。

佐藤(黒麹)
この焼酎の旨さは、簡単にひとことで言うにはあまりに深い。芋焼酎のうまみをしっかりと醸し出しつつ、くちあたり、のどごし、残滓の芳香すべてに透明感のある逸品だ。
なにより、その透明感には厚みがあり、薩摩の風土を一升瓶のなかに焼酎作品として封じた傑作だと思う。背筋がきちんと伸びた、凛々しさがこの焼酎の真骨頂だ。この焼酎のキレ味には、太刀魚が良く合う。上品な脂ののった鮮度の高い太刀魚ならば、まずは刺身がいい。皮を引き、薄切りにした太刀魚を山葵醤油でいただく。秋の深い季節ならば鍋仕立てにし、しゃぶしゃぶでも素晴らしい味わいだ。バターで焼くのが好きなひともいる。かるく塩をふり、遠火でゆっくり焼き上げるのもいい。観音崎沖で釣り上げた太刀魚料理をつつきながら、黒ぢょかでお湯割りにした「佐藤(黒麹)」をいただく。魂は錦江の海に。熱血は桜島の噴煙のごとく。想いはたちまち薩摩の空に飛ぶ。

※禁酒日にこんなことを書くのは大変なのですぞ(^^;)


227話 7.23
アタマ熱燗、気は凍り
 この暑さで死人が出たらしい。
 部屋の中にこもって、ミニ扇風機がかき混ぜる熱気の中でこの週末を過ごした。資料を漁り、文章にまとめ、構成して挿し絵をつけて「ひるね蔵」にひとつのコーナーを作る作業をしていたのだ。デスクトップMacの置いてある物置兼書斎には勿論クーラーはない。わが家で冷房のあるのは居間だけ。それも運転するのは午後のみと決めている。
 だから今日のようなべらぼうな暑い日は、午後になると家族がみんな居間に集まる。ただ小生のみ隣接する熱帯地方の熱風のなかに残留するというわけだ。
 焼酎は薩摩の誇りであり、鹿児島県人や焼酎を愛好するひとたちの元気の源泉だ。小生、鹿児島出身でありながら、この薩摩の魂のことをよく知らないと気が付いた。気が付いたのだが、飲む方ばかりでちっとも焼酎に関する知識を勉強することがなかった。

 この10月に、焼酎に対する酒税格差の平準化という名目で、酒税があがる。一方、ウイスキーの酒税は下がる。3回に渡りアップされてきた最後の段階なのだ。最初のアップ(ウイスキーはダウン)のときに、ウイスキーメーカーが大々的にキャンペーンを繰り広げたことを記憶している人は多いだろう。たしか「ウイスキー革命」というキャッチを大書したポスターが街に溢れたはずだ。この酒税改革は、WTOの圧力という。確かにそうだが、政府を内側から付き動かしたのはウイスキーなどの大メーカーだ。だが、小生は別にウイスキーのことを調べていたわけではない。二日間、焼酎に関するあらゆるデータをアタマに詰め込む作業に集中していた。
 ストックされたデータは時間とともに発酵し、蒸留し、成熟して、やがて自分なりのひとつのテーマをもったコンテンツとなる。いつもそういう方法論でやってきたのだが、考えてみると、こりゃあ焼酎の生成と同じだな。まあ、焼酎造りと違って小生の場合は、アタマの中の雑菌の管理がいい加減だからすぐに腐敗してしまう。特にこの週末二日間のように熱暑に居座られると発酵も早く、熟成も急速だ。コンテンツの一部はもうサーバーにアップしたくらい早かったが、さて、雑菌だらけの中身になったかもしれない。ご奇特な方は是非ごらんください。ひな吉とか、芙蓉とか数少ないキャラも登場。

 あるウイスキーメーカーのホームページに書いてあった二つのことについて書いておかねばならない。ひとつは「酒税があがるのは、焼酎(甲類)」としか表記がなかったこと。本格焼酎(乙類)の存在自体を認めないような書き方だ。もうひとつは「安い焼酎で我慢していたユーザーが、(酒税改革で)安くなったウイスキーを飲めるようになった」と言う意味合いのプロモーション漫画の記載である。このことは、このメーカーの戦術であり、欺瞞であり、そして実はメーカー自身の恥でもあると、哀しく思った。
 ビデオを二篇。「プライド」と「地雷を踏んだらさようなら」を作業の合間にMacで観た。この週末のわがテーマと暑さには、ぴったりだ。

226話 7.16
白い月光の下で
 任務を果たす時がきた。匿ってくれた屋敷を出かける前に、ジョンがそのドイツ女に言った。
「おれは貧乏な家に生まれた。クリスマスのプレゼントにオレンジ一個と軍手をくれたお袋が、これしかないのと泣いていたのを、いまでも覚えている」そして、こう続ける。「あんたは、貧乏したことってあるのかい」
 すると女は、すこし考えてこう答えた。「そうね、南仏のビーチにある別荘が、嵐で壊れて避寒に行けなかった年があったわ」
 女を残してジョンはベルリンの街に消えていった。ヒトラーの暗殺に向かったのだ。

 徹底したプロットの構成と、登場人物のキャラクター設定が秀逸なアメリカの作家、ジェイムズ・セイヤーの「アメリカの刺客」のワンシーンだ。土曜日に読了した。翻訳も素晴らしく、セリフはエンコードラグのひとつも無く勢いよく伝わってくる。なにより、エンターテインメントとしての小説作法が丹念に編み込まれ、驚きが隠され、絶望の影にはかならず救済の光がほの見えている。楽しんで読み、惜しみながらページをめくり、空になった缶ビールと共にゲップか溜息かわからないが、吐息をひとつついて、本を置く。これを名作といい、こういう作家をテダレというのだ。J・セイヤーの作品には、同じ新潮文庫から、「地上50m/mの迎撃」というスナイパーものが出ている。これは今日読んだ。「アメリカの刺客」ほどではないが、これもまた間違いなく秀作だ。

 今日はいちにち書斎で本を読んだり、書き物をしたり。要するに釣りに行かない普通の日曜だった。居間ではクーラーをフル回転させて、わが家の受験生たちが勉強している。なにも西日が真っ向から差し込む書斎兼物置に閉じこもることはない。本を持って居間に行けばいいのだが、いっぺんクーラーのある部屋にはいると、二度と出てこれない。クーラーごときに堕落させられては恥である。子ども達がいい例だ。
 小生が書き物に使用するマックは7500/G3、机のうえから持ち運ぶにはちょっと重い。ミニ扇風機で熱い空気をかき回しながら、終日灼熱の書斎で過ごした。ほとんど修行だ。書いたのは、「歴史・時代小説の部屋」の渡辺さんのお誘いを受けてとりかかった掌編だ。
 江戸の武家社会と現代のビジネス社会をオーバーラップさせる結構安易なテーマでとりかかったのだが、プロットを作っているうちに考えを変えた。以前書いた「江戸の海風」に登場するキャラクターを久しぶりに動かしてみることにしたのだ。
 約10枚という超短編でどこまで描けるかに挑戦してみるのも面白いと思った。
 一応書き上げてひと休み。脱稿するのは子供らと裏の原っぱで花火で遊んでからだ。
 外に出た。やがて月に影がかかり始めた。そう、今夜は皆既月食だ。天気が心配だったが、東へ流れる雲の間から、すでに欠け始めた満月が白い光を地上に落としていた。


223話 6.18
寿司屋の雨宿り
 K氏はイラストレーターだ。細密な動植物画やクラシックカメラ、ジープなどのメカを描かせるとピカイチの腕を持っている。先週のいつだったか、プライベートな研究会の会報を作る件で打ち合わせすることになった。いつもならメールでのやりとりで済んでいるのだが、レアもののポスターが入った、一枚やるから作業場兼用の自宅マンションに来てくれという。

 「根を詰めた作業だから外出するのは億劫だ、もう何年も釣りにもいっていないし、ジープにも乗っていない。今年は花粉症もひどかったからなあ、山にもとんとご無沙汰だ。やれやれオレも歳だよ、もう」とビールを飲みながら弱音を吐く。腹も以前より出ている。よくこれでアウトドアの絵なぞ描けるものだと思う。

 打ち合わせを終えて窓の外を見ると、もうすっかり暗くなっていた。かすかに雨が降っている。メシでもと誘ったのだが、Kは部屋で飲んでいるほうがいいという。別れを告げ、彼に貰ったクラシックジープのポスターを濡れないように抱えて、傘をさし歩道に出た。帰りを考えると、駅前の商店街を抜けて落合の駅に出たほうがいい。

 そう考えたのが間違いだった。じつは小生は自慢してもいいくらいの方向音痴だ。落合の駅ならすぐだ。5分くらいだよといったKを恨みながら雨の中を歩き回り、ついに自分がどこにいるかすらわからなくなってしまった。しみじみと兵隊にならずに良かったと思う。斥候などに出された日には味方の全滅間違いなしだ。

 濡れた歩道をとぼとぼ歩いていると、腹が減ってきた。
 そういえば今日は昼を抜いている。二週間ほどまえの健康診断で、
「あんたね、すこし節制しなくては。歳だし。ほら、この数値をみてごらんよ、もう、あんた、立派なデブだよ」そう医者に言われてショックのあまり拒食症になりかけていたのだ。この医者、自分こそデブで、とんでもない爺いなのだが、肌色や艶が異常にいい。健康診断で貧乏サラリーマンをイジメてたんまり儲かっているにちがいない。

 前に灯りが見えた。

 寿司屋だ。

 暖簾の間から中をのぞくと、狭い店内にはカウンターに二人連れの客がいるだけだ。もう一度店構えを見てからガラスの引き戸に手をかけた。むかし銀座でひどいめにあってからは、寿司屋に対する警戒心がトラウマになったのだ。小生が警戒心を持つのは、寿司屋のほかにはあまりない。怪しげなスナックや、宣伝だけは上手な酒のメーカーや、キンキラのクラブのばばあや、警察や、経理のイトウさんくらいのものだ。美人のイトウさんは、小生が経理に回す伝票や請求書の不備を絶対に見逃さないのだ。

 カウンターにすわり、ビールを頼んだ。カウンターの左手のテレビでは野球中継をやっている。

「お客さん、なににしましょう」つけ台のむこうから、はぎれのいい声が飛んだ。
 小生と同年輩くらいの職人さんだ。いや、この店の主人だろうか。
「一人前、握ってください」そういって、カロリーの少ないのを頼みますと付け加えたら、主人一瞬困った顔になったが、にこりとして「はい、わかりました」

 ビールを一気に飲んだら肩の力が抜けた。ちょっと腹ごしらえして帰るとしよう。
 丸顔でにこやかなおかみさんが、すっとビールのジョッキを膳から下げ、

「お茶をお持ちしましょうか」

「冷やで結構ですから、お酒をください」

「はい」

 けっして賑やかではないのだが、ゆっくりした明るい空気のなかで、落ち着いた時間が流れているような、そんな雰囲気の店だった。

「おまたせしました」

 主人がつけ台に出してくれた握りを見て得心した。お客を迎えるということは、実は不確定性に満ちた難しいことなのだと、ここで働く人たちはちゃんと知っている。そして、よく考え、努力することで自然体の応接をこなしている。

 主人が握ってくれたマグロのづけ、白身魚の昆布〆、赤身の巻物などを味わっていると、おかみさんが焼きたての卵焼きを皿に盛ってカウンターに出した。湯気を上げているそれをみた途端、あの爺い医者が指摘した尿酸値のことなど忘れてしまった。「少しでいいですから、それを」と叫んだのは当然だろう。いまどき寿司屋の自前の焼き立て卵焼きなど、そうお目にかかれるもんじゃない。

 堪能した。満足した。

 この店の名前がいい。名声が登り、利益が増すと書いて、「名登利寿司」

 落合の駅までの道を主人に聞いて店を出た。案内通りに小道を辿っていくと、すぐに駅の前に出た。

Kの道案内とはエライ違いだ。




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