平成12年1月の手控えです。
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手控え欧州篇
253話 13.1.28
いまさらの自己紹介
 ひるね蔵本体のリンクに「本郷台駅前告知板」というサイトを掲載した。ここの管理人である「花板」さんは釣り及び料理のテダレとして常日頃気になっている方だ。共通の知人にわが焼酎飲み友達の「椀方」さんがいらっしゃるので、なぜか親近感を感じてもいた。この週末の雪で家に垂れ込めている時間を無為にしてはならぬと、この花板さんのサイトを見学し勉強させていただくつもりで勇気をだして訊ねてみたのだった。
 しかし、花板さんの「自己紹介」を拝見しただけでスゴスゴと帰ってきてしまった。40歳を過ぎていらっしゃるというから、秘剣とさほど変わらないはずだが(^^ゞ、その才気煥発巧みな諧謔手腕でまとめられた紹介文には「老獪」なまでのしたたかな巧みさがあった。とりわけ音楽への深い造詣、ミュージシャンとしての実際経験を読んだとき、小学校以来音楽で最低点以下しか貰えなかった小生は、あまりのまぶしさに瞠目するしかなかったのだ。
カッコいい!あまりのカッコよさだ。
 節操のない秘剣はすぐに真似をして「自己紹介コーナー」を更新しようとしたのだが、そこでハタと気が付いた真実がある。寒さに負けて「釣り」にもいかず、「本格焼酎」についてなにか気の利いたことを書こうとしてもつい飲む方に走ってしまう、覚悟と自制心のない自分をどうやって書けばよいというのだ。
 天をあおいで溜息をひとつつき、焼酎の瓶に手を伸ばしたが、またハタと気が付いた。今日は禁酒日だ。しかたないのでなんとか「いまさらの自己紹介」をまとめてみました。

252話 13.1.21
ぱぱっと、茶飯
 なんじゃ?このタイトルは?とお思いの方、読んで字の如く茶飯です。チャパツでもイタ飯でもありません。

 昨日の朝、カミサンが伊東の妹夫婦宅に泊まり掛けで出掛けた。前夜にカレーとおでんを作り、留守中の食事のメニューをメモに書いて準備していたのだが、ご飯だけは炊かなくてはならない。
 カレー用とおでん用の炊飯仕様書(カップ数、醤油と酒の量など)を書き、炊飯担当者に娘を任命してカミさんは出掛けていったのだ。


(左:90式戦車。茶飯よりこっちのほうが簡単)
 夕方バイト先から娘が電話してきた。

「とーちゃん、やっといて」
「理由と目的語を言え」
「四時(ご飯を炊く時間)に間に合わないから、ごはんを炊いておいて」
「最初からそう言え。よし、わかった」
「おでんだから、茶飯よ。炊き方がわかる?」
「メモがあるから大丈夫だ。第一、学生時代には炊き込みご飯をよく作っていたものだ」
「炊き込みご飯?ただの醤油メシだったって聞いたわよ」
「原理はいっしょだ。だいたい、時間に間に合わないとはなんだ。おい、聞いているのか」
 愚かなる娘はさっさと携帯を切っていた。

「どれ米を5カップ・・・と。あれ?米櫃に米がない」
 米が無いとつぶやきながら、その言葉に、儚いそしてせっぱ詰まった語感を味わい、ついでにわが国の食料政策にまで思いが飛び、政治と官僚の無策を嘆いたのはなぜだったのだろう。
台所中をひっくり返して、やっと床下収納庫に米の袋を発見して一安心。
「どれ、醤油を・・・あれ?醤油がない」
 大匙の一杯目で醤油が切れた。だがもう慌てはしない。小生は学習効果が高いのだ。すみやかにあたらしい醤油のボトルをカウンターの下に見つけだして醤油さしを一杯にした。
「醤油の前に酒を入れておくかな。どれ・・・」
 酒は紙パックの純米酒がすぐに見つかった。遥か昔のことだが、わが家では酒のパックは容易に発見できないところにカミさんが隠していたものだ。探し出してのんじまうのがいたからだが、近頃ではその心配がないのでカミさんも安心しているのだろう。おびただしい焼酎の一升瓶に埋もれた書斎の危険性に思いが及ばぬのだろうか?それとも焼酎は小遣いで買うからカンケー無いのかな?

「そういえば、家計から支出する酒代はゼロだなあ。小遣いを上げて貰ってもいいな」などとつぶやきつつ醤油を量って炊飯器に入れようとしたとき、ゲームに興じていた愚息が突然こう言った。
「それって、うすくち醤油じゃないの?」
 遥かな昔のことだが、茶飯にうすくち醤油を入れて「色なし茶飯」にしてしまったことがあったのだ。息子はそれを思いだして急に心配になったのだろう。
「大丈夫だ。茶飯には濃口と決まっておる」そう断言して「いつまでもゲームばかりやってないで、本でも読め。活字を読まんとバカになっちまうぞ」
 そう言って息子を居間から追いだし、さっきの醤油さしの中身をもとの瓶に戻したのだが、危ういところだった。
 なんとか準備を終え、炊飯器に仕掛けて書斎にもどってきた。さて椀方さんの「宅炊雑記」でも見て勉強しなくちゃ。

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251話 13.1.14
「夢」と「義」について
 
その店の前をときどき車で通ってはいた。踏切に近い狭隘な県道に面しているので、ちょっと駐車してというわけにもゆかず、店の中をのぞいてみることもなかった。しかしその店構えには重い存在感を感じ、少々近寄りがたいイメージを持っていたのも確かだった。武蔵藤沢の駅近くにあるその店、「地酒・焼酎の店 ナボシ屋酒店」のガラスの引き戸を明けたのは、秋も深い11月の中頃だっただろうか。
店内に一歩足を踏み入れたときの印象はとても一言ではいえない。
店内せましと並べられた商品。焼酎はもとより、さつまあげ、お菓子、酒器、そして大小さまざまな壷。薩摩郡か曽於郡の村の酒屋さんにでも入ったような錯覚を覚えてしまった。天井からはランプまで吊り下げられている。その脇に60cmばかりの長さに切ったモウソウ竹があった。ないじゃろかい(店内に入った途端に、薩摩弁モードになってしまう)と見上げた目に、「焼酎蒸留器」という文字が飛び込んできた。おいおい・・・(^-^;)。




(左)店に隣接する骨董店。奥に囲炉裏の間もあり、焼酎の会などに使用できるとか。



 店主の福島さんに伺ってみた。「焼酎の造りについてお客さんに説明するとき便利なんですよ」蒸留器の模型を指しながら、福島さんはにこやかに笑って教えてくれた。穏やかな表情で訥々と蔵や焼酎について語ってくれる福島さんは、昭和24年生まれの51才。薩摩郡祁答院の出身。鹿児島の本格焼酎の美味しさをお客さんにわかって貰いたいといろいろな工夫に余念がない。店内に焼酎だけでなく、酒器や焼酎にあうつまみ、漬け物など薩摩の風土の香りを凝縮してプレゼンテーションしているのもそのためだ。酒店に隣接して骨董の店もある。(どうも仕切の区別がつかないけれど(^-^;)
古い麹蓋を使って手作りしたパネルがあった。萬膳酒造の萬膳さんが蔵を再興したときに自ら写真を撮り、構成し、キャプションを書き込んで麹蓋に貼りつけて作った「萬膳の出来るまで」という焼酎造りの説明パネルだ。酒屋としての福島さんへの、萬膳さんからの深い信頼がここにあらわれている、そんな感動を覚えた。
「薩摩の焼酎も随分と変わってきています。あたらしい試みを打ち出す蔵元さんもあり、小さな蔵への取り組みも活発になってきています。鹿児島の焼酎が全国に普及される力が湧いていることはとても良いことです」と福島さん。その一方で、一部のプレミア銘柄だけを追いかける風潮に強い懸念をお持ちだった。
つい先日伺ったとき、「こげなものがあるんですが・・・」と一本の焼酎を見せていただいた。古い色あせたラベルには「逆鉾」とある。蔵元は、日当山酒造。
「いろいろ試していましてね。倉庫の冷暗所にストックして置いておいた焼酎です。15年か、20年くらいですかねえ」そう言ってエアパッキンに包み、「どうなっているか分かりませんが、ひとつ試してみてください」
一升瓶のなかで、20年前に造られた焼酎がどうなっているか、とても興味をそそられたが、なんと言っても余りに貴重な一本だ。
「よかとですか?」と言いつつしっかりとカバンにしまい込む小生に、福島さんは笑顔で手を振って「また、きっくいやんせ」
■ナボシ屋酒店  埼玉県入間市東藤沢1-4-5 
 電話&ファックス 042-962-8810  店主 
福島良秀 氏
 本格焼酎を美味しく飲みたいあなた、「ナボシ屋」さんで焼酎と一緒に飲み方、燗のつけかた、肴の取り合わせを聞いて、ついでに玉露の原酒を利き酒させてもらうのもいいですぞ。

店内にある「玉露」原酒。1合300円で量り売りしてくれる。

店内には薩摩・熊本始め本格焼酎の数々。黒糖焼酎、泡盛も豊富だ。
 さて、ここからは余談になる。ナボシ屋さんや、酒のこばやしさんの志しと対極にあるのが、酒をモノとしてしか扱わない酒販店だ。彼らは○ケースいれるから、○本リベートをつけてよ、といったレベルでしか「酒」を見ない。プレミア商品を店頭に掲げて集客し、セット販売で一過性の利益を獲得してよしとする。「人の知恵と工夫と汗」を集めて酒を造りだす蔵へも、モノを作る工場としか関心を示さないのだろう。即物的でスノッブだ。そこには地の文化としての焼酎への認識・理解はない。こだわって造りに励む蔵元さんほどそういう商売を嫌うはずだ。しかし、流通させなくては蔵を維持できない。あるていど大きな規模の蔵は、従業員への経営上の責任もある。新機軸を打ち出すための財務的な留保も確保しなくてはならない。そこにジレンマがあるだろうが、こころざしある酒販店と協同して戦略商品を創り出すなどの努力を継続してゆくことが必要なのだろう。
かさねて思うことを言うが、扱うものを「モノ」としてしか考えなければ、その商品にたいして愛情や敬意を持てるはずがない。
酒を扱う人(会社でもおなじこと)が、マーケットの受容動向、嗜好性の変化、そして規模と効率性を考えた「製造や販売」を研究するのはあたりまえだ。しかし、その大前提に無くてはならないものがあると思う。それを一言でいうと「意味」ということになろうか。この世に生きてある限りは、その生に意義のないものはない。(無いとすればそれを「生ける屍」という。永田町や霞ヶ関あたりには蠢いていそうだが。閑話休題)

都内で酒屋を営む方から、こんな話を聞いたことがある。
 大型の酒の安売り店が出店し同業の者が集まるたびに愚痴ばかり、私も展望の見えない自分の商売にかなり自暴自棄になっていた時代がありました。
しかし、ふとしたきっかけで日本には世界に誇れる「焼酎」や「酒」があるじゃないか、と言う事に気が付いたのです。ビールやウイスキーの安売り競争をしていてどうするんだ、「俺は酒屋だ。酒屋なんだから酒を売ろう!」
ふつふつと強い思いが沸きあがってきました。自分では造れない何かを人知れず造っている人たちがいる、長い年月と厳しい自然と気難しい伝統を守りつつ形にする人達がいる。
その事実を一人でも多くの人に正しく伝えて行くのが自分の仕事なのではないか、そう感じた時自分の商売がなんと誇りに思えた事でしょう・・・(「酒のこばやし」小林昭二氏 )

 生業に、無意味なものは一つもない。ただ、そうなす人間がいるだけだ。「夢」を胸に燃やし「義」に依って生きていきたいものと、本格焼酎を魂であつかう人たちとの交友を通して痛いほど感じさせられた。

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250話 13.1.8
成人の日って?
 埼玉県のどこの市だったろう、市主宰の「成人の日」祝賀式典(一週間早く開催された)で、祝辞を述べていた市長がぶち切れて、途中で祝辞を止め、退席したという事件があった。開会してからずっと、私語や携帯電話でのおしゃべりで会場はかなり騒々しかったらしい。そこで市長が「君たちは人が話しているのを聞く態度が無い。注意されても気にも留めない。キミたちには祝辞を受ける資格はない」そう言ってメッセージを卓上に放り出して話を途中で止めた。
(左:愚娘の幼稚な絵〜勝手にのっけたが、どうせ見てないからな)
 この手の報道はたしか昨年もあった。そのときも新聞は新・成人たちに、眉を少ししかめて見せ、市長や主宰者達にも「若い者の気持ちへの理解が必要だ」とかなんたら、非難じみた、無内容なことを書いていた、と記憶している。
 ことしの、この例では、まず市長つまりは市側が悪い。
 だいたいだね、意識した共通認識・価値観をもたない新・成人というセグメントを集めて記念品を配り、市長かなんだか知らないが、偉そうな政治屋がひとくさり演説をブツ、ってなイベントがうまくいくと思っているほうがおかしい。
 戦後、子供の自由と権利・放任教育という教育(でもなんでもない)体系の中で、日教組のイデオ教師と文部省の無責任役人が育てた連中の、その子供達だぜ。
 成人の日の記念イベントをやるんなら、自由意志による応募形式にして、参加条件を厳しく付けることだ。まあ、20才で成人、ってのがそもそもおかしい。17だろうが、18だろうが自立して働き始めたら立派な成人だ。
 昨夜来の雪がかなり積もった今朝。うちの長女も「成人の日」だった。京都の実家から送ってもらった母親譲りの振り袖を着付けて貰い、いそいそと携帯で友達と連絡している。
「会場では電源を切るんだ。礼儀をわすれちゃいかんぞ」といいつけて、雪の中をポンコツジープで会場に送った。

「ながぐつの オヤジに晴れ着の 娘かな 成人式の 朝のドカ雪 」   秘剣

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249話 平成十三年元旦
その一滴
 爺さんとばあさんはたまに喧嘩もしたが、まあ仲のいい夫婦だった。
 鹿児島の貧乏な農家だ。鹿児島県曽於郡のその村で、狭い耕地をいつくしみながら、一生懸命に働きつづけた。
 子供達が成長して都会に出ていき、老夫婦だけの暮らしになった。朝早くから畑にでる暮らしは変わらない。爺さんは陽が暮れるころやっと畑から帰る。井戸で足を洗い炉端に座り、ばあさんが皿に盛ってくれるタカナの漬け物で一杯やるのが楽しみだった。
 焼酎を水で割り、ゆっくりと暖めて舐めるように飲む。歳だから一合もいかない。美味しそうにのむ爺さんを、下戸のばあさんは幸せそうに笑って見ていた。
 その爺さんが亡くなって、その晩で3年目だった。腰を悪くしたばあさんは、もう爺さんが丹精した畑にも出ることができず、静かにひとりで暮らしていた。長女がばあさんの好物の煮物をもって丘の下の嫁ぎ先から実家にやってきた。そしてばあさんが炉端で倒れているのを見つけたのだった。ばあさんを布団に寝かせ、診療所に電話した。
「ばあちゃん、大丈夫?」と長女が言うと、ばあさんはゆっくり頷いた。ちょっと疲れているだけだよというように。
 そして、長女が驚いたことにこう言った。
「焼酎をもってきてくれんね」お湯で薄めてね・・。と。
 飲めないはずの焼酎のコップをばあちゃんは顔の前にもっていき、目を瞑った。「じいちゃんの匂いがするよう」
 翌日、ばあちゃんはなくなった。
 今は天国で、焼酎を爺さんに注いでやり、幸せそうに笑っていることだろう。

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