平成13年2月の手控えです。
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手控え欧州篇
256話 13.2.25
網のちから
 ヤミではありません。アミです。ネットです。
 インターネットのもつコミュニケーションの力、可能性をこのごろ特に感じます。
 スケジュール表を見ると、初めてマックを購入したのは1993年の11月。もう7年以上前。秋葉原のはずれにあった小さなビルの3階か4階。もう潰れてしまった会社の狭い事務所で、LC3を僅かな増設メモリとともに買い込んだ。これが小生のマックライフの始まりだった。リムネットと契約してネットに接続したのが1996年、ほぼ同時期にホームページを作成したような気がするが、よく覚えていない(歳のせいか?)。
それから5年過ぎた。そのころこんな事を言った人がいた。どこかのSEで、個人のウエッブサイトを運営しているひとだったと思う。
「ネットにつないでいないパソコンでは意味がない」   
その意味がわかったのは自分なりにウエッブサイトを作り、メールを使いはじめたときだった。コミュニケーションツールとしてのPCはそれまでとは全く違う世界(情報環境)をもたらした。旧知の人と再会し、未知のひとと出会うきっかけを作ってくれたし、同じテーマで考え行動する人たちとの「人間のハイパーリンク」を構築する武器となった。
 情報はその有り場がわかれば8割方ゲットしたも同然だ。インターネットの検索エンジンはその情報への「どこでもドア」に他ならない。

ひるね蔵に「酒亭」を開設してからは特に、このツールの強力さとかってない可能性に感嘆している(歳だから、なんでも感嘆しちゃうのだ)。
故郷鹿児島の蔵元さんと知り合ったのもネットだった。本格焼酎専門店や焼酎居酒屋を探し当てたのもネット、東京、福岡、関西、信州、そして薩摩の焼酎関連のサイトの方々とはネット上で知り合い、そしてほとんどの方と現実にお会いし焼酎を飲み、語り合った。
「バーチャル」はテーマが確固として共通するならば、即時に「リアル」に変化するものだと実感した。
 そして忘れちゃならないのは、本格焼酎について探索してゆくなかで、お会いしたどの人も、熱心で人柄のよい方々ばかりだったことだ。
 ネットの力は脅威的だが、基本にあるのはやはり「人間」の力だということを感じたのも、またネットによってだった。

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255話 13.2.17
ヒョーショージョー
 有名な人だったらしい。大相撲の千秋楽で流れていたガイジンの甲高い声。優勝力士にトロフィーを授けるパンナムのプレゼンテーターの羽織袴姿を、ある年代以上の方ならよくご記憶だろう。
 このオジさんの伊達姿の記憶もパンナムの撤退とともに微かな夕闇の中に溶けて、消えた。
 優勝力士には及びもつかないが、表彰されるということがとりわけ嬉しい人も多い。他人から表彰、顕彰されないので、自分で銅像を造り母校に寄付したり、自宅の庭に安置したりする人もいる。足元もアタマもおぼつかない高齢の議員が、胸像だか額入りの肖像だかが欲しい一心で議席にしがみつき、新人の座を阻み、老醜をさらしている例も多い。こうなると国民の選良どころか、妄執、我執のとらわれびとに過ぎない。国家のために百害あって利は寸毫もない。
  賞取りレースというものがある。例えば日本レコード大賞。年が明けると、すぐに年末に向けてレースが始まる。様々な思惑、票まとめ、接待から付け届け、義理人情がらみの様々の人間模様もそのレースの裏側にはあるに違いない。まあ、結果があきらかに納得出来ないものだったりすると視聴者・ファンが許さないから、あまりアコギなことはできない。まあ妥当な結果で終わることが通常である。
 総理大臣特別顕彰なんてモノもあった。これはまあ、場当たりな政治に対すると同様に笑ってすませばいい。
 ノーベル賞でも、平和賞なんてものには呆れてしまう。「わが友ヒットラー」を書いた為に、三島由紀夫氏は文学賞の候補から削除されてしまったが、テロリストの親分の政治的パフォーマンスに対しては平和賞が授与されたのもおかしな話しだった。

 表彰は、する方とされる方が二つながらにあって、初めて成立する。
 意地悪くみると、二つの権威のバランスシートのような気がしないでもない。だが、他人に認められたいというのは人としての自然の気持ちではある。自己実現への真っ当なベクトルなのだから、実は一概に否定することではないと思う。自分の努力の結果としての表彰や他人の評判が、自分への励みになるのであれば、それはそれで良い。以前に書いたことがあるが、自衛隊のレンジャー徽章は地位や俸給とは関わりのないものだ。自分自身の(そして家族の)満足と名誉以外の何物でもない。静かな誇りを制服の左胸に輝かせるだけのもの。「議員の肖像」的なただのスノッブとは品位が違う。

 にわとりタマゴの例えになるかもしれないが、本来、「賞が作品を求める」のが本筋なのかなとふと思った。多くは「作品が賞を求め、賞のために作品が作られる」ことが多い。おなじじゃん、というひとも多いだろうが、その志において違う。厳然とした違いがある。賞が作品を求め、探索し、見つけだし掘り起こして顕彰することが始まりだったはずだ。作品が賞のために蠢動しはじめるのは様々な思惑が作用するその後だ。
 自ら励みを作る助けにと賞が位置づけられるなら、しょうしょうの難点は許容されるのかも知れない。(え?オヤジぎゃぐで締めるなって?)

 昨日は、鹿児島県の焼酎鑑評会の結果発表会だった。結果は「大海酒造」さんの銘柄。この蔵元さんの作品にも、かっての受賞銘柄同様に注目が集まることだろう。それはそれでいい。  焼酎ファンが納得すればよいし、納得しなければ忘れられる。関東市場はいざ知らず、薩摩100万の焼酎のみにはそれだけの力がある。
 我が家のダイヤメ銘柄鑑評会の審査は、絶大な権限を保持するカミさんだ。だが、まあ、どれも美味しいというので、鑑評会向きではない。

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254話 13.2.4
薩摩の諺(ことわざ)ち?
 薩摩言葉の話題で酒亭の掲示板が賑わうことがある。わがひるね蔵の酒亭だけではなく本家薩摩の焼酎台帳さんや、筑前のサイトのBBSまで薩摩弁が出現することも度々だ。小生にも解析不能な、地方特有の活用形も面白い(県外人にはまず解らないだろうけど)。
 文脈のなかですら理解が難しいのだから、歴史的な隠喩暗喩を秘めた「薩摩のことわざ」になると、これはもう現代の鹿児島県人でもわからないものが多いのは当然だ。
 たとえばこういう諺がある。
「たっちき、せ」
 子供の頃よく親に言われたものだ。語源もわからず(たぶん親も分かってはいないだろう)に、これを言われると子供達はソソクサと立ち上がった。
 これは「すぐやれ」という意味。分解してみるとこうなる。
「(敵の)太刀風が襲って来る前に、動け」
 つまり敵の刀が振り下ろされる前に敏捷に動いて、敵刃を避け、反撃せよというのが語源だ。たとえがこうだから、諺としてはかなり古くからのものだろう。
「男は三年片頬(かたふ)」
 これは分かり易い。男はみだりに笑顔を見せるものではない。三年に一度、片方の頬を緩める程度で充分である、というほどの意味。感情をあらわにすることを極度に抑制すべしとの教えだ。薩摩の士風をよく顕している。この諺で若い者を教育していたかっての薩摩の古老が、   現代、電車の中で人目もはばからずにいちゃつく高校生アベックを見たならどう反応するだろう。想像するだけでも恐ろしい。
 意外なことに、焼酎にまつわる諺はほとんどない。「冷えしょちゅ(焼酎)は、後できっ(効く)」ってのがあるくらいかな。言うまでもないがこれは、親の意見を聞かない子供に対して使用されるたぐいの諺だ。
 そうそう、こういうのもあった。
「ノミの子は、シタメにならんど」
 ノミは蚤で、シタメは虱(しらみ)のこと。子供は親に似るというい意味だ。だが掛け言葉がここにはあって面白い。
 ノミには「飲み」の意味が掛かっているのだ。つまり親が酒好きなら子もまた酒好きということ。子供の深酒を注意したオヤジに、「ぢゃっどんからん、ノミの子はシタメにならんどがねえ」と子供は賢しらに反駁するのである。こうなるとオヤジはただ口を閉じるしかない。
 いくら薩摩でも、こういう時に「議をゆな!(文句をいうな)」と一喝できる親は、もう少なくなったのだろうな。

(参考)「ことわざが語る薩摩」春苑堂出版

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253話 13.1.28
いまさらの自己紹介
 ひるね蔵本体のリンクに「本郷台駅前告知板」というサイトを掲載した。ここの管理人である「花板」さんは釣り及び料理のテダレとして常日頃気になっている方だ。共通の知人にわが焼酎飲み友達の「椀方」さんがいらっしゃるので、なぜか親近感を感じてもいた。この週末の雪で家に垂れ込めている時間を無為にしてはならぬと、この花板さんのサイトを見学し勉強させていただくつもりで勇気をだして訊ねてみたのだった。
 しかし、花板さんの「自己紹介」を拝見しただけでスゴスゴと帰ってきてしまった。40歳を過ぎていらっしゃるというから、秘剣とさほど変わらないはずだが(^^ゞ、その才気煥発巧みな諧謔手腕でまとめられた紹介文には「老獪」なまでのしたたかな巧みさがあった。とりわけ音楽への深い造詣、ミュージシャンとしての実際経験を読んだとき、小学校以来音楽で最低点以下しか貰えなかった小生は、あまりのまぶしさに瞠目するしかなかったのだ。
カッコいい!あまりのカッコよさだ。
 節操のない秘剣はすぐに真似をして「自己紹介コーナー」を更新しようとしたのだが、そこでハタと気が付いた真実がある。寒さに負けて「釣り」にもいかず、「本格焼酎」についてなにか気の利いたことを書こうとしてもつい飲む方に走ってしまう、覚悟と自制心のない自分をどうやって書けばよいというのだ。
 天をあおいで溜息をひとつつき、焼酎の瓶に手を伸ばしたが、またハタと気が付いた。今日は禁酒日だ。しかたないのでなんとか「いまさらの自己紹介」をまとめてみました。