平成13年5月の手控えです。
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手控え欧州篇
266話 13.5.27
三年譜
 第一回目のタイトルは「いろんなねーちゃん」だった。軽薄で芸のないタイトルは今でも変わらないが、始めた頃はそれでもほとんど毎日書いていた。
 中味の無さを頻度で隠すのは、希薄な内容の企画書を厚さで誇示していたプランナー時代のお前の仕事ぶりと変わるところはないと、けしからぬことを言う仕事場の上司・同僚もいるだろう。まあ、そのとおりだから仕方がない。

「けふの手控え」をひるね蔵の本隊に掲載し始めてから、今日でちょうど3年目となった。ひるね蔵別働隊である「酒亭」にかまけて釣りレポートや創作は遅々として進まないが、手控えだけはダラダラと書きつないできた。もっとも酒亭の「本格焼酎ひとりごと」に転じるテーマを取り上げて、二兎を追うこともたびたびだったが。もちろんのこと、その結果、一兎をも得ていないのはいうまでもない。

 この3年の間には様々なことがあった。むかしから、青年は三日会わなければ、次に会うときは刮目して見よ、という。小生は青年ではないが、三年も経ったのだから少しは刮目して見よ的なことがあってもいいのだが、これがゼンゼンない。

オヤジ度が急速に進行した〜デブ、ハゲ、老眼、物忘れ

経済的に困窮度が進行した  

清酒を飲まなくなり、本格焼酎だけの飲酒生活へ

・・・これじゃあ、哀しいな。なにか明るい話題をさがさなきゃ。

ホームページに、酒亭をこしらえた

本格焼酎ファンの人間リンクによりコミュニケーション範囲が拡大した

・・・お、いいぞ。

レポート用と称して、焼酎を買い込みすぎ、経済的困窮の原因に

・・・あれ?また、暗くなるな、これでは。そうだ、特筆すべきがひとつあった。

水虫が完治した!完治したはずだ。いまのところは、ダイジョーブ。

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265話 13.5.19
水虫の詩
 秋、玲瓏の時を人は宵闇に涼しく響く虫の音に感じる。鈴虫、松虫・・・   夏の終わりに微かな青白い輝きとともに姿を消した蛍に代わって登場するのは、思いがけずに賑やかな秋の夜の合奏団だ。そして、このころになると、元気づく秋の虫たちとは逆に、やや勢いが失速し始めるのが、水虫である。 そう、あのぐじぐじのか〜ぃ、かいの水虫野郎である。(野郎とかいたが、水虫に性別はないから、女郎でもかまわない)
 要するに、水虫薬がやっと痒さのスピードに追いついて、緩やかに症状が治まって行くのが、そう秋なのだ。自分で書いて呆れてしまうのだが、今はまだ夏ともいえぬ5月。給料日までまだ一週間もある中旬に過ぎぬ。

 最初に書いておくけれど、小生は水虫持ちである。いや、で、あった。こうやって、過去形で書けることをホントに嬉しく思う。完治したのである。

 そういうと、歴戦のつわものたちが鼻で笑うだろうな。そう、症状は治まってはいるが、残敵が掃討され尽くすことが決してない、それが水虫。直下の敵ともいうべきか、皮膚の下には白鮮菌が影をひそめ、蒸し暑い季節を援軍に、主の油断を待っているのだ。

 ものごとすべて、何事にも注意し、慎重になりすぎて、結局チャンスを逸すること常の小生である。従って、痒みの曙光が皮膚を押し上げる前に、水虫の薬を使用しはじめるのは当然だろう。
お茶のでがらしの葉っぱが効くとか、なんとかチンキを塗って一昼夜で皮が剥けて治るとか、どこそこのお札に限るとか、いろいろな民間療法は多いようである。だが、小生はキチンと薬屋で購入した水虫治療薬を使用している。いや、していた。完治したから、過去形でかくのが嬉しい。まあ、そろそろ薬箱から出してこなくては。拙速は遅考に優るというからね。水虫を飼っておられる皆様、早めのご用心を。小生が昨シーズン使用したのは、全○工業のコ○ック。よく効きました。

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264話 13.5.6
瀬音残響 

 瀬音がずっと聴こえている。特に夜になり、釣ったヤマメを肴に酒杯をゆっくりかたむける時間になって、その音はいよいよハッキリしてきた。アタマの中だけでなく、体の奥の方で密やかにしかし絶え間なく脈動している。水波を刻むような瀬音だけでなく、流れの中の石の表をガラスのように覆い、はじけ、賑やかに飛沫をあげて拡散する光のおびただしい破片の輝きまでも見えるようだ。
 ゆうべ、押入の奥から久しぶりにフィッシングベストをとりだしたら、日釣り券のきれっぱしが荷札のように背中にくっついていた。5月27日とマジックで書いてある。去年いちどだけ行ったヤマメ釣り。一年ぶりだったわけだ。

 3年前までは5000円払って年間使用できる写真入りの「年券」を買っていた。一日券が1500円だから、4回いけば年券のほうが良いにきまっている。だが、その年は2回しかいかなかった。昨年は年券を購入することなく解禁を迎え、釣り人の狂騒が静まった(成魚放流の魚もいなくなった)頃に、比較的下流のポイントに入渓したのだった。そこは広い河原だが、バーベキューを楽しむ人たちで埋め尽くされるような、交通至便、買い物便利、トイレも(ばっちいが)完備というところで、渓流釣りの風情には馴染まない場所だった。だが、ウエイダーをはいてちょっと上流へ歩くと思いがけず静かな場所もあり、淵、ひらき、瀬と渓相も変化し釣趣も味わえるのだ。

 この土曜日も、昨年と同じように暖かな良い天気だった。きっと瀬の釣りになるなと思い、仕掛けを作った。6mの渓流竿に天井糸0.8号を1m、道糸は0.2号。手尻一杯まで使ってプロヤマメの4号を外掛けで結ぶ。オモリは仁丹大のがん玉をちもとから20cmに打った。目印は蛍光色に染められた毛糸。白と黄色の二つをハリから90cmと1mのところに付けた。エサはすぐそばのポイントで入手。(企業秘密です(^^ゞ)

 ずっと向こうの対岸から、淵のぶっつけを狙っている釣り人の姿があった。あのポイントでは、たしかに大きなヤマメやイワナが掛かる可能性はある。そこが奥多摩川の面白いところだ。だが、きょうはカミさんと娘からの「晩御飯のおかず」をというオーダーを抱えている。餓狼のごとき3人の子供も待っている。数を釣らなくてはならない。釣果より瀬音、などと悠長なことはいっていられんぞ。
気を入れて第一投。毛糸が立った瞬間に明快なアタリが手元にきた。目印が横に走り、水流にあらがって銀色の輝きが流れの中で反転した。竿はマミヤの6m、先調子ながら胴に載せる柔軟さをもった渓流竿だ。なんなく引き抜いた。激しい振動とともに手元に飛んできたのは18cmほどのヤマメ。銀色の魚体に濃いブルーのパーマークが鮮やかだ。
場所を少しづつ移動しながら、この午前中で20ばかり釣り、お昼すぎて納竿した。腹が減ったのとビールにありつきたいという雑念からか、アタリが遠くなったからだ。絶え間ない瀬音をあとに、愛車の爺ジープを停めた場所までくると、もうそこは人、人、人の波。肉や魚を焼く匂いが立ちこめて、きょうがゴールデンウイークのさなかだとあらためて気がついたのだった。

 うちに帰ってビールを飲みながら下拵え。沖釣りとちがい、台所に立っても陸揺れ(おかゆれ)しない。あたりまえだ。出刃を研いでなかったので、愛用の杉原渓童さん作のカスタムナイフで作業する。手に馴染んだ道具の良さを感じるナイフだ。このナイフの刃もずいぶん研ぎ減ってきた。もう14年も使っている。そういえば、釣りの足のボロジープも20年(製造されてからは30年)ものだ。たまに戴く球磨焼酎「大古酒繊月」は35年だと戴いた方から聞いた。年数を重ねなくては伴わない風情とか味とかいうものが、確かにモノにも人にもあると思う。