平成13年12月までの手控えです。
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 from1998
過去の手控え
手控え欧州篇
277話 13.12.15
人とハサミ

朝方はやめに起きて、自宅に持ち帰った仕事にとりかかろうとマックの電源をいれた途端に玄関のチャイムが鳴った。
やってきたのは、隣町に住むジープファンのN氏である。「さーて、年賀状を作ろうか」「へ?」「やっぱ、うちのかみさんとジープでいこうか」「(^-^;)・・・」すっかり忘れていたのだが、昨年のこの時期にも同じ様な朝があった。デジャブではない、今日と同じように、N氏がとつぜんあらわれて、さあ描こうか、といったセリフまで一緒だ。

しかたない。さっさと片づけて仕事にもどることにした。タブレットで描くよりはペンで直に描くほうがいいだろう。N氏は自分のプリントごっこで印刷するのだ。ハーフトーンなどは逆効果になる。
故障したジープの車体をジャッキで上げて、呆然とするN氏のところになぜかにこやかに奥さんがお茶を運んでいる、という絵にしてみた。

「こりゃーいい!」と一発で校了。プリントアウトして渡したら、じゃ、印刷するんで帰るわとさっさと帰っていった。う〜む、分かり易い人だ。

帰り際に、「これ、お歳暮だよ」と言って小さな包みを渡してくれたのだったが、これが素晴らしい品だった。
種子島に伝承する、手打ちのハサミである。手造りの本種子鋏。なんとあの牧瀬鋏製作所の逸品だ。一丁づつ手打ちのクラフト鋏。とてもいい鉄だ。
手にとっただけで、素晴らしいキレ味だということがわかる。なんといっても存在そのものの味わいがすばらしい。まさしく職人の技だ。

こういうものの価値というのをどうとらえるべきなのかと考える。手作りだから数ができない。稀少なものだ。注文して数カ月は待たされる。しかし、工場から出るときの値段を聞くと殆どの人が驚く。あまりに安いのだ。生産本数から計算すると、とてもその収入では食べていけない、それほどの値段だ。(だから、牧瀬さんは八百屋も営んでいる)

つい、薩摩の焼酎蔵のことを連想してしまった。県内の小さな蔵が造りをせずに行政公認のもと(援助をうけて)オケ売りするメーカーから購入していることなど、実質的な協業化といっていいのではないだろうか。
造りの意欲を喪失したのか、させられたのか。すくなくとも、職人とは造る人のことを言うのだと思うがどうだろう。免許の形骸化とその意味するところはなにかなどと、しばらく仕事を忘れて考えこんでしまった。

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276話 13.11.18
文化・伝統は効率化できない
奥秩父のそのまた山の奥の集落に、ひっそりと受け継がれてきた「獅子の舞」がある。
年に一度の祭礼に舞われるものだ。この話しを聞かせてくれたのはライカを愛するN氏。年に一度の秘舞があると聞きつけて行ってみたという。この獅子の舞は、様々な技で構成されているらしいが、そのなかでも「白刃」という舞は激情的だったようだ。抜き身の真剣(現在はもちろん模擬刀を使用している)をくわえた獅子たちが激しく回転し、交差し、たてがみを振り乱して舞うのだ。遺跡、伝承、習俗など、物事にはすべて由縁があり出自がある。秩父の奥村に伝わったこの獅子の舞が、那辺に由来するものなのか今は知らないが、私がN氏にこの話しを聞き、写真を見せていただいて感じたのはそれだけではなかった。

「人がいないんだよ」「え?舞う人のこと?」「そうさ。舞う人もいなきゃ、だいたい村の人がいなくなってきているんだって」
この村にくらべれば、彼がよく撮影旅行にいく信州や東北の村は都会だという。「ここから先はもう道はない、という山奥の、ちょいと開けたところにお社があってね、その鳥居の前の狭い空き地でこんな素晴らしい舞を舞うのだぜ、それもギャラリーなしだ。これが本当の文化の伝承の姿なのだろうな」そうなのだけどね、とN氏はつけ加えた。「もう舞を出来る人、受け継ぐ人がいないというんだから、この獅子の舞も、自然と消滅してゆくのは間違いないな」

生活に根ざした文化はそこに暮らしがあるかぎり伝承される。だが、その文化空間から当の生活する人々が消えて往けば、文化は生活ではなく保護や保存したりする対象になってしまう。個人や団体や行政が資金を出しあって維持してゆく文化資産ということになってしまう。それはそれでやむを得ないことかも知れない。薩摩の焼酎にしてもしかりだ。たとえば、黒瀬杜氏の技を伝承するには、第三セクターというカタチをとらなくてはならなかったが、ともあれそこで造りがなされ、一つの話題性の高い蔵としてのポジショニングを確立した。いま、県内に点在する焼酎蔵のいったい幾つが自分の蔵で焼酎を造っているのだろう。島津興業の焼酎台帳2001には「リレーインタビュー」という素晴らしい企画が連載中である。たしかその中にこういうことを仰った方がいらっしゃる。「鹿児島の蔵で、造りを継続しているのは7割もないでしょう」
言い換えれば、3割の蔵は「桶買い」しているということを、この方の言葉は意味しているのだ。そう、「オケ買い」は大分の大手麦焼酎会社の方法論だけではないのである。蔵の免許を維持するために、県内の他の蔵から原酒を購入し、瓶詰めして、自社ブランドで販売する、そんな蔵が3割はあると言うわけである。

鹿児島の産業振興、いや、文化振興という見地からだと、様々な事情から自社で造りを継続できなくなった蔵に対しては、その事情や問題を、行政自体の課題として解決すべきだろうと考えるのだが。役人はしかし、そうは考えない。徴税効率の悪さを解消するために、協業化や、免許の返上を「指導」する。免許返上すれば、補助金を出すとさかしらにいう。なんとテレビショッピングまがいのインセンティブをつけてまで税収業務の効率をはかるのだ。これはたとえば、いろんな村の先祖からの暮らしや文化に根ざした鎮守の神様を、何社かまとめて一つにして、祭りの効率化を図る、というのに等しいのではないか。極めて浅はかな、独善的非文化的な行為であり、むしろファッショといえよう。

行政だけが悪いのではない、という。そのとおりだ。蔵自体にも様々な努力が必要だろうし、理由もあるだろう。だが、行政は行政のためにあるのではない。納税のために働く忙しい国民・県民・市民のためにあるのだ。こういうことをつらつら考えていると血圧が上がるので、そろそろやめにしてダイヤメを・・・・・・と思ったら、きょうは禁酒日だった(^^;)

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275話 13.10.28

爺いジープで、焼酎キャンプ・・・(^^;)



午後はやい時間に自宅を出発、相模川に向かった。昭和42年製の老ジープのエンジンは時々せき込みながらも一応快調に動いている。バックファイヤーにびびりながらも、立川を抜け、八王子の山をバイパスで越えて2時間ほどで高田橋に到着した。広い河原に降り、適当な場所を探してジープを留めた。テントを張ろうかとも思ったのだが、今日は酒と時間だけはある難民キャンプというのがコンセプトだから(^^;)タープのみとした。簡易ベッドと寝袋の用意がすんだらあとは飲むばかり。一年ぶりに顔を会わせるオヤジ達が、てんでにテントを張り、シートを広げて宴会をやっている。お互い干渉せず笑顔で挨拶するだけだ。

28日(今朝)、タープをバタつかせる風の音で起床。寝袋からアタマを出すと、かなり寒い。空はどんよりと雲が垂れ込めている。風に雨の匂いがする。お湯を沸かし、お粥を作って朝食を済ませた。
簡易コンロに遠赤外線焼きアミというのを載せて、鮭や椎茸を焼きながらまずはロックでイッパイ。
次に持参の黒ぢょかに水と焼酎を半々にいれて、アミにのせ燗をつける。
相模川の瀬音を聞きながらゆっくりと飲んでいたら、東の空に月が昇った。

タープを畳み、簡易ベッドを分解して帰投準備。道具・食器類を洗い、拭きあげてジープに格納した。暖気運転の間に、昨夜焼酎を飲みながら読んだ藤沢周平さんの「たそがれ清兵衛」を読む。藤沢さんの作品の中で、もっとも好きな短編だ。「うらなり与右衛門」まで読んでカバンに仕舞う。
「お昼から天気が崩れるらしいよ」と中古の無線機を並べていたオヤジが言った。
「また、来年あいましょう」河原を後に、所沢へ向かう。日曜日の朝、道は空いていた。走り出してすぐにぽつぽつと水滴がフロントガラスを打ち始めた。1時間と少々で自宅に。
書斎の窓から外を見ると、雨は本降りになっている。
..

ガラスホヤのないコールマンランタン(風に弱い(^^;)
ニコンのゴムラバー双眼鏡、黒ぢょか、藤沢周平さんの短編集「たそがれ清兵衛」
http://www.kt.rim.or.jp/~wadada/cyokayume/ 月が昇ってきた。

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274話 13.10.7
普遍と個性あるいは帆船と汽船
足の踏み場もないような(ホントに無かった^^;)自室に、自分のガサツな性格が反映しているようで、これではいかんと突然反省したのが三週間前。典型的なB型である小生は、カミさんが驚くほどの集中力を注入して部屋の整理に没入した。
「普段から整理整頓すればいいのに」とカミさんが呆れたが、小生の単式蒸留アタマにはそんな声はもう聞こえない。先週の日曜日、いつものように部屋の片づけをしていたら、本棚の下(これまでは焼酎のP箱が置いてあって見えなかった部分)から古いムックが出てきた。「世界の大帆船」(講談社・1976年)だった。

小生はガキのころから帆船や複葉機のようなアナクロなものが大好きだった。しばらく掃除の手をやすめて古ぼけたムックに見入っているうちに、自然に酒造りのことに思いが飛んだ。それが、この稿のタイトルとなった。まあ、何を見ても聞いても、焼酎に関連して考えてしまうのが飲兵衛としての「業」だろうと、つい嬉しくなるのだが・・・(え?悲しむべきだろうって?)。

日本には「日本丸」と「海王丸」の2隻の帆船がある。どちらも2500トンを越える大型帆船で、海技免許をとるための航海訓練に使用されている。
海外でも同様に、若き船乗りたちを教育するために帆船が活躍しているのだという。だがコンピュータ制御の汽船を操縦するのになぜ帆船なのか、と誰しもが思うにちがいない。小生はこう愚考している。いかなるコンピュータシステムを備えた大型船といえども、海が時として見せる猛威の前では無力に等しいし、船乗りたちが「人智の限界」と「自然への敬意あるいは畏怖」を持っている限り、自然への接し方を誤っていないことの表れだろうと。

そういえば、自動製麹機を作り出した河内源一郎商店の山元社長がこう仰っている。
「(焼酎を造るとき)機械任せで造っていると、全体が見られない。機械の目盛りばかり見ていたんじゃだめなんです。機械を使っても人間がきちんと結果を見ていかないと品質が落ちる・・・(「いも焼酎の人びと/世界文化社」より)」
つまり麹と酵母という生物、すなわち自然と向き合うのは結局人間だということだ。その姿勢には、帆船を訓練に使う船乗りと同じ本質があると思うのだが。

機械化すれば「普遍化」が実現し、「質的均一性」が確保されてマーケティング的にはよい条件となる。この原理は「本格焼酎」というプロダクトにはあてはまらない。原料、麹、酵母、水、造り・・・そして杜氏の魂という、決して普遍化できないものの集積が焼酎に昇華するのだから。まあ、例外はあるけれど。たとえば、銘柄としての「球磨焼酎」は、「普遍化」で市場での差別優位性を獲得した。減圧米焼酎をブレンドしてまさに普遍化、いいかえれば個性を消滅させた結実だ。(球磨の皆様へ。異論があっても議論は苦手なので見逃してください ^^;)

薩摩でも、圏外市場からアクセプトされやすいソフトな芋焼酎が、このごろ増加しているという。それはそれで意義のあることだろうと思う。反面、消費者の受け入れ安さ(これが結構いい加減で変わりやすい)だけを考えていると、個性の喪失につながるということもまた事実ではないだろうか。
昨日「本格焼酎寸言」に、「さつま寿」を掲載した。鹿児島県川辺郡の小さな蔵で造られる芋焼酎だ。地元だけでその殆どが消費される、まさに地の焼酎、ダイヤメの酒だ。この焼酎の濃醇さについては記事に書いた通りだ。「さつま寿」が県外の市場をにらんで、「個性」に変化を加えることがないようにとホントにそう思う。中味も外側も、ありのままでいい。そのままが素晴らしい。小賢しいマーケティングなどなんの意味もない。変わらないことの貴重さ、大切さをしっかりと考え続けて欲しい。

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273話 13.9.9
ダサい酒、おしゃれな酒(通訳つき)
「まっこち、ないごっけ〜(ったく、どないなっとんのや!)」
薩摩の友人が怒りのメールを寄こした。久しぶりの同窓会に出席したら、皆が飲むのはビール、清酒、ワイン、サワー、ウイスキー・・・。な〜んと、出席者のなかで焼酎を飲んでいるのは、彼以外には片手で足りる人数しかいなかったという。「どこちおもちょっと?かごんまぢゃっど(われ〜、ここは薩摩ちゃうんか?)」憤懣やるかたなく窓の外に桜島を眺めてそう呟いた彼はまだかろうじて30代。この世代でこうだから、もっと若い層はおしてしるべし。

「ないごてそつを飲まんとね(どして、焼酎さ飲まねえだ?)」と彼は考えた。
そして周りに聞いてみた。
「ひったまげたがよ〜(驚愕し申した!)」
若い連中の答えは一言でいえば、焼酎はダサい、ということに集約されたらしい。
「いも焼酎はオヤジの飲む酒じゃん」
「ヤングはカッコよく洋酒じゃん、やっぱ」

・・・・・・う〜む。メールの向こうから若き友人の怒りが伝わってくるぞ。彼のごときいも焼酎愛飲派は、薩摩の若い世代においてはすでに天然記念物的な存在のようである。
この世紀末的な現象の遠因を大東亜戦争の敗戦と戦後の唯物経済価値社会や日教組やアホな文部行政に求めるのは血圧が上がるので止めておく。

「いも焼酎なんか飲んでいたら、都会に出ていったとき笑われるじゃん、やっぱ」
このアホ!
ダセ〜のは、お主のほうぢゃ。よいか、いま江戸や京でもっともお洒落なのは「焼酎」なのぢゃ。
う〜む、なぜか時代っぽくなってきたが、ま、いいか。
あ、断っておくが、ここでいう「焼酎」とはもちろん乙類、本格焼酎のこと。ゆめゆめレモンを絞りこんだり、梅干しをぐちゅぐちゅに潰して溶かしてのむ、あの「ピュア」なエタノールのことではない。ついでに言えば、甲類メーカーが弱小な薩摩の蔵に金を出し、自分らの浅薄なマーケティング戦略によって企画し、薩摩の蔵に造らせそこの看板で世にだすような、酒なんぞも含めたくはないぞ。
い、いかん。血圧が・・・・・・
閑話休題。
鹿児島のわけし(若い衆)には、焼酎をダサいと思うこと自体がダサいのだとハッキリ言っておきたい。「飲み放題コース」のカラメルで着色したウイスキーなどをすすっている姿の方が、ず〜っとダサい。
さて突然だが、いま都会でどんな現象が起きているのであろうか。
たとえば深夜成田エアポートに帰着した国際線スッチーたちはタクシーを走らせて都心へと急ぐ。どこへ急ぐのか?六本木?赤坂?い〜や、違う。
彼女たちが向かうのは武蔵小山の鹿児島焼酎の店だ。彼女らが飲むのは例えば「アサヒ」、「さつま」という地の焼酎だ。「もろ伊蔵」がどうしたと騒ぐのは、例外無く半可通のオヤジたち。これは、ダサい。
たとえば日比谷、銀座のOLたちがオフィスの帰りにたむろするのはどこか?言うまでもないが、日比谷のかごしま遊楽館の二階や四谷の焼酎のある店なのだ。
たとえば青山の女子大学生がコンパするのはどこか?そう、外苑前や渋谷や原宿の焼酎バー。

ことほどさように、いま若い女性達には「本格焼酎」が人気なのだ。
彼女らは「薩摩焼酎奄美黒糖焼酎」や「dancyu焼酎特集」を、楽斗や純チャンの写真集のように小脇に抱え、酷いのになるとあのマニアック&マイナーな「焼酎楽園」までバッグに入れて夜な夜な焼酎のある店を探索してまわるのである。ご禁制の「PLAYBOY」を所持している娘もいるらしい。嫁入り前というに、焼酎を特集しているだけでこのありさま。(因みに、同誌の記事とりわけインタビュー記事は全く信用できぬ内容である)

ナンパのセリフも変わってきたらしい。「ワインの美味しい店にいかない?」などとホザいたら、まず一発でふられる。ここは、いも焼酎を飲みにいこう、でなくてはならぬ。

従って、いささか焼酎にこだわっている店は常に満杯であり、いまのところオヤジ達が残業帰りにフラッと立ち寄れる状況ではないのである。これはこれで困ったことだが・・・・・・。
支離滅裂のまま、本稿を終わる。なんだか当サイトの性格そのままだなあ・・・・・・

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