いわなの冬-2

 昭和十年、前年の満州事変以来、日本の大陸政策は拡大の一途を辿っていた。満州へは五族協和の旗印のもと、全国から青年たちが次々と渡っていった。彼らはアジアの民によるアジアの独立を信じ、未果てぬ満蒙の地に開拓の汗を流していた。。

 しかし、彼らの敵はまず祖国日本からやってきた。

 軍閥に寄生した商人たちは、黄金色の腐臭をまき散らしつつ、大陸に利権の地歩を築いていった。富に驕り高ぶる財閥と、その恩恵に与る政治家、官僚たちは、祖国日本であるいは新天地満蒙で、信じる理想実現のために地に汗を垂らして働く民のことなど考えもしなかった。

 まさが工場に入って半年が過ぎた。まさの体の具合は次第に悪化していった。工場でも持ち場を離れてせき込むことが多くなり、そのたびに女工頭に詫びるのだった。女工頭は悪い女ではなかったが、まさの体調の悪さをおかみに隠し通すことはできなかった。亭主の将棋友達は「こりゃ、この子はもう医者にみせなきゃあ」と意見したが、おかみを気にした亭主は薬の処方を頼むだけだった。
 この年八月、陸軍省軍務局長であった永田鉄山陸軍大将が陸軍省内の執務室で斬殺されるという事件が起こった。世相は騒然となり、昭和の世は次第に混迷の度を増していった。

 十一月、明治節。工場は半ドンとなり、夜は親会社の部課長たちを招いての宴会が開かれた。
 親会社は財閥系だった。その優良工場ということで苛烈な要求を当然のごとく突きつけてくる彼ら幹部と、管掌の役人たちを接待しての宴だった。
 この日は女工たちも宴会の準備にかり出されたが、準備が終わると少ないながら小遣いを貰い、紅白饅頭を配られて別棟にある女工部屋に帰った。女工らは黒い顔を洗い、髪に櫛を入れて三々五々嬉しそうに灯のともりだした街へと出かけていった。
 だが、まさは別だった。調理場で皿を運んでいるときに急にせき込み、重ねた皿を落として割ってしまったのだ。

 駆けつけた女工頭が片づけるのを手伝うこともできずに勝手口から外へ出て路地の植え込みの脇にしゃがみこんだ。まさは自分の体が母親と同じ胸の病に蝕まれていることを知っていたが、奉公先に言うこともできず、故郷に便りすることなどおよびもつかなかった。
 激しいせき込みが何とか収まり、勝手口から調理場に入ると、おかみが待っていた。
「この小娘ッ」
 目をつり上げておかみは怒鳴った。
「ちょっと目ェ離すとさぼりやがって。どこでそんな智恵をつけたんだい。え、うちの亭主が人の良いのにつけこみやがって。ふん、ほんとにずうずうしい娘っこだよ」
 亭主は客間まで聞こえるおかみの声に震え上がっていた。
 その時、客の一行が到着したという知らせが下足番から告げられた。

 おかみがまさの頬にびんたを喰らわせて、吐き出すように言った。
「この根性曲がりめ。いなかもんはこれだからヤなんだ。今日は大事なお役人と親会社の偉いサンの接待なんだ。失礼があっちゃならないんだよ。さっさとそこから出ておゆきよッ」
 まさは裸足のまま勝手口から突き飛ばされるように追い出された。
「はきものが、おらのはきものが...」
 はだしのまま転げそうになり、ついまさが言うとおかみは鼻を鳴らして何も言わずに勝手口の戸を閉めてしまった。

「もう、部屋に帰って休んだらいいよう」
 その女工頭の言葉は、まさにはもう届いていなかった。まさはぼんやりした記憶のなかでうちに帰ろうと思った。

 まさはよろけながら雨の中を裸足で歩き始めた。
 工場の角を右に曲がり、尋常小学校の校庭を抜けて街道に出た。あとは北へ続く道をどこまでも行けばふるさとに帰れる。まさは遠くなる意識の中でそう思った。
 故郷は四十里(約百六十キロメートル)先にあった。この日はまさの十三才の誕生日だった。

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