人は自分自身と自分に身近なものの悲惨しか知らない。殆ど同じである他のいくつもの悲惨が、よろこびなき邦の硬い陽光の下で、牛糞のようにからからに乾いてゆくことを知らない。そこでもまた、その遠くの大洋を隔てた土地でも、人間は同じ心を持っているというのに。

マリーズ・コンデ 「生命の樹」 1987年 グアドループ島

 

原告シェイダさん声明

人権が認められていないこの国で、
私が裁判で勝訴判決を得ることが出来るとは、
そもそも考えていませんでした。
ですから、
敗訴判決を受けたからといって、私は何ら失望していません。
今後は日本ではなく、
難民の人権を守る国を探したいと思いま す。

 

チームS・シェイダさん救援グループ声明

シェイダさんの支援団体であるチームS・シェイダさん救援グループとして、敗訴判決に対して深い悲しみと強い怒りを表明する。

イラン・イスラーム共和国では、イスラーム法の施行を絶対視するヴェラーヤテ・ファギーフ体制(「イスラーム法学者による統治」体制)の下、同性愛者は差別され、迫害され、虐殺されてきた。同性愛者は、石打ち刑を始め、火炙りや断崖からの投擲といったあたう限り残虐な方法で殺されてきた。

いまイランでは、国会議員選挙を巡って、改革派に対して、ヴェラーヤテ・ファギーフ体制の護持を主張する保守派の巻き返しが強まっている。保守派とは、たんなる聖職者の集まりではない。革命防衛隊、民衆動員軍、アンサーレ・ヒズボッラーといった準軍事組織が、イスラーム体制を国民に力で押しつけている。同性愛者への迫害は今後、強化されることは明白である。

このようなイランの状況に照らして、同性愛者の活動家として、自己の性的指向を明らかにし、刑法の同性愛者処刑条項の撤廃を公然と主張しているシェイダさんが帰国すれば、極刑に処せられることは明らかである。シェイダさんは欧米に拠点を置くイラン人同性愛者難民の人権団体「ホーマン・イラン同性愛者人権擁護グループ」の公然たるメンバーなのである。

ところが、わが法務省は、イランでは同性愛者は処刑されていないという異端的な説を繰り返し主張し、さらには、同性愛者は難民条約に言うところの「特定の社会的集団ではない」と主張し、石打ち刑は拷問等禁止条約にいうところの拷問や残虐な刑罰にあたらないとまで主張した。このような主張は、すべて真実に基づかない愚劣なものである。

注目すべきは、「性的指向を隠してさえいれば弾圧されない」という主張である。性的指向を表明し、同性愛者の権利確立のために取り組むことは、同性愛者にとって必須の政治的権利である。法務省は、人間には誰しも備わっているこの権利を追求することを、同性愛者に対しては認めないと主張するのである。欧米では、同性愛者であること、また同性愛者の権利を主張することによって迫害を受ける十分に理由のある恐怖を有する難民を数多く受け入れている。日本でも、宗教や政治的な迫害を理由に、数名のイラン人難民が受け入れられている。性的指向による迫害については難民の理由として認めないという法務省の主張は、同性愛者に対する差別以外の何ものでもない。

法務省が、公然と同性愛者差別を行い、嘘とペテンで塗り固めてまで擁護しなければならない入管体制とは、難民を強制送還してまで守り抜かなければならない「難民鎖国」とはいったい何なのか。法務省は、こうした難民鎖国政策が、グローバル化と人口減少時代において、長期的には日本国家それ自体を衰退に追い込むことにつながっていることに、未だ気づいていない。

我々は、難民鎖国の閉ざされた門をこじ開け、シェイダさんを難民として受け入れさせるために、最後まで闘い抜く。

最後に、悲しむべき本日の判決を弾劾して、

以下のイラクの現代詩人バドル・シャキール・アッ・サイヤーブの詩を捧げる。
  

   ああ 無言の 無言の墓地よ 汝等の悲しき小道で
   おれは吼える 叫ぶ 叫び 悲嘆の声をあげる
   沈黙のうちで おれは聞く
   闇の中に散らばる厳しい雪
   孤独の足音が鳴り響く
   あたかも鉄と石でできた獣が
   生命を啖らうように 命のかけらすらない 夜も
   昼も



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