国立映画アーカイブでは上映企画『返還映画コレクション (3) ――第二次・劇映画篇』が開催中 [第1回, 第2回の鑑賞メモ]。 戦後に民間情報教育局の覚書「非民主的映画の排除」によって上映を禁止されアメリカに接収され1968年の第二次で返還された、戦中期1937-1944年の劇映画の特集上映です。 まずは、この3本を観てきました。
軍事浪曲『召集令』というものがあり、その浪曲が無声期から多数映画化されていたということを、この特集上映で知りました。 そもそも浪曲映画というものを初めて観ましたが、この映画ではナレーション的に浪曲が使われていました。 病臥の妻に子二人と貧しく高利貸しに追われる忠義心強い男に召集令状が届くが、思い詰めた妻が自死したことにより高利貸しは反省改心し、巡査に子を任せ、男は心残りなく応召出征するという話です。 貧苦の描写と浪曲の組み合わせはもちろん、時折挟まれる洋式な軍歌とのコントラストも興味深く感じられました。
幼馴染の仲ながら、安藤は労働条件の改善を主張する労働者の代表として、遠藤は社長の息子であり経営陣の一人として、対立する関係にあります。 二人は同時に同じ部隊に召集され中国戦線に派遣され、戦場での危機的な状況の中で和解するものの、安藤は戦死します。 一方、遠藤に片思いする芸者 お雪は、夫の出征後に子を抱えて苦労する安藤の妻と偶然に知り合い、彼らを遠藤家に引き取らせる一方、自身は従軍看護婦に志願します。 従軍看護婦となったお雪は、軍事病院で偶然に安藤の死に立ち会い、遠藤とも再会しますが、互いの任務のため再び別れます。
浪曲は使われておらず、モダンで都会的な男女が織りなすドラマとなっていますが、 召集を契機として貧富の対立を和解し一体化を訴えるテーマは『召集令』と共通して、広義の「召集令もの」と言える映画です。 メロドラマ的な要素も少なめでプロパガンダ色濃いストーリーはさておき、 女性映画の松竹大船が「召集令もの」を作ると、流石に女性陣の心情描写も丁寧です。 佐分利 信、桑野 通子に、川崎 弘子、水戸 光子 など当時の看板俳優が出演しており、その点も楽しめました。 松竹大船は戦場や工場など現場の場面が苦手という印象がありましたが、 『進軍の歌』の戦場シーンはなかなかのもので、松竹でもこういう場面が撮れるのか、という驚きもありました。
この映画が公開された1937年というのは、盧溝橋事件で日中戦争に突入した年です。 映画中の中国での戦闘シーンは、その時局を反映したものでしょう。 1937年の松竹大船が公開した映画といえば、島津 保次郎 『婚約三羽烏』 [鑑賞メモ]、 小津 安二郎 『淑女は何を忘れたか』 [鑑賞メモ]、 清水 宏 『恋も忘れて』 [鑑賞メモ] で、 これらの映画ではそんな時局を全く感じさせません。その一方でこんな映画も公開されていたのか、と、感慨深いものがありました。
綾子は長野の旧家の娘で、父 文三は商船の艦長を引退し隠居暮らし、母は既に亡く、航空機の試験パイロットだった兄も事故で亡くしています。 文三は引退を止め輸送船の船員への徴用を志願しますが、その前に娘の結婚を望みます。 そこで、文三も信頼し、綾子も密かに思いを寄せていた兄の親友 守山 へ縁談を持ちかけますが、守山は半年前に婚約しており、縁談は断られます。 傷心の綾子は従軍看護婦を志願し、やがて南方へ派遣されますが、軍事病院で目を負傷した 守山 と再会し、看病することとなります。 その後、東京へ帰還した 綾子 は 守山 の妻と会い、守山の快復を伝え、和解します。
恋の不成就と従軍看護婦志願、軍事病院での再会というパターンは『進軍の歌』中のお雪のプロットと共通し、女性の献身を訴える「召集令もの」の女性版のような一つの類型でしょうか。 そんなプロパガンダ色も強い映画ではありますが、 前半の娘の縁談話を軸とする父娘の話は、大庭 秀雄 『むすめ』 (1943) [鑑賞メモ] や 五所 平之助 『伊豆の娘たち』 (1945) [鑑賞メモ] の人情喜劇、さらには、戦後に 小津 安二郎 が洗練させた父娘ものを思わせます。 お互い密かに好意を寄せたお嬢様と苦学の男の成就しない縁談話は、もったいないと男が他の女性との縁談を決め、お嬢様がタイミングを逸して振られるという展開を含め、 大庭 秀雄 『花は僞らず』 (1941) [鑑賞メモ] のよう。 松竹大船が得意としたホームドラマ&メロドラマの要素も盛りだくさんです。
主人公の旧家のお嬢様〜従軍看護婦を演じるのは木暮 実千代。 清水 宏 『暁の合唱』 (1941) [鑑賞メモ]といい、 戦後とはまた違った健気なお嬢様キャラクター (ちょっと 三浦 光子 と被りますが) を楽しみました。 一方、男優陣は守山を演じた 佐野 周二 に比べてライバル相当の福田の役の影が薄すぎて、メロドラマとしてはちょっとバランス悪かったでしょうか。 密かに好意を寄せ合う 綾子 と 守山 のさりげないやりとりや、綾子の縁談話が成就せず傷心の様子など、台詞に頼らないきめ細やかな女性の心情描写もさすが松竹大船、メロドラマチックです。 プロットに合った演出で、とてもよく出来た映画でした。
『進軍の歌』では従軍看護婦の派遣先は中国でしたが、『愛國の花』の派遣先は南方です。 父の輸送船船員徴用もそうですが、 真珠湾攻撃で太平洋戦争が始まって南方へ進出中という1942年の時局の反映でしょう。 ちなみに、この映画の主題歌「愛國の花」は「海行かば」とのカップリングでレコード化されています。 1930年代後半から1940年代初頭にかけての松竹大船の映画を観ても戦時色をほとんど感じられないと思っていましたが、 『進軍の歌』、『愛國の花』と観て、これらのような戦時プロパガンダ色濃い映画は今ではなかなか上映機会が無いだけだと、思い至りました。