共産政権下の1960年代から活動するストップモーション・アニメーションと実写を交えたシュールレアリズム的な作風で知られる映像作家 Jan Švankmajer の、 シアター・イメージフォーラムでの最新作上/映と それに合わせた特集上映『ヤン・シュヴァンクマイエル レトロスペクティヴ 2025』から、 この2本を観て来ました。 1980年代までの短編はDVDも持っており上映でも観たことがありますが、長編は観たことが無かったので、これも良い機会かと。
Švankmajer 初の長編映画は、Lewis Carroll: Alice's' Adventures in Wonderland 『不思議の国のアリス』 (1985) に基づくもの。 主人公の Alice をほぼ実写で撮る一方、それ以外の登場人物をほぼ人形アニメーションで描いています (豚などの一部を除く)。 アリスが夢を観ているのがピクニック先の野外ではなく、ウサギの剥製や人形が雑然と置かれた物置のような場所で、 そこ置かれていたものが夢の中で動き出す、という設定の違いはあれど、 その時代の風刺となるような翻案は感じられず、比較的ストレートな映画化でした。 むしろ、屋外の場面をほとんど無くして屋内の閉鎖的な空間の中に場を移したこと、 人形の少々グロテスクな造形、建物や家具などの古びて薄汚れた質感などが、 オリジナルの物語に既にあった不条理感を、より不気味に際立たせていました。 特に A Mad Tea-Party「気違いのお茶会」の場面など、庭園では無く地下の一室に場を移したことで、逃げ場のない密室的な不条理さを醸し出していました。
Švankmajer 最後の劇映画とも言われるこの映画は、チャペック兄弟 (Bratři Čapkové: Kerel Čapek a Josef Čapek) の戯曲 Ze života hmyzu 『虫の生活』 (1921) に着想したもの。 アマチュア劇団が『虫の生活』の第2幕の稽古をする様子を、Švankmajer が劇映画化する様子も交えて映画化しています。 劇中劇の『虫の生活』、アマチュア劇団の稽古というドラマ、そして、それを映画化する様子を捉えたドキュメンタリーという、二重にメタな構造を持つ、実写を主とする映画です。
アマチュア劇団の稽古の話はシームレスに劇中劇とも混じり合った登場人物の妄想の描写とシームレスに繋がっており、その関係はマジックリアリズム的で、登場人物の妄想やそこへの繋ぎにストップモーションアニメーションが活用されています。 『蟲』というタイトル通り、大量の虫を使ったゾワゾワするような映像も多用されます。 劇団員のうち2人がドラマの途中で死にますが、何も無かったように稽古がはけ、そもそもこの2人自体が登場人物の妄想だったかのよう。 一方、映画化ドキュメンタリーの部分は、実際の場面に先立ち種明かしするかのように挿入されることが多く、むしろドラマの世界への没入を妨げる異化効果の強いものでした。 一見複雑な構造を持つ映画ですが、強面の難解な映画ではなく、やる気も技術も伴わない劇団員の稽古のドタバタな様を軸に力の抜けたユーモアが楽しめました。
演劇にアニメーション技法などを活用してメタな構造を加えて映像化している所に、 León & Cociñ: Los Hiperbóreos [The Hyperboreans] 『ハイパーボリア人』 (2025) [鑑賞メモ] や 人形劇やアニメーションを交えたマルチディシプナリーな舞台作品との共通点も感じられ、その点を興味深く観ました。 その一方で、ドキュメンタリーの部分で自ら言っていたように Jan Švankmajer の意図とは思いますが、 社会風刺が薄く、その点が少々物足りなくも感じました。