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PC処世術 - 雑感:音声認識 ViaVoice に見た遅疑逡巡の露


 またしても IBM関連のネタで申し訳ない。ここで話題に挙がりやすいのは,新機軸の提案を多くしているからかもしれないし、主流になる製品の歩留りが低いのかもしれない。
 今回の話題は、音声認識である。ViaVoice というのは IBMの音声認識技術によるソフトウェアの名称であり、これは現在 Voice ATOK という IME に搭載されて提供されている。きちんと製品化された技術であり、これがバンドルされたパソコンなどもあった。

 音声認識というのはパソコンの歴史の中で、長い間キーボードに替わるデータ入力手段として期待されてきた感がある。すなわち、未だパソコンを操る人の人口が少なく、キーボード・アレルギーがパソコン普及の障壁になっている、とされていた時代の話だ。
 確かに、パソコンを使用できる人が少数派であった時代には、「パソコンができる=キーボードが打てる」という認識が世の中にあった。また、素早くブラインドタッチができる人を見ては,筆者もまた羨望の眼差しを注いだりしたものだ。そして、多くのパソコンとは無縁の人々からすれば、キーボードの存在は障壁そのものだったと言ってよかろう。
 こんな時代に描いた未来のコンピュータ像には、「キーボードがない」ということが重要な要素であったりもしたわけだ。音声認識は、それを実現し得る手段として期待されてきたわけである。

 そして音声認識は 32bit革命を経過した頃に、遂に現実のものとして実用化されたわけである。そういう意味で、ViaVoice や Voice ATOK は長らく期待されてきた待望の製品だったわけだ。
 筆者は ViaVoice を興味本位で使用したことがあるが、文書の入力に対しては結構な変換効率であったと思う。ひらがなからの漢字変換よりも、音声の方が抑揚の情報なども捉えることができ、変換効率が高いという説もあった。
 音声認識が流行するかどうかについては、キーボード入力に難がない筆者からすれば少々疑問であった。ただ、職場などで全員がブツブツ言いながら文書を入力する姿というのはなかなか想像し難いものがある一方で、携帯電話によって何処でも会話する現在の状況を考えれば、あながちあり得ない話だったわけではない。

 だが 32bit時代も終焉を迎えようとしている2004年現在において、音声認識が大流行したと言う事実はない。何故か。それはこの技術が実用化された時には既に時期を外していたからだと考えられる。
 ViaVoice が製品化された32bit革命の頃、時を同じくしてパソコン人口爆発が起こったのである。パソコン人口の増加に伴って、キーボードに恐怖を覚えない人の数も急増した。
 そして21世紀を迎えた2004年現在においては、むしろキーボードに触れることがない人は少数派となり、デジタルデバイドなどと称せられる始末である。勿論、強いてパソコンなど使用する必要がない人はそれはそれで幸せな状態である。その一方で、パソコンを使用する必要に迫られるような人の多くは、もはやタイピングに対して畏怖の念を抱くことがなくなったわけである。
 ムリもない。既に32bit革命に伴うパソコン人口爆発からもうじき10年である。若者の多くは幼少の頃からパソコン、そしてキーボードに触れて育つという時代になっているのだ。

 今になって振り返ってみると、音声認識による文書入力と言うのは、「キーボードに対する非習熟障壁打破」以外にメリットが大きくなかったようにも思える。キーボードを叩く方が喋るよりも時間がかからないし、文字入力以外の動作も明示的に行える。それに喉が渇かないし、静かだ。そして何より、文書入力のスピードはキーボードを叩くスピードが律しているのではなく頭で考えるスピードがボトルネックなのだ。
 したがって音声入力というのは、本質的にキーボードに対して決定的なアドバンテージがあるわけではない。音声入力は,もちろんその技術そのものが32bitの処理能力を要求したためでもあるが,遅疑逡巡している間に主流になり得る要素を失ってしまったのである。このように、一見すると未来風に見える技術も、その考え方が過去のものになることがあるようだ。

 かくして現在における筆者の「未来のコンピュータ像」にはキーボードが厳然と復活している。アルファベット最上段に“TYPEWRITER”の文字が刻まれたその鍵盤は、かつて「パソコン」といえば「キーボード」を指したように、まだ暫くその存在を顕示し続けることになりそうだ。
 進化の早いパソコンの世界ではあるが、このように長らく残り続けるデバイスは確かに存在する。特に、ユーザーとのインターフェイス部分については、染み付いてしまった方式からの脱却は難しい。そして長らく必要とされながらも、必要とされた時期に良いタイミングで実用化されないと結局昔のままということもあるようだ。(20. Aug, 2004)

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