生きるための情熱としての一人旅

「ホーカーズ! ホーカーズ! ホーカーズ!」

Part5

[第三日のその1]

「個食」がフツーのシンガポール人

「そうか、食べ方が違うんだ!」
 初日からガンガン飛ばしてまだ重い胃をさすりながら、朝、まだホテルのベッドに横たわって、私はあることに、私にとっては非常に重大なことに、気がつきました。どうも、シンガポール人と日本人は、食事に対する姿勢が違うのです。日本人にとって、食事というのはある意味ソーシャルイベントだと思います。私などは一人暮らしの一人働きで、食事も一人で取りますけれど、たいがい食事というのは家族単位、グループ単位で食事をします。朝食と夕食は家族揃って食べるのが理想とされていますし、昼食も、外食かお弁当かはともかく、誰かと食べることが普通とされているのではないでしょうか。日本人にとっては食事は社会的な交際、社交なのです。だからある程度見栄えも、ボリュームも求められるし、「個食」「孤食」なんてことが問題視されることになります。

 ひるがえってシンガポールでは、食事はもっとパーソナルな出来事に位置づけられている気がします。もちろん、家族で揃っても食べるでしょうが、基本的には、歯を磨くとか、会社へ行くとか、電話をかけるとか、そういう行為の延長上に「食べる」ことがあるような気がします。基本的に「個食」なんです。だから、ホーカーセンターはいつもいつもにぎわっているけれども、一人でごはんを食べている人が結構多くて、それが普通の光景です。老若に関わらず、男女に関わらず、です。だから、私のような人間が一人で食べていても全然奇異に映らない。
 それに、食べることはすごく好きみたいだけど、よく見ていると一回に食べる量はそう多くないんですよね。写真ではわかりにくいと思いますが、ホーカーセンターの料理のポーションって結構小さいんですよ。女の私でも「うーん、物足りない」と思う量なんですが、みんな一品食べたらすっと立ち上がって行ってしまう。仕事の合間とか、買い物帰りとか、そういう時間をうまく使って、彼らは少量の食事を、腹4分目ぐらいの食事を、一日に何回も、4回とか、5回とか取っているんじゃないかという気がしてきました。
 だったら私も、郷に入りては郷に従えで、そうしなくちゃ。1つのホーカーセンターで食べる料理は一品。そのようにしていくつかのホーカーセンターをめぐっていく。2日目でようやく旅のルールが確立してきた感じです。
   
心のふるさと アルバート・センター

 昨日、ホテルに戻って一息ついたあと、あらためてブギスを探検。アルバート・センターも無事発見することができたので、今朝は郷愁深いここで朝食です。写真があると思ったんですけど、心のふるさとに感激するあまり、撮影し忘れたようです。
 私がアルバート・センターを好きなのは、都心にあるのにまったく観光客向けじゃないという点です。ホーカーセンターはシンガポールの大事な観光資源で、たいていのガイドブックにいくつかのスポットが載っているんですが、そういうところってヘンに小奇麗で、日本人などの観光客にもなじみやすいメニューがたくさんあるんですが、おいしくなくて高いんですよねえ。しかし、アルバート・センターは地元の人を相手に商売しているホーカーセンターなので、きわめて実質本位なんです。きれいでもないし、照明も暗いし、10年以上前、最初にアルバート・センターを訪れたころは英語すら通じなかったりしました。この実質本位というのが私向き。料理も無造作なものが好きなんです。
  


 懐かしい、懐かしいと店を見てまわり、さんざん迷ったあげく、朝食はラクサにしました。ラクサというのは中国料理とマレー料理の合体から生まれたニョニャ料理に分類される料理で、魚のダシ、ココナツミルク、チリを使った濃くて辛いスープが特徴的なヌードルです。 国立民族学博物館名誉教授 石毛直道氏によると、世界的に麺の製造方法は5種類あるそうです。道具を使わず職人が手だけでのばしていく「手のべラーメン系列」、生地に植物油を塗って棒でのばしていく「そうめん系列」、生地を平らにのばし、それをたたんで切る「切り麺系列」、生地を穴のたくさんあいたシリンダーにつめて押し出す「押し出し麺系列」、水を吸わせて臼でひいた米の液体をバットなどに敷いて熱を加えて作る「河粉(ホーフェン)系列」というのがその5種類で、ラクサの麺は押し出し麺系列の製法で作られ、麺の生地には米粉が使われます。
 前置きが長くなりましたが、だからラクサの麺は独特なんですよね。うどんより細いけれどもラーメンよりは太く、白くて半透明でのどごしがツルツルしています。その麺にココナツミルク&チリ味の濃いスープがぴったりマッチって感じなんです。私はラクサ、好きですねえ。
 このラクサによく入っているのが、カランと呼ばれる小さな赤貝。日本の赤貝とそう味は変わらないから、特に食べにくいものではないと思いますけれどね。
 ただし、スープには植物油とココナツミルクがたっぷり入っているので、全部飲み干すようなことを繰り返していると確実に太ります(笑)。

この旅行イチのドリンクを発見

 今日一日の行動テーマは「チャイナタウン攻略」。チャイナタウン近辺に味自慢のホーカーを擁するホーカーセンターがいくつかあるので、そこを集中的に攻めます。
 最初はそのチャイナタウンのちょっと手前にあるマックスウェルロード・フードセンターへ。MRT「タンジョン・パガー」駅から向かう道すがらはまったくのビジネス街で、東京の丸の内を歩いているみたいです。しかし、どんなに先進的なビジネス街であっても、ホーカーセンターはある。周囲のビル群とマックスウェルロード・フードセンターの共存がそのいい例です。オフィスから出てきたようなサラリーマンやOLがお財布だけ持ってちょこちょこっと何か食べていたり、バイクで何かを運んでいるらしいお兄ちゃんがふららっと立ち寄ったり、シンガポール人が心のよりどころにしている感じ。




 腹4分目の食事だと、すぐにおなかがすくみたい。まだ10時すぎだというのに、何かちょっと食べたくなってきました。だんだん私もシンガポール人チックになってきたぞ。
 


 「マカンスートラ」を手に入れたので、このホーカーセンターでおいしいといわれている料理がわかるようになりました。ここではワンタンメンやスーンクエと呼ばれる米粉で作ったスナックが有名なようです。しかし、旅行者がお腹のすきぐあいを特定のホーカーの営業時間と合わせるのはすごく難しいです。何度かトライしてみましたが、結局、そのときに営業しているホーカーから食べたいものを選ぶしかないという結論に至りました。
 
 このときは、スナック系がいいなと思って、ロティ・プラタを注文しました。これはインド料理ですね。パイ生地のように層になった生地を薄くのばして鉄板で焼いたもの。ここはトマトカレー味のすっぱからいソースがついてきました。インド料理は日本でもよく食べるので、あまり珍しいという感じはしません。生地もそれほどリッチというわけではなく、味はまあ、可もなく不可もなく。

 それよりお伝えしたいのは、奥にあるジンジャーコーヒーです。これが今回の旅行で最大のヒットドリンクでした。コーヒーにショウガ?! と思われるかもしれませんが、合うのです。非常に合うのです。ショウガの香りとからみが、ミルクと砂糖入りコーヒーのいいアクセントになっていました。確かに、ジンジャーティー、シナモンティーがあるのなら、ジンジャーコーヒーがあってもおかしくないかも。これはなごむなあ。この味が心底気にいった私は、スーパーマーケットでせめてインスタントものでもないかとかなり探したのですが、見つけることはできませんでした。ここのお店のオリジナルなんだろうなあ。見ていると、このお店に行く人はほとんどジンジャーコーヒーを注文していました。家でも作ってみましたが、親指一個分ぐらいのショウガのすりおろし汁じゃ、ぜんぜんあの味を再現できません。ノウハウがあるものですねえ。皆さん、マックスウェルロード・フードセンターに行ったら、必ずジンジャーコーヒーをお試しください。
 

戻る 次へ