生きるための情熱としての一人旅

「ホーカーズ! ホーカーズ! ホーカーズ!」

Part6

[第三日のその2]

おもろうてやがて哀しき市場めぐり

 マックスウェルロード・フードセンターからチャイナコンプレックス・ホーカーセンターまでは徒歩5分の距離です。ところが、雨が降り出してしまいました。このところシンガポールでは毎日パラパラと一定の時間、雨が降ります。わかっているのに、傘って荷物になるからつい置いてきちゃう。しばらくマックスウェルで篭城するしかないかと思いながらうらめしげに空を見上げていたんですが、シンガポール人は頓着することなく出ていきます。そうなんですよ、みんな濡れるの平気。傘なしで歩ける雨量じゃないと日本人の私は思うんですが、すぐにやむという公算があるからか、それともたいしたもの着てるわけじゃないしと思っているのか、傘をささない人は割といます。
 じゃ、私も。ぴちゃぴちゃと水たまりをはじきながら、ひときわチャイナな雰囲気を漂わせている一角をめざします。ははあ、確かに止んできましたねえ。そういう雨なんだ、こっちは。
 
 チャイナコンプレックスの一階は雑貨店街でした。お店ごとに、旅行カバンや食器、子供服など雑多な商品が並んでいます。よく見れば楽しいのかもしれないけれど、今回買い物はしないつもりで来ているので、すぐにホーカーセンターを探します。階段に何やら表示あり。「2階:フードセンター、地下1階:マーケット」。ふむふむ、フードセンターは2階か。えっ、マーケット? マーケットってあのマーケット? 何が出てくるんだろうと思いながらおずおずと階段を下りると、そこにはフロアいっぱいにウェットマーケットが広がっていました。きゃー、知らなかった。こんなところに築地みたいな市場があったなんて! すごい、すごい、すごい!
 


 市場好きの私はもうパラダイスを見つけたような気分。ホーカーセンターはあとまわしにして、さっそく見てまわりました。市場で何が楽しいって、知らない野菜や果物、魚に出会えることほどわくわくすることはありません。「これは一体何?」「なんていう名前?」「どうやって食べるんだろう?」と思いながら歩くことは、私にとって全身アドレナリンがかけめぐる行為なのです。赤くて白い斑模様があるサヤ豆、緑色の大根、日本の長茄子の2倍の長さはある茄子、アニメキャラクターになりそうな色と形をしているまったく正体不明の何か、魚屋さんに並んでいた白くて半透明の塊、全身ほんとうに真っ黒だった烏骨鶏。旅に出る前に、植物図鑑や魚図鑑、食材辞典をよく見てこなかったことを後悔しました。ほんとうに知りたいものは名前を聞いてみたんですが、中国語で返ってくるんですよね、全然わからん。

      

 市場を見てまわることは旅の第一目的というぐらい、ほんとうに楽しみなことなんですが、最後には必ず哀しくなってくるんです。それは買えないから。買ってもホテルではどうしようもないから。私としては、知らないものはとにかく買って帰って、それが何か、どうやって食べるのか調べて、見よう見真似でも何とか作って食べてみたいんですよね。旅先ではそれができない。せっかく珍しいものにこんなに大量に出会っているのに! それが最大のフラストレーションなんです。
 デパ地下ぐらいの広さはあるマーケットフロアを2周も3周もして、買いたい気持ちで頭グラグラになりながら、いったん2階のフードセンターへ行くことにしました。
 


 営業しているかどうかを別にすると、ここは100店以上のホーカーが入った巨大なホーカーセンターです。緑ブロック、紫ブロック、棕(だぶんオレンジ色系の色)ブロックって、ブロックごとに整理しないと収拾がつかないぐらいです。
 ラクサから5時間、ロティプラタから2時間、さすがにまだお腹がすきません。しかし、せっかく来たので何か攻略したい。それゆえスイーツで品数を稼ぐことにしました。といっても、私はこの分野にあまり執着ないんですよね。スイーツで食べたいものはレッドルビー(詳しくは後述)ただ1点。しかし、レッドルビーはどこのホーカーセンターにでもあるわけではないオプション品です。それ以外に思い浮かぶポピュラーなスイーツといえばアイスカチャンしかありませんでした。



 で、アイスカチャン。ごめんなさい。よく写ってないですね。先に撮影場所を確保せずに買ってしまったので、用意が整ったときには、少し溶けてしまっていました。氷の撮影って難しいんですね。
 要するにかき氷です。いつもおもしろいなあと思うのが、日本のかき氷とは構成が逆であることです。日本のかき氷は、まず器に氷をかいてから何かシロップをかけて、そこにアイスクリームをのせたり、小豆をのせたり、トッピングをほどこしていきますよね。こちらのかき氷はトッピングが器の底に入るんです。小豆やゼリーなどカラフルなトッピングを器に敷いた上に氷をかいて、数種類のシロップをかけてカラフルにして出来上がり。「氷いちご」とか「氷レモン」とかいった単色の概念はこちらにはありません。
 どっちがいいかなあ。ビジュアル的には日本のかき氷の方が訴求力があると思うんですよ。トッピングを追加していくことでいくらでも派手な見栄えにできるから。また、すぐにトッピングに到達できるという点で、トッピングにひかれてかき氷を注文するスイーツファンのニーズを満たしているとも思います。舌に涼を求めて氷を注文するくせにひと口食べると「もういいなあ」と思ってしまう私などはそうです。しかし、氷のシャリシャリ感をこよなく愛するスイーツファンにとってはアイスカチャンだろうなあ。発掘の成果、あるいは最後のお楽しみという感じでトッピングが現われるし。ちなみに私の最も愛するかき氷メニューは、宇治ミルク金時です。

 氷を食べながら、私はつらつら考えました。ウェットマーケットの件。野菜や魚は買えないけど、フルーツならそのまま食べられるじゃないかと。包丁さえ買えば、皮をむくものでも大丈夫。かご盛だから一人にはちょっと多いかもしれないけど、この際、そのことには目をつむろう。
 そう考えたらがぜんうれしくなってきて、足取り軽くマーケットへまい戻ります。もう買っちゃうもんねー。知らない果物はみんな買っちゃうもんねー、すみません、これ、何? 梨? じゃ、これ1かご。これは? カシューアップル? じゃ、これも。このジャックフルーツ、どっちが甘い? こっち? じゃ、これも。私、完全にマイケル・ジャクソン化していました(笑)。ホテルの冷蔵庫に入るかなー。まあ、中に入っているもの、全部出せばいいよねー。
 ここで買ったフルーツは、次の朝、ホテルの部屋で食べました。詳細はPart8でお伝えいたします。どうぞお楽しみに。
 
シンガポール人は大根好き

 一気に重くなった荷物を抱えて、再びフードセンターへ。アイスカチャンだけでは帰れない気持ちになってきたので何か食べていくことにします。
 チャイナコンプレックスは、海南チキンライスのおいしいお店が入っていることで知られているんですが、それ以外にも有名な店が多いみたいです。だってあちこちに行列ができているから(写真下)。私が目撃した一店は、マレーシア風のお惣菜とごはんがセットになったナシパダンのお店でした。



 お惣菜が20種類ぐらい並んでいて、お客さんが「○○○と○○○と○○○」といって指を指して選ぶとそれを器に入れ、ごはんとともに供するという形です。ここで食べるか持ち帰るかで容器が変わり、お惣菜だけかごはんも一緒かで容器が変わり、ごはんとお惣菜を一緒に盛るか、別盛にするかで容器が変わります。お客さんが切れないから、お店の中にいる大柄なおばさんは「どれ? これ?」と大きな声でお客さんとやり取りしながら、えんえんとお惣菜を容器に盛りつけています。モタモタしていると怒られそうな気配です。お惣菜はどんどんはけていくんですが、タイミングよく追加も入ります。二人入ったら動くのも大変な一間間口の店でよくこんな展開が可能だなとつくづく不思議に思います。
 これを食べようかさんざん考えたんですが、あきらめました。注文できないんですよ。お惣菜の見分けがまったくつかない。潮州粥の店ではまだ「あれは青菜の炒めものだ」「これはナスの炒めものだ」と区別がついたんですが、ここはみんな色が茶色くて、どんな素材がどうなった料理なのか全然わかりません。料理そのものの看板は出ていないので、事前にマレー料理の知識がないと頼めないのでした。でも今から考えると、「最前列全部」とかいって注文する方法もあったなあ。後の祭り。
 


 これはキャロットケーキと呼ばれているしろものです。しかし、キャロットは人参を意味していません。大根です。植物の科目的には人参と大根は同じ仲間のようですね。焼く前の大根餅を小さく切って、ひき肉や卵と一緒に炒めたものが、こちらでいうキャロットケーキです。シンガポールはこういう点心系の料理に大根を使ったものがほんとうに多いです。本人たちは気づいていないと思いますけど、大根好きのようです。それとも最も身近な野菜が大根ということなんでしょうか。
 もともと食感がフワフワな大根餅が、炒められることによって部分的にカリカリになってフワカリなものになります。ソースがかかる前のできたてのたこ焼きをあらみじんに切って出したら、こんな感じかもしれない。この店のはまだ白さが残っていますけれど、ものすごく茶色いキャロットケーキを出す店もあります。
 


 このとき一緒に飲んだバーリージュース。通常、ホーカーセンターで食事をするときの作法としては、
 
@まず、座る席を決め(そのとき、同じテーブルに先に座っている人がいれば、「anyone、sitting?」と席がほんとうに空いているかどうか確認するのが上級マナー)、
Aテーブルナンバーを記憶してから、
B食べものの店にいって料理を注文してテーブルナンバーを申告し、
C次に飲みものの店に行ってドリンクを注文してテーブルナンバーを申告し、
Dテーブルに戻って料金を用意した状態で、注文品を待つ

 という流れになります。
 しかし、私はCのプロセスをよく飛ばしました。ドリンクなしで食事していると、売り込みに来てくれることがわかったんです。このときも、「You want homemade delicious barly?」とおばちゃんが寄ってきたので、私は「うん」というだけで済みました。冷たいやつといったのに、来たのは温かいバーリーでしたけどね。cold、hot、発音似ているかなあ? ちょっと自信なくすなあ。
 バーリーは漢字で書くと麦力。麦を原料にした飲料みたいです。味は、薄味のポカリスエットって感じ。シンガポール人はよく食事のお友にこのバーリージュースを選んでいます。まあ、日本のように水が出てきませんからね。食事と一緒なら、これが一番飲みやすいかもしれません。

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