生きるための情熱としての一人旅

「ホーカーズ! ホーカーズ! ホーカーズ!」

Part7

[第三日のその3]

ついでにおもしろいもの、いろいろ発見

 せっかくだから、通りの向こうにあるピープルズパークショッピングセンターのホーカーセンターも覗いてみることにしました。その道すがら、つまりは、チャイナコンプレックスの隣なんですけど、CKというスーパーマーケットを発見。ちょうどいい、フルーツを切る包丁を買いましょう。今回は機内持ち込み荷物だけで来ちゃったから、ナイフ類は何も持ってこれなかったんですよね。日本に帰れば何本もあるからもったいない話ではあるんですけど、まあ、4ドル、240円。この出費にも目をつむります。
 通り沿いに露天の果物屋さんが出ていました。さんざん買ったくせに、ショッピングモード全開になっている私は、またもや詳細に見てまわります。あっ、チックー(詳しくは後述)、発見。買わなくては、チックーは買わなくては。なんてったって、私を救ってくれた思い出の果物ですから。
 結論からいうと、ピープルズパークにはホーカーセンターと呼べるほどの規模のホーカーは入ってなくて無駄足だったんですけど、かわりにおもしろいものを発見しました。1階のパティオみたいなフロアで中文書籍フェアをやっていたんです。中文はまったく読めないんですけど、「ドラエモン」や「名探偵コナン」などの漫画本が目に入ったので寄ってってみました。“これらはちゃんと著作権料が払われているんでしょうか”と思いつつ、単行本の山を流していると、その隣に中国のハーレクインロマンスっぽい本の山を見つけました。読めなくても、表紙にいかにも純真無垢って感じの少女イラストが配されているからそれとわかります。その中にこんなものが。
 


 これはどう見ても滝沢秀明くんじゃないかと。少女のイラストは誰とでもいえるよう適当にぼかされているんですが、少年は資料が少なかったんでしょうかねえ。ごまかしきれていません(笑)。これを機会に読んでみようかな。
 荷物の重さが腕にのしかかってきたので、いったんホテルに帰ります。MRTノースイースト線に乗ってアウトラムパークでイーストウエスト線へ乗り換え。ノースイースト線の中でまたしてもおもしろいものを見ました。「混雑時用つかまり棒」がちょっと変わった形をしていたのです。



 こんな形です。JR京浜東北線などで見る「つかまり棒」って、天井から床まで一本棒が渡っているだけですよね。それがここでは、途中から3本に増えているのです。こうすることによって、よりたくさんの人が棒につかまることができるという寸法。ステンレス棒の溶接部分は素人の私から見てもちょっと粗い仕上げだったりするのですが(笑)、こういうアイデアを思いつくあたり、シンガポール人って頭がいいなと思います。

トゥナイト、トゥナイト、今宵こそは

 今宵はドリアンナイトです。来たときから決めていました。一度はおいしいドリアンをおなかいっぱい食べる機会を作ろうと。ドリアン、好きなんです。1個まるまる一人で食べたいぐらい好きなんです。あれは濃縮固形カスタードです。フルーツにあんな味が出せるなんて、奇跡といってもいいぐらいだと思います。
 しかし、日本じゃすごく高価だし、におうから借家住まいでは持ち帰れないし、かといって外に食べさせてくれる場所はないし。今年参加したタイフェスティバルで結構食べたことは食べたんですが、ドリアンの旬にはちょっと早かったんですよねえ。“ドリアンのおいしい季節においしいドリアンが食べたい” これは今回の旅の大きな目的の一つでした。
 しかし、チャイナコンプレックスでは買っていません。そんなに好きなのになぜかって? 持って帰れないからです。MRTはドリアンの持ち込み禁止なんです。タクシーにもはっきり嫌がられます。でも、私はブギスにいますから。ここには売ったドリアンをその場で食べさせてくれる果物屋さんがあります。夜になると、家にドリアンを持ち込めないシンガポール人がたくさん集まってきます。

 ドリアンを食べるなら、ポケットティッシュとハンカチとミネラルウォーターは必携です。ポケットティッシュとハンカチはわかりますよね。そう、手が汚れるからです。では、ミネラルウォーターは? これは体温を下げるためなのです。ドリアンは体の温度を上げるフルーツなので、冷たいものを同時に取ってバランスを取らなければならないのです。お酒を飲みながらドリアンを食べるなどというのは言語道断で、体温が上昇しすぎて最悪の場合は死にます。意外とこのことを知らない日本人は多いみたいで、もっと啓蒙しないといけないなあとつねづね思っているんですが。えっ、その前にくさいドリアンを食べない? それは失礼いたしました。おいしいのに。地上の楽園って感じなのに。

 準備万端整えて、ブギスストリートへ繰り出します。今だけは、私も完全に日本人モード。“お金に糸目はつけないから、一番おいしいドリアンを出しなさい”という態度で行く所存です。ただ、哀しいことによいドリアンの見分け方がわからないんですよねえ(笑)。見ていると、シンガポール人のドリアン選びは本当に真剣です。大きさを見て、形を見て、トゲを見て、店員さんがちょこっと切って実を見せるところまでするんですが、ブギスまで来てドリアンを食べようとする人々は安易に首を縦に振りません。妥協するということがないのです。ほかのフルーツでそういうことをしている人は見たことないから、いかにドリアンが特別な存在かがわかります。
 私は店員さんに訴えました。「一人で食べるんだけど、とにかくおいしいドリアンが欲しいの」。店員さんは1個4ドルのドリアンを指さします。隣には1個5ドルのドリアンが。「こっちはどうなの?」。「味は同じ。どちらもD24。大きいか小さいかの差だけ」。D24がどれだけ偉いかよくわからなかったんですが、妙に説得力があったので、それをもらうことにしました。いつかドリアンの種類とグレードをちゃんと調べよう。
  
 

 そのドリアン。「ここで食べる」というと、皮を手で裂けるよう、しかし実には傷をつけずにポンポンポンとナタを入れてカゴで渡してくれました。ナタの入れ方がプロです。タイフェスティバルでドリアンを解体していた人々が包丁で格闘していたのとえらい違いです。来年は彼を呼んだらどうでしょうか。
 果物屋さんの奥に簡単な椅子とテーブルが並んでいるので、勝手に座って食べます。大きな大きなカゴが床に置いてあります。タネをそこへ投げ入れるためです。ミネラルウォーターを脇に置いて、おもむろに食べ始めます。どう、この実の色の濃いこと。ぎゃあ、やっぱり熟し具合が違いますなあ。口に入れるととろけるよう。もう、いくらでも食べられちゃうわ。至福の時。
 しかし、いくらでも食べられるときに限ってそうできないのが世の常です。このドリアンには合計4つしか実が入っていませんでした。えーっ、4つだけー? あっという間に食べつくしてしまいました。これを晩ごはんがわりにしようと思っていたのに。目算が狂いました。もう1個食べようかなあ。いいや、今日はここまでにして、明日の晩、もう一度食べにこよう。これぐらいの量なら晩ごはん食べたあとでも食べられるし。しかし、この予定はかないませんでした。この経験で私は、今日できることを明日に延ばしてはいけないということを学びましたね。

 晩ごはんにしてはあまりにおなかが物足りないので、順番が逆だなあと思いつつ、隣のアルバートセンターに立ち寄ります。



 汁けのものが欲しかったので、潮州湯と呼ばれるスープにしました。本当は魚の頭が入ったバージョンにしたかったんですが、売り切れだといわれました。期待はそこそこだったのに関わらず、これは非常においしかった。もうスープの味が絶妙でした。入っている具は魚の切り身、生わかめ、トマト、青菜などなど。チリの小口切りが入った黄土色の調味料に、魚などの具をつけて食べるみたいです。隣のテーブルのご婦人はこれでごはんを食べています。この調味料がおいしいんですよ。大豆が入っていて塩辛いんです。味噌の一種かなあ。でも、日本の味噌は固体だけどこちらは半分液体。調味料って奥深いですねえ。知らないものがまだまだいっぱい。あまり印象深かったので、日本に帰ってからこの潮州湯はよくトライしています。それで気づいたことが一つ。日本の魚の切り身のスタイルって、刺身用の薄切りと塩鮭のような切り身と鍋物用のぶつ切りしかないんですよね。スープ用にこんな薄い切り身があったらなあ。自分で調理しなさいって? できませんって。

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