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第36回
佐井好子(3)
推薦盤「蝶のすむ部屋」

 先頃発売した自身のベスト盤に収録した「死神に出会う時のように」に佐井好子にスキャットで参加してもらったことは、誇りでもあり、また、夢を実現させてもらったように思っている。佐井好子との出会いは高校時代にまで遡るが、実際にインタビューさせてもらったのは1999年9月で、その時のことは一生忘れられない想い出である。
 

 現在は「ラヴ・ジェネレーション1969-1979」と改版されて名前がかわっているが、元々は音楽之友社から出た「日本ロック&フォーク大全」という同内容のアルバムレビュー集があり、そこで佐井好子の全アルバムを私が解説している。私はもちろんのこと佐井好子の作品を絶賛しながらも、4作目にして最後のアルバムになったこの『蝶のすむ部屋』を、あろうことか"失敗作"と書いてしまっているのである。で、まさかご本人が見るとは思ってもみなかったのだが、SFC音楽出版の事務所でインタビューした時に、当人の目の前でその本を平げられて、赤面どころか蒼くなっていたように思う。我が人生最大の不覚。
 

 もともとプログレッシブな3枚目のイメージからすると、この4作目のジャジーなムードは、私にとって当時の期待を裏切った作品であったのだろう。実際、佐井好子の1〜3枚目のアルバムは20年以上にわたって聞いてきたが、このアルバムはなかなか聞かなかったように思う。もちろん歌詞の世界は佐井好子独特のものであるが、本人の成長にシンクロしたかのように、初期に見られたともすれば過激な言葉は減少し、もっと奥の世界への視線を感じる内容に変化してきている。サウンドは山本剛トリオのジャズサウンドなので、10代にしてアヴァンギャルドの入り口を模索していた吾輩にはやや軽く聞こえたのだろうと思う。そしてこのアルバムは、私にとって封印に近い存在であったのである。
 

 CD化されて、40を過ぎた年齢で耳にしてみると、これが、ハマる。もちろんCD化されて、過去に聞いてきた以上に佐井好子の全アルバムを聞いているが、ここ数年でいちばん回数を多く聞いているのは、この「蝶のすむ部屋」だと思う。つまりは、他の3枚はもう声の抑揚まで記憶するほど聞いているのだが、この4作目は20年間で耳にした回数が少ない分新鮮で、何度でも聞いてしまうのだと思う。
 

 録音はジャズだから、ほとんど一発録音的であり、やや荒い。それに比べると、佐井好子のボーカルのなんと伸び伸びとして、自由奔放なことか。白眉は「あの青い空には神様がすんでる」「白い鳥」だろう。もう達観の境地か、と思うほど、佐井好子ワールドは、甘ったれて膝をかかえていた10代のリスナーの、もっともっと先を見据えていたのではなかったか。それはジャズとか、ロックとか、音楽にこだわる聞き手の解釈の狭さから、いとも簡単に飛び出してしまえるほどのパワーは、当然のことのように彼女には存在した、ということだろうと思う。このアルバム後、インド旅行を経て、音楽をあっさりと卒業してしまうのは周知のとおりである。
 

 1978年、佐井好子においてきぼりにされて、いや、それから始まった私と私の音楽との関わりが、やがて佐井好子のその先を模索して、そして佐井好子に還るのに20数年かかっただけのことだ。1999年、インタビューを口実に本人に会えるというだけで嬉しかったのも真実で、その階段を上がってきた佐井好子の姿を見た時、すべての謎が解け、ここまで音楽をやってこれたことに感謝し、そして佐井好子の「蝶のすむ部屋」の次を探してきたことが間違っていなかったことも確信できたのである。「白い鳥」のその次の佐井好子の歌を、ただ、私は聞きたいと思った。今も、思っている。それは歌ではなくてもかまわないし、生き方のことであり、そして存在であることも、今は理解できる。ようやく「蝶のすむ部屋」のアルバムが、存分に聞けるようになった。
 

JOJO広重 2002.3.8.



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