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第58回
SPEED,GLUE & SHINKI
推薦盤「EVE」

 自分が死ぬ瞬間が来た時に、いったい何を考えているのか。小学生の時には、なにか自分にとっての大きな課題のように思え、やがてどうでもよい命題であることに気がつくも、やはりそれが何かつまらないことではないようにしたいという希望は、大人になっても胸から離れない。
 

 年を重ねるごとに記憶は遠くなっていくが、本当にどうでもいいことが記憶から抹消されないのは、そのことが脳の中で消去できない部分に書き込まれた情報だからではないのか、と思うのだがどうだろうか。その情報は消えないために、いくつになっても忘れられない記憶となり、自分が死ぬ瞬間にすら思考の中に存在するとしたら、やはり死という一見崇高な儀式すら、やはりどうでもいいものであることを知らしめるのではないか。そんな気がする。
 

 例えば、このスピード・グルー&シンキの1stである「イヴ−前夜−」のLPを、いったいどこで買ったかは鮮明に覚えている。これは自分が十代の時、京都の河原町通り、荒神口のあたりにある楽器屋に併設された中古レコードコーナーで買ったものだ。この店は、真偽はさだかではないが、我々の中では、盗品の楽器を販売している、という噂のショップで、ここに出入りするのはちょっと危ない雰囲気があったのは確かである。
 

 この店で自分が手にしたのは、このスピード・グルー&シンキ「イヴ」と、「OZデイズ」の2枚組、ステイタス・クォーの「パイルドライバー」であった。この3枚のうち、前知識があったのはステイタス・クォーだけで、ほかの2枚については、どういうバンドでどんなサウンドかはまるで知らなかった。財布に入っている小遣いに限界のあった当時、3枚は買うことが出来ず、結局ジャケット買いでスピード・グルー&シンキ、なんだかアヤシイということで「OZデイズ」の2枚を買った。この時に「パイルドライバー」を買っていれば、その後の私の音楽人生も変わっていたかもしれない。
 

 「OZデイズ」が当時ですら貴重盤であったことは数日以内にはわかったが、スピード・グルー&シンキは、このバンドが日本のバンドであることすら、長く理解していなかった。購入した中古LPには解説もオビもなかった。そして渋いブルージーなサウンドに本場の英語でしこたま歌われた「オトナのロック」は、当時チャチに感じていた国産ハードロックと同じフィールドにある音とは思えなかったのである。MASAYOSHI KABE と書かれたジャケットの文字に、ああ日本人がメンバーにいるのだな、とは思っていたが、それがゴールデン・カップスのルイズルイス加部である事に気がつくのはかなり後のことである。
 

 しかし秀逸だったのは、サウンドもさることながら、ジャケットアートであろう。国産ロックバンドのLPで、セピアの外国人女子学生写真というメランコリックなデザインをほどこしたのは、欧州のセンチなプログレバンドでもそうそうなかったセンスである。そっけないメンバー名のタイプ文字も、なんだかたまらなくかっこよかった。やがてパンクだアヴァンギャルドだフリーミュージックだ、と、それなりに世の中に背を向けた音楽に傾倒していく中でも、くだらないヤツラとの会話に僻んだ後では、自分の部屋にひとりで閉じこもってはこのアルバムを熱心に聴いていた気がする。
 

 20代になって、それなりに金に困った時に、ほかの多数のLPとともに、このスピード・グルー&シンキのアルバムも、中古盤屋に二束三文で手放した。それから長くこのアルバムの音を聞くこともなかったし、CD化されて即購入するようなこともなかった。再び入手して、なにか青春の思い出のように手元に置くには、なんとなく気恥ずかしかったのも事実だろう。誰だって、若かった時のことは、思い出したくないものではないのか。それが普通だと思うがどうだろうか。
 

 自分が学生時代を過ごした、京都の出町から荒神口にあたりにはあまり行かないようにしている。いろいろ思い出してしまって、気が重くなるからだ。どうしてもそこを通らなくてはいけない時に、例えば車の中から、このスピード・グルー&シンキを買った楽器屋を目で探すのだが、どうも見つけられないでいる。
 

JOJO広重 2003.6.22.



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