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第67回
Klaus Sculze
推薦盤「IRRLICHT」

  まるっきりやる気なし。生きていてもしょうがない。どうでもいい。みんな死んでしまえばいいのに。自分も死んでしまえ。どこかの誰かも、自分の家の誰かも、会社の誰かも、部屋の埃も、ダニも天使も、みんな消えちまえ。どうでもいいから、みんな死ね。とにかく、死ね。全員で地獄に行け。音楽もバンドも金も仕事も文章も映像も愛情も友情も知人も友人もなんでも、みんなクズだ。死ね死ね死ね。世の中の人間、生き物、全部殺して自分も死ねば、万事解決。あの世でみんなで暮らせばいいじゃあねえか。この世が存在する価値無し意味無し。意味無し意味無し意味無し意味無し!
 

  とまあ、これくらいは思うか、思っているか、ということは別にして、気持ちが塞ぐ時。そんな時は、このクラウス・シュルツのソロ第一作、「イルリヒト」を聞くことにしている。暗い気持ちの時は、暗い音楽を聞くことが正しい。だから、おそらくは最も暗い音楽の部類に入るであろう、この「イルリヒト」は、70年代以来、私にとって手放せない1枚のアルバムのひとつである。
 

  ジャーマン・ロックの雄「アシュ・ラ・テンペル」のドラマーだったシュルツが、バンド脱退後、鍵盤を手にして3週間目に制作したという、1972年リリースの即席のアルバムである。つまりは非常に感覚的に作られた作品なわけで、その分、作為のないイマジネーションを抽出出来たのではないか。ドラッグによるトリップがあったのか、誰かの協力があったのか、どういう経緯なのか、それは私は知らないし、知ろうとも思わない。このアルバムに収められた3曲の、その圧倒的な重さ、そして暗さには、ほとんど絶対的な価値がある。そのことだけで十分ではないか。
 

  不思議なことに、その後のシンセサイザー奏者としてのシュルツは、世間の高い評価とは逆に、私にとってそんなに興味深い存在ではなくなってしまった。1975年発表の「タイムウインド」は、70年代後半の、個人的なフェイバリット作品ではあったが、所詮センチメンタルだと思うことにしている。77年の「ミラージュ」まではちゃんと聞いたが、その後の作品は散発的に耳にしているだけなので、私にはシュルツを語る資格はないかもしれない。
 

  逆に言えば、私がいつまでもシュルツを気にかけているのは、この「イルリヒト」があるからである。この作品がある以上、彼を信じてしまうのだ。それは信じていいことなのかもしれないし、ちゃんちゃらおかしい偶然の産物に価値を見いだしているだけなのかもしれない。そのことも、どうでもいいのだ。なぜなら、私が、もしくは私のような人間が、人を殺さずに生きていける理由の一つは、このアルバムが存在するからである。そんなふうに思う、ことも、ある。
 

  死にたい時は死ねばいいのだ。そう思えることも、素敵ななぐさめではないか。
 

JOJO広重 2004.2.28.



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