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第70回
TOM VERLAINE
推薦盤「WORDS FROM THE FRONT」

  「なにかが足りないのではなくなにかが多いのだ」とは、早川義夫の名言だが、まさしく、この言葉は人生とか、生活とか、健康とか、恋愛とか、音楽とか、芸術とか、世の中とか、おおよそなにかの目的を持って行われる行為の全てにあてはまる言葉ではないかと思う。その多いものを削除するのか、整理するのか、変質させるのか、さらに増やすのか、それによって本当に良い方向に行くのかどうかは別問題であるが、おおよそ「足りない」ことはなく、ほとんどの場合は、確実になにかが「多い」のである。この根本の問題に大勢の人が気がつけば、世の中のほとんどのことは、一応良い方向に向かうはずである。
 

  音楽で言えば、例えばドイツの電子音楽バンド・クラスターの音楽は、極度に音数少ないし、現代音楽のラ・モンテ・ヤングあたりは究極的かもしれない。もちろんそれは多いのではなく、最初から音の数そのものが少ないのであって、ちょっと今回語りたいこととは、ちょっと意味が違う。
 

  いわゆるロック・ミュージックでは、どうしても「なにかが多い」サウンドになりがちである。インディーズのレベルですら、そうではなかったか。例えばアルケミーレコードのアーティストのレコーディングをしていても、私が見る限り、もしその作業中につまづくとすれば、その「なにかが多い」ことに気がつかないで四苦八苦しているケースが大半であったように思えるのだ。
 

  ここまで読んでいただければ、なんとなく私が語ろうとしている「多いもの」が何であるか、勘の良い人なら分かりそうである。多く音がなくても、多く言葉がなくても、その見えない部分、聞こえない部分に、重厚なもの、つまりは十二分なる想いがあれば、音の厚さや量は、さほど問題でないのである。そして出てくる音は、多い音ではなくなるはずである。
 

  トム・ヴァーラインは、テレヴィジョンのギタリストという部分でしか、まったくと言っていいほど語られたことがなく、ソロアルバムもちゃんと評価されたものは皆無である。たしかに駄作のようなものもあり、ろくなセールスもないのであるかもしれないが、ゴミのような作品を持ち上げて商売にするような時代にすら、なんとなく無視されているのは悔しい気もするが、世の中などそんなものかもしれないとも思う。
 

  彼のソロ3作目にあたるこの「WORDS FROM THE FRONT」は、決して音は多くないが、研ぎ澄まされたようなギターの音は、ほぼ完璧である。このアルバムがリリースされたのは1982年。ゴミのような時代ではあったが、21世紀の今よりは「何かが少ない」時代であったことは間違いない気がする。
 

JOJO広重 2004.6.14.



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