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第74回
MOTERHEAD
推薦盤「No sleep'til Hammersmith」

  人が何かを表現すること。そのこと自体が、とてつもなく空虚に思える時がある。アート的な表現行為は、見ているだけで生臭く、薄汚い。意味のないことを意味のあるように繕って、鼻を高くしている最低の行為。ライブハウスで演奏するロックバンドも、所詮は若者達のお遊戯会。「今日はよかったです」の一言で、聞き手も演奏者も満足する、つまりは自分を癒したいのか、自分が高まったと思いたいか、その程度のことに思えてしまう。映画も、書物も、パフォーマンスも、すべてが商売に思えるし、何事をも成しえていないように思えてしかたがない。それは自分がやっていることに対しても、同様に感じる。「イメージ」など、何の役にもたたず、何の価値もないのではないのか。
 

  かといって、鬱になるわけでもなく、自堕落になることもない。ただ、今はそう思うだけであって、やがて同じ道をたどり、人前で恥を晒すことを繰り返すのである。このダメさかげんは、死ななくてはなおらない。いや、死んだところで、あとに何かを残している以上、もう不可避である。自分がやってしまったことを、後から恥ずかしいと思う、そんなことは許されない。自分がやったことを、後から誰がどうしようとかまわないはずである。生きているだけで、それは根本的に恥ずかしいことなのだ。
 

  コノクソバカヤロウ!
 

  そう思う時は、このモーターヘッドの1981年のライブ盤を大音量で聞くことにしている。そのクソバカヤロウの脳味噌が飛び出すまで、爆音ロックのハンマーで頭を叩きまくってくれるからだ。1曲目の「Ace Of Spades」からしてテンション全開。ロックなど、問答無用、ガタガタヌカスナ!という迫力。あらゆるハードロックのライブ盤の中でも、間違いなく5本の指に入るアルバムである。
 

  リーダーであり、ボーカリストであり、ベーシストである、レミー・キルミンスターは、ホークウインドの元メンバーであったこともあり、ホークスのマニアックなファンであった私にとっては、モーターヘッドはチズウイック時代から愛着のあるバンドだった。ただ、このアルバム以降は熱心なリスナーではなくなったし、来日公演も行かなかった。モーターヘッドはこのアルバムがあれば良い。そう思ったのだ。それは間違っていなかった気がする。
 

  このアルバムの邦題は「極悪ライブ」だった。秀逸だったと思う。アルバム終盤には「ロード・クルー」という曲があり、演奏する前にMCがある。そこで叫ばれる声を、ぜひスピーカーを部屋の外に向けて、つまりは世の中に向けて、全世界に向けて、テメエやキサマに向けて、可能な限りの大音量で鳴り響かせたい。「BUHHHHHHHHHHHHHHHHHAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!」
 

JOJO広重 2004.11.11.



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