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第8回
潜在光景
松本清張著 角川ホラー文庫 1994年刊


  松本清張と言えば、芥川賞作家でありながら推理小説作家であり、歴史もの、時代小説、ノンフィクションなど、実に多様な文学を排出した巨匠である。それでいて庶民的な人気のある、不思議な作家だ。「点と線」「ゼロの焦点」「砂の器」「鬼畜」など、映像化された作品も多いので、おおよそ日本人の読書家で、清張の名前を知らない人はいないだろう。  

  もちろん名作は多数あるが、私はあえてミステリーの短編「潜在光景」を選んでみた。これは中年のサラリーマンが、毎日帰途につく夕方のバスの中で、幼なじみだった婦人と偶然再会。現在は未亡人の彼女と不倫へと展開するのだが、彼女の息子の不審な目に怯えはじめて...。というストーリー。やがて意外な結末が待っている。  

  もちろんブラックな顛末になるのは当然といえば当然。そこへの展開も見事だが、私が曳かれるのはその部分ではなく、男と女が徐々にだが不倫に至るまでの、心理描写、情景描写である。その描き方が、なんとも生々しく、それでいて俗っぽくない。男とはこういうものだし、女もある意味、こういうものだろう。そう、思わされる。そして子供を巻き込んでのことになるのだが、「現実は繰り返す」ということの、なにかとほうもない暗黒がそこに見え隠れする。こういう小説は、ありそうでなかなかないのではないか。  

  そう、運命とは、ちょっとしたボタンの掛け違えである。  

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二度目に彼女とバスの中で遇ったのは、それから一週間あとだった。
『お遇いすると、つづけてお目にかかれますのね』
彼女は笑った。この前の話で、私たちの間はかなり遠慮が取れていた。それはお互いがいい加減年をくっていたせいでもあり、彼女が人妻だったからであろう。 
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   悪い方向。そこに行くのに、決まっているのに、人はわざわざ、それを選ぶ。
 

JOJO広重 2005.6.2.



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