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第10回
代書人バートルビー
ハーマン・メルヴィル著 国書刊行会 1988年刊


  故・林直人くんにはいろいろな音楽や書物をおしえてもらったが(おそらく彼も私からいろいろを学んだのだろうが)、彼からおしえてもらった最高の書物の中の1冊が、この「代書人バートルビー」である。 

  「白鯨」という超有名な作品で知られるメルヴィルという作家。いや、この書物でしか知られていない作家であったのだが、実はこの「代書人バートルビー」も20世紀後半に評価はされていたようで、でも実際に私や林くんが読んだのは1980年代初頭だったと思う。国書刊行会版が発売されたのが1988年で、その後まともに発売されているのかどうかはわからない。でも古書で容易に手に入るはずである。  

  ウォール街に弁護士事務所を構える主人公「わたし」は、バートルビーという男を雇う。最初はマジメに仕事に励んでいたバートルビーは、ある日突然、頼んだ仕事を「せずにすむとありがたいのですが」という台詞とともに、拒否するようになる。そして数日後、一切の仕事をしないようになる。  

  バートルビーは会社に誰よりも早く出社し、誰よりも遅くまで仕事をしている、と思われていたが、実は会社に寝泊まりしていたこともわかる。「わたし」は最大限の気遣いをもって穏便にバートルビーに退社してもらおうとするが、バートルビーは会社になにもせずに、ただ、いつづける。理由は一切語らない。話すことは「せずにすむとありがたいのですが」という言葉のみである。  

  結局「わたし」はバートルビーを追い出すことはできず、自分が出ていく。つまり弁護士事務所を引っ越してしまうのだ。しかしそれでもバートルビーはその建物にい続け、ビルの大家から「わたし」に苦情がいく。最後に雇っていたのはあなただからなんとかせよ、というわけだ。再三の説得にもかかわらず、バートルビーは建物から出ていかない。そしてついに刑務所に連れて行かれ、そこで食べることも拒否し、死んでいく。  

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「ここに一人でいるのがありがたいのですが」
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   物語の最後に、バートルビーに関するひとつの逸話が語られ、少しだけのヒントが与えられて、この不条理な小説は終わる。なにもせず、ただ、そこにいることを望む男。理由は最後まで語られない。

   中山双葉の曲の歌詞にあるような「ここにいる意味はない/だけどいる/ずっといる」という、つまりは生きていたいわけではないが、生きているというような不条理感が答えでもかまわない。しかしそれよりももう少し重い絶望感が、この小説の読後に襲ってくる。


   ここにいる意味はない、か。


JOJO広重 2007.7.3.



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