「倉庫にお花のたとえはよかったですね」
あと片づけをしているKにコーディネイターが話しかけた。 「あなたからうかがった話です。――そのままではないですが」 コーディネイターが何かを云おうといたとき、金属音を響かせながら歩いていくものがあった。Kも奇妙に感じ、通路を見た。 「今晩のパフォーマンスです。それで使うチャイムに慣れておくためです」 ひとりが事情を説明してくれた。音楽家が彼らを参加させるパフォーマンスをするのだという。一見、金属棒にしか見えないチャイムはさきほど昼食のときに渡されたばかりと聞いて、Kはそれでうまくいくものかと不思議に感じた。その表情に気づいたのか、 「歴史家もパフォーマンスなされますよ」 と告げて、コーディネイターは微笑んだ。Kにはそれがどのようなものになるのか、まったく想像できなかった。そうしたことすべてがこの場所の意義なのだろう。 パフォーマンスがはじまるまでのあいだ、副所長は彼らとともに忙しく立ち回っていてことばを交わす時間はなかった。その待ち時間のあいだに伝達を終えた気功師と話すことができた。彼女は言語マスターの招きで、いっしょに伝達にあたったのだという。 「向かいあったふたりの一方が、あることばを云います。もうひとりは即座にそれと関係ないことばを云わなければなりません。そうすると関係ないどころか、案外、同じことばを返ししてしまったりするんです。言語マスターのちょっとしたアドバイスに従うと、それが楽にできるようになっていきます」 彼女は言語マスターが実際に行なったアドバイスをKに語ったが、それだけのことでスイッチのように心の状態が切り替わってしまうのは実に不思議なことだった。 夜になって、パフォーマンス開始が告げられた。歴史家や言語マスターをはじめ、いくつかの演目が行なわれいき、チャイムは最後に控えていた。 それはKにとって貴重な体験となった。 空間的時間的な広がりと境界のある現実の空間が、そこに点在する軽やかなカプタによって構造をあらわにしていく。ネットワークで織りあげられていくものと根底で通じていながら、まったく異なる空間構造である。 彼らのうち参加者はそれぞれチャイムを手に、そこここに散開する。観覧者は周囲、さまざまな方向から見守ることになる。このパフォーマンスに見られるべき正面というものはなく、彼らが彼らを見守るのだ。 参加者はゆっくりとした歩みで移動し、移動しながら誰かひとりがチャイムを鳴らし、鳴らしたものが声を発する。ことばでなくA音だけをチャイムと同じ周波数で発する。ひとりが終えると間をおいて別のひとりがチャイムと声を発する。間遠なゆったりとしたリズムとゆるやかなメロディが顕れる。 床に配された照明が彼らの影を周囲の壁にくっきり黒く映し出す。この空間が有限の境界を持つことを疑う余地なく告げている。そのゆらめく姿はまた、音響とは全く異なる次元に属している。 やがて、彼らのゆっくりとした移動が円陣をなそうとしているのが見えてくる。集まった彼らはチャイムを持ったまま床に坐っていく。そのあいだもずっとゆったりとゆるやかなメロディはつづけられている。 坐ってからもしばらくつづいたメロディはゆったりとしたリズムを保って終了する。 心地よくメロディに身をゆだねつつも、緊張がとけて現実感がもどってくるようにKには感じられた。 「チャイムは古代の音階に基づくものです。楽譜がなくてもメロディは自然に生まれてくるのです。彼らにはほとんど制約を課していません。参加するかどうかからすべて」 翌朝、音楽家はKにそう語った。 |