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田中敦子

 日々の手仕事

桐たんす 茂野タンス店

環境にもやさしい桐を暮らしに。

 新潟にはなぜか心惹かれる地場産業がいくつもある。 諏訪田製作所もそうだが、桐タンスも気になっていた。というのは、池袋にある全国伝統的工芸品センターで、モダンな桐タンスを見たことがあったからだ。残念ながら,私が使っているのは、引き出しの内部だけが桐というもの。でもいつかはちゃんとしたタンスが欲しいな、という憧れ系である。

 梅雨時の6月、燕三条の駅で、社長の茂野克司さんが迎えてくれた。想像していたより、ずっと若い印象。社長の世代が確実に若くなっている。というか、同世代になっている。「田中さんと同い年なんです」あらかじめプロフィールをお送りしていたので、そんな自己紹介を受けた。

 工場へいく道すがら、諏訪田製作所さんと、このあと行く予定の足立茂久商店さんの話をすると、同じ県内、親しく付き合っているという。ショールームと工場のある場所は、田園地帯。ローカル線の踏切がすぐ近くにある。雨が降りしきっている。ショールームに入るなり、わあ、と思わず夢中になる。こんなにたくさん、そして様々な桐製品が一堂に会している場所は初めて。けっこう真剣に、タンス購入計画を考えてしまった。

 私のいちばんのお気に入りはLa-KIRI Rossoという、ミラノ在住の日本人デザイナー、寺尾純氏がデザインしたモダンなチェスト。受注製作だから、サイズはいかようにも変えられるし、拭き漆の茶色がまたいい。あ、この積み木もいいじゃない。子供はいないけれど、こんな軽くて柔らかい手触りで、しかも無塗装の玩具で遊べたら、天然素材の魅力を肌で知ることができるだろう。私が通った幼稚園も、園にあった遊び道具はみんな自然素材だった。おままごとセットも木で、茶椀などはていねいに轆轤挽きされていた。すごくいい幼児体験だったと今も思っているから、これはぜひ紹介したい。

 エスカルゴという可動式の本棚もいい。蝶番で取り付けられていて、あれこれ動かせる。動かしてみると、するーっと動く。とにかく軽い。これは加茂市出身の建築家でありデザイナーの川口とし子氏がデザインしたものだ。茂野さんが、本来の桐タンスの説明をしてくださった。時代により角ばったり丸くなったり、また金具も彫金、蒔絵など贅沢なあしらいのものから、シンプルなものまでさまざま。皇室の方の婚礼時に納めたものもある。県内ではいまも昔ながらの桐タンスが動くが、東京は、ローチェスとが主流だという。地方と都市、住宅事情がかなりちがうこと、こうして旅をしていると、つくづく感じる。工場は、桐の木の香りに満ちていた。

「桐はどちらかというと草に近いんですよ」と茂野さん。そういえば、木にしては成長が早い。女の子が生まれたら桐の木を植えて、それで嫁入タンスをつくるという風習、よく考えたら、そんな20年そこそこでタンスができるなんてすごい話だ。建材としての杉や檜は100年ものがざらなのだ。桐はその成長の早さから、環境保全のための樹木としても注目されている。

 桐一葉落ちて天下の秋を知る。

 これは時代の衰亡を象徴する句として知られているけれど、桐一葉の大きさをも伝えている。成長が早いだけでなく、葉が大きい分光合成もたっぷりするわけだ。国産が主流だが、北米のものもある。中国産は廉価商品に使われる。柾目のすっきりとした粋さを好む日本人、この柾目がなかなかないのだという。木は真っすぐ伸びているようで、ねじれている。そのほうが自然ではある。そのなかから柾目が立ったものを選りすぐるのだ。そして、雨ざらし、雪ざらしして、アクを抜く。「この手間がたいへんなんですよ」ストックされている板を撫でながら、茂野さんがいう。

 桐は乾燥すると水分を放出し、湿気が多ければ、吸収する。それゆえ、安定した内部環境で大切なものを守ってくれる。もちろん、そういう状態になるのは、しっかり下準備がなされればこそ。工場の外にも桐材が並び、雨に打たれている。こんなふうにしておくうちに、アクは抜けていくのか。茂野タンス店は、伝統工芸士を何人もかかえている。家具一つにつき、台車一つ。そこに全てのパーツを乗せ、ひとつの工程が終われば、また次の作業をする場所に台車ごと移動していく。なるほど。若い人もいる。頼もしいなあ。

 ひとつ驚いたのは、一枚板に見える桐板、実は一度割っている。それを再度集成する。こうすることで歪みが出ないようにしているのだ。それはタンスになればわからない。でも、このひと手間が、長持ちする道具にしているのだろう。昔のように、嫁入道具にタンスを必ず用意した時代ではない。でも、桐素材のよさは今こそ見直すべきで、なにもきもの用とばかり限らない。私もそろそろ憧れ系から脱出しなければ。

 

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