top

profile

works

topics

isetan

e-mail

田中敦子

 日々の手仕事

津軽塗 つがる漆スピリット合同会社

伝統の中のモダン。紋紗塗

 今回、津軽塗を紹介しようと思ったのは、時間があれば行くようにしている伝統工芸展で、木村正人さんの作品を見たからだった。正確にいえば、「日本工芸会東日本支部 第四十九回東日本伝統工芸展」。本展と呼ばれる秋の会よりも、若い人たちの作品に出会える場で、親しみを感じる。

 木村さんの入選作品は「七子塗銀地盤」。銀の粒を木地に蒔き、その上から漆を塗って研ぎ出した、シンプルで渋い作品。へえ、かっこいい。こんな津軽塗があるんだ。どんな人がつくっているんだろう。お会いしてみたいな。

 津軽塗は、江戸時代に津軽藩の御用塗として発展したそうだ。お城の調度、幕府への献上品、そして武具。若狭塗の技術が伝わり、模様を研ぎ出すのに好適な良質の砥石があったことから、大きく発展したのだという。津軽塗といえば、どうしても唐塗のイメージが強い。ミクロの世界を覗いたような不思議にカラフルな文様だ。が、技法はほかにもある。七子塗、錦塗、紋紗塗など。七子塗や錦塗りは、唐塗に似た艶やかな感じがあるが、紋紗塗はまったくの別物。籾殻を焼いた炭粉を蒔いて研ぎ出すという技法で、黒錆びたマットな風合い。刀の鞘などにも用いられていたとりわけ堅牢な塗りだ。共通点は、分業をせずに一人で最初から最後まで、じっくり漆を塗り重ねて模様を研ぎ出すところで、時間はかかるものの、つくり手は誇りをもって仕事を全うしているに違いない。 

 木村さんにお会いした。一見こわもて、実は愛嬌ある明るい人だ。「幼稚園のときから津軽塗をやる、って決めてた」という。伝統工芸というどこか古めかしい家業に反発する人が多い中で、すごくポジティブな後継者だ。「漆を研ぐと、下から模様が浮かび出る、それが子供心に楽しくて」

弘前には前乗りしたので、夜、津軽三味線のライブが聞ける居酒屋にご一緒していただいた。おなじみの「津軽じょんがら節」などの民謡ももちろんよいが、なんといっても即興演奏。うねり寄せる荒波のようで体に響く。演奏が終わると、息を詰めて聞き入っていたことに気づいて、思わず溜息。木村さんは「即興かあ」と感慨深くつぶやく。研ぎ出して模様を出す津軽塗も即興だとふと思ったのだという。風土が生み出すものには共通点がある。音楽と漆。表現方法は違うけれど、津軽人の気風が通奏低音になっていることに違いはない。つくり手がそのことにふと気づく瞬間に同席できるなんて、冥利だ。

 さて、「つがる漆スピリット合同会社」について、ちょっと触れよう。これは、中小企業庁の「JAPANブランド育成支援事業」によって始まったプロジェクトで、海外に誇れる津軽塗の商品開発のために生まれた合同会社だ。パリの見本市にも参加した。木村さん他、今照芳さん、小松原富輝さん、斎藤和彦さんの四人は、それぞれ独立した職人だが、彼らが力を合わせて津軽塗を広く伝えようと手を組んだ。デザイナーや商工会議所、技術研究所のスタッフもブレーンとして加わる。今、4年間の活動を見直し、新たに国内外に新しい津軽塗を発信していこうとしている。

 44歳の木村さんは、津軽塗のつくり手の中では若手だが、昨年、先代が急死したことから、五代目としての責任をずしりと負っている。また、つがる漆スピリットを発展させていく使命がある。大変だろうなと思うが、「今は楽しくてしかたない」と生き生き語る。挑戦することの大きさが、木村さんを奮い立たせているのかもしれない。

 後日、東京の百貨店で実演販売するというので、会場にうかがった。催事場でできることなど限られているけれど、彼は研ぎの仕事をしていた。小さい砥石を使って塗り立てた漆を研いでいる。「今はサンドペーパーの人が多いけど、うちはずっとこれだね」作業中に水が飛ばないので、催事場に向いているしね、と笑う。いやそれは後付けだ。昔ながらの砥石で研ぎ出したほうが、直接手に感覚が伝わるし,仕上がりもきれいなのだ。幼稚園から漆の仕事を志した木村さんは、やはり一本筋が通っている。作品も男気の中に優しさがある。紋紗塗りは最初ちょっと無骨だけれど、使うほどにざらつきがまろやかになり、漆も透けてくる。私もひとつ小さいお盆をいただいた。というのも、木村家で日々使っているお盆が、時を経てとろりと柔らかい味わいだったからだ。

 ああ、楽しみ。どんなふうに変わっていくのだろう。

tugarunuri