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田中敦子

 日々の手仕事

手仕上げつめ切り 諏訪田製作所

里山から世界へ。奇跡のマニュファクチュア

 7時52分のMAXときに乗って、長岡へ。

 そこから在来線の信越本線に乗り換え、帯織という駅で降りる。諏訪田製作所の方が待っていてくれた。線路を越えて、田植え前の畑をずっと一本道。右折したらそこが諏訪田製作所だった。もっと工業団地みたいなところかと思っていたので、意外な感じ。牧歌的な風景。里山にある工場だった。でも、ショールームはガルバリウム製で、トイレも超モダン。トイレタリーにはモルトン・ブラウン製のものが置かれていて、お洒落だ。

 社長が登場。イタリアンな風貌の小林知行さん、46歳で三代目。「うちはかくれんぼしているうちに日が暮れてしまって取り残されたような仕事をしているんです」という。いまも、50ある製造工程すべてを人の手で行なっているというのだ。かなりスタイリッシュなつめ切りである。私は刃の部分のみ職人仕事で磨き上げていると思い込んでいたので、驚いてしまった。もちろん機械の力は借りている。けれどそれは旧式のごつい機械。人がしっかり目を光らせ、コントロールしている。最初のステンレスの鋼に火入れするところからして、きちんと火が入っていないものは目で判断してはじき出す。オール機械化の工場ではこんなことは機械まかせだろう。それから型抜き。ここでもきちんと抜けてないものははじき出す。常に常に、ベストなものを次に送り出していく。

 磨きの工程は流れ作業ではなく、工程ごとにじっくりひとりの職人が取り組んでいる。より技術がある人が次の仕事をするので、ダメなら突き返されるという厳しい目がある。「みんな切れ味を求めて作業していますから、サイズを測ったりしてないでしょう」そう、どの職人さんも、自分のする仕事の部分に焦点を合わせ、欲しい形を目指している。だから、同じ製品でも誤差がある。よりよいものを求めて磨きすぎたりするからだという。

 諏訪田製作所のつめ切りは、確かに高い。けれど、これだけの作業と人が積み重なっていると思うと、よくぞこの値段でと思う。もちろん労働の集積が即値段であってはならない。それが有用な商品かどうか、が大切で、そして、つめ切りとして最高の切れ味であり、しかも日々使う道具として出せるぎりぎりの価格でとどめなければいけない。そのあたり、しっかりと見定めてやっていると思う。諏訪田製作所は、そもそも喰切鍛冶という仕事から始まった。矢床(やっとこ)などである。「からくる」という、棒をバッテンにして交点を留めた道具を専門にしていて、人形焼きや鯛焼きの棒の部分も「からくり」道具だ。つめ切りを始めたのは戦後で、でももう50年以上。よりよい形、よりよい切れ味を追究してきた。ずいぶん他社にコピーもされたそうだが、そういったところがどんどん倒産、いまやオンリーワンのニッパータイプのつめ切り製作の会社だ。ドイツのゾーリンゲンも、いまではもう製造をしてはいない。パキスタンや中国に発注している。とある企業は、最高級品の製作を諏訪田製作所に依頼しているという。

「ただし、デザイン指定は受けないという約束でやっているんです」デザイン優先にせず、道具としての本来の役割を忘れてはいけないと小林さんは言葉を強める。小林さんは、イタリア語が堪能で、商談ができるほど。「そうじゃないと、対等に商談できませんからね」35歳のときに三代目を継ぎ、会社を建て直した。今年は社員をイタリア旅行に連れていった。

「従業員が一致団結して、本場のイベリコ豚を食べたいって。でもそれ、スペインですよね」と、笑うが、イタリアへの出張が多い社長をみんなが気にしていた、その証し。プロの添乗員以上に満足のいく旅(おもに食事)を、小林さんはアレンジしたという。素敵な社長だ。

 営業の男性、彼とは実務的なことをメールでやりとりしているのだが、訪問後、素晴らしい会社ですね、とメールしたら、彼は諏訪田製作所の企業としてのありように惚れ込んで入社したと返事があった。そういう社員が他にも多くいるそうだ。裏山には猪が出るという。熊もいるらしい。の辺の沼には、青首の鴨がやってきて(ジビエとしてありがたがられている鴨だ)、地元の人は当たり前に食べているとか。そんな場所にあって、なんという奇跡的な企業だろうか。

 グローカル、という言葉を最近よく聞くけれど、諏訪田製作所はその見本みたいな会社だ。世界に通用する一地域の特性をフル活用している。もちろんここのつめ切りは、奇跡のような切れ味である。

tumekiri