日常雑感     

2017.11.5
 よく日曜日にジョギングする野川にかかっている橋が新しくなるようだ。完成が間近になったところで、工事関係者が橋の桁の色が違うパネルを3枚並べ、通る人たちにどれがいいかを尋ねていた。よく見るとパネルの下には小さな丸いシールがそれぞれに貼ってあり、人気投票になっていた。
 ちょうど親子連れの人たちが通りがかっていたが、年取った工事関係者が子どもに話しかけていた。「私はもう歳だから、あんまりこの橋を通ることはないけど、これからずっと通るんだから、好きなのを選ん方がいいよ」というふうに言っていたみたいだった。
 橋げたは頑丈な鉄でできていて、その製作過程に一般の人は関与できない。しかし、橋桁の色はけっこう目立つから、それを自分たちの好みで決めれるのは嬉しいだろうと思った。誰のアイデアなのか分からないが、こういう工夫はいい。身近には「知らしむべからず、依らしむべし」が横行しているのを感じているので、こんなちょっとしたことでも、考えた人に密かに拍手を送りたくなる。


2017.10.28
 『中外日報』という宗教専門紙に月に1回程度、映画についてのエッセイを書いている。一つの映画はいろいろな観点から論じられるが、宗教文化との関わりを一つの切り口にして書いている。宗教観がさまざまであるように、映画であらわれる宗教の描写も実に多様である。
 制作に関わった人たちが宗教的テーマであることを強く意識したであろうと思われる映画もあるが、そうではないのに宗教的テーマが読み取れてくる映画もある。どこからどこまでが宗教という明確な境界線はないと考えているので、自由に読み取っているが、やはり心に残るかどうかは深さであるように思う。
 かなりの数にのぼったので、いつかお薦めリストのようなものを作ってみたいと考えている。

2017.10.25
 最近、ある会で現代の日本社会におけるイスラームに関わる話をしたとき、かなりの社会経験のある人から、モスクが増えると、テロの危険性が増えるのではないかという質問があり、宗教文化教育の必要性を再認識した。その人は実際にモスクに行ったことはないという。本当にテロ問題を真剣に考えているというのなら、自分の目で確かめるべきであろう。一定以上の年齢に達した人の認識を変えるのは、とても難しいと実感することが多いので、やはり自分を取り巻く状況についての把握において柔軟さが残っている世代に適切な認識をもってもらうことがとても重要になってくる。
 毎日のようにISのニュースを聞かされると、イスラームについてのマイナスのイメージが増すのはよく分かる。だが、自分の身の回りにいる人たちを自分で確かめる努力もせずに、メディアの報道だけでイメージを形成し増幅させ続けている人が、いわゆる「指導的立場」にある人でもけっこういるという現実は、しっかり心得ておかなければならない。
 初詣に行って神前で手を合わせながら、「自分は無宗教です」ということのおかしさにあまり気付かない多くの人にとって、神と向かいあうためにモスクに来るというムスリムの行動はなかなか理解できないのかもしれない。しかし、後者こそ世界的には宗教の本来のあり方とみなされていることに、気づかないといけない。そうすれば、なぜ自分が矛盾とも言える行動をとっているのかを考えるきっかけにもなるだろう。


2017.9.6
 初めてポルトガルに行ったが、かつてこの国がスペインとともに世界を二分して支配しようと考えていたという歴史が思いおこされた。リスボンの港から大西洋を眺めながら、人間の野心とか冒険心とか、残虐さとか、いろんなことを連想した。キリスト教とイスラームが共存したり、激しい攻防を繰り広げたりしたイベリア半島の歴史があちこちで感じられた。宿泊したホテルの近くに大きなモスクがあったのでいってみた。見学も撮影もOKということだったので、中に入った。静かな空間であった。
 おそらく歴史上も今も、たいていの人は異なった文化や言語、あるいは生活習慣を持つl人たちとの共生の道を選べるのだと思う。しかしほんの一握りの人がそれを嫌い、排斥する。それが一握りで済んでいるときと、何かのはずみで周囲に大きな影響を与えてしまうときとがある。その危険性は克服されたものではなく、常に存在するということを今の日本でも強く感じる。
 現代が厄介なのは、そうした排斥を煽るような人物が、国会議員やマスコミ関係者をはじめ至るところにいて、ツイッターなどを用いて悪質なデマさえ簡単に拡散できる時代になったことだ。その危うさを実例を踏まえながらきちんと伝え続けなければならない。これはグローバル化のじだいにもっとも大切なことの一つと思っている。


2017.8.25
 最近、ちょっと足の指が痛んだ。それだけで、ずいぶん歩行がしにくくなるし、動作が思うようにいかなくなる。人間の体がほんとうに緻密な連携を保って毎日動いているのだということを実感する。回復してみると、痛い箇所をかばって歩いていたときと使う筋肉が、いつもとは微妙に異なっていたことが分かる。
 ぐっすり眠れて、食事がおいしく、さっさと歩ける。そういう状態であることがいかに貴重かは、そのどれか一つでも欠けると分かる。これらは身体の問題ではあるが、心や社会関係と密接につながっている。心もほんの少しことで崩れたりするし、一つの助言で立ち直ることもある。
 どうやら人間の知覚はとんでもない並列処理をしているようである。どこかうまくいかない場合があるのは当たり前で、恙なく過ごせた日は、それだけでラッキィなことだと思うことにしている


2017.7.21
 テレビがユーチューブをはじめインターネットで流れた映像をもとに番組を作る例が増えているようだ。手軽な制作方法として広がっているであろう。これはテレビとインターネットの共存というより、テレビ側の撤退に近い現象に思える。
 なぜ自分たちのアドバンテッジをもっと活用しないのであろうか。これまで蓄積してきた放送データと、そこから得られる見通しというものを活かせば、主として個人がアップしているインターネットの動画情報とは別種の楽しさや鋭い切り込みが可能なはずである。
 ネットを検索するだけでなく、自社に保存されている未公開の映像や収集資料を丹念に探せば、報ずべきことは山ほどあると思うのであるが、おそらくジャーナリスト精神が著しく薄れたのであろう。
そう思わざるを得ない昨今のおおかたのテレビ番組である。


2017.6.17
 大統領がフェイクニュースを流すなんてと驚くのは、権力を握った人間がいかなる行動をするかの洞察が不十分なのだろう。権力を志向してなんとか権力を勝ち取った者は、それを守るためにはおそらくなんでもやるにちがいない。その行為が明らかに自分の首を絞めることになると予測されること以外はである。歴史はそうしたことを何度も繰り返してきたのだろう。自分の利になりそうなことを半分に抑え、あと半分を他の多くの人の利に向けるという発想をもった権力者は、きっと周りから名君と呼ばれた筈である。
 最近の政治関連のニュースは、ほとんどの国のものが指導者の残念な姿を語っているが、さりとて、より希望の持てそうな人を選ぶための道はかなり狭い。フランスではマクロン新大統領が大きな支持を集めてきているが、少しでも希望がもてそうな人がいると、そこに多くの支持が集まるということなのかもしれない。潜在的にはやはり多少なりとも信頼できる指導者がいて欲しいという切望が渦巻いていると考えたい。高邁な理想を掲げる必要はない。基本的に世界が平和の方向に向かい、生きていく希望さえ持てないような人が減る方向に向かうようなことを目指す指導者がいるなら、あとの技術的な問題は衆知で解決の道を探るということになろう。
 そんな気持ちをもった政治家が皆無とは思いたくないが、どこにいるのか、とにかく探すのに苦労する。


2017.6.8
 先週大阪国際大学で開かれた「宗教と社会」学会に参加した。研究発表やテーマセッションをいくつか聞いたが、世界のいろんな地域で新しい研究対象を見つけて調査している若い人の発表などは、なかなか参考になった。
ただ、少し気になる発表も見受けられた。自分が見聞きしたものにあまりにとらわれて、類似の研究への目配りや自分の行動言説ををあまり客観視しようとしていない傾向も感じられたからである。
 グローバル化が進行している現代では、発達した交通機関や便利な情報機器の手助けでさまざまな場所で調査ができる。研究対象の選択肢は非常に増えた。それゆえなのかもしれないが、自分自身をみつめるための訓練は以前よりも深まっているとは思えない。時分が他者からどう見られているかは、他者が多様化した現代では考えることが面倒になったのであろうか。


2017.4.22
 新学期はやはり忙しい。しかし今年度で定年になり学部のゼミは最後になるので、今までとは少し違った内容にしている。4年生だけなので人数がいつもの半数くらいになって少人数用のプログラムが可能である。いくつか試みてみるつもりである。いつも1クラス20数名いて、それが2クラスあったので、一人ひとりゆっくり接する機会が乏しかったが、半分以下の規模になると、かなり雰囲気が違う。
 ゼミの適正人数はせいぜい10数人だなとつくづく思う。


2017.3.14
「梅は咲いたか、桜はまだかいな」の季節がめぐってきた。川べりを例の如くジョギングしていたら、一本の桜の木が開花していた。写真を撮っている人もいた。同じように見えても品種が違うかもしれないし、環境の差もあるから、一本だけ早く咲くのもそれなりの理由がある。
 だがこう考えるとちょっと面白くなる。桜にも心と言うものがあって、皆と一緒に咲いては目立たない。ここは少し早く咲いて注目を浴びよう。たとえ散るのが少々早くなっても、それがいい。」
 こうしてこの桜は早く咲くことにしたと説明すると、なんとなく面白いストーリーになる。人の心の動きにたとえると妙にありそうな話に思えてくる。
 想像しているうちは楽しいのだが、こんな話をもっともらしく本にするとトンデモ本になる。だが新聞の広告を見ると、相変わらずトンデモ本は花盛りである。また騙される人が出るのかと思う一方、どれだけ論理的に考えられるかの材料にもなりそうで、どれか使ってみるのもいいかと思わないでもない


2017.2.18
 アメリカでトランプ大統領の入国禁止令に抗議するデモが各地で起こっているというニュースを聞きながら、2月5日にワシントンに行ったのだが、現地はすこぶる平穏であった。聞くとそれまで盛んであったデモがピタッと止んだということであった。ホワイトハウス前の警備も落ち着いていた。いろいろな背景があるのだろう。
 The Newseumという博物館に行ったとき、入館者にトランプの移民政策に賛成か反対かでシールを貼ってもらうコーナーがあった。圧倒的に反対のシールが多かった。ニューヨークの複数の博物館にも行ったが、急遽イスラーム関連の展示をするなど、はっきりとメッセージを掲げる姿勢が二つの都市でうかがえて、アメリカらしいと思った。
 テレビのニュースも局ごとに姿勢をはっきり出している。帰ってきてから日本のテレビの生ぬるさがあらためて感じられた。御用メディアだけが破目を外すほど勢いづいている今のマスメディアは、どう考えてもおかしい。メディア関係者は大正末から昭和初めにかけての、社会とメディアの急展開を少しでいいから振り返ってみるべきである。権力者におもねないという最低限の姿勢を失えば、次に来るのは全体主義というのは、おそらく現代でもあてはまりそうである。
 歴史に学ぶ姿勢を持ちたい人がワシントンで訪ねるべきは、アーリントン墓地よりも、そこからそう遠くないない所にあるホロコースト記念博物館である。

2017.2.3
東横線が渋谷で地下になってから久しいが、慣れるどころか、通るたびに導線の悪さを実感する。何もないところに駅を作るのと違って、さまざまな制約条件があるなかに設計するのだから、簡単ではないと思う。だがそれを差し引いても、渋谷の地下駅の構造は相当にひどい代物である。夥しい数の人が日常的に使う施設は芸術性など二の次でいい。分かりやすさ、便利さを第一にして欲しい。機能的でかつデザインの優れた施設も少なくないわけで、つまるところは設計を依頼する段階で、そうした発想をもった人を候補にしてほしいのだが、これまたどうやって決まるか闇の中である。
 これに限らず、大したことではない場合に、いろいろ会議を開き、公開性云々がやかましく、本当に大事なことは知らぬ間にどっかで決まるという構図は、誰かの悪知恵に違いあるまいと勝手に憶測している。


2017.1.24
 いつも年賀状を送ってくれていた人から今年は来なかった。ずいぶん前に他の大学の大学院で教えていたときの学生さんである。大学院を出てから小説も書いたことがあり、「先生を実名で登場させました」という連絡を受けたことがあった。出版記念会で本も頂戴した。とても頑張り屋さんだった。
 正月が過ぎてから妹さんからはがきが来た。実は昨年亡くなったということであった。無理がたたったようですとあった。教え子の方が先に亡くなるのは、逆縁の類に入るのであろうか。なにか切ない思いになる。いつかは皆死ぬのであるが、一生懸命生きていた人ゆえ、「早すぎる死」という言葉が浮かんでしまう。残念である。


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2016.12.25
 「年年歳歳花相似、歳歳年年人不同」は、7世紀唐代の詩人である劉希夷の代表作「代悲白頭翁」の一節として、広く知られている。確かに毎年咲く花は同じに見えるが、見る側の人間は変わっていく。だが花は毎年似ているのだろうか。毎週ジョギングする川べりには桜の木がたくさんあって、春になると似たようなきれいな景色を用意してくれる。それでも風の強い年に枝が折れるものがある。咲きっぷりに微妙な違いもあったりする。そして、樹木の幹は少しずつ老いる。
 人間とはタイムスパンが異なるものの、やはり「年年歳歳花不同」なのである。また散って咲いてというサイクルで見るなら、人間よりずっと短い一生である。変化をミクロに見るかマクロに見るかで、様相はずいぶんと異なったものになる。
 万事がそうである。とすればどんなレベルで見たらいいのか。それはどうも観察したあとで何をしたいのかによって変わってきそうである。昨今の国内外の政治の中にはお粗末な出来事が多すぎる。憤懣やるかたなしというようなものもあるが、そういうときは、10年くらいのタイムスパンで見てみようと、心に切り替えるのも一つの手かもしれない。


2016.12.24
 今年は予想していた以上に忙しくなった。本を単著、編著合わせて4冊刊行した上に、いろいろな企画に関わったから仕方ないが、ほんとうにあっという間に一年が経ってしまった。1年に4冊も刊行するなんて初めてではないかと思って調べてみたら、2006年に4冊、2011年に5冊出していた。たまたまであろうが、5年ごとの波になっている。しかしそんなことも忘れているのかと、愕然とする。
 こなすべき課題、与えられる課題があること自体は喜ぶべきことであろうが、処理能力の低下は日々実感していることであるので、やはり無茶な計画は避けなければと、心引き締めるこの頃である。


2016.11.9
 アメリカ大統領選挙で、まさかのトランプ勝利である。しかし、このところの国内外の政治状況を見ていると、人間の政治的行動の原則は歴史時代にはいって以来、ほとんど変わりがないのではないかと感じる。進化心理学が提起している仮説はますます妥当に思えてくる。厳しい草原で生きていた時代に環境にどう適応したかは遺伝子に組み込まれ、現代の行動にも強い影響をもたらすという考えである。
リーダー選びは、簡単に言ってしまえば、多くの人は「自分に食べ物や財」をもたらしそうな人をリーダーに選んでいるように思われる。
見かけの手続きが民主主義か全体主義かよりも、そちらが重要な気がする。このことをもっと真剣に考えないと、見込み違いはとんでもない結果をもたらす。過去の歴史がそれを示している。
だから歴史から学ぶ姿勢を分かりやすく語る人が増える必要がある。知識人と呼ばれる人がとかくなおざりにするのは、多くの人が理解できる話をするということではないかといつも思う。
研究者が仲間内で分かる言葉しか使えないというのは、きわめてまずい事態である。


2016.9.24
 この雑感を更新する頻度はのんびりしたものである。むろん毎日いろいろな出来事があり、いろいろな思いが頭をよぎる。しかし、それを直ちにツイッターなどに一々書き込む気には到底なれないし、その時間ももったいない。このサイトもそうであるが、誰が読むのか分からない。ツイッターは自分には向いていないと感じているが、ときたま他の人のつぶやいているのを見ると、人間心理や人間関係がいわば可視化されるような感じがして、それはそれで面白い。ただ危険なのはそこで交わされている情報が、いま必要な情報の主流だと受け取ってしまうことだろう。
 何が必要な情報かは人ごとに異なる。自分を取り巻いている環境を的確に把握するには、デジタル化されていない種々雑多な情報にもアンテナを用意しておくことと思っている。こんなことは実は禅宗が伝えてきた「教外別伝」といった考えなどにすで包含されていると言ってもいいのであるが、デジタル時代は、つい人間の能力が新しい段階に達したかのような錯覚をもたらすから厄介だ。


2016.8.11
 9月には早稲田大学で日本宗教学会の学術大会が開催される。3年前には國學院大學が開催校であった。そのとき私は学会長であり、大会実行委員長でもあったので、「二重苦」の状態であった。大会の折にはポスターやプログラムに使用するロゴを作るのが恒例であった。専門家に頼むと数万円かかるかもしれないと言われ、では私が作りましょうとなった。イラストレーターを使えば大丈夫と思いデザインを考えた。
 2013年度の日本宗教学会の第72回学術大会ということと國學院大學が主催という情報を図案化することにした。日本宗教学会の英文名のアクロニムはJARSである。72回はローマ数字を用いLXXIIとした。2013年と國學院大學はそのまま用いた。できあがったのが下の図案である。当然だが、ほとんどの人が72回の意味を読み取れなかった。それは遊びの部分である。ボランティアでやるのだから、これくらいの遊びはいいだろうと思った。
 問題はできばえだが、私が作ったことを知っている人は低い評価を与えにくいだろう。それで事情を知らない人に尋ねてみたが、まずまずであった。「おしゃれですね」と言ってくれた人もいて、ちょっと胸をなでおろした。早三年も経つのだと少しばかり感慨にふけった。

         
2016.8.4
 歯舞島、色丹島、国後島、択捉島の北方四島を訪問してきた人の話を聞いた。島により生活レベルや日本に対する親近感などもだいぶ違うようだ。現在の政治状況のもとでの今後の展望について解説する政治家の人もいたが、実際どうなるか分からない。領土問題は多くの国が抱えるが、たいてい現実と将来よりも、過去の経緯への議論が圧倒的に多い。どの国にも領土は一片たりとも譲らないという主張をもつ人たちがいるが、その主張を支えている心の働きは同じではないか感じたりする。軍事的、経済的観点などからの主張は分かりやすいのであるが、どうもそれだけではなさそうだ。
 経済的にはほとんど意味のなさそうなわずかな区画の所有権をめぐって隣り合った家同士が激しく争うことがあるが、それに共通するものが感じられるのである。何かを自分の「モノ」と認知するときの心の仕組みというものに行きつきそうである。


2016.7.23
 ドイツのミュンヘンで銃乱射事件があった。商店街で子どもまで狙い撃ちしたという報道である。「ポケモンGO」でスマフォ片手に街をうろうろする若者がいる一方で、こうした凶行をためらわない若者が増えている。いつの時代にもあったであろう、こうした両極端な現象が、今は同時にニュースとして飛び込み、動画としても見ることができる。道具だけは飛躍的に進化しているが、人類の理性の進化はとてもそれに追いついていないということを、否が応でも突きつけられる。
 この乖離は何をもたらすことになるのだろうかと考えると、10年先20年先、そして100年先をも、どちらかというと暗い予測が覆いがちになりそうだ。それでも今までよりベターな方法が見つかるはずだという希望を捨ててしまうと、諦めと悲しさに支配される。それにしてもいつの間にこんなにも知性や智慧が脇に追いやられるようになったのだろう。政治でも経済でも席捲しているのは悪知恵のように見える。学問までそうなったら終わりだから、そこは必死に食い止めなければと思っている。


2016.7.19
 平凡社から刊行されていた『宗教と現代がわかる本』が2016年版で幕を閉じることになった。2007年創刊なので、ちょうど10年分が刊行されたことになる。この本では宗教と映画についての紹介をずっと続けてきた。100ちょっとの映画を紹介してきたことになる。こういう企画でなければ観なかったであろう映画もあるので、大変ではあったが、面白かった。自分なりに一つの問題意識をもって観てきたので、機会があったら、あらためてまとめてみたいななどと考えている。本当にいい映画と言えるものにいくつか出会ったので、それが自分にとっては一番良かった。


2016.6.29
 テレビ番組に面白いと感じるものが少なくなってきたので、テレビの電源をONにしたときは、まず放送大学のチャンネルを見るのが癖になった。テレビを見ること自体が、ある程度決まった時間帯に限られてしまうので、それほど多くの科目を視聴することはできないが、10か20かの番組を見続けるだけでも感じられることがある。それは講師が最近の新しい学問動向を踏まえた内容にしているものと、そうでないものとが割合はっきり分かるようになったことである。 
 21世紀になって、人文系の学問分野にも脳神経科学、認知科学系の研究成果の影響は一層深く、そして幅広く及んできている。それをすでに採り入れていると思われる話と、それに関心がないのだろうなという話とが、はっきり分かれるからではなかろうか。こんな分野にも脳神経に関する知見が応用されているのかというような講義内容もあったりして、そういうときは、まさに目から鱗である。自分の専門以外に目を向けるとそうした違いがよく分かるというのも面白いものだが、どこがどう違うのか、それをもう少し自分で明確にしないと、自分の研究にうまくフィードバックできないのだとも自覚している。何事にあれ、判断の目を養うというのは、一朝一夕にできることではないから、分かってくるのを待つのが自然だが、残された時間を考えると、少し焦る気もなくはない。


2016.6.20
 久しぶりにiPhoneの機種変更をした。店員がいろいろ関係ないことへの加入を勧めるので余計な時間がかかった。さらに関係ないと思われる個人情報収集も始めたのでなぜ必要かと聞いたら、責任者に問い合わせてから、これは必要なかったですと別の簡単な形式のものを提示した。黙っていたら全部聞くつもりだったのであろうか。油断も隙もならない。
 多くのアプリを使っているので、この移行がまた一苦労。かつての携帯電話が簡単に移行できたのに比べて相当面倒になった。よほどアプリを精選して使おうと考えをあらたにした。言うなれば「アプリの断捨離」だ。
 こうした面倒さについては、誰が振り回しているのか、よく分からない。関わっている人たちはそれぞれ便利にするつもりなのかもしれないが、出来上がったものはけっこう面倒な代物になっているというのが現状のような気もする。コンピュータもそうだが、クラウドにすればある程度不便さはしのげるが、リスクを考えるとそれももろ手を挙げて賛成はしかねる。
 コンピュータの外部記憶媒体もフロッピーディスク時代から、HD、CD、DVD、USBメモリ、コンパクトフラッシュ、SDカード等々増える一方で、用途別に使えるのは便利だが、コンピュータ側にすべてのモジュールが備わっているわけではないから、これまた不便なときがある。
 こうした面倒さの度合いがいっそう強まるのか、誰か賢い人がイノベーションを断行してくれるのか。後者に賭けたいが、市場の原理はエゴの追求を許容しているから、楽観視はできない


2016.5.3
 菅野完著『日本会議の研究』(扶桑社新書)は、エネルギーあふれる書である。ウェブ上に連載されていたときから読んでいたが、宗教研究者にとっては見逃せない領域に突き進んでいると感じていた。宗教と政治が交錯するきわどい磁場に果敢に突入していたからである。適切な比喩ではなかろうが、天安門事件のとき、戦車の前に一人立ちはだかった若者を連想してしまった。何かを変えるかもしれない。
 先月20日にパリに本部がある国際NGO「国境なき記者団」が、2016年の「報道の自由度ランキング」を発表した。180カ国中、日本は72位であった。別の団体が調べれば別の順位になったであろうが、これはこれとして一応の参考にすべきであろう。北朝鮮は179位で中国は176位である。シリアが177位はそうかもしれないと感じても、ベトナムが175位は厳しいような気もしないではない。しかし日本ほど自由ではないのは明らかである。北朝鮮が50位くらいで、日本が72位だったりしたら、こんな調査信用できないと言っていいだろうが、おおよそなるほどと思う順位である
 それゆえ根拠が薄いランキングとして、日本の評価が低いことから目をそらすべきではない。2014年が59位、2015年が61位、そして今回が72位とどんどん順位が下がっているのも政権担当者に苛立たしいことだろうが、まじめに報道の自由を考えるなら、昨今のメディアの状況からして、この評価は何かをつきつけている。そう思わない人はたぶん鈍感なのだろう。

 
016.4.17
 大学の教員同士でしばしば交わされる会話が「大学が忙しくなった」「研究や教育のために時間が割けない」という嘆きの内容である。これは国立私立を問わない。もともと周りから怠け者と陰口をたたかれているような人の言葉であるなら、自業自得でしょうと言いたくもなるが、そんな例は少数である。研究が好きで、あるいは教育に情熱をもって大学に籍を置いている人が、痛切に感じている現実なのである。たえず書かされる多くの書類、週に何度となくある会議、会議のための会議、その他日々こなさなければならない事務量は増える一方である。それでいて、研究業績はあげなさい、教育は丁寧にやりなさいと指令があちこちからくる。
 かつての大学が良かったなどというつもりは毛頭ないが、少なくとも高等教育の理念からすると、今の大学のあり方には主客転倒しているようなことが多々あるという印象は拭いがたい。
 大学は少子化によって今後存続があやういものが増えてくると予測されている。それをいいことに(?)、ああしろこうしろと、本末転倒の方針を大学に迫るような人たちがどこかにいるのは確かだ。「私たちはこんなに良い教育をしていますよ」というエビデンス集めに奔走して、作文に時間をかけるよう迫る現在のあり方は、まったくもって高等教育に携わっている人たちの頭脳の活用としては無駄としか思えない。


2016.4.10
 ウルグァイの元大統領ホセ・ムヒカ氏が来日して、テレビ各局がいろいろな報道をしている。ムヒカ氏の言っていることはとてもシンプルで、説得力がある。個人的にも私が学生たちに伝えようとしていることとかなり重なっているところがあり、言いたいことは非常によく分かる。
 印象的だったのは、ムヒカ氏の経歴や現在を伝えるレポーターやテレビ関係者のコメントに的外れが多かったり、きわめて底が浅いということである。ムヒカ氏は人生哲学を確立している。それが読めていないので、ずいぶん変なコメントがある。夫人がムヒカ氏の少し後ろを歩く姿を「大和撫子のように」とナレーションがはいるシーンがあった。情けないという気持ちがしたが、まあそれが今の日本のテレビの平均的レベルなのであろう。
 少しくらい日本の政治家の数人を対比させてもいいと思うが、日本はさほど貧富の差が大きくないで逃げてしまうところなど、委縮したメディアをよく象徴している。日本が国際的にみてあまり悪くない点が数多くあるのは事実としても、ムヒカ氏の指摘を一つの契機として、改善すべきポイントを具体的に指摘しようという姿勢が見えないのだから、鈍感か委縮か、どちらかであろう。

 ただたとえ編集が加わっていても、こうしてテレビで生の声がいくつか伝わったことはとても良かった。また東京外国語大学では講演がなされたということだが、講演を聞いた学生の何%かは同氏の人生哲学を感じたのではないかと想像する。来日の意義は大きかったように思う。

2016.3.15
 3月13日に地下鉄サリン事件の21周年を前に、事件の被害者ら関係者が集会を開いたようだ。その様子を撮影していた某テレビ局のカメラマンが、撮影しながらなんとスマホで漫画を見ている様子がツイッターで流された。報道が万人から監視される時代になっていることを当事者は自覚していないらしい。それにも増して、大事な問題を取材しているという自覚のなさは絶望的でさえある。オウム真理教事件にしろ、大震災にしろ、とにかく何周年というようなときに、一応報道しておけばいいかという姿勢が透けて見えることが多いからである。その出来事から何か教訓を得ることがあるのかという態度はどこに飛んでいったのであろうか。
 マスメディアの劣化は至るところにあらわれているが、希望はあまり見えない。むしろこうやってそれをチェックする個々人の視線の集合が、今後どのように展開していくかがむしろ気になる。


2016.3.14
 世の中に謎は満ち溢れている。生命現象も不思議であるし、物理法則がどこでも成り立つというのも考えてみれば驚異である。しかし多くの人が圧倒的に関心を寄せる代表格は、死にまつわる謎である。昨日生きていた人が今日も生きていられるのはどうしてかというふうにはあまり考えない。また自分は何故生まれたのかという疑問を持つ人もいるが、多くは青年期の悩みのように言われる。生まれる前がどうであったかの疑問は、死んでからどうなるかの疑問ほど切実には問われない。
 一刻一刻、体の細部で起こっていることはすさまじいほど複雑であり、なぜかを考えることさえ斥けるほどである。死も確かに謎ではあるが、たとえば人間のような生命体がその複雑なまとまりをおおよそであっても一定期間維持できるのはどうしてか。死の謎はその謎の中に含まれよう。
 どう死ぬかがどう生きたかである、というような言説もあったりするが、なぜそんなに死に方にこだわるのであろうか。誰かを潔く死なせたいと思った人たちの発案だとすると、非常に分かりやすいのだが、それだけとも思えない。


2016.3.6
 2月下旬にイギリスのケンブリッジ大学に行ったときに、著名な日本宗教研究者であるリチャード・バウリング名誉教授とお会いした。ケンブリッジ大学には31のカレッジがあるとのことであったが、案内されたカレッジの内庭にはきれいな芝生が一面に生えていた。欧米の大学でよく見る景色である。芝生の上で学生たちがフリスビーなどして遊ぶ姿が見られる大学もあったが、このカレッジでは誰も足を踏み入れる様子がない。同行していた一人の教員が「この芝生には入っていけないのですか?」とバウリング教授に質問した。教授は「名誉教授だけは入れる。だから私は入れるが、あなたがたは入れない」と答えた。 
 にこにこしながらの答であったので、本当なのか冗談なのか、にわかには判断できなかった。しかし、あとで別のカレッジの芝生で小さな立札をみつけ文章を読むと、名誉教授以外は入れない旨のことが書いてあった。教授の話は本当だったのだと、我々は思わず顔を見合わせ笑った。もっとも名誉教授であることを誇示せんと芝生を横切る姿は、そのときは目にしなかった。どれだけの名誉教授が実際に芝生を闊歩するものかと、少しだけ興味がわいた。


2016.2.3
 日本に限らず政治家の言動を見ていると、理性のはかなさを強く感じる。別に政治家が理性がないという意味ではなくて、政治自体ががきわめて他の動物との共通性の多い営みではないかと感じるということである。人々に訴えようとするときの演説は、どこの国でもほとんど同じ調子に聞こえる。逆に言うと聴衆もまたそのような煽るような演説をリーダーに求めているということであろう。
研究者でも学術的議論を交わしているときは、比較的冷静で理性的なやりとりも一定程度は可能だが、学内行政となると違う要因がにわかに入り込む。
進化生物学あたりの知見からすると、これはなんら不思議な現象ではなくなるようだ。しかし、人間は皆死ぬと分かっていても、それぞれの死はその人の生きざまに応じた悲しみをもたらすように、人間の闘争心がいつも同じようなあらわれ方をするのが分かっていても、実際の場面に遭遇すると、やはりそのありように応じて、嘆きの度合いや怒りの度合いは相当に異なってくる。

2016.1.1
 昨年は本当に忙しくて、ホームページの更新もままならなかった。ただ国際シンポジウム・フォーラムを2回開催できたし、国際学会で発表もできたし、また神社調査も何度かできたので、忙しい中にも充実感が得られることもあって良かった。体を動かせるうちは動かしたいし、頭が使えるうちは使いたい。まあそんな単純な考えて突っ走ってきたが、大過なかったのは幸運である。
 でも少しずつ後輩にバトンタッチしなければいけないことがけっこうある。自分の都合でなく、相手にとって必要なものを残すにはどうしたらいいか。これはなかなか難しい。あんまり考えすぎても仕方ないので、おおよその見当でやっていくしかない。自分のやってきたこと、蓄積した資料やデータなどを一部でも利用したいと思う人がいるなら、それは嬉しいことである。

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2015.10.17
 コンピュータやスマートフォン、そしてそれらのソフトやアプリは、バージョンアップを重ねている。しかし中にはバージョンダウンと呼びたいような修正がある。いや修悪と言った方がいいかもしれない。使いにくくなったレイアウト、便利な機能の削除は不要な機能の付加とだいたい同時に行われる。開発した人たちは何を思っているのか聞いてみたいという気持ちになることがある。
定期的にバージョンアップしないと仕事をしたことにならないのだろうか。人間は新しいものに飛びつく一方で、慣れ親しんだものにはけっこう保守的になる。車の右ハンドルと左ハンドルを変えるようなことを気軽にやってほしくないと思うことが増えた。


2015.8.20
 道徳を教科にする話が進んでいるが、道徳というものは教える側が実践する、あるいは実践しようとする姿勢がなければおそらく効果はない。オリンピック絡みで次々と出てくる「まずい話」を見ていて、いったいどんな道徳教育ができるだろうかと気になる。
 国立競技場問題では、結局責任はうやむやにすればいいということを、国をはじめ関連した団体が、子どもたちに実践してみせているわけである。エンブレム問題も見苦しい。これでコピペはいけませんという教育はできるのか。
 いい話を集めてそれを教材にすれば、道徳教育は成り立つと思ったら大間違いである。日々のニュースが語っている大人たちの行状こそが、一番の教材である。
 教科になった場合、教師たちは反面教師の例だけは、日々大量に供給されるから、その点では心配はいらないだろう。


2015.7.26
 諦めのいい人と諦めの悪い人という言い方がある。ところが世の中には諦めた方がいいことと諦めてはいけないことがある。諦めのいい人が諦めた方がいいことに直面した場合は、おおむね対処しやすいだろう。逆に諦めの悪い人が諦めてはいけないことに対処するのも困難は少なそうである。
 そうすると、問題は残る二つの組み合わせだ。諦めのいい人が諦めてはいけないことに対処するときと、諦めの悪い人が諦めた方がいいことに対処すべきときである。後者の場合はここではおくとして、今日本社会を覆いつつある「嫌な雰囲気」は諦めた方がいいことには含まれるはずがない。諦めのいい人もそれがときと場合によることを確認する場合である。


2015.7.5
 一か月ほど前、長くお付き合いのあった弁護士の方の告別式があった。困ったときはいつでも相談してくださいという感じの人で、実際相談したこともあったが、すぐ適切に対処してもらった。相手に経済的余裕がないときはほとんど無償でも引き受けるという心もちの人で、懐の深さが感じられた。その人柄をしのび、告別式には本当に大勢の人がやってきていた。六十代半ばであったが、政界、財界関連をはじめ多彩な活動をしていたようで、その早すぎる死に文字通り慟哭している参列者もいた。
 すでに何人かの親しい友人との別れを経験しているが、どうも人の気持ちを思いやり、心配りのできる人が若すぎる死を迎え傾向が強いような気がしないでもない。喫煙や飲酒習慣も関係していると感じるが、それとは別に、他者を思いやることは過度になると気苦労という言葉があるように、ある種の負担が蓄積するのかもしれない。
 その弁護士の人は特定の信仰をもたず、葬儀も無宗教式であった。最近できたばかりの自作のCDの音楽が式場で流された。本人のメッセージを聴きながら最後の別れをしたわけだが、その生き様はあらためて深く心に訴えるものがあった。「惜しい人を亡くした」。心からそう思った。


2015.5.24
  本を読むときは、当然であるが、自分の研究分野に近いものを優先して読んできた。しかし、最近は自分にとって面白いものというものを最優先するようになっている。面白い本はやはり面白い。この場合の面白さは知的な関心を刺激してくれるという意味である。どんな分野の研究であっても、専門分野に関係があることを具体的に見いだせるような気がしてきたからかもしれない。
 これは当たり前のことである。自分という存在、そして周囲の人間どのレベルで考えるかはミクロからマクロまで無数の相があるけれども、それらはすべて関連している。関連性の濃淡があるだけである。ミクロレベルの新しい発見もマクロレベルの新しい発見も、自分が今関わっている研究が通常扱うレベルでの人間の理解につながってくる。
 それは新しい研究だけではない。はるか以前の書物にも、訴えたかった真髄を理解してくれる人を待っているものがあることを感じることがある。しかし言語の壁もあるし、自分が限られた人生の時間の中で接することができるのは、ほんのわずかである。その意味で偏りは大きいだろうが、それでも面白いと感じるものを直感を頼りに探求し続けたい。


2015.5.17
 同じ職場でも気の合う人もいれば、そうでない人もある。なかには不倶戴天のような人と机を並べて人もいることだろう。相性もあれば、互いの状況の差も関係するだろう。さらに言えばそれも流動的である。友がいつのときも友とは限らない。敵がいつも敵とは限らない。自分が変われば相手も変わる。相手が変わったのを感じれば自分の態度もつい振り返らざるを得ない。人間は深く相手の心を読んで対応する潜在的能力を獲得したはずである。
 それなのに国籍をはじめとする、当人が自分の意志で選んだわけでもない属性によって人間を区分し、自分と異なる属性の人たちを攻撃するという人が相変わらず大きな声を上げている。メディアがまた、そういう人たちを重用したりするから話はややこしくなる。大は軍備拡張を唱える人から小はヘイトスピーチを繰り返す人まで、攻撃力盛んな人たちは周囲の人を巻き込むパワーがある。それは人間の長い進化の歴史の中で必要なものであったに違いないのである。
 しかし、きわめて短期間に一部の人間は理性を飛躍的に発達させた。短期間といっても少なくとも二千年、三千年程度にはなるだろうが、攻撃精神を日々養わなければいけなかった時代の長さに比べれば、きわめて短期間という表現になる。それゆえ、理性的判断はその後しだいに広くいきわるようになったとはいえ、ときに古い反応の形態が突然に姿を見せてそれを凌駕する。
 自分たちとは言葉が違う、服装が違う、料理法が違う、生活習慣が違う、拝むものが違う、そうしたことを感じた人々に対して、ひたすら警戒心と攻撃心を蓄えさせようとする言論が、なぜたちまちのうちに影響力をもったりするのか。この現象は食べ過ぎになると分かっていても、目の前にたっぷりと甘いケーキを出されると、際限なく食べてしまう人が出るのに似ているかもしれない。これを克服する一つの方法は、自分たちがそうした弱点を持っているということを自覚することである。猛々しく隣国を攻撃することをなりわいのようにしている人は、どのように言葉を飾ろうと、その心性はアフリカのサバンナで捕食者や敵対部族の脅威の中で生きていたわれわれの先祖のそれと多分同質であり、あるいはそのエネルギーを活用していると言ってもいいだろう。
 常に自分を正当化し、他者を排斥しようとする言説は、小学生でもたやすく作れる。ネット上にはその類の言説が数知れず漂っている。それで一時的にすっきりする人もいるのだろうが、長い目で、そうした行為が人間社会に負の連鎖しかもたらさないことは、歴史を調べればすぐ分かることである。となれば教育の現場にいる人は、とりわけ、その道案内の責任をもっているはずである。


2015.4.26
 新学期が始まって慌ただしい。大学の教員は年々忙しくなっているが、学生に対してあまりに手取り足取りが過ぎるような気がする。もっと自分で試行錯誤するような時間とチャンスを与えたらどうかと思う。講義の選択もそうだ。かつては一度か二度実際に講義を聞いてから選択するのが普通であったが、今では最初の授業の頃は、すでに登録時期は終わりなどという例もある。
 学生が幼稚になったとか、自主性がないとか言う大学関係者がいるのだが、それを助長しているのが自分たちではないかという反省もあまりない。
 私のゼミでは「どんどん失敗しなさい。それから学びなさい」と繰り返し言っている。趣旨をのみこみ、どんどんたくましくなる学生もいる。むろん変わらない学生もいる。学ぼうとする気がなければなにを言っても無駄というのは、昔から言われてきたことだ。今の学生がとくに変わったとも思えない。相性もあるのだ。何割かの学生が何かを学んでくれたら十分なのだ。手取り足取りして、どんなふうにしたいのだろうと、そちらの方が気になる。


2015.3.21
 昨日は大学院の修了式であった。明日は学部の卒業式である。学部のゼミ生は30人近く卒業する。講義を受けた学生に対してもそうではあるが、とくに演習を受けた学生に対しては、私の話を聞いてなにがしかの人生の糧になったことがあるかと気になることがある。自分の経験や思考したことを、何かの参考になるかもしれないと思って話すわけだが、どう受け止められているかはよく分からない。例年、授業評価は悪くはないけれども、果たして彼らの立場にどれほど立てたかは心もとない。
 それでも、式に参列した学生たちが晴れやかな顔をして挨拶してくれたりすると、大学に来たことを後悔はしていないのだろうなと思って、少しほっとする。だから、私のゼミに参加できて良かったと卒業してから言ってくれる学生がいたりすると、それは本当にうれしい。


2015.2.8
 宗教文化教育の教材を作る関係もあって、国内のいくつかのモスクを見学してきた。応対してくれたムスリムの人はどこでも丁寧で、そしてお祈りは真剣であった。
今回の「イスラム国」における人質事件で、日本国内のモスクに嫌がらせ電話がかかったりしているという。きっとそういう人が出るに違いないと予測したが案の定である。相手が抵抗できないと思うと嵩にかかるという心の持ち主である。
こういう類の人が皆無になることは無理だとしたら、その影響をもっとも小さくすることを考えるしかない。学生たちにはこういう人間になってほしくないといつも真剣に語りかけているのだが、少しは効果があると思いたい。


2015.1.18
 パリのシャルリー・エブド社の襲撃事件は、本当に嫌な出来事である。テロには断固反対すべきだが、14億人は下らないと推定されるムスリムたちの神経を逆なでするような諷刺画を、言論の自由、報道の自由の尺度で論じていいのかはなはだ疑問である。日本では諷刺画の内容についての批判もけっこう起こっているから、それなりのバランス感覚が感じられる。もっとも報道の自由、言論の自由を必死で守るべきというほどの気概は、今の日本のマスメディアにはほとんど見られないから、これもまた考えてしかるべき問題のように思う。
 テロ事件以後の一連の経過を見ていると、罵り合い、排除しあうことに快感を覚える人もいるに違いない、という気がどうしても起こる。知性や理性というものの力は実はきわめて脆いものだと感じさせる出来事だが、さりとてそれを大事にする態度を捨て去るわけにはいかない。


2015.1.2
 元旦にジョギングをしたが、それほど寒くもなく、気持ちよく走れた。健康であることのありがたさを感じるひとときである。自分の脚で自分のペースで、周りの景色を楽しみながら走れるということは、何でもないようで、しかし少しの条件が変わるだけでできなくなることである。正月には一年の抱負を述べるなどということをよくやる。大きな目標を立てるのはいいことだろうが、実際には日々生きていくための条件は異なっていく。細かく計画を立てても絶えず修正は迫られるのだから、ゆとりをもっておきたい。
 原稿を書く都合もあって、年末から年始にかけてかなりの映画をDVDで観た。昔観たものでも、新しい発見がある。宗教に関連した映画を見ていると、ほとんどの映画は人の心の弱さをえぐろうとしているような気がしてきた。違いはそれを少しでも克服しようとするときの視野の広さの違いのような気がする。つまらない映画というのは、結局視野が狭いのである。自分と違う人の考えや行動を受け入れる心がない主張が基調講演をなしていると、何も伝わってこない。


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2014.11.30
 多くの人が自分の意見、あるいは研究の成果といったものを、以前に比べてはるかに容易に発信できるようになった。しかし、受信する側からすると、自分に必要な情報をみつけ、それとじっくり取り組むことがとても難しくなった時代である。どうでもいい情報でも、手軽にパソコンやスマートフォンの画面に表示されると、ついつい読んでしまう。書籍も店頭に並ぶのはごく一部である。ベストセラーなどというのは、自分にとってはあまり関心のない事柄に触れたものが大半である。求めている類のものに出会うまでにずいぶんな手続きがかかる。むろん求める書の著者名や書名が分かっている場合はすぐさまみつけられるが、そうでなく、吟味してから読むというような場合、そこに至るまでの道程が面倒になった。
 しかし嘆いてばかりもおれないから、センサーを鋭くするしかない。だから、これこそ読みたかった本というもの、あるいは知りたかった情報だというものを探り当てたときはうれしくなる。そもそもそういうことができない国に住んでいる人も世界には数多くいるのだから、それを思えば、贅沢など言っておれないのだ。


2014.11.23
 『宗教と現代がわかる本』の「映画・DVD」の原稿を執筆する時期になった。映画館に行ったり、DVDを購入あるいは借りたりして、取り上げるべき映画を観ているのだが、いい作品はいろいろと考えさせてくれるので、場合によっては本を読むよりずっと宗教史への理解が進んだりする。とくにドキュメンタリー映画はそういうものが多い。宗教的なテーマのものであっても、ドラマであるとストーリーや俳優の役柄などに関心が行きがちであるが、ドキュメンタリーは対象となる出来事、人物そのものへの関心を湧き立たせてくれる。そして、その解釈には自分が持っている対象への知識、宗教全般への知識というものが大きな比重を占める。最近見た「聖者たちの食卓」もなかなか良かった。つまらなかったというレビューを書いている人もいるが、シク教への知識や関心がなければ、それはつまらなく感じる人もいるかもしれないと思う。しかし宗教のリアルな姿に関心ある人にとっては、きっとすべての光景がとても興味深く感じられるであろう。


2014.11.2
 9月末に国学院大学日本文化研究所主催で国際フォーラムを開いた。「ミュージアムで学ぶ宗教文化」がテーマであったので、大学院と学部のゼミ生にも参加を呼び掛けた。7割くらいの学生が来てくれてうれしかった。さらに質問をした学部生が2人、院生が1人いた。日頃から質疑応答を積極的にするようにゼミでも指導していたが、こうした場できちんと応えてくれて、これもまた大変うれしかった。書かせた感想文も非常にしっかりしたものが多かった。司会だったので壇上から会場をみていたわけだが、4時間半にわたる会議を真剣に聞いていたのがよく分かった。会議の内容も非常によく、発題者の一人のアーモスト大学のモース教授は、会の後の懇親会で、こんなにフランクに話せた会議は初めてであると、大変喜んでもらえた。こうした実質的な議論をした会であると、生まれたネットワークが今後もしっかり継続しそうな感じがする。


2014.9.15
 日本宗教学会会長の3年の任期を無事終えることができ、本当にホッとしている。以前、「宗教と社会」学会の会長も経験した。こちらは2年任期であった。小さいながらもある組織について責任をもつ役を担わされ、実際に組織を運営すると、よく言われる「結局は人である」ということをつくづく実感せざるを得なかった。「宗教と社会」学会の場合は常任委員のチームワークであり、日本宗教学会の場合はいわゆる役員の他、会長が委嘱する各種の委員会の委員の尽力である。
 研究者集団であるとたいていのひとは良心的であり、組織の運営には誠意をもってあたってもらえる。とはいえそうとも限らない人もいるわけで、そういう人はやはり委員に選ぶのは避けた方がいいと私は考えている。どんな人かというと、たとえば会議のときなどには激しく自己主張するが、いざ何かを担当しなければならないときに無責任な人である。また面と向かってはおとなしいが、陰でマイナスの情報、陰口の類を平気で流す人も稀にいる。とりわけ最近ではツイッターでこれをやる人がいるので厄介である。あるいは名誉や権力を得るなど、自分の利益になりそうだったらやるけれども、いわば縁の下の力持ちのようなことにはそっぽを向く人もいなくはない。こうした人を見分けるには、その人の言葉ではなく行動に注意を払えことが肝要である。言葉だけならいくらでも美しい文言を並べることができるというのは、政治の世界を見ればいやと言うほど例がある。政治家の日頃の行動を見分けるのは難しいが、研究者仲間なら、少し注意を払えば、それなりに分かる。その場合、自分の「欲」から離れて観察することがポイントである。実はこれがとても難しい。
 いい経験になったので、伝えておいた方がいいことは、機会があれば伝えるべき人に伝えておきたいと思っている。


2014.8.25
 調査や研究会などで日本各地を旅行すると、本当にさびれた町や村を目の当たりにすることが多い。あと10年経ったら、この町や村の光景はどうなるのだろうか。人々の生活する姿を見続けることができるのだろうかと思ってしまうようなときもある。都会へ都会へと人々が集まるのは避けがたいが、もう少し広い視野から、この日本列島の将来を考えた方がいいのではないかと感じる。
 何より農業政策がとても重要に思えるのであるが、きっと得られる利潤の小ささが、本気で考える人をなかなか生み出さないのだろう。ネット時代の利点を活かして、国土をもう少しイキイキとしていくためのアイデアを互いに練りあえないものだろうか。他国の、あるいは他人の悪口を言い合うことにネットがせっせと利用されるのはいかにもバカバカしい。少しでも多くの若い人がそれに気づいてほしいのだが、他者の悪口を言う快感は相当なもののようである。ドラッグみたいなものかもしれない。まだそれにはまっていない若い人に、その愚かしさと習慣性の怖さをきっちり教える方が、ずっと希望のもてる話だと思うようになっている。

2014.8.10
 高校のときまで台風銀座と言われた九州は鹿児島に住んでいたので、台風の脅威は身をもって体験している。家が飛ばされそうになったときなどは、雨戸を必死におさえながら、家が壊れたらどうしようと一瞬考えたものである。なにせ高校3年で受験を控えた夏だったので、よけい心配になったのである。さいわい、やや傾いただけで倒れなかったが、朝になると、すぐ前の家は崩れ落ちるように倒れていたのが分かった。
 それもあって、中心付近の最大風速が30mとか35mとか聞くと、台風のような気がしなくなっているところがある。だが、暴風雨の到来は思いもかけぬ災害をもたらすものだ。東京は滅多に直撃されないので、自分も少し甘く感じるようになっているところがあるかもしれないが、昨今の雨量などは尋常ではない。日頃から頭のなかできちんとシミレーションしておかなければならない。自然はいつも予想外の攻め方をしてくるものだから、万全ということは難しいのだろうが


2014.7.20
 社会の変化への対応は企業と大学と宗教界でかなり時間差がある。どうしてかに関するわたしなりの見解は『宗務時報』に書いたことがあるが、誰と対応しているかによる違いである。むろん企業が一番早い。宗教に関することでもそうであったりする。数年前、ハラールという言葉を知っている人はほんの一握りであった。しかし最近では多くの企業とくに食品関連ではこれは常識になりつつある。むしろ宗教界が疎かったりする。
 宗教に関する事柄さえ、宗教界より企業の方が早くその変化を察知するというのは皮肉にも思えるが、珍しいことではない。宗教を研究する人間までそれではやはり困ると考える。教員もまた世界で起こっていることへのアンテナを、より感度の良いものにすべく心がけねばと思っている。

2014.6.15
 自分がこの人ならばと信頼した人の決定した方針に従うのは、たとえ結果的にその判断に誤りの部分があったとしても、やむを得ないと受け入れるかもしれない。しかし、自分がまったく支持したくないような政治的リーダーの判断で生じた悪しき結果を受け入れる気にはならない。これは民主主義の負の面と言えばそうかもしれないが、いまいましさは拭いされない。
 戦前の体制翼賛的な報道のあり方は、現代社会においてはあり得ないと思っていたら大間違いである。隣国をあしざまにののしって快感を得たり、利益を得たりしようとする人々はどの国にもいる。それが確実に負のスパイラルの元凶になっているとは思いもしないのだろう。
 どんな卑怯な情報が、それぞれの国から発せられようとも、その卑劣さを乗り越えていく智慧の広がりの方に、情報時代は与していると信じたいのだが・・・。

2014.5.5
 コンピュータに手を触れない日はまずない。ネット上の情報を検索し、それを思考の手掛かりとしない日もまずない。その便利さはよくわかっているが、これを悪用する人も確実に増えているようで、悪用のノウハウは確実に蓄積されているのを感じる。悪魔の攻撃手段とも言える核爆弾が開発されたように、大量破壊兵器のネットバージョンをだれかが考えつきそうで、嫌な予感がしなくもない。
 それというのも、にこにこ笑いながら戦争を語る人が増えたように思うからである。人類はなかなか歴史から学んでいない。それは歴史を自分の都合のいい方にしか解釈しない人が多いからだろう。過去に何が起こったか、すべてを知ることは誰にもできない。
 それでも、できる限り正確に知ろうとする努力をする人がいる一方で、自分の都合いい見方だけを採用することを当然と考える人が多すぎる。確証バイアスということになろうが、変な考えと高度のコンピュータ技術が結びつかないことを願うのみである。


2014.4.6
 神道十三派の研究をしていたとき、それがどのような影響関係にあり、どのように一派として独立していったか、それを図にして、『教派神道の形成』(弘文堂)という本に載せ、『神道事典』(弘文堂)再録した。これが今年の2月に出された宝島社の『日本の新宗教 (別冊宝島2130)』に無断で使われていることを知った。『新宗教事典』を刊行して以来、苦心して集めた資料や分析結果が、無断で勝手に利用されるのは慣れてはいたが、さすがにこれはと思い、出版社に抗議した。宝島社ではこの部分の無断使用の他、剽窃の部分があることを認めて、ホームページで謝罪文を出した。(http://tkj.jp/information/detail?cd=32&div=1)
 これは最近話題の研究者のコピペに通じる問題で、実は数年前に自分が監修者となったある本で、下書きをしたライターがインターネット上のサイトから丸々コピーしたのを発見して、そのライターを変えてもらったことがある。つまり、プロであるはずの人たちが平気でこのようなことをする時代になっていたのである。
 学生たちには繰り返し、こうしたことをしないように言っているが、ただだめだと言っても効果は薄く、なぜいけないかを伝えないと効果はないと感じている。


2014.2.23
 批判ということは、敵とみなしたもののあらさがしをして、攻撃することではない。自らであれ、他者であれ、間違っていると思ったら、その理由や根拠を示しながら、それを克服していく作業である。こうした批判の力と、それを行う上での視野は、政治やジャーナリズムや、そして学問の世界で、はたして広がっているのであろうか。
 昨今の政治的リーダーや巨大組織のリーダーたちのお粗末な「失言」(確信犯?)を耳にするたび、やや悲観的な気持ちになりがちである。若い人たちが右傾化とか保守化というが、日常的に学生たちと接していて、そんな感じはあまりしない。選挙結果などデータの読み違いもあるようだ。人間や社会の多様性は肌で感じて育った世代である。彼らの批判精神が本来の姿で伸びていくようにしなければと思っている。


2014.1.26
 30年以上前に撮影した8ミリフィルムをデジタル化することができた。ロバート・ベラーやピーター・バーガーを招いての国際シンポジウムの折の映像、あるいはハワイやカリフォルニアでの調査、あるいは奄美での調査のときに撮影した映像が、映写機で写したときとそれほど違わないレベルでパソコンで見られるようになって非常に嬉しい。今でこそ誰もがビデオカメラで映像を気軽に撮影するが、当時はそうしたものもなかった。映像カメラでの撮影と編集はけっこ大変であった。
 フィルムは3分間分のカセットになっていた。長い場面は途中で急いで入れ替えなければならなかった。入れ替え中に大事な場面があったりする。残念な思いをしたこともある。撮影したあとは現像に出す。ここまででけっこうお金もかかった。現像したフィルムの編集は、編集機で行うのだが、切ったりつないだりは手作業だから、これまたけっこうな時間がかかった。きれいにやらないと、フィルムが撮影の途中でひっかかったりするかもしれないから、慎重にやった。20分の映像を作るのに、どれだけの時間がかかったのだろうか。
 そうした時代を思うと、今のデジタルカメラの便利さというのは夢のようである。それゆえこの時代の映像はきわめて貴重ということになる。有効に活用したいと思う。また、すでに他界された方々が写っているシーンもあったりして、なつかしさが蘇る。苦労して記録していて良かったという思いと、技術の発達の恩恵を被れたことへの喜びとがある。


2014.1.2
 一時期好転しかけた東アジアの国際関係が、暗雲漂う気配無きにしもあらずである。近隣諸国と角突き合わせて、得をするのは誰だろうかと思うことがある。馬鹿にされたから、馬鹿にして返すというのであれば、子どもの喧嘩と大差ない。子どもの喧嘩は余波が小さいが、政治家たちの喧嘩腰は下手をすれば戦争になる。
 韓国にも中国にも何回か行ったが、心あるひとは、皆互いに仲好く付き合いたいと思っている。でも、きっと睨み合っている状態が好きな人たちがいるのであろう。どの国でも、遠くの国とは仲良くなれるが、隣国とはなかなか仲良くなれないということもあるようだ。
 境界線でいざこざを繰り返したり、面子の問題でののしり合ったり、といったことを止めれば、防衛費を大幅に福祉などに回せるだろうと思うのだが、それが実現しそうにもないのは、人間の性(さが)のような気がする。
 こぶしを振り上げる己の姿が鏡にどう映るかを想像し、それがまさに自分にこぶしを振り上げる相手の姿とそっくりであることに気付けば、愚かしさの本質が分かるはずだが、それはとても難しいことらしい。
 もし、そういうことに多くの人が気付かないがゆえに、現在の人類へと進化したのだとするなら、やがては人類は滅ぶのであろう。しかし、いずれは多くの人がそういうことに気付くように進化するはずだと考えられるなら、救いはあろう。
 ここは後者に賭けるしかないのだが・・・。

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2013.12.22
 大学の研究機関に長くいたので、指導教員という立場になったのは10年少々前からである。非常勤的な立場での講義歴は長いが、演習を担当した経験はそれに比べればずっと短い。演習は学生の成長がよく分かるので、教えているという手ごたえがある。現在は同じ学生を2年間受けもつシステムなので、とりわけそれがよく感じられる。
 柔軟な発想をもちうる時期の人たちとの会話は楽しい。むろん全員が積極的に反応するわけではなく、ほとんど座っているだけの学生も毎年少数はいる。でもおそらく半数以上は、演習で何かを得ようという姿勢になってくると感じている。発言内容にそれが出てくる。しっかりした意見を表明できるようになっていく姿をみることはうれしい。
 思いがけない発想を聞くこともたまにあり、それもまた楽しみである。10年20年後はほとんどの人は、演習の内容を忘れてしまうだろうが、一つでも何かを身につけてくれればと思ってやっている。

2013.11.23
 パソコン歴は30年近い。この間、ハードウェア、ソフトウェアとも進歩がすさまじい。当初は機能が向上していくのが嬉しく、次にどのような飛躍があるのか楽しみにしていたが、最近は不満もかなり増えてきた。というのもユーザー不在と言えるような改変がしばしば行われるからである。とりわけマイクロソフト関連の改変は苛立ちさえ覚える。WINDOWS95への改変は素晴らしかった。だから多くの人が喝采した。しかしWINDOWS7から8への改変は周りでもブーイングが多い。なぜ使いなれたファイル処理のしくみを、とりわけ不満が出されているわけでもないのに、大幅に変えてユーザーを困らせるかである。
 文書作成ソフトのWORDもそうである。いつも使いなれていた機能が新しいバージョンでどこに行ったのか探すということを何回繰り返したことか。とにかく変わることが好きらしいアメリカの会社に世界制覇されてしまったことが遠因だろうが、これから先もこうした状況が続くのかと思うと、新しいバージョンの発売がぜんぜんうれしくなくなってくる。ガリバー型寡占になってしまうと、こういう勝手し放題になりがちである。今の政局も同じであるが、こうした構造はやはり好ましくない。
 特殊なソフトはともかく、文書作成や表計算、あるいはデータベースなどは基本的な機能はほぼ出揃っているわけだから、ユーザーフレンドリーなソフトを長いタイムスパンで提供してくれる会社は出現しないものか。それらしいものもちらほら見えるが、まるで革命待望みたいな気分になる。

2013.10.13
 先月ボストンに行った折に、19世紀にアメリカで興ったキリスト教科学の母教会を見学した。また創始者のメアリー・ベイカー・エディ夫人のお墓を見る機会をも得た。お墓を見に行ったのは、日本に帰国する日の朝であったが、知り合いのアメリカ人研究者が車で案内してくれた。とても広い墓地の一角にあり、エディ夫人のお墓の前にはちょっとした池があった。
 人間がお墓というものを作るようになったのは、それで満たされる何かがあるからだろう。人間以外の動物は自然の循環に任せて、死せるものの記憶のよすがを求めたりはしない。
 エディ夫人の墓を間近で見る機会を得ると、彼女を少しく知ったような錯覚に陥る。彼女の生涯を記した本を読んだときとは違った何かをお墓はたずさえているのかもしれない。そんなものは不要と感じる人と、固執する人とがいて、その違いがまた謎めいて面白い。ピラミッドほどではなくても、立派なお墓を建てたい人と、静かに消えてためらうことのない人との比率がまた微妙なバランスに感じられる。

2013.9.13
 600人以上が参加した日本宗教学会の学術大会が終わった。実行委員の連携がよかったし、アルバイトの学生さんたちも責任をもってやってもらったから、スムースに運営できたと思う。小さいトラブルはあったけれども、てきぱきと処理してもらったし、実行委員長として安心して事を進めることができた。スタッフには感謝の心でいっぱいである。それぞれに皆忙しい仕事を抱えていて、けっして時間的余裕はないのであるが、心を合わせてやってもらった。
 学生さんたちも朝の集合時間にほとんど遅れる人はなく、正直予想以上の熱心さであった。今回は学会長と実行委員長が重なるという異例の事態であったけれども、その疲れを忘れさせてくれる上首尾であった。こういう人たちと一緒に仕事をできて本当に良かった。国学院大学での忘れられない思い出の一つになるだろう。

2013.8.18 
 脳研究の進展はすさまじい。このことが関係するのであろうが、「最新の脳科学が明らかにした・・・・」という類の宣伝文句もまた目につくようになった。けれども最先端の研究に関わっている人の論文や著書を読むと、脳の研究はまだまだ緒についたばかりで、分からないことが山ほどあると指摘されている。だから「これで人間の行動のすべてが分かる」というようなうたい文句の本や何かの宣伝は、まず疑った方がいい。
 脳科学関連の文献を読んでいて、非常に面白いと感じることの一つは、昔からの格言のようなものの根拠を最新の研究が説明しているように見えることがしばしばあることである。たとえば「習うより慣れろ」という格言がある。知覚と運動の関係を調べている研究は、慣れないことは大脳の各部分が協力して学習していくが、ある程度習得すると、それを小脳に任せるようになるらしい。すると一連の作業はきわめて短時間に処理されることになる。
 とはいえ、どの部分がどう協力するのか、そのシステムはなんとも複雑である。
 ある出来事におおざっぱだが瞬間的に反応する仕組みと、それより少し時間がかかるが、学習しながら反応していく仕組みが並行していることなども興味深い。これらは間違いなく人間社会の仕組みを考える上でのヒントになると確信している。むろん宗教現象もである。

2013.7.28
都心で大雨なのに、水がめには雨が少なく水不足が心配。こういった状況がたびたび起こる。ゲリラ豪雨などの際の排水は環状7号線の地下などにある地下調節池などがいざというときの備えにあるようだ。しかし、この水はやがて排水される。これを使って上水道に使えないのかとなどと素人的には疑問がわく。費用対効果その他の理由で検討もされないのだろうが、容赦なく都心に降る雨を有効利用できないのかといつも思う。
電気と違い水はストックできるのだから、太陽電池のように、建物ごとに雨水利用のシステムも簡便なものができないものだろうか。
人糞を肥料にして育てた野菜を食べて育つという経験のある身からすると、こうした循環の現代版はあり得ないのかとつい夢想したくなるのである。

2013.7.7
先週の日曜日、第4回の宗教文化士認定試験が行われた。今回の試験で宗教文化士が累積で確実に百名を超えることになる。この資格試験は通常の検定の類とは異なり、合格した人にはいくつかアフターケアがある。宗教文化についての学びはずっと続けて欲しいし、宗教文化を理解しようという心構えをもった人が、さまざまな分野で活動してくれることを期待するからでもある。
 社会を見ていると、少しずつではあるが、グローバルに経済活動を行う人たちの間に、自国や国外の宗教文化を学ぶことの重要性に気づく人が増えてきていると感じる。マスコミ関係者がもう少し意識を深めてくれればと思うのだが、最近はかえって事態は悪化しているようにさえ感じられる。杞憂であればいいのだが。

2013.6.23
 5月下旬に、久しぶりにかなり重い風邪を引いた。何よりも咳で夜眠れなかったのがきつかった。一週間ぶりにまともに眠れるようになったときは、ホッとした。一病息災というが、ときどき体を壊し、健康のありがたさを再確認するというのも必要なことかもしれない。
 2週間以上、声がしっかり出せなかったので、学生さんには申し訳なかった。でも不思議だったのは、マイクのない部屋で、「声を大きくできないので、聞きにくい人は前の方に座ってください。」と言ったのだが、後の方にいる誰も移動しなかったことだ。聞きづらいのを我慢したのか、意外に聞こえていたのか、そもそも聞こえてなくてもよかったのか、理由は分からない。
 とにかく復活したので、それはどうでも良くなった。

2013.4.21
 致し方のないことだが、つくづく大学は忙しくなったと思う。理由としては、いろいろな規則が増え、それに対応する委員会ができ、そのための会議が増えたというのが一つ。大学生活に適応できない学生に対するケアのようなものが年々増えているのが一つ。講義の評価とか、自己点検とかが課せられ、そのための作業が増えたことが一つ。挙げていくとまだまだある。
 時代の流れに沿ったものもあるが、中には自分で自分の首を絞めているようなこともある。
 これがいい方向に向いているように思えないのは、肝心な教育・研究の時間にしわ寄せが来ているからだ。読みたい本が読めるのは行き帰りの電車の中だけのような日が続くと、さすがに「これでいいのか?」と自問してしまう。「頭の回転が遅くなっている証拠だよ」と言われてしまえば、反論もできそうになく、なんとなく気が重くなりがちではある。

2013.3.20
 地下鉄サリン事件から、今日でちょうど18年だ。テレビは霞が関駅での黙祷の様子を短く流すだけで、もう関心はほとんど失ったかに見える。「事件を風化させない」という被害者の身内の人の言葉を流すが、さしたる問題意識も感じられない。
 といって、宗教研究者などもマスメディアを批判できるような立場にはない。これから何をすべきか、明確な指針を伝えうる人は少ない。
 ゼミなどを担当していて、当然のことながら最近の学生たちには事件のリアリティが欠如しているのを肌で感じている。だから、もし今後もこの事件を取り上げようとするのなら、どのようなことをやっていかなければならないかは、熟考を重ねなければならない。
 そうした思いもあって、『宗教と現代がわかる本 2013』(平凡社)では、この問題に深い関心をもつ4人で座談会をやった。「『オウム真理教事件』を大学生にどう伝えるか」というテーマである。むろん、明確な結論は出ない。だが、宗教研究者の誰もがこの問題から撤退するようなことになってしまったら、とてもまずい状況だと感じる。
 何が忘れてはいけないことなのか。それを問い、議論し、社会に発信するという作業は絶やさないための手立てを考慮中である。

2013.2.25
 「イー・ウーマンイブザイヤー2012」の議長部門での受賞者の一人に選ばれたので、先週土曜日に表参道にある本社での授賞式と祝賀パーティに行ってきた。短いスピーチをしたが、他の部門の受賞者の一人のスピーチで、けっこう印象に残るものがあった。宇宙飛行士になるべく訓練を重ねてきた男性の友人をもつ女性が、自分の考え方が変わった体験をめぐるちょとした話である。おおよその内容としか再現できないが、こんな話であった。
 飛行士としての最終関門であるヒューストンに向かった彼から電話があった。もし最終試験に受かったら宇宙に飛び立つ。万が一かもしれないが、命を失うことがあるかもしれない。でも、そうなっても、今のお前の明るい笑い声をこれからもなくすことがないと約束してくれという頼みであった。彼女はそうすると答えた。
 結局彼は最終試験に受からず、日本に戻ってきたというオチではあるが、何か心を打つ話であり、軽く眼がしらを押さえる人も見かけた。神学や教学の砦に固く守られた死後の世界についての教説とは異なる死生観と言ってもいいだろう。こんな気持ちで人生を送っている人に、どのような宗教的教説が必要になるのだろうか?

2013.1.20
 一日が早く過ぎる。一週間も早い。一か月もあっという間。だから一年も早い。正月を迎えたと思ったら、もう一月も下旬に向かっている。仕事が多くなったのは確かだが、脳の処理能力が落ちているのも間違いない。だから余計に時が経つのが早く感じられるのだろう。
 コンピュータのWindows7とXPを両方使っているが、XPの速度がやたらと遅くなった。皆そう言っているので、何か意図的なものを感じずにはおれないのだが、本当のところは分からない。
 その遅くなったXPが自分の脳の処理能力の劣化とついダブってしまう。能力に見合った演算を課すのが適切な対処法であるとは思っているので、いろいろ努めているが、自分の計画を超えて襲いかかってくるものもある。そういうときは、いわば天命として受け止めておくしかないようだ。
 一週間前に予報を裏切って突然関東地方に降った雪はいまだあちこちに残っている。青い空と白い雪とのコントラストは何度見ても不思議な魅力をもって心にはいってくる。それを眺めていると、しばし時は止まってくれる。
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2012.12.24
 職業柄、研究会、シンポジウムの類に出席して話を聞く機会は数多くある。15分聞いていただけで、それ以上じっと聞いているのが辛くなるような話もあれば、2時間ぶっとおしで聞いても、充実感で疲れが感じられないような話もある。たまたまであるが、ここ二、三日でその両者を体験したので、その差はなんだとあらためて考えたくなった。
 むろん、話術とか、テーマが練れたものかなどという要素も大きいが、どれほど強くそれを伝えたいと思っているかはとても大事である。しかし、それだけではダメである。どうすれば相手に伝えられるかを考えているかどうかである。
 技術を磨けばある程度は聞きやすい話にできるが、その人の奥深くから出てくる何かは、そう簡単に磨けるものでもない。話している人は、話そのものがもっている情報だけでなく、もっと違うものも伝えてもいる。いいセンサーをもっている聴き手は、自分でも意識せずそれを働かせているのであろうと思う。大学での講義とかゼミとかは、そうしたセンサーをたがいに磨く場でもあるが、どれほどの教員、学生がそのことを自覚しているだろうか。
 ともあれ、自分は、そうしたセンサーを磨きうる場を20代半ばから与えてもらっていたわけで、十分活かし得たかは別として、それはとても貴重なことであったと、近頃ひしひし感じる。

2012.12.16
 去る12月1日に東京大学で少林寺拳法部設立50周年のお祝いがあった。現状の説明などもなされたが、ある時期から拳法部にも女子部員がはいるようになり、今は10人ほどいるらしい。そうしたことを聞きながら、自分が主将をやっていたときのことを思い出した。一人の女子学生から部員になりたいという申し出があると聞いた。どうするか、決断は私にゆだねられたわけだが、結局そのときは断ることにした。
 それはさまざまな事情を考慮した結果であった。着替えはどうするか、合宿のときの部屋はどうするか、指導方法を男子部員とまったく同じでいいか。いろいろ考えて、現状では無理と判断した。実際その前の年の合宿でちょっとした事件があったことを先輩から聞かされていたので、それもいささか関係していた。
 こういう問題も、時代状況と、そのときの構成員と、そして判断する人間といった、いくつかの要因で決まっていく。今の女子部員の多さは、時代の変化もあり、経験の蓄積もあり、それなりのノウハウも蓄積されたのであろうとひそかに思った。智慧が蓄積されたような例をみるときはうれしいものである。

2012.9.27
 オンラインでアクセスできる「青空文庫」は大変ありがたい。著作権の切れたものが対象だが、まだ読んでない本が山とあるので、このように数多くの書籍を手軽に読めるような仕組みを作ってもらったことには感謝の限りだ。多くの人がボランティアで関わっているからこそ可能になることで、そういう人たちがいるということに文明の底力を見出すべきだと思っている。
 余力があれば、こうした文庫、あるいは点字書籍などの入力作業を手伝いたいとも思うが、当分は無理そうだ。しかし、こうしてできあがったオンラインの貴重な情報の宝箱について、学生たちに利用方法を教えるのも、今の自分ができるひとつの応援かなと、自己納得させている。


2012.8.16
 東アジアの国々とはこれだけ経済や文化の交流が進み、一世代前とは隔世の感があるのだが、領土問題となると、あっという間に旧態以前という雰囲気になる。これは縄張り争いという人間集団の有史以前からの習性に訴えるところがあるに違いない。カッとなる人が減ったように見えるところに、理性が若干影響力を増したようにも感じるが、こうした例を見ていると進化心理学の立場につい共感したくなる。
 100万年かかってできあがった脳の反応のパターンが、まだ数千年しかない文明時代に形成された脳の反応パターンに無意識のうちに食い込んでくるといった見方は、残念ながら領土問題にはぴったり当てはまる。恐いのは政治家の中に、まさにそのパターンの典型の人がけっこういることである。さらに言えば、あるときある理由で作られた境界線を守るのが政治の役割になっている限り、これは繰り返されるのであろう。
 太古の習性が現代的暴発へといたらないためには、この仕組みを心得た上で、お互いのつながりを深めるためのささやかな試みを続けていくしかないということになりそうだが・・・。

2012.7.30
 夏に調査をすることが多かったせいか、夏になると、なんとなくどこかに行きたくなる。国外でも国内でもいつもと違った世界、違った暮らしに接して、つい偏りがちな自分のものの見方を是正したいという気持ちになるのである。世界の情報が居ながらにして得られるのは嬉しいが、五感で把握する世界はやはり他者のフレームを通して得られる情報とは大きく異なる。関心を抱いたものを自分で確かめる機会が少なくなりつつあるのが残念なので、これからはなんとか挽回したい。今年は久しぶりの北京訪問の機会もあるから、この10年余の変化を少しでも肌で感じられればと思っている。


2012.7.21
 e-learningが少しずつ広がっているようである。遠隔地の人や忙しい人には便利なシステムだと思う。しかし、大学の授業をこれに替えたいとは思わない。同じようなテーマで毎年しゃべってはいるが、やはり少しずつ内容は変わる。それよりも、同じ年の同じテーマの講義でも、クラスごと、あるいは大学ごとに内容が変わってしまうことの意味が大事だと思っている。
 というのは、同じ科目名でも、8〜9割は共通の内容になるが、1〜2割ほどはクラスの雰囲気で変わるからである。その意味で「ライブ」なのだと思っている。自分が話していることに興味を抱いて聞いている学生さんが何割ほどなのかは、なんとなくわかってくるものだ。寝ている人は見ればすぐ分かるが、顔を向けていても、目の反応というのは各人違う。うつろに近いような目から、共感にしろ反発にしろ敏感に反応している目までいろいろである。
 敏感に反応している人が仮に100人中の数人程度であると、予定通りの内容になりがちである。これが2〜3割を超えているのが感じられると、アドリブで加わる内容が出てくる。過半数が反応しているなと感じられると、自分でも思わぬことを話したりする。「これも語ってしまおう」という気持ちになるのである。そしてそいういう話には、聞く側もまた特別の反応をすることが多い。「エピソード記憶」のようなものができるのかもしれない。こういうことはe-learningでは生じない。
 その年の授業がどんな流れになったかは、試験の答案にも反映される。それゆえ学生の答案を採点しているようで、自分の授業の仕方を採点しているような気持ちになってくる。ここが言いたかったということに対し、自分なりの考えを展開させた答案が多いクラスがあった年は、そういう出会いの場であったことを感じ、少し嬉しくなる。

2012.6.7
 オウム真理教の元信者で逃亡していた菊地直子が逮捕され、その報道が連日流されている。でも何か違和感がある。何に焦点を当てているのか分からないものが多い。枝葉末節の事柄に焦点を当て、事件についてたいした下調べをしたとも思えないレポーターがしたり顔で話すという、1995年の事件当時とほとんど変わらない構図があちこちで展開されている。
いちいち評する気も起らない。
 冤罪があったときは、マスコミは大きく報じるが、自分たちの誤報や視点のずれには、滅多に反省はない。
17年前と変わったのは、ネット上での意見の勢いのすごさである。でも総じて無責任も半端ではない。
必要な情報の見分け方は、ますます難しくなってきていて、総合的判断というのが、どんな関数として表現すればいいのか、まずそこから悩みが尽きない。

2012.5.12
 ときどき講義の感想とか、質問とかを聴講している学生さんたちに書いてもらうのだが、今年は宗教に関して少し突っ込んだ意見をもっている人が多いような印象をもっている。かなり辛辣な意見もある。宗教に関する基礎知識は乏しくなる傾向もあるが、他方で宗教的な事柄について、既成の考えにとらわれない見方をするようになっているような気配を感じる。情報時代がもたらす影響がいよいよ顕在化してきたのかもしれないとも推測する。どちらに向かっていくのか、とても気になることがあるが、偏狭な他者を受け入れないような考えが増えているとは思わないので、政治家たちの議論を聞くよりは、はるかに安心感がある。

2012.4.30
 南カリフォルニア大学での国際会議がロスアンゼルスであった。ロスは1981年の日系人の宗教調査以来。ずいぶん久しぶりなのでいろいろ見たかったが、時間の制約でホテル周辺の宗教施設と郊外のメガチャーチを3つ見学するにとどまった。しかし興味深かったのは、非常に壮麗な教会が身売りに出されている一方、着々と信者を増やしている教会もあることで、その要因をいろいろ同行者たちと語り合った。
 ホテルの部屋のテレビで日曜日の朝5時台の番組を見てみたら、3つのチャンネルでキリスト教の宣教をやっていた。それぞれに工夫をこらしていてなかなか面白かった。

2012.3.17
 今週久しぶりに京都の伏見稲荷に行った。以前行ったときに比べ、明らかに参拝者が多い。スカーフをかぶった若い外国人の女性が数人いた。たぶんムスリムだろう。見ていると、手水舎の水を柄杓から飲んでいた。説明しようかと思ったが、まあいいかと見過ごした。山の途中では少し迷ったらしい外国人からは道を聞かれた。
日本人が外国で宗教施設を行くのと同じように、こうして神社仏閣に参拝する外国人が増えている。ふつうの人の参拝風景に相互になじむのが一番の宗教理解になるかもしれないと思った。

2012.1.30
 仲間の研究者にも、ツイッターで積極的に発言している人がかなりいる。自分はこれは性に合わないなと感じたので、参入していない。誰に向けているのか、次から次へと頭に浮かんだことを片っぱしから書きこんでいるかにみえる人には、研究や教育とのバランスをどうとっているのか聞いてみたくなることがある。
 普通の場合、今の大学教員は実に忙しい。学生に対する対応は以前と比べてはるかに細やかさが要求される。会議は増えこそすれ、減ることなど滅多にない。研究成果はきちんと公開することが求められる。入試関係の業務はほとんど一年間漂ってくる。
 もし、そういう環境の中でも絶えずこまめに入力を続けられているなら、その人のエネルギーがうらやましい。そんな環境にないなら、うらやむ必要はない。
 読みたい本が山ほどあるから、ツイッターに打ち込む時間があれば、1頁でも本を読みたいと思う。おそらくこれからもツイッターに書き込むとはないだろうなと感じる。もっとも、こうした発信が有効な職業ないし立場の人がいるから、有意義な発信だけはおさえるようと努めているつもり。

2012.1.22
 今日も雨の予報であったが、降らないようにと昨日念じていた。今日は日曜日で、貴重なジョギングの日だからである。念じたせいではないが、午前中、曇り空だったので、走ることができた。
 二十四節気では大寒にあたるから、寒さがピークになってもおかしくない時期である。小川の両側にある木々も葉っぱがなく、寒そうなたたずまいだ。しかし、なぜかその木々から、もうすぐやってくる春に備えた力強さのようなものを感じた。
 認知科学風に理解すれば、これは何年も体験している小川の両岸での光景が記憶に刻まれ、冬の光景に続く春の光景が自然に想起されているということだろう。
 それはそうとしても、それが感じられることの幸運というものにも心が向く。ほぼ7キロのジョギングコースを楽しめる健康が保てているという幸運である。小川の両側の木々の光景がさして変わることもなく存続できている、つまり災害もなければ爆撃もなかったというような幸運である。
 してみると、枯れ木から感じられるエネルギーは、主観的なものだが、でもある程度は客観的なものにもなりそうだ。

2012.1.4
 なんということもなく年が明けたが、そういう時の過ぎ方が一番いいような気がしている。思わぬ衝撃的な出来事に心ふさいだ日々もあったことを思いおこせば、なんでもないかのように過ぎていく時間というのは、実は貴重である。
忙しさや厳しさは、生きている以上、避けがたい。だが、心が張り裂けるような突然の出来事は、できれば起こってほしくない。
 手を合わせて祈ったからといって、そうしたことが避けられるわけでもない。
 しかし、それ以外にまたどのような方法があるかと言われれば、にわかには思いつかない。
「宗教と現代がわかる本」に最近の映画・DVDを紹介して、今回で5回目になる。毎回10本あまりの宗教関連の作品を紹介しているが、今回見たDVDで印象に残ったのは「ヤコブへの手紙」である。
 深い悩みとそれを抑えるかのようなたたずまいに、宗教の一つの結晶を見るような気がした。


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2011.12.18
 先月、アイフォンを購入し、どのようなアプリがあるのかチェックしている。いくつか面白い発見がある。共同して進めてきた研究成果などをアプリにすることも計画しているが、教育法にも大きな影響を与えそうな気がする。
社会の動きが早いのか、自分の反応が遅くなったのか、両方だろうが、変化への対応には眩暈がしそうになることがある。
 しかし、それを楽しむ気持ちを失わずにいたいと思う。

2011.10.23
 ウィキペデイアに代表されるようなフリーのネット辞書が増加している。辞典・事典というものがもっていた信頼性が今後どうなるのだろうかと考えさせられることが多くなった。すごく便利なこともあるが、9割正しくて1割間違っているというような厄介なものも少なくない。
 書籍のデジタル化自体はどんどん進むであろうが、誰が書いたかわからない、そしておそらく著作権無視で書かれたウェブ上の辞書類は、どういう運命をたどるのであろうか。
 2005年に『現代宗教事典』を刊行した直後に、ネット上の事典との差異がどこにあるか強く意識した。そのとき、若手の研究者と、ネット事典の将来をめぐる議論をしたのだが、事態はその後急速に展開している。
長年研究して正確を期した事典の内容がところどころ改変(?)されてネット事典に断片的に利用されていたりするのをみると、なんとも言い難い気持ちになることがある。
 似たようなことは活字媒体でも存在したが、ネットの場合、その度合いは半端ではない。それは研究者でない人が参画することも一因で、研究者同士のルールはまったく無視されることがある。
 やがて淘汰がなされるものならいいが、たぶん「悪貨は良貨を駆逐する」というふうに広がりそうな気がする。


2011.10.9
 Steve Jobsの死は、遠くないとは予測されていたものの、やはり大きな衝撃をもって受け止められた。彼の個人史にそれほど関心をもっていたわけではないが、死去した直後からいろいろな情報がネット上に掲載された。英文のも大量に読めるから、雑誌の特集を待つまでもなく、彼の人生について何が語られているのか、おおよそのところがほぼリアルタイムで知れる。
 こういうときに、ネット時代は情報環境を大きく変えたのだとあらためて実感する。
強烈な人生だったと言わざるを得ないが、しかし、他方にはのんびりと人生を送る人もいる。ネット時代は驚くほど多様な人生があることを知れる時代でもある。自分はどれに近くなるのか。参考にするものが増えた時代と思えばいいのだろう。


2011.9.9
 「自分が考えていることを、その場で決められた時間の中で他の人とシェアしないのは、プロとして犯罪に近い」
これはある世界的に活躍するデザイナーの講演での発言らしい。
 犯罪呼ばわりはともかく、正論なのではと思う。
 少し言いすぎの傾向がある自分としては、思い切ったこの発言には拍手を送りたいところ。
 会議では黙っていて、あとの飲み会で愚痴をこぼす、ツイッターでうさを晴らす。そういう人が日本は多い。それは摩擦を避ける賢明な方法かもしれない。暴発を避ける仕組みなのかもしれない。
 しかし、いつも黙っていて、いつも陰で愚痴を言うというのは、やはり情けないし、それで外国の人とうまくつきあっていけるとは思わない。
 でも、きっとそうそう変わらないな。

2011.8.27
 節電に振り回されたかっこうの夏であった。二週間にわたり研究室の冷房が止められ、部屋は蒸し風呂状態。幸いもう一つ仕事のできる部屋があったので助かったが、ガラスが多い建物の弱みをつくづく感じさせられた。
この太陽熱をうまく利用する仕組みがないわけはない。いろんな知恵を出しあえばいいのに、誰かがどこかでそうした試みをつぶそうとしているような気配も感じる。
 地球上の生命は、つまるところすべて太陽エネルギーによって生きている。日々到来するエネルギーを直接利用するのがもっとも効率よく、自然である。そういう姿に近づけようとするのが叡智ではないのか。

2011.7.24
 最近Googleがなんとなく使いにくい。いろいろ機能が増えて、便利になったし、地図などは重宝することが多い。しかし、ストリートビューなどはどうかと思うし、何か裏にあるのではないかと勘繰りたくなる機能が増えた気がする。あらゆる情報をユーザーから集めて何をたくらんでいるのだろうという疑いである。
 ここまでシステムが大きくなると、いろいろな類の人々が虎視眈々と狙うことになるだろうとは想像がつく。気がついたら、そういうことだったのか、とならなければいいという心配が、杞憂であることを願いたい。

2011.7.17
 大学院生時代にヨーロッパ一人旅を経験して以来、ヨーロッパの鉄道旅行はお気に入りの一つになった。6人が座れるコンパートメントを一人で占め、鉄道沿いに流れる川を眺めていたりすると、なんとなくと心がなごむ。
ライプチヒ大学に招待されたのを機に、ふとプラハまでの一日旅行を思い立った。チェコはまだ足を踏みいれたことがなかったので、多少強行スケジュールではあったが、日帰りの列車の旅を組んだ。
 ドレスデンで乗り換え、それから2時間10分でプラハ。地図がなかったので、勘をたよりに市内を歩いた。ところどころに大きな教会があったが、ほとんど観光施設化していた。聞けば、チェコは無神論がかなり多いとか。
 帰りの列車に乗ろうとしたが、到着ホームの掲示がなかなかでない。15分くらい前になって、ようやく数字が出た。掲示板を見詰めていた人たちがぞろぞろホームに向かった。プラハ駅の分だけ、チケットにホームの番号が書いてなかった理由がここで分かった。

2011.6.4
 まったくもって時間的余裕のない毎日が続いている。つい心も余裕がなくなりがちだが、このところ行き帰りの電車の中などで聴く落語が心をほぐしてくれる。面白い話にはつい口元がゆるんでしまって、要注意である。漫才ブームだが、消耗品の感じがする漫才に比べ、落語は名作の耐久力が違う。これは昔から思っていたことで、高校時代、国語の宿題の作文で「漫才より落語が好きだ」という内容の文を書いたら、先生が面白いといって教室で読み上げたことを思い出した。人間の感性は歳を重ねてもそう変わるものではないということか。


2011.5.1
 震災の影響で、首都圏の大学の講義もかなり不規則になっている。通常とおりもあれば、2週間遅れ、連休明けに実施という大学もある。授業時間を30分早めた大学もある。補講の曜日を独自に決めたところもある。これで困るのは非常勤の教員である。それぞれの大学は自分の大学のことしか考慮せずに予定を変えるから、非常勤の教員は、変則的な時間割りや補講の要請に、やりくりを迫られる。
 こういうことを、それぞれの大学で誰がどうやって決めるのか知りたいものである


2011.4.24
なんとも頼りない内閣と、次の選挙での議席回復しか念頭になさそうな政治家を眺めていると、いっそ次の選挙では、これまで議員であった人は立候補できないようにしたらどうだ、という妄想さえ湧いてくる。
でも気づくべきなのだ。もう政治家や官僚などがビジョンをもって国を動かしていける時代は終わったのだと。社会は複雑になりすぎた。誰かの頭ですべてを整然と把握などできない。
日頃からあるパーツで誠意をもってやっている人たちを信用して、その力をつないでいくやり方をもっと洗練させるべきなのだ。
何事であれ現場で苦労して、諸問題と取り組んでいる人たちが相談すれば、無茶な結論や馬鹿馬鹿しい方法や、人を人とも思わないような議論は生まれないはずである。
それにしてもテレビの常連コメンテータの質の悪さはなんとかならないであろうか。科学的な問題を議論するときくらいは、芸能スキャンダルのときとは異なったメンバーにしてほしいと思うのだが、それすらできないテレビ局が政治家を批判する構図は、「五十歩百歩」の典型例である。

2011.3.20
今日は国学院大学の卒業式である。16年前の卒業式の日に起こったのが地下鉄サリン事件。
今年は東北関東大震災の影響で式典は中止になり、卒業証書の授与だけになる。かわいそうな気がするが、被災地の報道に連日接していると、一応日常に近い生活を送っていられるだけでも幸せと言わざるをえない。
しかし、こうしたときに頼りになるはずのマスメディアがいかに脆弱な足腰か、日頃から十分推測されていたことだが、あらためて実感した。
緊急事態のときの解説者、コメンテータもまた玉石混淆である。玉と石をどうやって見分けたらいいのだろう。私は話の具体性を一つの基準にしている。数値や状況、地理的関係など、諸条件について具体的に示しながら、それに応じた分かりやすい解説を付している人をひとまず信頼する。
そうした人がごく少数であることに気づく。中には、こうした状況を「利用して」、日頃の自説の「宣伝」に使おうとする人がいる。
いわんや天罰発言など論外である。
そんななか、日頃の子どもたちに対する適切な訓練が実を結んだ話など、少し救われる。正確な知識と決断力・実行力という、古くから言われている大事なことが、ここでもあてはまる。
どんなに備えても、それを上回るのが、自然の怖さである。
教訓を伝え、学び、少しでもリスクを減らす努力をするしかないのである。
何かがすべてを解決するという発言は、まずもって疑った方がいい。

2011.2.27
 小学校の頃、近くの川内川の河原で大相撲の巡業があった。明日は地元出身の力士の取り組みがあるというので、勝つだろうかとドキドキしていた。その様子をみて父親が「地元の力士は勝つことにきまっているんだ」と言い聞かせるように説明した。
半信半疑であった。翌日見に行くと、地元の力士は皆勝った。とくに人気のあった幕内力士は土俵際まで追い詰められながら、見事うっちゃりで勝った。
力士の名前は鶴ケ峯。得意技の一つがうっちゃりであった。
筋書きがあるのだとは、小学生でものみこめた。
だから、昨今の八百長問題は何をいまさらという気が強いが、しかし、本場所なら節度は守ってくれとは言いたくなる。
とはいうものの、研究者の世界で八百長的なものがないかというと、かなり怪しい。
明らかにつまらない学会発表に、「素晴らしい発表を聞かせてもらって」などという枕詞を添えるのは、仁義なのか、八百長なのか。
長々とあきらかにお世辞と分かる言葉を並べる時間があったら、さっさと肝心な質問をしたらどうだと思う私のような人間にとっては、八百長くさく思えるのだが、日本社会ではそれは社交儀礼の範疇なのだろう。
論理があちこちで不整合な発表を批判して、その人の評価がさがったらいけない、就職の妨げになったら悪いなというふうに思ったら、思いやりの八百長相撲と、どれほどの違いがあるのかなと考えたりする。
ずるさと思いやりの境界は曖昧で、分けようとしてもそうきれいな線が引けるわけではあるまいと思う。

2011.2.6
日曜日には近くの野川をジョギングする。以前は水もあまりきれいでなく、雨が長く降らないと水無川みたいになることがあったが、このごろは水はすごくきれいで、いつも適度に流れている。きれいな川は、心をなごませてくれる。
鹿児島で生まれ、高校まで鹿児島で育ったが、小学校の1年の夏から2年の夏まで1年間東京に住んでいたことがある。そのとき、多摩川で水泳をした記憶がある。どのあたりかは覚えていないが、住んでいたのが武蔵境だったから、今の調布あたりだったのだろう。
高度成長期には、日本全国で多くの川が汚された。とりわけ工場廃水はひどかった。さんざん悪影響が出てから、行政が関与することになったが、同じパターンを繰り返さないようにしなければならない。その智慧を育てなければならない。
もうしばらくすると、野川には桜が咲き誇る。その準備をしつつ寒さに耐えている木も、同じような思いで川をみつめているような、そんな錯覚に一瞬襲われた

2011.1.19
ある宗教の熱心な信者だが、約束をあまり守らない人と、宗教は信じていないが、約束をきちんと守る人のどちらを信用するか。個人的には後者である。日本社会では多くの人がそうであろうと思う。
 なぜわざわざこんなつまらない比較をするかと言えば、自分の宗教に関わることだと熱心に考え行動するが、一般社会とのつながりはそうでもないという人が、けっして少なくないからである。つまり一種のダブルスタンダードが無意識のうちに作用しているのである。
 信仰仲間との関係は大事にするが、一般社会の人への配慮はぐんと弱まるということだと、電車で丁寧な言葉だが、しかし、でかい声で携帯電話を使っている人と大差なくなる。直接的利害関係をもつ相手への配慮はしているのかもしれないが、そうでない人には無思慮だから、そういう行動ができるのである。
 ダブルスタンダードが顕著な信仰者は、身の周りには多くはない。でも皆無ではない。信仰者にはちと点が辛くなるが、これも一種のダブルスタンダードになるのだろうか???



2011.1.9
 「宗教と現代がわかる本」(平凡社)で、毎回「映画・DVD」の項目を担当している。年末にも何本か映画とDVDを観たが、いい俳優によるいい内容の映画というのは少ないものだと感じる。
仰々しい宣伝がなされる映画はえてしてつまらないものと、昔から言われているが、それは今も同じだ。だから思わぬ佳作に出会ったときはうれしい。
  ドキュメンタリーは、ドラマでは描けないは迫力というものをもっているが、今回は「精神」や「NAKBA」から、それを感じた。

2010.12.23
office2003に慣れていたので、2007に変えないでいたが、周りが2007が多くなって、ワードのファイルもdocxで来ることが多くなったので、ついにofficeを全面的に入れ替えた。ワードは別のソフトのように変わっているので、使いづらいこと。これまでで一番大きな変化である。
便利になったところもあるのだが、なぜこんなに変えなくてはいけないのかというような思いのが方が強い。
長く使っている人を無視しているとしか思えない。
コンピュータとは四半世紀の付き合いで、この手の腹立たしさは幾度も味わったが、こんな理不尽がまかり通るのも、あまりにマイクロソフトの寡占状態が続くからだろう。
驕れる者は久しからずと言ってみたいのだが、いつになるのだろうか・・・・

2010.11.15
先月、東北大学に集中講義に行った。そのおり、広瀬川の河原で行なわれた「芋煮会」につれて行ってもらった。味噌味のものと醤油味のものとを食べたあとに、「ハラル芋煮」を食べた。インドネシアからの留学生がいたので、彼のために肉を除いた野菜だけの芋煮にして、勝手に「ハラル芋煮」と名付けたわけである。
仙台には3年前にモスクが建てられたと聞いた。そこで、そのインドネシアからの留学生に案内してもらった。メッカの方向が部屋の角にあたっているという、ちょっと変わった造りであったが、狭い土地を有効に使うため、やむなくこのようにしたのだという。
3人に話しを聞いていたが、面談中にお祈りの時間になったらしい。面談を中止して3人は夕方のお祈りを始めた。
祈らない自分は、そこでは一人だけ異邦人の心地に近かったが、別に不快ではなかった。

2010.10.17
 秋が一番好きなのに、なかなか秋らしくならない。落ち葉を踏みしめながら歩くのは、なぜか心が安らぐ。けれど、今年は夏が去りがたいかのように、暑さが居残っている。肌が少しひんやりするような空気の中を歩くと、いつもは気付かない何かに気付いたりする。追いまくられるような毎日だからこそ、そんな季節がいつにもまして待ち遠しい。

2010.9.7
 ちょうどお盆の頃、カナダのトロントでの国際会議に出席した。開催者が用意したナイアガラの滝ツアーは、それはそれとして、宗教学関連の大会であるにもかかわらず、宗教施設の見学ツアーは皆無であった。市内の教会をいくつか見たが、プロテスタント教会も賛美歌の歌詞をパワーポイントで映し出すなどの光景を目にすると、あらためて時代の流れを感じる。
 その一方、日本人研究者12名で行ったメノナイトの教会や墓地は印象深いものがあった。近代化に背を向け、伝統的な様式を守ろうとする人たちと、すぐそこまで激しく進出しているIT産業。人間の営みの悠久さ、多様さ、そうしたものを同時に見れて、とてもいい体験であった。


2010.7.17
 「一個人」という月刊誌があるが、さらに「一個人for WOMAN というのが創刊になった。特集が「開運 日本のパワースポット案内」である。その関連で、「神社って何? 神社基本の「き」」というコーナーがあって、少し解説のようなものをした。
 パワースポットはともかく、神社や神道に関しては、ときどき根拠のない説がテレビや雑誌であっという間に広まったりするので、ある程度は発言しておいた方がいいかなと思って関わった。
 しかし、このパワースポットブームは、いつまで続くのだろう。国学院大学内にある神社まで、いつの間にか、パワースポットらしい。ブームの消費は情報時代には加速されるのであろうか。

2010.7.9
ドイツのオーバーハウゼンの水族館「シー・ライフ」にいる蛸の「パウル君」が、ワールドカップでのドイツの勝敗をすべて当てたとにわかに話題である。三位決定戦はドイツ、決勝はスペインの勝ちと予言したようだ。
占い好きの人は飛びつきそうな話しだが、ある仮説を立てると、パウル君の選択はきれいに解ける。パウル君は示された国旗の中ではスペインのものが一番好きで、次がドイツのものであるという仮説である。
今回の予言のいずれかでも外れたら、この仮説は正しさが増す。むろん予言が当たっても、仮説として成り立ちうる。
パウル君としては、いや水族館としては、当たった方がいいだろうが、果たしていかなる結果に。
まぐれ当たりにしても、すべて当てるのは、256分の1の確率。テレビで偉そうにしゃべる占い師より、はるかに高い的中率といわねばなるまい。

2010.6.12
今日は国学院大学・研究開発推進機構の主催で「日本文化を知る講座」の第36回が開かれた。500人以上収容できる大教室が聴講者で満杯に近いような状態であった。主催者側として短い挨拶をしたのだが、なかなか感慨深いものがあった。
というのも、この講座は1990(平成2)年9月に第1回を開催しているので、今年でちょうど20周年を迎えたのである。それにこの企画はもともと私が発案したもので、当時の日本文化研究所の比較的若手の専任教員が意欲的に取り組んで、ほどなく軌道に乗ったという経緯があるからである。
第1回から今日まで、4週にわたって4人の講師が講演するという形式が保たれている。発案者であったから、当然初回の講師の1人として講演したが、他の3人のうちの一人はもう名誉教授である。時間の流れを感じる。
2007年に研究開発推進機構が開設されると、日本文化研究所はその一機関ということになり、「日本文化を知る講座」も機構全体の事業ということになったが、名称は従前のものを継承することになったのである。
担当者が変わっていき、趣旨もやや揺れ動くなかに、存続も危ぶまれる時期もなくはなかったが、新たな世代が工夫を凝らして、より魅力的な企画とし、こうして一つの区切りを迎えたのかと思うと、密かな喜びを感じる。

2010.5.9
エレベータの中には開閉ボタンがある。文字ではなく、矢印で区別するものがある。開くが←→で、閉じるが→←といった具合である。ところがこれがさらに簡略になって、三角形になっているのがある。開くのは左右反対方向に三角形のとがった部分が向いており、閉じるのは二つの三角形が中央を向いている。
分かるといえば分かるのだが、急いでいるとき、一瞬どっちが開くだったかなどと、ためらうときがある。これは自分だけでなく、何人かの人から同じような感想を聞いたことがあるから、アフォーダンスという観点からはあまり適切でない記号だと思う。
矢印ではなく三角形にすると何のメリットがあるのかよく分からないが、この記号を使ったエレベータはよく目にする。
小さいことだが、なるべく多くの人にわかりやすいようにという視点が欠けているような気がする。

2010.4.25
昨日の朝日新聞の夕刊を見ていたら、「漢字 ビンゴで親しむ」という見出しで、薩摩川内市立育英小学校の先生の授業が紹介されていた。「花まる先生 公開授業」というコーナーだから、子どもたちに楽しみ国語を教える先生の工夫の話しである。
でもこの記事にすぐ目が行ったのは、実はこの学校が自分が卒業した小学校だったからだ。
当時は川内市立育英小学校という名称。各学年1クラスずつしかない小さな学校だった。記事を見るとクラス替えがあったということだから、今は2クラス以上あるということだろう。
小学6年の2学期の半ば頃にこの学校に転校した。この学区に引っ越したからである。1クラスしかなかったから、皆1年生からの顔なじみ同士。クラスで紹介される頃には、全校生徒が転校生がやってきたことを知っていた。1年に1回あるかないかの「事件」だったのだろう。
変な時期に突然あらわれた転校生に、しかし同級生はやさしくしてくれた。休み時間や放課後、狭い校庭で、毎日のようにソフトボールや相撲をやって楽しんだという記憶がある。
あのとき仲間はずれにされていたら、性格も少し変わったかもしれないなと、ふと思ったりした。

2010.4.18
一時間目からの授業だと、ラッシュアワーさなかの電車となる。毎日こうした電車で会社に通って、ストレスがたまらなかったら不思議だ。都市に人口が集中し過ぎた結果と言えばそれまでだが、何か手はないものだろうか。
インターネットが普及し始めた頃、在宅勤務が増えたり、郊外に本社を置く会社が増えるから、ラッシュアワーも緩和するといった見方をした人がいたが、今のところ、そのような気配はあまりない。
時差通勤の勧めも一時ほど言われなくなった。ぎゅうぎゅう詰めを経験している方が、生きているという実感を得やすいのだろうかと、変な推測さえしたくなる。
癒しとかスピリチュアルといった言葉が都市部ではとりわけ行き交っているように思えるが、これらの言葉が息抜きの意味を含んでいるとしたら、ラッシュアワーも癒しブームの牽引役の一翼をになっているやもしれない。
サマータイムより時差出勤をもう一度練り直して欲しいと思うのは、素人考えだろうか?

2010.4.3
 先日、NHKテレビで「細胞外マトリックス」の紹介があった。切断されてしまった指の切断面に、豚の膀胱から抽出した粉(膀胱壁にある物質のうち細胞以外の物質らしい)をつけると指が再生したというのである。切れたとかげの尻尾が生えてくるイメージと言えば、分りやすいであろうか。
この物質を細胞外マトリックスと呼ぶのだというが、かつてSF的であった話が、現実のものとなっている。幹細胞を刺激して、切断された部分から、その面にある細胞情報をもとに、失われた細胞を再生していくという理屈は理解できた。
 副作用などはまだ十分分っていない。だが、すでに豊胸術に採り取り入れている国もあるという。この技術が進歩すると、どういうことになっていくのであろう。指など失われた体の一部の再生には期待が大きいだろうが、むしろ別の方向で応用され、新たな倫理問題が発生するかもしれない。
倫理的問題といえば、同時に紹介された「救世主きょうだい」の方がシリアスだ。難病の子どもを救うために、親が細胞を移植できる子どもを産むことになる。臓器移植の倫理問題にも連接し、賛否両論が激しくなりそうな事柄だ。
医療の進歩は、悪魔的所業への展開の可能性を常に孕んでいる。でも、人間はけっして歩んでいる道を引き返さないに違いない。

2010.3.21
 大学院の修了式、学部の卒業式が終わり、2009年度もいよいよ終わりだ。ゼミの学生が卒業後どうなるかはやはり気になる。厳しい社会になってきたけれども、前向きに取り組んでいけるように、折に触れて話したつもりだが、1つでも2つでも、参考になることがあればいいなと思う。
 こちらが真剣に話したことは、きちんと受け止めてくれる学生もいて、嬉しい気がするが、同時に教育という場に関わっている人間の責任の重さも感じる。
 研究所から学部に移ったのが2002年なので、卒論や卒業レポートを指導するようになってから、まだ数年である。しかし、自分なりに少しずつ手ごたえを感じてきている。柔軟な思考ができる年齢の人たちとの語らいができるということは、大学に勤めていることのもっとも楽しい部分と思える。


2010.2.10
 トヨタのプリウス事件は、産業界には大衝撃だろうが、一連の報道で、企業のトップの人が人間の感覚に対してもつ認識に少し唖然とした。
 というのも、車のブレーキが1秒ほど効いていないように運転する人が感じるという現象について、当初ある役員が、「ブレーキを踏み増せば安全に車は止まる」ので、ブレーキの性能に欠陥はない、という意味のことを主張していたからである。
 その後、欠陥を認め、アンチロック・ブレーキ・システム(ABS)の装置が原因となったが、ブレーキに対して運転者がもつ感覚を非常に軽く見る見方を、自動車会社の役員が公言したということは、ひっかかる。
 企業防衛のあまり、ユーザー軽視などと批判されるのであろうが、ブレーキが一瞬でも効かないように感じるということは、運転時の人間の認知ー反応にとって重大事であるという認識の欠如があったとしたらおそろしい。
事件の衝撃ゆえに、思わず我を忘れての発言ということであるなら、まだ救われるのであるが・・・。


2010.1.17
 村上春樹の『1Q84』は昨年もっとも売れた本だそうだ。宗教的なテーマも込められているというので、そのうち目をとおした方がいいのかなと思っていたら、若草書房から『1Q84スタディーズ』というのを出すので、宗教学の立場から描いてみないかという誘いがあった。
 以前『アンダーグラウンド』について、ちょっと書いたことがあったのだが、どうにもすっきり書けなかった。それもあって、ためらいもあったが、読んでから決めようと思って、しばらく行き帰りの電車で読んだ。
 最近個人的にちょっと関心をもっている一連の本があるのだが、なんとなく、それらとつながるところがありそうな気がして、書くことに決めた。
 「見かけから自由になれるか?―信仰が紡ぎ出す「二つの世界」」というタイトルになった。
 売れた小説についてエッセイを書くのは、便乗のような感じで気が進まないのであるが、内容的には宗教を研究対象としている人間として、考えてみてもいいテーマが含まれているという気がする。
刊行されたものをコピーして何人かに送ったのだが、ちゃんと読んでくれた人は、やはりそれなりに私の意図を感じてくれたみたいだった。もっとも、小説自体を読んでいないと、分かりにくいと思うので、人によっては、送ってもらっても、少し迷惑なエッセイだったかもしれない。

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2009.12.31
 最近、雑誌の神社に関する特集記事についてコメント、監修する機会が相次いであった。1つは『R25』というリクルートが出している雑誌、もう1つは『一個人』というKKベストセラーズが出している雑誌である。神社への関心が高まっているということであろうか。
 今年の初詣は1億人近かったという。一人で何箇所にも行く人がいるから、実際は7割くらいの人が出かけていると思うが、このところ参拝者は増える傾向にあるのは確かだ。
それで、ただお参りするだけでなく、少しは神社に関する知識も増やしたいという気持ちが出てきたのだろうか。
 他にも理由がありそうな感じがしているのだが、身の周りの宗教文化を見直そうということなら、けっこうな話である。
宗教に絡むことを、意図的にあやしげな方向にもっていって、それをビジネスにしようとする人もいるので、少しでもきちんと考える人を増やしたいと、ちょっと大げさに言えば、そんな気持ちから関わった次第。

2009.12.13
 今年は本を刊行する機会が多かった。これはたまたまである。一冊の本を仕上げるのはそれなりの時間がかかる。『現代世界宗教事典』の翻訳のように、4年かかったものもある。これまでにも5年あるいはそれ以上の年月をかけてできあがった本がある。
 1年で終わる予定が2年になり、3年になりということもあるので、執筆を始めた時期はばらばらでも、似たような時期に刊行されるということはよくある。
 でも本というのは面白いもので、刊行されたばかりの本は、読む人には「できたばかりの本」であるが、書いた側からすると「屍状態」である。執筆しているときが生きている状態、動かせる状態で、刊行されてしまうと、死んだ状態に近い。
少なくとも気持ちの上でそうなることがある。
妙な話ではあるが。

2009.11.15
 昔、会得した技術が、思いがけなく役立つことがある。学生時代、印刷屋のアルバイトをやってきた時期がある。大学紛争で奨学金がストップとなり、貧乏学生の身には、それがたちまち死活問題となった。友人の紹介で、印刷屋で働くことになった。免許をもっていたので、そのうちに、できあがった品の配達などもやらされることになった。四段変速のダットサンを乗り回す日々となった。
 この経験はかつてアメリカで調査したときにも、ずいぶん役立ったのだが、先日いろいろ経緯があって、ちょっと大掛かりな事務所引越しをやらざるを得なくなった。事務機器の搬送で、2トントラックの運転をやることとなった。若い研究員たちはペーパードライバーが多い上に、オートマチックの車の運転しか経験がない。5段変速のギアなど怖いわけで、昔とった杵柄となった次第。
 感覚を取り戻すのに30分くらいかかっただろうか。でも慣れてくると、なつかしのクラッチとギアである。左手左足を使っての運転は、やっぱり充実感がある。最初に身に付けた身体感覚というものは、いつまでも影響をもつものだと、あらためて感じた。

2009.10.21
 この頃は大学の教員が高校にでかけていって、出張講義をする例が増えている。先月、自分自身もその初体験をしたが、今日、講義を受けた生徒たちからの感想文などがまとめて送られてきた。わざわざやってきた先生の講義に悪い感想は書けないだろうと思うが、具体的に面白かった点などをきちんと書いてあって、なかなかしっかりしていると感じた。
講義は90分で、いつもの授業より長かったはずだが、熱心にノートをとり、パワーポイントの画像にもちゃんと反応していた。
大学の先生だというので、緊張していたのかもしれないけど、「頑張ったね!」と、こちらからも拍手したい気分であった。

2009.10.19
 先月末に友人がまた一人この世を去った。一緒に事典の編集などをして、長いつきあいをさせてもらった人だ。朴訥な人で、飾り気がなく、信頼できた人だった。
 何か新しいことを始めたとき、どういうわけか足を引っ張ろうとする人もいるのだが、彼には常に応援してもらった。何をやろうとしているのか、ちゃんと分かってくれていて、ありがたかった。
 最後にあったのは、6月の学会の折。乾杯の音頭をとってもらい、割合普通に会話もしていたのにと、あっけなさに言葉もない。
 告別式では、もう一人の友人が弔辞を述べた。心のこもった詞であった。

2009.9.22
 大学の3号館が完成した。これで雨の日でもすべての校舎に傘なしでいけるようになった。ありがたい限りだ。
ただ、生協の書籍売り場の狭さには少々がっかり。また地下一階でなんとなく行きにくい構造になっている。
 「近頃の学生は本を読まない」などという人が多いが、読ませようという心遣いが薄い。
 生協の人も不満そうな顔だった。
 当然だ。プランを立てた人に、なんと思っているのか、問いただしてみたい。

2009.9.9
 夏が終わった。選挙も終わった。しかし、インフルエンザは終わらないようだ。
後期の授業が始まってどうなるのか、なかなか予測がつかない。
 大学は渋谷に3号館がまもなく完成する。学生がより集中することになるので、残念ながら、ウィルスにとっての好条件となりそうである。
 新しい建物の下見に行ったが、動線がいまいちである。学内に新しい建物ができるたびに思うのだが、人がどう動くかの想像力があまり豊かでない人が設計しているのではないか。
 スペースが限られているのは分かっている。だが、エコを掲げる割には階段が著しく使いにくい建物もあって、エレベータの使用頻度がどうしてもあがる。工夫できないものかと疑問に思う。
 話してみると、けっこう多くの教員がそのように感じているようだ。

2009.7.24
 4月に大塚和夫さんが亡くなって、今週お別れの会があった。ネット上ではあまり固有名詞は出さない方針だが、彼の急逝は広く知られていることだから、今回は実名にしたい。
 彼とは長いつきあいで、かつてはよく議論もした。本当に研究者らしい研究者だった。彼が書いたものなら大丈夫だろう。そういう信頼感が置ける人だった。
 忙しい中にも頼みを聞いてくれた。2002年に国学院大学に神道文化学部ができることになったとき、宗教学関連も充実させたいと、非常勤講師には各領域の第一線で活躍しているをお願いした。イスラーム関連では、ダメモトと思って大塚さんに頼んだら、本当に多忙であったのに、発足当初の期間を引き受けてくれた。
 彼がどんなに優れた研究者か分かってくれた学生は多くはなかったようだが、イスラームに関心をもつ学生はその後も少数ながらいる。彼に無理を言ったことが、なんらかの種をまいたと思いたい。
彼はまさに彼らしく生きた。ただ、それにしても、貴重な人を失ったと悔しく思うのは、記憶の中でしか彼と会えなくなったという嘆きゆえである。

2009.6.20
 一時期は新型インフルエンザの感染者が1人でてもニュースになっていたのに、この頃はパタッとなくなった。実際は感染者はいて、休校にしている学校もあるのだが・・・。
「ニュースになれば、起こったことである」ということになるのだろうか。「ほどほど」という言葉が、昨今の日本には必要だと思うことがよくある。

2009.5.17
 新型インフルエンザに関するニュースが毎日報じられる。情報は多い方がいいのだろうが、あやふやものの横行は、かえって本質を見失わせる。
 少しは工夫したらと思ったのが、世界地図に感染者が現れた国を赤くして見せるというやり方。これだと1人でも感染者が出ると赤くなるので、アメリカ、カナダなど面積の広く国に感染者が出るとものすごく広まっているという印象を受ける。これだと仮にシンガポールとかエルサルバドルといった面積の小さい国に多数の感染者が出たとしても、地図上ではほとんど目立たない。
 立体グラフにするなどして、どこが絶対数が多いのか、あるいは比率が高いのか、分かるようにできるのに、面倒なのだろうか。それともそういう発想がないのであろうか?

2009.5.10
 本を刊行したとき、がっくりくるのが誤植を発見したときである。ゲラで確認したはずなのに、なぜか本になったとたん見つけるという間違いがある。これは私だけではないようで、人間の目の特性にも関係しているのだろう。
今回は、われながら初歩的なミスをしてしまった。『映画で学ぶ現代宗教』でパウロを「12使徒の一人」と書いてしまった。使徒の一人ではあるが、12使徒には含まれない。書くとき、ペテロとふと混同して筆がすべったのだろうと思い起こしているが、それでも校正のとき気付く機会はあった。それを見逃し、見本をもらって開いたとたんにそこに目が行って気がついた。
 編者であったので、他の人の原稿のチェックにずいぶん時間がとられた。その分自分の原稿のチェックはついついおろそかになった面は否めない。しかし、そんなことは言い訳にならない。
 もう終わったことは仕方ないので、今、共訳中の本のゲラをじっくり見直すことにした。これも他の人の訳のチェックにかなりの時間がかかり、自分の担当箇所をなかなか見直す時間が乏しかった。
そこでもう一度チェックしたら、単純なミスを見つけてしまった。「ふー」と息をついた次第。

2009.4.5
 日曜日にはジョギングをするが、今日は桜見物を兼ねてのジョギングとなった。ちょうど満開であったし、風もなく穏やかな日でラッキーであった。運が悪い年だと満開なのに雨で走れなかったり、仕事があって走れなかったりする。
ちょっとした川の両側を走るのだが、行きと帰りで違う風景が楽しめる。樹の下からの眺めと、少し離れたところからの眺め、それぞれに趣があるからである。
 この頃、ジョギングのスピードも少し遅くなったかなと感じていたが、周りの景色を楽しみながら走るという意味では、スピードが遅くなるのもまあいいかと思う。若干負け惜しみ的ではあるが・・・。

2009.3.30
 大阪と東京で、大学院生の修士論文や博士論文をもとにした研究発表会に参加する機会があった。よく調べているものから、ちょっとまとまりに欠けたものなど、さまざまであるが、印象的なのは女性研究者のバイタリティーである。発表の数も多かったし、調査もしっかりしたものが多い。
安全面でもかなり注意を払わなければいけないだろうなと思うような地域にも足を伸ばしている人もいる。こうした人たちが将来その能力を十分活かせるような場があればと思う。
力があってもなかなか職に就けず、と思えばろくな研究もしていない人がなぜか職に就いていたり・・。
でも、これはどこの世界にでもありそうなこと。
やる気があり、実際いい研究をしている若い人たちにも、自分はせいぜいささやかな応援を送るぐらいしかできないのだが、それが少しでも励みになってくれればと願う。

2009.3.8
 本を作るとき、出版社の側が執筆者校正と別に、外部に校正を委託することがある。本人の気付かない間違いを指摘してくれるので、これ自体はありがたいことである。
しかし、最近厄介なことがよくある。校正者がウィキペディアを参照しながら校正する場合が増えているようなのである。
ところがウィキペディアはときどき間違いがある。校正者はその分野の専門家でないので、ウィキペディアの間違いが分からない。
 そして執筆者に問い合わせることもなく、ウィキペディアのとおりに訂正する例があるのである。
この辺からは、出版社の質にも関わることであるが、これはまったく厄介な事態が生まれたことを物語っている。
私はまさに今、その厄介な事態に直面しているのだが、まだ気付いたので幸いである。
私の友人は、自分の校正がすっかり終わってから、出版社の方が勝手にウィキペディアの記事にあわせて内容を変えてしまったという腹立たしい経験をもっている。できあがった本を開いてギョッという、悲しい話である。
つまるところ、出版社、校正者の情報リテラシーがなっていないということなのだが、たぶんこういう目にあっている研究者は少なくないと推測する。
情報リテラシーが十分できた出版社(たぶん少数派)以外で出版する場合、目下のところ自衛しかない。友人のような事態に陥らないためには、編集者に承諾なく字句を変えないでくれと、うるさく言うしかない。
そういう時代に生きているのである。

2009.2.23
 新年だ、と思っていたら、2月も終わりに近づいている。
追いかけられるような毎日を過ごすことは、決していい人生ではない。
ゆっくり呼吸していたいのだが、年度末というのは、なかなかそれを許さない。
忙中閑あり。これがせめてもの最近の目標だ。


2009.2.3
 横綱の品格とか、もっともらしくしゃべるテレビのコメンテータは、自分の品格をどう思っているのであろうか。
 およそ少しでも品格を保とうという気持ちがある人は、誰が見ているか分からないテレビの番組で、感情的に人を罵倒しないであろう。
 でも、一番の性悪はそうした番組を作る人たちである。ろくでもないことを言うに決まっている人を、毎朝登場させているのであるから。それで仮に社会的トラブルの遠因を作ったとして、どう責任をとるつもりか。
おそらくそういうことを考えようともしないのであろう。
 政治家や官僚の悪行など、もっと徹底的にやるべきことには、コメンテータもありきたりの批判を述べるだけ。
そんなのは小学生だって言えるよと言いたくなるようなものが多い。
 つまりは腰が引けているのだろうな。
 弱きをくじいて、強きを助ける。そんなスタンスが見え隠れするコメンテータはさっさと降板させて欲しいのだが、テレビ局は、きっと過激な方が面白いぐらいに考えているに違いない。

2009.1.24
 気がつくと1月も終わりに近づいている。寒さが緩んだり、急に襲ってきたりで、周りに風邪の人が多い。自分も年末年始に喉をやられてちょっと辛かった。風邪とかインフルエンザはウィルスと人間の戦いだが、どんな薬やワクチンを作っても、この闘いに終りが来ることはないだろう。
 次々と新手が出現するコンピュータウィルスとの闘いもどうやら同じみたいだ。自然界も人間の心も、神に弄ばれているのだとつい思いたくなる。
 コンピュータウィルスを作り出している人の動機はさまざまだろうが、作る人間はいなくなることはないだろうと予測される。人間社会から戦争はなくならないだろうという予測と同様だ。
ウィルスは宿主が絶滅すると元も子もないので、宿主を適当に痛めつける。コンピュータウィルスもコンピュータ自体が使われなくなるとウィルスが使えなくなるから、そこまでのものは作らないということになるのだろうか。


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