「ハイパー宗教」の出現

 一九九〇年代後半は、オウム事件とノストラダムスの終末予言を渦の中心として、宗教にまつわる話題は、どちらかといえば暗いものが多かった。宗教団体への不信感や不安感が、これまでになく高まったことが、各種の世論調査などからも読みとれた。さらにまた、最近では、法の華三法行やライフスペース、加江田塾事件と報道が続き、宗教の「アブナイ」面のみが、クローズアップされる結果となっている。だが、こうした現象はゆえなく出現するわけではない。今の社会のありようが反映されている。伝統宗教が存在感を弱めるのも、従来の宗教イメージからはずれるような団体に、強い関心を寄せる人がいるのも、それなりの理由が見出せる。

 「なんでもあり。」これは最近の社会現象をみたとき、抱かざるをえない実感である。服装、化粧という小さなことから、ライフスタイル、価値観といったやや重いテーマまで、無秩序なまでにバラエティに富んできた。宗教もその例外たりえないということを、あらためて認識しておきたい。宗教の教えや活動に関する評価も急速に多様化している。伝統を誇る宗教も、そのことだけでは、正統性を主張しえなくなってきている。

 考えてみれば、日々得られる情報の中には、けっこう宗教的に関係するものが含まれている。テレビのニュースを何気なく見ていても、海外のキリスト教会や、イスラム教徒の姿が目にはいるのは珍しいことではない。少し関心をもってそれらしきチャンネルを探せば、チベット仏教やブードゥー教の儀礼、シャーマンの神がかりの様子、あるいは法輪功の活動の一端などを知ることができる。

 映像だけではなく、実際に海外に行って、その国の宗教の活動を目の当たりにする経験もしだいに増えている。またインターネットを利用すれば、居ながらにして、世界のさまざまな宗教サイトを、ネットサーフィンできる。要するに、世界の諸宗教や民俗信仰について、今までとは比較にならないほど、多様な情報が得られるのである。むろん多くの場合、それらの情報は断片的であり、そこから宗教的な影響を受けることも少ないだろう。

 しかし、この雑多な情報は、それと意識しないうちに蓄積されていく。そのことが、とくに若い世代にあっては、従来型とは異なった宗教的感性を生んでいく可能性がある。概して伝統的なものへのこだわりは弱まるであろう。一方、異なる宗教の要素をいろいろに結び付け、組み合わせることへの抵抗感は薄れるだろう。根無し草的な展開をしていく宗教運動に没入する人も出てくる。

 オウム真理教の信者たちが作ったコンピュータ・ソフトが、中央省庁などで使われていたという報道があった。これが事実とすれば、信者の中には、コンピュータ時代に適応した才能をもっていた者が少なくなかったということになる。逆に言えばそうした者が何人も、オウム真理教に深く帰依していたわけである。時代の最先端のニーズに対応可能な世代が、人によっては「宗教ではない」と言い放つような集団に魅入られたわけである。

 最近の宗教団体の中には、日本産か外国産かにかかわらず、それぞれの国や社会の伝統宗教とのつながりが、きわめて弱いものがいくつか出てきている。オウム真理教もそうであった。異なる宗教文化の要素を自由に組み合わせていたりする。このことに気づいている人もいて、パッチワーク的とか、ハイブリッド的とか表現されたりする。さらに、宗教団体なのかビジネス集団なのか、最初から境界が曖昧なものもある。運動の変質も容易に生じる。文化を超えて自在にいろいろな要素をつなぐものを「ハイパー宗教」と呼ぶとすると、良し悪しを抜きにして、ハイパー宗教は、時代の趨勢に乗っかった宗教であろう。若い人々を中心に、ハイパー的感性が強まったことを前提として出現したと考えられるからである。

 さらにまた、ハイパー宗教の出現は、「宗教市場の自由化」の強まりを背景にしている。この自由化の傾向は、日本では戦後に本格化したが、グローバル化の時代に、それは新たな様相を見せ始めている。国境を超えた自由化が加速している。今や、どの国から新しい宗教運動が生まれて、どの国に影響を及ぼすのか、予測はなかなか困難である。

 ハイパー宗教が世界各地の宗教文化の資産を勝手に活用するということ。あるいは宗教間での布教の自由競争が激しくなるということ。これらは、少なくとも宗教の「ユーザー」にとっては、必ずしも悪い話だけとは限らない。宗教はなぜわれわれに必要かを、現代的な仕方で考える材料を与えてくれかもしれない。一方、ハイパー的感性をもった若者が今後増えるなら、宗教団体の側は、その出発点から挑戦を受けることも多くなろう。なぜその団体でなければならないかとすぐ問われよう。やりにくい世代があらわれた、と感じる宗教家もいるかもしれないが、これは実は時代からの挑戦なのである。

2001年2月、毎日新聞コラム

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