白蟻電車
白蟻電車

アパートの裏の路地には線路がある
レールは真っ赤に錆び枕木はすっかり朽ちている
白蟻に侵されていてぼろぼろ崩れている
昼間は子供がロウ石で性器を描いているし
少女が線路のそばの貝殻草を摘んでいる
夜決まって虫類が目覚めるころ
蒸気を裾から滲み出しながら白蟻に侵された電車が
断片や排泄物を落として現われるのだ
膿汁らしき染みをたくさんつけた白衣の男が
蠢めく虫を手のひらにのせ指で撫でている
街じゅうの塀も看板も自転車も洗濯物も小穴が一面に空いていて
歩く人々の服にも帽子にもポツポツ空いている
線路の彼方には生物のぬけ殻の山
膿汁はどの病院でつけたのですか
いいえこれはいも虫を手術したとき出た汁の染みなのです
べっこうぶちの眼鏡が光るがその眼鏡にも
白蟻がびっしりたかっている
虫たちは蒸気が好きなので線路に集まってくる
枕木には白蟻がすでにぎっしり住んでいるのだが
白蟻に侵されてスカスカになった電車はかまわず走ってゆく
虫の体液の染みをつけた白衣の男は凧をあげ始めた
すると街の夜の空のそこここにすでにいくつかの凧があがっている
男の眼鏡には紙でできた鼻がついている
歩く人のぼろぼろの服が落ちて
裸になっている
帽子が砂になって舗道をまぶしている
斜めに崩れかけながら走る白蟻電車の陰で
虫の体液の染みをつけた白衣の男が
白蟻の繊毛をルーペで見て
息んでいる
錆びたレールのそばで
裸になった少女が貝殻草を摘んでいる
遠くで火事である
白衣の男は息んでいる
半鐘が鳴っている
火事のほうへ白蟻電車は走ってゆく

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