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月齢13.9の夜(後編)



 誰かが呼ぶ声がする。




 遠い。
 ひどく遠い声。

 目をゆっくり開けて起き上がってみる。が、辺りは真っ暗で何も見えない。

 この声はガッシュ?
 なんて遠いんだ。
 オレはここにいる。ここに…。
 ガッシュ!

「ガッシュ!」

 自分の声に驚いて目が覚めた。
しかし目を開けているはずなのに何も見えない。
まだ夢の中なのか?

「きよまろ!」

 ふいに傍らからガッシュの声がした。
自分の右肩と右腕にガッシュの小さな手を感じた。 それにきゅっと力が入る。

 そこで初めて自分が横たわっており、ガッシュが傍らに座っている状況なのだと理解した。
何も見えないのは…そうか、日が暮れたんだ。

今日は確か月齢13.9 もうすぐ満月。
月が出ていればもう少し明るいのに…。

「清麿、清麿、大丈夫か?なかなか目を覚まさないので心配したのだ。」
涙声。
語尾が少し震えた。

「…ガッシュ…。…泣いて…いるのか?」
声を出そうとしたがかすれてしまってうまく出ない。

「ウヌウ、ウヌウ、清麿。すまぬのだ。また私のせいでこんな目にあわせてしまったのだ…。」

 ああ、そうか。徐々に記憶が戻ってくる。

 まんまと敵の罠にはまって裏山に誘い出されたオレ。
昔の記憶をたよりに逃げ出したはいいが、道があったところは崖崩れで断崖絶壁。
すんでのところ、ガッシュが来てくれたおかげで術を跳ね返したが、その衝撃で崖が崩れて転落…。
あの高さでよく助かったものだ。

 そうだ。

 最後の記憶がよみがえる。
必死の表情のガッシュがこちらに手を
伸ばしながら地面を蹴ったあの瞬間。

 オレも手を伸ばそうとしたが…。
落ちるオレを守ってくれたのは…ガッシュ。
…また、助けられたな。

「よく…ここが分かったな…。」
 なんとか声を絞り出す。

「ウヌ、スズメが教えてくれたのだ。清麿が
私を追って裏山へ行ったと…。遅れてすまぬのだ。
もう少し早く見つけられていればこんなことには…。」
 水野か…。後で礼を言っておかなきゃな…。


「…やつら…は?」
「ウヌ。あの爆発でやつらも痛手を負ったようなのだ。ずっと気配を探ってはいるがいないのだ。」
「そうか…。」

 とはいえ、崖下のこんなところに留まっているのは得策ではない。
やつらが探しに降りて来ている可能性だってあるんだ。
そう思って体を起こそうと力を入れたとたん、全身に痛みが走って一気に力が抜けた。
ガッシュには聞かれたくなかったが、口からは思わずうめき声がもれた。

「清麿!清麿!」
ガッシュの手が小さく震えた。

 心配させたくないのになんてザマだ…。
しかし、体が動きそうにもないのも事実…。
「悪い…。今は動けそうもない。…しばらくこのままでいさせてくれ…。」

 相変わらずのかすれ声。こんな弱々しい声しか出せない自分が情けなかった。

「ウヌウ。無理するでないぞ、清麿。もし、敵が来ても私がちゃんと
守るから安心するのだ!」

「ん…。」

 目をつぶった。なんかオレ、守られてばかりだな。
ガッシュはどんどん成長してるのに。オレはどうなんだろう。
魔物との戦いはだんだん激しくなるのにオレがこんなんじゃだめだ。
もっともっと強くなりたい…。

+ + + + +

 ふと気付くとガッシュが清麿の回りをごそごそと動き回っていた。
どうやら枯葉や草を集めているようだった。
時々清麿の頭の下にそれらを押し込んだり、体にかけたりして
「頭の高さは大丈夫か? 寒くはないか?」と問いかけてくる。

 こんな暗闇でも魔物の子は夜目が利くらしい。
まったく彼らの身体的能力は驚くべきものがある。
見かけは普通の子供なのに。
力もそんじょそこらの大人が束になってかかっても敵わないくらいあるし、怪我からの回復も
驚異的に早い。
本当に不思議な存在だ。

あの日。

ガッシュが窓から飛び込んできたあの日。
こんな日が来ようとは夢にも思わなかった。
自分が生きているんだという実感が持てなかったあの日々。
あんな状態と比べたら、どんなにボロボロになろうとなんてことはない。
こいつのためなら何だってできる。

「ガッシュ…」
別に呼ぶつもりはなかったのだが、自然に口から呟きがもれた。

「何なのだ? 清麿。」
何となくうきうきした声だ。
オレの世話をするのがそんなに楽しいか?と心の中では突っ込みを入れつつも、別に
話しかけようと思ったのではないので次の言葉が出てこない。

 …そうだ。

 前から一度聞いてみたいことがあったんだ…。
ずっと疑問に思っていたこと。
絶対に聞くことはないだろうと思っていたそれが、つい、口をついて出てしまった。

「…お前が初めてオレの前に現れた時、お前に対してオレはロクな
 態度を取らなかったよな。殴ろうとしたし。
 でも、お前はオレのことを"友達"だと言ってくれた…。
 何故だ?あんなオレを見て友達になんかなりたくないって思わなかったのか?」

「・・・・・・・・」

 オレは今どんな顔してこの言葉をしゃべっているんだろう。
オレからガッシュの顔は見えないが、ガッシュはオレの表情見えてるんだよな…。

 一瞬清麿は、ガッシュの答えを聞くのが怖くなってきて、聞いてしまったことを激しく後悔した。

「…ウヌ。」

「清麿の父上殿に清麿のことを頼まれた後、父上殿はいろんな話をしてくれたのだ。」
ガッシュはポツリポツリと話し出した。

「清麿が生まれたときのこと、初めて歩いたときのこと、公園の池にはまったこと…」

親父…。何を話してやがる…。

「…小学校に上がったときのこと。…そして…。」
ガッシュは一瞬言葉を切った。

「…友達が離れていったときのこと…。」

"ドクン…"

あの頃のことを思い出すと心が痛くなる。
だが、その痛みもずいぶんやわらいできた…。

「父上殿の話を聞いている間に、私は清麿と友達になりたくなってきたのだ。
 友達になりたくてなりたくてしょうがなかったのだ。とにかく一刻でも早く日本に行きたくて、
 父上殿は飛行機のチケットが取れるまで待てと言っておったのだが、待ちきれずに飛び出して
 しまったのだ。」
「…今から思うと、チケットを待った方が早かったかもしれぬの。」
と、くすくす笑った。

「・・・・・・・・」

「だから…私はもう清麿の友達になったつもりでいたが、本当に清麿が
 私の友達になってくれるかどうか、それはとても不安だったのだ…。
 清麿が友達になってくれなかったら、私はまた一人ぼっちになってしまうしの。
 でも私ががんばれば、きっと、きっと、清麿は友達になってくれると思ってがんばろうと思ったのだ。」

「・・・・・・・・」

「こーゆーのは何というのかの? …片思いというのであったかの?」

思わず吹き出してしまった。力を入れると体中が痛むんだ。勘弁してくれガッシュ。

 しかし…片思いか…。
友達の場合は何と言うのだろう。
うん。あながち間違いという感じもしないな…。

「なので、清麿が私のことを"友達"だと言ってくれたときは、本当に本当に嬉しかったのだ…。」

「そっか…。」

 うん、うん、分かるさ。その気持ち。
痛いほどに…な。

 不意に涙があふれてきた。
慌てて手で涙を押さえる。
少し、体が動くようになっていた。

「泣いておるのか? 清麿。」
「な、泣いてなんかいるはずないだろ。」
「ウヌ。そうだの。」

 ガッシュにはオレの涙が見えていたはずだ。
なんかそんな小さな心遣いが嬉しかった。

+ + + + +

 体が震えた。
夏場とはいえ、夜はそれなりに冷える。
ガッシュがかけてくれた草が、かろうじて清麿の体温を保っていた。

「清麿、寒いのか?」
「ああ…。ちょっとな。」
「私もちょっと寒いのだ。こうすればあったかくなるのだ。」

 不意にガッシュは清麿のそばに横たわり、その小さな体を寄せてきた。
少しずつガッシュの体温が伝わってくる。

暖かい…。子供の体温が高いって言うのは本当だな。

「清麿はあったかいのだ。」
嬉しそうな声。

「ガッシュだってあったかいぞ。」
そう言いながらガッシュの頭に手をやる。
さらさらした髪の感触が心地よい。

 小さな角に指が触れる。
「くすぐったいのだ。」
くすくす笑うガッシュ。

「…今日は…本当にありがと…な。ガッシュ…。」
 ガッシュの耳元で小さく小さくささやく清麿であった。

+ + + + +

 …どれくらいの間そうしていたのだろう。
お互いの体温と鼓動を感じながら。
この安心感、この安らぎはなんだろう…。

 ふと気がつくと、辺りが少し明るくなっていた。
もう夜明けなのか…いや違う。

月だ。

 片側は切り立った崖、反対側は大きな木々が枝を広げている。
空が見える範囲はわずかであったが、丁度そこに月が顔を出していた。

 ほぼ満月。
ほのかに明るく暖かい光が、辺りに降り注いでいた。

「ウヌ。月が出たのだ。きれいだのお。」
ガッシュはゆっくり体を起こすと、月を見ながらきれいだのおを連発した。

「ああ、きれいだな。」
と清麿も言ったが、清麿の目は月ではなく、月の光を受けてきらきら輝くガッシュの金の髪を
じっと見つめていたのだった…。

+ + + + +

 夜が明ける頃、清麿はガッシュの助けを借りてようやく家に戻った。
何も知らないはずの清麿の母は、目を真っ赤に腫らしながらも黙って二人を迎えてくれた。

そして一言、無事に帰ってきてくれてよかった…と言っただけで、
怪我の手当てをしてくれたのだった。
訳は尋ねないが、やはりオレたちの戦いのこと、うすうす感じているのだろう…。

すまなそうにうつむくガッシュを抱き上げ、やさしく抱きしめる母の姿に、
申し訳ない気持ちと感謝の気持ちを感じる清麿であった。

+ + + + +

その後、しばらくは狙われる可能性があったので、ガッシュは毎日中学校まで
清麿を迎えに行った。

友達の冷やかしのネタにされたが、まんまとワナにはまってしまったという事実が
清麿をだまらせた。
ガッシュがいつも以上に上機嫌だったことは言うまでもない。




…厳しい戦いはまだまだ続く…。



(2004年8月発行 Step by Step 掲載)


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