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PC処世術 - 雑感:一太郎訴訟で考えるIT特許の潮流


 「一太郎(と花子)が特許侵害で訴えられ、一審敗訴。販売差し止め命令。」というニュースを聞いて少々驚いた。ニュースを聞いた段階では、「ソフトウェア関連特許戦争もいよいよ本格化しつつあるのか」と素直に思った。
 そもそも特許とは、「技術や発明を世間に公開する見返りに、発明者に対して専売なりお金の請求権なりを与える」という性質のものだ。しかしながら、昨今の特許戦争の状況をみてみると、必ずしも純粋な発明ばかりではない。筆者の見るところ、企業が出す特許には次の4種類がある。(イ)純粋な新技術・新手法の発明, (ロ)真似されないための特許, (ハ)ライバルが必ずやりそうなところを権利化しておく罠特許, (ニ)胡散臭いオカルト商品の宣伝 だ。
 (イ)は言うまでもないところで、それまで誰も到達できなかったことを成し遂げるような技術がそうだ。例えば、話題になった青色LEDなどはこの部類だろう。
 (ロ)や(ハ)の例としては、こちらで書いたようなリムーバブルメディアの形状などが挙げられる。これは善意に解釈すれば(ロ)であろうし、普通に 悪意を持って解釈すれば(ハ)に属するものだろう。
 (ニ)というのも結構多く見られるようだ。特許というのは、(永久機関関係以外で)過去に例が無ければ登録できシカケなので、決して効能を保証するものでもなければお墨付きでもないのだが、「特許○○○号」などと書けばお墨付きがもらえているような印象を与えるのだろうか。(ましてや実用新案などは無審査で登録になるので,自慢げに書く意味は全くない。)
 そして今回のジャストシステムの一件を聞いた筆者は、「当然(ハ)の類だろう」と勝手に思っていた。そして“ソフト関連特許小競り合い”の時代を勝手に感じていた次第だ。

 さて、一太郎で今回問題になっているのは、ヘルプを表示させるためのアイコンなのだと言う。それを引っ掛けた特許はどんなものかと思って、電子図書館で調べてみることにした(文献種別を B として 文献番号2803236 で検索すると出てくる)。
 内容をみてみると,権利の請求範囲を記述する「請求項3」というところには、“データを入力する入力装置と、データを表示する表示装置とを備える装置を制御する情報処理方法であって、機能説明を表示させる機能を実行させる第1のアイコン、および所定の情報処理機能を実行させるための第2のアイコンを表示画面に表示させ、第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定に応じて、表示画面上に前記第2のアイコンの機能説明を表示させることを特徴とする情報処理方法。”(引用)と書かれている。(ちなみに、請求項1,2は「方法」ではなく「装置」に関するものなので「装置」でない一太郎には関係がない。)
 実に難解だ。特許というのは「分かりにくく、かつ広い権利範囲を包含する」をモットーに書かれているようだ。“指定”は“クリック”と読み、“機能説明”は“ヘルプ”と読んでいいだろう。平たく言うと、「ヘルプアイコンをクリックして別のアイコンをクリックすると、ヘルプを表示する」ということだ。
 筆者は裁判官でもないし、特許の専門家でもないから正しく判断することはできないのだが、普通に考えたら一太郎はクロのように思う。報道によれば、ジャストシステムはこの特許に関して以前にも訴えられているらしく、「知らなかった」では済まない問題だ(因みに、前回は「?」マークのアイコンは「文字であってアイコンではない」と強弁して切り抜けたらしく、今回は?マークの下にマウスの絵が書いてあったためにクロだという判断になったようだ。)。

 ところで、本稿は別にジャストシステムの迂闊さを指摘するのが目的ではない。本当の驚きは、この特許が平成元年(1989年)の出願だということと、何故、松下がこの特許に拘っているのかということだ。筆者の思い違いかもしれないが、別に松下とジャストシステムがライバル同士というわけでもなかろう(一太郎が販売停止になって松下が嬉しいというのも想像しにくい)。まさか一太郎の最新バージョンリリースが後手に回りがちだったパナコムM時代の怨念というわけでもないだろう。
 この特許は恐らく専用ワープロ機を想定して出願されたものだと推定され、その時期を考えると実に先進的な発明であったと思う。1989年といえば、Intel の 386 が発表された頃だ。マウスも未だ標準ではなかったし、オンラインヘルプすら珍しい方だったと思う。つまり、上述の筆者の特許分類によれば、(イ)に属する純然たる特許だ。
MS社のソフトに使用されている“アイコン” しかしながら、ジャストシステムだけが訴えられ、その特許を侵害したとする(一審とはいえ)判決を受けたことは同情にたえない。なぜならば、ジャストシステムが主張する通り、この特許はWindows の標準的機能として使用されているからだ。
 もちろん、MS社と松下との間でライセンス契約が結ばれていれば何の問題もないのだが、Windows に関する特許ライセンスの契約に関しては色々と問題も聞こえてくる。
 今回の訴訟と Windows の標準的機能との間を結び付けて考えるのは、少々短絡的かもしれないのだが、案外今回の訴訟のねらいの一つなのかもしれない。IT関連特許は米国に蹂躙されるがままと思っていたが、バブル時代からの積もりに積もった日本の細やかなアイデアは、ここへ来て開花するのかもしれない。…などと思って成り行きには注目しようと思っている。(2. Feb, 2005,3.Feb 微修正)

[追記] ジャストシステムの会見によれば、「松下電器の特許は、ワープロ専用機に対して出願したもの。パソコン用ソフトに、専用機の特許が適用されるのは認められない」とのことだが、残念なことに請求項には「ワープロ専用機」とは書かれていない。前回の訴訟では文面上「アイコン」と松下が限定したことが仇となった格好だったわけだが、今回は「専用機」とは限定されていないようだ。
 なんとなく、ジャストシステムの言い分を聞いていると、かつて「JustWindow」でMSの地位を狙った頃の気概が感じられないのは残念なことである。この一太郎がクロなら Windowsも真っ黒なわけで、この類の訴訟は日本のIT産業にとってはまたとない突破口が示されているように思うのだが…。(3. Feb, 2005)

[追記2] さて、今回の件の顛末はどうなるのだろうか。筆者の勝手な思い込みだが、ジャストシステム自体お取り潰しということにもならず(それが松下の目的ではない筈だ),「バルーンヘルプはクロ」という判例だけが残るような気がする。当て馬にされたジャストシステムには心から同情するところだが、筆者の興味はその判例の使い途にある。(7. Feb, 2005)

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