PC処世術 - リムーバブルドライブ・メディア

 昔から誕生しては消えてゆくリムーバブルドライブとそのメディアは、交換可能で、データを持ち運ぶことができ、データのバックアップなどに用いられてきた。年々増加する容量、向上する読み書きの速度、そして光系のメディアが放つ輝きとデザインは、多くのPCユーザーを惹きつけてきた。
 こうしたリムーバブルドライブの類はいつの時代も筆者の購買意欲もくすぐるのだが、いつまで経っても統一されることの無い規格と消え行くメディアを目の当たりにすると、手が出せない状況にある。21世紀を迎えた現代においてもなおフロッピーディスクは生きつづけており、その一方で一見これより遥かに優れているメディアが消えてゆくのである。

 リムーバブルメディアの優劣を示す指標はいくつかある。容量は、最も大衆の関心を集められるファクターであろうし、読み書きの速度、メディアの耐久性といった指標で機器の性能を知ることが出来る。また、ドライブ/メディアの普及度合いや参画メーカーとその力の入れ具合といった政治的要件も無視できない。そして、リムーバブル装置の価格を納得させるだけのデザインをドライブとメディアが有していることも重要なファクターであろう。

リムーバブルドライブ/メディアに期待される三つの機能

 リームーバブルメディアを導入する目的はいくつか考えられるが、以下の3つに大別されるのではないだろうか。
(1)HDDの補助, (2)データの保存, (3)データの持ち運び
の3つである。

 (1)の「HDDの補助」とは、主にハードディスク容量の不足を補う目的でリムーバブルメディアを導入する場合である。筆者が初めてFDD以外のリムーバブルメディアを導入した時の動機はこれであったし、現在でもこれを動機としてリムーバブルメディアを導入する人は多いのではなかろうか。
 しかしながら、「リムーバブルドライブでは、安いメディアを買い足していけば容量の不足は無いし,転送速度が多少遅くても我慢できる」という考えは、実は錯覚である。なぜならば、HDDの容量の増加は指数関数的であるのに対して、メディアを購入するという行為はリニア(直線的)であるために、リムーバブルメディアの容量は世の中のHDDの容量に比して圧倒的に不足してしまうのだ。そして自分が所有するデータも、どういうわけか世の中のHDD容量増加に呼応して増大していくものである。
 リムーバブルメディアの導入時点では「付属してきたメディアを埋め尽くすことが出来ない」程であっても、僅か数年でメディアの数が100枚を超える事態を良く見かけるのはこのためである。そして気が付くとHDDよりも経済性に劣るメディアを購入し続けていたりするのである。
 このように、「HDDの補助」という目的は、リムーバブルメディア導入によって解決しない公算が大きい。HDDの容量に不足を感じたら、素直に大容量HDDを導入するべきなのである。
 具体例を示そう。これを書いている時点で販売されている標準的なHDD容量は120GBで価格は内蔵型で1.2万円といったところか。そして、比較的大容量のリムバーブルメディアとして標準的に流通しているのは、書き込み可能型のDVDで容量は4.7GB, ドライブ価格は内蔵型で1.5万円程度である。経済的にどちらが有利か、明らかだろう。そして、リムーバブルメディアは一般的にHDDよりも遅いのが常である。よく考えよう。お金も大事だし、時間はもっと大切だ。

 (2)の「データの保存」とは、データを中・長期的に保存する目的であったり、あるいはHDDのバックアップ目的でリムーバブルメディアを導入する場合である。HDDはいつかは壊れて読み取り不能になる消耗品であり、あるいはハードウェア的に問題がなくてもソフトウェア的にデータが消されてしまう可能性もある。そのため、メディアの寿命が比較的長いリムーバブルメディアにデータを保存したくなるのは自然なことである。
 日本でMOやライタブルCD/DVDなどの光系メディアが市場を席巻したのは、このようなデータの保存を目的としてリムーバブルメディアが選択されてきたためではないか、というのが筆者の推測である。フロッピーディスクがあっさりと読み取り不能になってしまった、という自体を経験した人は少なくあるまい。こうした苦い思い出が日本において磁気系メディアを敬遠させてきたのではなかろうか。
 しかしながらリムーバブルドライブ導入にあたっては、メディアの記録寿命だけを念頭においていると痛い目を見ることがある。ドライブの機械的寿命はメディアの記録寿命より短いのだ。そしてドライブの製品としての寿命は更に短いことがままある。メディアに記録された情報が生きていても、ドライブが故障してしまってはこれを読み取ることは出来ない。そしてその時にそのメディアを読み取れるドライブが生産中止になっていたり、時のOSでサポートが打ち切られていたりしたら、そのメディアに記録されていた情報を読み取る手段が断たれてしまう。
 現時点でこのような事態はあまり見かけないようにも思えるが、かつて主流だったはずの標準8インチフロッピーや5インチのフロッピーももはや読み取りが困難な部類に入ろう。更に最近の例では5インチの光磁気ディスクやフロプティカルディスクなどもそろそろ読み取り困難となりつつあるメディアかもしれない。したがってデータの長期的な保存が目的ならば、導入する(または、した)ドライブの世の中における立場には注意を配る必要がある。そして雲行きが怪しくなってきた段階で次の世代のメディアにデータを移しておかないと、本当に取り返しがつかなくなる。たとえメディアの記録寿命が尽きていなくても、である。

 (3)の「データの持ち運び」とは、あるPCから他のPCへデータを運ぶことである。現代ではネットワークの発達によって比較的容易にデータの移動が行えるようにはなったものの、ネットワークから直接データを移送できないケースというのは意外に多く、データをPCの外に持ち出して他のPC上に持っていきたいという欲求は大きいものである。
 こればかりはメインの外部記憶装置と使用しているHDDではどうにもなり難い。リムーバブルメディアが最も必要とされるシーンなのではないかと思う。だからこそFDDは8インチから5インチ、そして3.5インチへと小型化が進んできたし、MOにしても5インチから3.5インチと移行したのではなかろうか。
 この用途でもっとも重要なのは、相手のPCでそのメディアの読み取り(できれば書き込みも)が可能であることだろう。いくら自分のPCから大容量かつコンパクトなメディアに書き込みできたとしても、相手のPCで読み取り不可能なようでは全く意味が無い
 このためデータの持ち運びを考えるなら、自分の想定する相手のPCでそのメディアが利用可能であるか、が選択の基準となる。特に想定する相手が存在しないならば、既に世の中でどれだけ流行しているかを基準とすべきだろう。

 かつては、フロッピーディスクがこれら3つの要素を全て兼ね備えていた。HDDが登場する以前は外部記憶装置としての主役の座を担っていたし、HDD登場後もしばらくは記憶容量の一端を担っていた。そしてデータの保存には事実上これしかなかったし、メディアは取り出して持ち運び可能で、どこへ持っていっても大抵読み取り可能だったのである。
 現在では、PCの能力の増加と利用形態の多様化に伴って、これら全ての機能を満たすリムーバブルメディアは残念ながらない。ポストFD不在の原因はそこにあり、そしてポストFDという考え方自体が幻想なのかもしれない。リムーバブルメディア導入にあたっては、導入の主目的が何であるかをよく考えた上で、リムーバブルメディアに多くを求めないことが肝要である。(06.Feb,2004) , 続く

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リムーバブルメディアの趨勢を占う要素とは?

 リムーバブルメディアの導入において、そのメディアが流行するか(あるいは流行しつづけるか)どうか、ということは「データの長期保存」および「データの持ち運び」の観点から重要であることが分かった。メディアの趨勢を占う要素は何だろうか?

 容量や転送速度といった性能、メディアの入手し易さ、メディアや装置の価格、接続の容易さ、扱いやすさ、カッコ良さなどが影響することは容易に想像できるが、どれも決め手に欠けている。
 例えば「容量が大きい」ことは次世代の記憶メディアの能力を測る一つの基準であるが、必ずしも容量が大きいメディアが勝ち残ってきたわけではない。5インチのMOなどが出た当時には間違いなく随一の容量だったが、メインストリームにはならなかった。
 また、メディアの入手し易さという観点も、リムーバブルメディアの流行とは必ずしも一致していない。例えば、MDをデータストレージとして扱うという試みも過去にあった。MDはコンビニなどでも入手可能で、しかも音楽の供給メディアとしての需要もあってかなりの数が生産されてきたが、ストレージ用途としては全く定着しなかった。また、通常のフロッピーの容量を32MBとして扱うものも登場したが、普及したとは言い難い。

 筆者は、リムーバブル・メディアの趨勢を占う重要な要素の一つとして、容量と転送速度とのバランスがあるように思う。言い換えると、メディア一枚の書き込み(および読み出し)にかかる時間が重要、ということである。
 これまでのリムーバブル・メディアの進歩の方向は、どちらかというと容量重視であったように思う。その結果転送速度が不足し、一枚のメディアの読み書きにかかる時間が異様に長い、という場面が珍しくなくなった。
 ここで想像力をはたらかせてみて欲しい。例えば1枚の書き込みに1時間を要するメディアがあったとしよう。例えそのメディアの容量がその時点で他に代替がない程までの大容量で、転送速度も最高速であったとしても、そのメディアを一人で数十〜百枚以上も消費するとは考えにくい。その時点で代替がないほどの大容量だとすれば、消費する枚数は多寡が知れているし、もし容量がそれほどまででなかったとしたら、1枚の書き込みに時間がかかりすぎたのではそんなに使用する気が起きない。つまり、メディアの生産枚数は限られてしまうということである。このような状態ではメディアの低価格化は難しいと考えるのが自然だ。

 そこで、容量と一枚あたりの書き込み時間の関係を整理してみたのが図1である(注意:グラフはメーカー発表の値や筆者の経験に基づく値が含められており、厳密ではない)。縦横軸はそれぞれ対数で表示してあり、また主要なインターフェイス(I/F)は桃色の斜め線で示してある。I/Fのラインが右下がりであることからも分かるように、同じ転送速度のI/Fに頼っていたのでは、容量の増大に比例して一枚あたりの書き込み時間が増大する。
容量1.44MBのフロッピーはグラフでは左端にプロットされており、容量がいかにプアであったかが伺える。しかしながら、縦軸に注目するとフロッピーは1枚の書き込み時間が約1分と、他のメディアと比較して“高速”であったことが分かる。フロッピーが永きに渡り、リムーバブルメディアの王者として君臨できた理由の一つは、ここにあったのではないか、と筆者は考えている。
 では消え去ったものを含めて、種々のメディアについて回想してみよう。リムーバブルメディアとしてはややイレギュラーではあるが、グラフには創生期のデジカメの内蔵メモリがプロットしてある。当時は主たる転送手段がRS232Cであり、せいぜい 192kbps 程度の速度しか出なかった。この速度では、僅か2MBを転送するのにも8分弱を要して、かなりの忍耐を強いていた。容量が上がるにつれて、当然読み書きにかかる時間は長くなり、16MBにもなると全て転送するのに実に1時間を要するようになってしまった。この方式が現在用いられなくなったのは、ごく自然なことだと理解できる。
 同じくデジカメからの転送手段として、「フラッシュパス」なるものが富士FILMから出た。これは、スマートメディアをアダプタを介してフロッピードライブに挿入し、読み書きできるというものだった。特別な読み取り装置も要らなかったので、まさに「何処でも読める」次期メディアとして期待されたこともあったが、フロッピーI/Fは所詮1MB程度の容量しか想定されておらず、容量の増大に伴って読み書きに要する時間がかかりすぎた。32MBの容量では1枚の読み書きに10分を要し、16MBでも5分。我慢の限界に近かったと考えられる。このため、時代の主流たり得なかったのだ。
 同様に、フロッピーを32MBで使えるFD32やSCSI接続なのに遅かったフロプティカルディスクなども同じことで、容量に対して速度が全く不足していたのである。これらのメディアが既に姿を消してしまったのも、当然の結果である。
 音楽用メディアが使えるということで注目されたMDも、やはり転送速度がプアであった。こうしてみると、「普通に使ってもいいかな」と感じさせる線の境界は、1枚8分程度にありそうである
 では、現在でもそこそこの支持を集めている 3.5インチMO(光磁気ディスク)はどうだろうか?128MBに始まった当時から1.3GBにも及ぶ最近のMOは、大体 3分強〜8分弱の間に分布している。MOはとりたてて遅いとは聞かないが、それほど速いとも耳にしない。この速度は「我慢はできるし実用的だがある程度の忍耐は必要なレベル」なのだと思う。そしてグラフからは、進歩が横方向、すなわち速度よりも容量に主眼が置かれて進歩してきたことが伺える。容量と転送速度もそれぞれ進化させてきたMOだが、一枚の読み書き時間という観点からは128MB時代から大きな進歩はしていないようだ。MOが普及しつつも主流になりきれない原因の一つなのかもしれない。あるいは、一枚の読み書きに要する時間が多少遅くてもそれなりに普及したのは、光系メディアのカッコ良さも一因かもしれない。

 これに対して、現在主流の位置を占めつつある CD-R/RW陣営を見てみよう。CD-Rはまず等倍速(150KB/s)から始まっている。この時代は、まさに音楽CDを1枚聞くのと同じだけ1枚の読み書きに時間がかかった。回想してみるとこの当時はCD-R/RWは傍流と見られており、CDメディアとして配布する必要がある人には向いているが一般向けではないという見られ方をしていた。そして書き込みできるドライブも30万円前後と安くはなかった。少なくとも、当時のMOドライブより数倍高価であったはずだ(CD-ROMドライブだってそれなりに高価だった。事実、筆者はCD-ROMを入手したのはMO導入後だった。)。
 しかしCD-R/RW陣営は“n倍速”という方向で進歩を続けた。図1における真上方向に向かって進化させたのである。8倍速が出た頃には「我慢の限界ライン-8min」に肉薄した。こと読み込みに関しては32-50倍速まで登場し、「さほど忍耐を要しない - 3min」の線にまで肉薄していたのである(現在では、書き込みもこれに肉薄している)。先行していたMOを追い越し、爆発的に普及したのも頷ける結果である。

 このような観点で見ると、DVD陣営は規格の統一が取れていないなどの問題点が指摘されているものの、実質的なユーザーの利便性指標である「一枚あたり書き込み時間」を縮めるという正統派の進化の方向を向いているようである。そして容量を暫く増加させない方針は、互換ドライブとメディアが長期にわたり供給されるというメリットも生む。DVD-ROMドライブも増えてきた昨今では、標準メディアの地位を固めつつあると考えるのが自然だろう。
 これに対してMO陣営は残念ながら容量増大に目が行っているようであり、筆者としてはこのままでは爆発的に普及するようには思えないのである。

 一部では、「ドライブとメディアの価格が安いことが普及のカギ」といった記述も目にするが、筆者は逆であると考えている。勿論、構造上メディアの価格が下げられないものは普及しにくいかもしれないが、そうでなければ,「普及したドライブとメディアは安くなる」のである。そして「一枚あたりの読み書き時間」は、普及のキーの一つと考えられる。(あくまでも「キーの一つ」である。zip, jazz などは、一枚の書き込み時間は短かったが、残念ながら日本では磁気メディア・アレルギー(?)により流行は限定的だった。かの合理主義の国では標準となったのだが・・・。)

 え、BuleRay(23GB DVD)?,ホログラフィック記録(200GB, 200MB/s)が主流になるかも??。心配することはない。図1を見れば分かるとおり、いずれも我慢の限界ラインを下回っている。今後主流になる可能性は十分あるが、こうした先物を急いで入手すると、主流になった頃には安くて速いドライブがもう一台欲しくなっている事だろう。
 またこれらのメディアの本格普及には、高速I/Fの普及を待たなければならない。例えばBuleRayなら 3Gbps級のI/F(IEEE1394bの最高速レベル)の普及が必要だろうし、ホログラフィックに至っては未だ見ぬ 1Gbytes/s 級のI/Fが普及することが要求されるのだろう。(11.Feb,2004) , まだ続く

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[番外] 切手大の1GB媒体“Info-MICA”を考える (14.Feb,2004)

 つい先日「ホログラフィック記録?心配することはない」と書いた矢先に NTT から Info-MICAなるホログラフィック・記録メディアが発表された。2005年には量産を開始し、量産時には1GBで 100〜200円, 読み出し装置は数千円とする予定だそうだ。また、将来は10GB以上の記憶容量を目指しているという。
 開発元のNTTによれば、狙いは半導体ROMの代替とのことで、必ずしもパソコン用のリムーバブル媒体を目指しているわけではないようだ。しかし、PCユーザーとしては“ホログラフィック記録媒体”のポテンシャルは気になるところである。

 そこでまず、筆者のかねてよりの主張である「一枚あたりの読み書き時間」からこのメディアの行く末を考えてみたい。NTTによれば試作機の転送速度は消費電力を抑えた結果、転送速度は 1.5Mbps とのことである。1GBのメディアに対して 1.5Mbps で通信すると、1枚のメディアを読み出すのにかかる時間は約90分である。これは現実的な数字とはあまり思えない。
 1.5Mbpsという転送速度がどの程度のものかというと、(額面通りの速度が出たとして)10Mバイトで約1分を要する速度である。これはフロッピーI/Fに毛が生えた程度の能力であり、このままの通信速度では巨大な情報にアクセスする用途には向いていない。このため、1GBという容量を使い切るのではなく、容量の一部分のみを使う形になるのかもしれない。
 また、「将来的には 10GB 以上を目指す」と、容量拡大には前向きなコメントがある。その一方で転送速度については、『ホログラムメモリは、2次元でデータを読み出すため本来非常に速いデータ読み出し速度を持っています。家庭内や車で利用する場合など、消費電力を気にしない環境では、もちろん、さらに転送速度を大きくすることも可能(引用)』と具体的な数字には触れていない。今後転送速度が著しく(数十〜百倍以上)引き上げられるのか、それとも10GBで900分という未曾有のメディアが完成するのか、未知数である。

 筆者は技術的なことは良く分からないが、“Info-MICA”のようなホログラフィック記録メディアが今後どの程度の可能性を持っているのか、興味はある。そこで、NTTの研究紹介をもとに容量・速度的な進歩のポテンシャルを推測してみたい。以下は全くの素人(筆者)による妄想・憶測を含んでおり、多分に誤りが含まれている可能性があることを断っておく。
 “Info-MICA”は、媒体にホログラムとして記録された情報を、半導体レーザーでホログラフィとして再生し、その像を撮像素子で読み出すものであるようだ。そして解説によると、媒体の容量は撮像素子の微細さに依存しているとのことである。ホログラム自体には更に高い記録密度で記録されているものの、撮像素子には安価なCCDを使用するために実際に読み出せる容量はそれほど大きく出来ない、ということのようだ。これならば、確かに撮像素子を微細化できれば大容量を実現できそうである。
 一瞬理解に苦しむのは、転送速度である。CCDやCMOSを撮像素子として使うのであれば、安いものを使用しても読み出しクロックは14MHz程度はあろうから、これが律則になっているのではなかろう。そしてホログラフィ自体はレーザー光が当てられれば即座に再生されるものだから、NTTの解説どおり“本来非常に速いデータ読み出し速度”を持っているのだろう。すると、転送速度を律則しているものは何なのだろうか?
 解説では「消費電力さえ気にしなければ・・・」とあり、これをヒントに考えてみるとInfo-MICAの速度の制約は露光時間なのかもしれない。解説を「レーザーの出力さえ上げられれば・・・」と読めば、納得できなくもない。

 もし Info-MICAのようなホログラフィック記録メディアの急所が露光時間にあるとすると、実は重大な問題を内包していると言わざるを得ない。すなわちこれは、記録密度の向上に伴って読み出し速度が落ちる可能性があることを意味しているからだ。記録密度を向上させることは、単純に撮像素子の微細化を図ればよいことのように思えるが、撮像素子の微細化を図ることはすなわち素子の開口面積が減少して感度が下がるために、より一層長い露光時間が要求されるためだ。
 また解説には「二次元で読み出すため・・・速い」とあるが、撮像素子からの転送はシリアルであり、二次元的にランダムに読み込みを行えるわけではない。このため、撮像素子の微細化を図ると1回あたりに読み込まなくてはならないデータ量が増大し、ランダムアクセスに対して速度が低下する可能性もある。
 なので、消費電力を気にせず、かつ高速な撮像素子を用いれば高速化は確かに可能ではあるが、記録密度を増大させるほど読み出しは遅くなるという本質的な問題を抱えている可能性がある。

 ここで気になるのが、NTTの発表内容では容量の増大については見通しが示されているものの、転送速度については見通しが不透明なことである。筆者としては、記録密度向上よりも転送速度向上に対して前向きに取り組んだほうが良いのではないかと思う。
 ホログラフィック記録は次世代のメディアとして非常に有望だと思う。そしてそれを実用化に漕ぎつかせたNTTの技術者に対して、素直に敬意を表したい。しかし、その時代がやってくる頃にスタンダードの地位を獲得するのは、容量と転送速度を程よくバランスしたメディアだろう。それは Info-MICA ではないかもしれない。

※ この記事には筆者の妄想が多分に含まれています。誤った内容もあるかもしれませんので、ご注意ください。(15.Feb,2004)

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リムーバブルメディア評論2004 光系媒体MO編

 ここまで、リムーバブルメディアについてその利用形態と趨勢を占う要素とについて論じてきた。本来、刹那的な論評は本サイトの趣旨ではないが、ここでは過去の進化の歩みから、2004.3月時点における光系メディアの位置づけを確認してみたい。

 MO系:
 128, 230, 540, 640MB, 1.3, 2.3GB と容量が進歩してきたMO(光磁気ディスク)だが、ある程度普及はしているものの、どこでも読み出せるというほどの普及には至っていない。その主原因の一つは一枚あたりの読み書き時間が殆ど横ばいであることだ、という筆者の観測は既に述べた。

 メディアの容量の増えつづける様子をグラフ化してみたのが図2である。128MBのMOが発売された1992年頃から230MBのMOまでの間は、MOの容量の進化は遅かったが、230MB以降はほぼ直線的に容量が増加している。図2の縦軸は対数ではなくリニアである。これの意味するところは、MOの容量増加はHDDに対して全く歯が立たず、このような容量増加のストラテジではこれからも歯がたつことがなさそうだということを示している。HDDの容量増加の縦軸は、対数なのである。もっとも、これはグラフに表すまでも無く、現在最高容量のMO(2.3GB)と激安PCに搭載されているHDDの容量を比較すればすぐ分かることだ。このため、MOはデータのバックアップ用途に関しては威力絶大とは言えない。

 そして、年を経るごとに増えていく容量も問題である。確かに、新しいドライブは下位に対して互換性が常に保たれてはいるものの、使用できるメディアの種類はどんどん増え続けている。
 そこで次に新しいメディアが出るまでの間隔に着目してみると、230MBから1.3GBまでの間は約2年間隔で新しいドライブが出現している。これは既に購入したユーザーにとっては迷惑千万である。せっかく購入したMOも、2年もすると新しいのが出現し、そして新しいメディアは自分のドライブでは読めないのだ。もともと将来のドライブに対して互換性を持ったドライブを作っておくことは出来ないのだから、自ら「何処でも読める」という利便性を損なっているようにも見える。つまり、配布メディアなどのように「データの持ち運び」を意識した使い方も、成立する範囲が限られるということである。MO陣営がこのような容量増大スタンスを取りつづける限り、メジャーな配布メディアとしての地位は獲得できないのではないか、と筆者は見ている。
 1.3GBから2.3GBに移る過程では4年をかけているから、MO陣営は改心しているようではあるが、結局ユーザーにとっての利便性指標である「一枚あたりの読み書き時間」はその間に大きく進歩しなかったのであるから、他のメディアに追い越されるのは必然だろう。「MOは速いんだ、そしてCDは遅いんだ」という主張は残念ながらかなり虚しい。

 さて、MOというものについてかなりネガディブな意見ばかりを書いてしまったが、特に他意があるわけではない。少なくとも筆者はMOユーザーである。128MOなどはかなり高価なうちに購入した。
 MOのメリットは何と言っても HDDのような感覚で扱えることにあるだろう。直接ファイルを実行したり、あるいはドラッグ&ドロップでコピーできる手軽さはメリットといえる。しかし残念ながら、果たしてそれがリムーバブルメディアに求められることであるかどうかは謎である。確かにMOの発売当初は「HDDの補助」という目的でのMOは存在価値が高かったが、現在では著しく性能向上したHDDに対して容量もコストも著しく劣るMOを導入する理由になるだろうか?
 筆者のMOドライブが230MBで打ち止めであるのは、そのあたりの謎が納得できるまでに解明されていない点と、同様の利便性は既にフラッシュメモリなどのメディアで得られるためなのかもしれない。

 全く独断と偏見に満ちた意見ではあるが、MOは自分の周囲のローカル・コミュニティで標準である場合には導入する意味があるかもしれない。周囲にすでに所有している人が数名いて、自分も、というのであれば、かなり便利に利用することが出来るだろう。
 筆者がMOを現在も所有しつづける理由はそこにある。周囲にMOでの受け渡しを希望する人間が居るからだ。しかしながら、彼らのところにCD-RやUSBキーでデータを持っていっても決して嫌がられないのは何故だろうか・・・? (15.Mar,2004)

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リムーバブルメディア評論2004 光系DVD編

 光系メディアのもう一方の雄は、CDやDVDに代表される12cm系裸族媒体だろう。CD-ROM/R/RW についてはもはや既に標準メディアの地位を確保したと言っていいだろう。その一方で、似た媒体「DVD」は如何なものだろうか? 果たしてそろそろ買い時なのだろうか? ここでは、例によって過去の進化の歴史に基づいて評論してみたい。
 ご存知の通り、CD-ROM/R/RW はn倍速という速度重視の進化路線を歩んできた。CD-ROMの発売当初(1980年代末頃)は 150KB/s と転送速度いうであり、まさしく一枚1時間以上という随分と遅いメディアであった。CD-ROMは OSやアプリの容量が増大するにつれて、配布メディアとして用いられるようになり、2倍,4倍と速くなり、気が付いたら50倍速超という速度にまでなっているのである。

 この進歩の流れを、一枚あたりの読み書き時間を縦軸にとって示したのが図3である。登場以来速度は早くなり、一枚あたりの読み込み時間もどんどん短くなった。そしてCD-ROMドライブが完全に「普及した」と言えるようになったのは、6〜8倍速ドライブが出現して一枚あたり10分を切り出した1995〜1996年頃だろうか(そういえば、Win95はフロッピーでも供給されていた)。そして、現代でも「普通に使っても良いかな」と妥協できるラインは、やはり8倍速あたりにあるような気がする。やはり、我慢の限界ラインは一枚8分あたりと考えられ、その近辺で普及が加速するようだ。
 一方で、CD-ROMの書き込み可能メディアである CD-R はどうだろうか。2001年頃まではCD-ROMとほぼ同じ傾きで進歩している。そして CD-ROM に遅れること約3年のディレイがあるようだ。

 では、今をときめくDVDはどうだろうか。DVD-ROM もCD-ROM/CD-R と同じような傾きで進化の路線を辿っていることが分かる。そして DVD-ROMドライブが普及してきたのは 2000〜2001年頃だろうか。やはり丁度一枚8分を切るあたりで普及期を迎えている。但し、2002年以降はどういうわけか16倍速で足踏みを続けている。これはインターフェイスがボトルネックになっているのかもしれないし、なにか技術的な壁があるのかもしれないが、詳細は良く分からない。案外、16倍速以上には現状でさほど需要がないことを CD-ROMの進化から学んだのかもしれないし、あるいは書き込み系DVDの覇権争いで開発リソースが降って来づらくなったのかもしれない。
 そして、書き込み系DVDである。書き込み系DVDは、±R/RW だの RAM だのと規格が様々であるが、CD-ROMと同様に約3年のディレイでROMメディアを追随している。そして普及の扉を開く1枚8分の壁は2003年に破られており、現在もなお高速化の動きがあるようだ。
 2004年現在、書き込み系DVDは完全に普及期に入りつつあり、現在販売されているドライブは今後も永らく使用が可能な実用ドライブだと考えられる。筆者は最新デバイス類を導入するのに対しては慎重派だと自認しているが、今書き込み系DVDドライブを導入し、今後多少価値が下落したとしても、比較的長期間にわたって実用に供してくれるだろうと考えている。
 では、どのくらい長持ちするのだろうか? それは、CDからDVDに至るまでのディレイを観察してみれば大体想像がつく。そのディレイはほぼ 5〜6年である。ブルーレイが書き込み系DVDの登場から遅れること5年であるから、これが実用域に達するまでには、やはり今から5年程度はかかると読んでいる。したがって、現在書き込み系DVDドライブを導入すると、あと約5年程度は次世代のドライブにやきもきする必要がないということだ。(もちろん、どんどん次世代ドライブが発売されて雑誌などは煽るのだろうが、結局その段階で導入すると後で速いのが欲しくなるだけだろう。)

 さて、書き込み系DVDでもう一つの興味は、乱立する規格だろう。正直に言うと、どの規格がよいのか筆者にもさっぱり分からない。用途によって(例えばDVDビデオ再生機向けに配布するとか)向き不向きはあるだろう。ただ、データを保存するということを目的としたときに一つ言える事は、ドベメディアを選ばないことが重要だということだ。
 どんなメディアがドベなのか?それは転送速度の進歩が遅いメディアかもしれない(そんなメディアは大量に使う気が起きない)。あるいは物理的に他人のドライブに挿入できないメディアかもしれない。12cm系裸族メディアにおいて、規格が違うのはともかくとして物理的に入らないのは将来読み取り不能になる恐れがある。いくら便利だといわれても、前述のように所詮ドライブの製品寿命自体が5年程度で、長く使えて8〜10年というところだから、長期のデータ保存には慎重にならざるを得ない。そろそろ買い替えとなったときに遅いドライブを使って次世代メディアにせっせと移行させる作業はあまり体験したくないし、ドライブが壊れた際に負けが決定しているドライブに大枚はたく体験もしたくないものだ。(19.Mar,2004)

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リムーバブルメディア評論2004 シリコン編

 先に評論したMOやDVDというは、リムーバブルメディアとしての利用形態としてはデータの長期保存に主眼が置かれているものであると思う。これに対して、かつてFDが担っていたデータ持ち運びに対してはどうであろうか?MOやDVDも、確かにデータの持ち運びという目的で用いることもできたが、「データ持ち運び」に対して要求される「何処でも読み書きできる」という点においては今ひとつと言わざるを得ない。CD−R/RWのようなメディアは、確かに殆ど何処でも読めたが、何処でも書けるという状態にはならなかった。
 この用途に対して最近、フラッシュ・メモリ(USBキー, CompactFlash, SD, MemoryStick, etc..)の台頭が目に付く。フラッシュメモリは容量あたりの単価が高く、データ保存という目的に対しては全くペイしない。しかしながらUSBによる読み書きが可能な現代では、「何処でも読み書きできる」という観点においては頭一つ抜け出たと言ってよいだろう。もちろん、USBに接続可能なポータブルのMOやDVDドライブは存在するが、「データの持ち運び」が目的であるのにデカいドライブを持ち運ぶのは本末転倒な感が否めない(特殊なシチュエーションでは、勿論存在価値がある)。
 データ持ち運びという用途に対しては、2004年現在では、そのサイズも含めてフラッシュメディアが最も有効なメディアであると思う。これはきっと筆者だけが思うところではないだろう、と、周囲を見渡しながら納得している。

 フラッシュメモリが爆発的に普及した背景には、USB接続が可能になったことがあるが、そもそもフラッシュメモリはリムーバブルメディアとしての素質を有していた。一枚あたりの読み書き時間が十分に短いのである。本ページの最初に示した図1には、実は"CF"としてコンパクトフラッシュの点がプロットされている。比較的低速なコンパクトフラッシュでも、64MBの容量まではフロッピーを上回る1分未満である。そして512MBまでは我慢の限界8分を超えない。こうしたフラッシュメモリに対して、新フロッピー感覚を謳うサプライヤもあるが、納得である。
 データの持ち運びという目的に対しては、USBキーやコンパクト・フラッシュをはじめとするフラッシュメモリに対抗できるメディアは、2004年現在には存在しないというのが筆者の観測である。
 注意を要するのは、1GB超のメディアである。我慢の限界ラインをやや超えているようだ。もっとも、フラッシュメモリ陣営も読み書き速度に対しては非常に前向きに取り組んでいるようだし、転送速度の高い規格も存在する。例えばSDカードであれば、4GB程度までは快適に使用することができるだろう。このような高速化に対する前向きな姿勢は、フラッシュメモリ陣営の地位を安泰なものにする重要な要素だろう、というのが筆者の観測である。逆にその限界はUSB2.0の速度近辺にあるだろうとも考えられ、10GBを超える容量の時代がやってくるころには、PCとの接続方法を考え直さなければならない局面を迎えるのかもしれない。まあ、ずれにしてもまだ先の話で、当面持ち歩きメディアとして安泰だろう。(26.Mar,2004)

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2層記録 DVD+R DLはどんなものか

 近頃流行の兆しを見せているリムーバブルメディアに、2層記録のDVD+R DL(ダブルレイヤー)というものがある。ただでさえ規格が乱立している記録型DVD にあって、またしても新規格がお目見えしたわけである。
 これは、ご存知の通り記録層を2層として記憶容量の倍増を図ったものである。その上、通常のDVD-ROMドライブで読み取り可能、という謳い文句だ。一枚のディスクに8.5GBを記録できるこの規格は、現在普及価格帯で導入できるリムーバブルメディアとしては最高容量であるかもしれない。はたして、現時点でこのDVD+R DL はどの程度使えるものなのだろうか?また今後主流の地位を獲得できるのだろうか?

 まずは筆者のかねてよりの主張である1枚当たりの書き込み時間を考えてみたい。2004年7月現在入手可能なダブルレイヤー DVD ドライブは 4倍速が最速であり,普及機は2.4倍速といったところである。メーカーサイトを眺めてみると、4倍速で1枚あたり25分を要するとのことだ。どうも、DVD+R DLの倍速表記は、単層DVDの標準転送速度を基準にしているようである(当然か。)。
 この値は“1枚8分の壁”には遠く及ばず,書き込み速度は未だ十分でなく、使い勝手の面ではかなり遅いメディアとして使用することを余儀なくされそうだということだ。つまり、猫も杓子も「DVDは Double Layer だネ」となるにはまだ少し時期早尚であるように思えるのである。
 では、どのくらい時期早尚なのだろうか。それは図3上に DVD+R DL の実力値1枚25分を 2004年の位置にプロットしてみると分かるのだが、大体書き込み系DVDより遅れること3年である。書き込み系DVDが1枚8分をクリアしてブレイクしたのが2003年のことであるから、DVD+R DLがブレイクする時期が来るとすると 2006年以降となるだろう。ダブルレイヤーDVD が1枚8分の壁を破るには、少なくとも12倍速以上の転送速度が必要なのである。  このような状態であるので、即座にDVD+R DLの天下がやってくるわけではないと予想できる。また、読み取り可能なドライブがどのパソコンにも搭載されているわけではないという点において、ライタブル系DVDやその先人たるCD-R とは少し事情が異なるということも意識しておいた方が良さそうだ。謳い文句ではDVD-ROMと互換性が高いことになっているが、噂を探ると,必ずしもその通りという訳ではないようだ。もっとも、このような現象はかつて CD-RW にも見られたことである。ファームウェアのバージョンが上がることによって DVD+R DL メディアも市民権を得て、主流となる可能性は勿論十二分にある。
 但し2004年7月の現時点では、メディア価格はDVD-Rメディアと比較して 2倍の容量で価格が5倍(DVD-Rが5枚で1500円, DLは1枚1500円)程度と割高である。そしてダブルレイヤーのメディア価格が、現在の DVD-R並に下がるのは、大量のメディアを消費する気が起きる程度にドライブが高速になり, 主流になることが決まったのことだろう。したがって、現段階でこれを導入しておいて主流になる時期(そしてメディア価格が下がる時期)を待っていると、やはり主流になった頃に速いドライブが欲しくなることにはなりそうである。

 ここまで、ややネガティブに評価してしまった DVD+R DL ではあるが、ドライブ価格自体は結構安かったりする。ちょっと前の記録型DVDドライブに近い価格設定か、5,000円高くらいだろうか。また、ライタブルDVDドライブとしても比較的高速な部類に入るものが多い。したがって、2004年現在にDVD+R DL対応ドライブを導入したとしても、高速DVDライタとして使うことだけを考えてもさほど損というわけではない。
 むしろ気をつけねばならないのは、万が一,数年経ったのちに主流にならなかった場合,記録したメディアを読み取る手段に困るおそれがあるということだ(万が一である)。DVD+R DLを読み取り可能なドライブが標準でない現時点で,その最新メディアをデータ保存に使用するのは少々リスクが伴うということを認識して使う必要があるだろう。これまでのリムーバブルメディア戦国模様を眺めると、必ずしも全てがバラ色だったわけではないのだ。

 さて DVD+R DL の登場は,“5年は次世代メディアにヤキモキする必要がない”と思われたライタブル系 DVDにとって,ブルーレイまでの穴を丁度埋めるカタチになっている。しかしながら、現時点ではその速度は十分ではない上に将来は約束されていない。とりあえず、焦って人柱になる必要はなさそうだ。
 個人用として記録系DVDを未導入の筆者としては,記録型ダブルレイヤーDVD は気になる存在ではある。ただ、現時点ではダブルレイヤーの登場によって価格が低下気味の DVDマルチドライブの方が気になる存在であったりもする。
(15.Jul, 2004)

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DVDの速度の限界と媒体の限界

 筆者は以前にDVDの読み込み速度に関して『2002年以降はどういうわけか16倍速で足踏みしている』と書いて,その理由をI/Fの転送速度などではないかと書いてみた。しかし全く迂闊にも,こちらの記事を読むまで気付かなかったのだが、その理由はディスクの強度にあったようである。回転数を高めてゆくと、媒体の強度が持たず,ドライブ内部で破壊してしまうというのだ。
 CD もその限界の速度は50倍速ちょっとのところにあり、回転数の限界はおよそ1万rpmほどであるようだ。DVDでは、これが16倍速ほどでその限界に当たっていることになる。DVD はCDと比較すると記録密度が向上していてその分転送速度も向上しているのだが、HDDの頁で考察したように、悲しいかな容量は面的な増加を示すものの,転送速度は線的な増加しか示さないのである。したがって、その分は回転数で補わなければリムーバブル・メディアのアキレス腱たる一枚あたりの読み書き時間を短縮することができないのだが、さしもの回転数も材料強度の限界に当たって向上できなくなりつつあるのだ。それは、ヘッドのサーボ能力でも振動といった制御的な問題ではなく、強度の問題という比較的プリミティブな問題なのである。原始的な問題ほど解決が難しいものだ。

 DVDやCD の媒体の素材はポリカーボネートというエンジニアリング・プラスチックの類であり、その機械的性質を調べてみると、形が維持される(塑性変形しない)限界の応力(単位面積あたりの力)は 63MPa(降伏応力) ほどである。普通の鉄でも数百MPa 程度の強度を有しているので、金属に比べれば強力な材料ではないらしい。
 回転する円板に作用して破壊させようとする応力は、円板の内側で円周方向に引き裂くようにはたらく。つまり,回転数過多で破壊するディスクは、はじめ円板の中央付近から外周に向かう亀裂を生じて割れるのだろう、と想像できる。そして、(面倒なので算数は割愛するが)作用する応力はディスクの厚さや剛性(弾性係数)には関係なく、材料の密度と回転数に依存する。特に回転数に対しては2乗で効くのでセンシティブである。
 冒頭で紹介した記事によれば、DVDにとって16倍速(1万rpm)が限界とのことであるが、果たしてこれはどの程度の安全率をみているのだろうか。「これ以上速くするとディスクが破損する」と言われては、気になってしまうところだ。試みに筆者が計算してみたところ、安全率はおよそ4であった。つまり元に戻らないほど変形するには、10,000rpmの回転によって生じている力より4倍かけないと壊れないということだ。勿論,ディスクの読み出しの際には振動も発生するし,ディスクはそれほど理想的に一様ということもないだろう(表面のラベルや文字の印刷もある)。そして加・減速するわけだから、筆者の計算よりは大きい力がディスクにははたらく。ドライブメーカーがどのように設計しているかは知らないが、安心して使える範囲としてDVDの16倍速という値はかなり限界に近いことは間違いなさそうである。
 なお、4倍安全を見ているということはまだ少し改善シロがあるようにも思えるが,前述のとおり応力は回転数の2乗で効くので,例えば20,000rpm ではポリカーボネートのディスクは確実に壊れることになる。つまり転送速度という観点での回転数は,ほぼ限界に近づいているのである。

 さて、こうしてみると光系裸族メディアにも限界が見えつつあるように思えてくる。材料の強度というのも時代と共に向上していくものではあるのだが、少なくとも情報機器のような指数関数的向上を望むことは出来ない。Blu-ray などは完全にDVDの延長線上にあるわけだが、おそらくこの強度問題のためにn倍速というスタイルでの進化を遂げることにも限界がある。ホログラフィック記録というのも、転送速度云々以前の壁が立ちはだかっていることになる。
 だとすると、リムーバブル・メディアというもの自体の発展性あるいは存在そのものに疑問符がつく時代が到来する可能性を否定できなくなってくる。こちらで書いたように、通信速度の進歩のスピードがHDDの進歩の速度を上回って推移していることなども気になる。強度問題をとりあえずのところクリアするにはディスクのサイズを小さくするしかないのだが、何かとトータル容量ばかりをネタにし易いこの業界はその問題をどの程度気にするのか、興味深いところである。(因みに,前稿の DVD+R DL は8倍速までは到達できる見通しである。)(19.Jul, 2004)

[訂正 7.Aug, 2004] 因みに,前稿の DVD+R DL は16倍速までは到達できる見通しである。(すなわち、単層DVD8倍速と同程度)
[追記 7.Aug, 2004] 転送速度向上に関しては、かつて複数のレーザービームを用いて高速化するという手法が CD-ROM において採られたことがある。Blu-ray もその路線を歩むことになるかもしれない。また回転速度向上に対しては、真中の穴をなくすということも対策としてはアリだが、採用は難しそうだ。

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Blu-ray に見る記録媒体の“線と面”

 前稿ではディスクの強度問題のために,「n倍速というスタイルでの進化を遂げることにも限界がある」と書いた。ではどのくらいのところに限界があるのかというのは、実は筆者も把握していなかった。Blu-ray やHD-DVD などの青いレーザーを利用したドライブは未だPC用のストレージとしては出回っていない。唯一 S社から Professional Disc for DATA という Blu-ray とも HD-DVD とも非互換の独自ドライブがあるのみという状態だ。当然ながら“n倍速”などというのも出回っていない。
 そんな状態で先の限界など予測することは難しいのだが、DVDはじめとする12cm系裸族メディアの現状把握と今後の見通しを立てる目的で、図4に示すような整理を行ってみた。図4の年代は、各メディア(*CDについては CD-ROM)がお目見えした年代をとってあり,縦軸に転送速度と容量をとってプロットしてある。転送速度については、1倍速(等速)の転送速度のほかに、1万rpmまで回転数を上げた場合の転送速度(額面最大値)を示してある。(注意:図中の白ヌキ赤三角(1万rpm転送速度)のプロットは、プロットされた年代で実現できていたことを示していないので注意されたい。) また、縦軸は対数である。

 まず注目したいのが、“容量”と“1倍速転送速度”の進歩の様子だ。グラフの赤・青実線が平行であることにお気づきだろう。すなわち、容量と1倍速転送速度の進歩のスピードはほぼ等しいということだ。これは、1倍速の転送速度は技術的な理由によって決まっているのではなく、ターゲットが要求する容量と転送速度から決まっているためだ。
 例えば、CDの場合は「音楽を74分記録・再生できる」ということであるし、DVDの場合は「圧縮動画を 2時間記録できる」ということから決まっているわけだ。 Blu-ray もこの延長にあり、「HD(High Definition)動画を 2時間記録できる」ことを目標にして企画が策定されている。転送速度は扱うデータの質によって決定され、容量は目標とする記録時間から決定されているのであって、規格自体は技術動向をそのまま表したものではない。赤・青実線が平行になっているのは、人工的にそうなるように規格が策定されたためなのである。

 そこでプロットしてみたのが,ポリカーボネイト12cmディスクの強度限界である1万回転まで上げた場合の転送速度だ。赤い破線で示された50倍速のCD-ROM(7.5MB/s)から16倍速のDVD(24MB/s)への進歩の傾きは、容量や1×転送速度の傾きよりも緩やかであることがわかる。これは以前にも書いたことがあるように、HDDの場合と同様に、容量の増大が面的であるのに対して転送速度は線的であるためだ。つまり、転送速度は容量のほぼ平方根に比例する。
 とすると、次世代青レーザー記録媒体の一つである Blu-ray の転送速度はどこまで行き着けるのだろうか? それを、容量のルートの比から計算してみたのが図4の右上にプロットした点である。容量の値から計算してみたが、これはそれぞれの記録密度(DVD:2.7Gbit/inch^2, Blu-ray: 16.8Gbit/inch^2)のルートの比で計算しても近い値になる。
 Blu-ray が目指せる限界は、最大およそ60MB/s程度である。これはn倍速という表現で言うと、13倍速に相当する。プロットを見ると、CD, DVDのほぼ延長線上にあり、「転送速度は線的」という仮定が大間違いではないことが示されている。額面速度からすると、筆者が提唱する一枚8分に到達するためには Blu-ray の進化の最終段階を待たなければならない。勿論,これは最大の値であり、全てがこの速度で読み出せるわけではないので実質的には一枚10分程度を目指すことになるのかもしれない。

 こうしてみると、Blu-ray は12cm光系裸族媒体として,標準媒体に君臨できる可能性のあるギリギリにいるようだ。HDDは相変わらず容量増大を続けているし、ネットワークも速度が上がっている中で、規格争いを繰り広げている余裕があるのかどうかは微妙である。Blu-ray vs HD-DVD という構図で考えがちではあるが、実は競争相手たるネットワークやHDDの性能は、DVDの時よりも更に先を歩んでいるということにベンダ達は気付いているのだろうか。
 もっとも、2004年の現段階においては,小市民たる筆者にとっては青色レーザー系媒体には全く手が出ない。12cm裸族媒体の初期段階にありがちな衣を纏っている点も気になる。衣には開けられるタイプと開けられないタイプがあるらしく、今後やっぱりコロモが脱ぎ去られるという可能性も考慮されているようだ。いずれにしても、もし必要に迫られたとしても,将来物理的に挿入不可能になるおそれのあるメディアの購入は控えておきたいところである。(20.Sep, 2004)

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記憶媒体の“殻”に見え隠れするベンダの思惑

 これまで、リムーバブルメディアについて色々と書いてきた筆者だが、とりわけ記録媒体のコロモと言うか,に対しては、注意を払うべしという趣旨のことを何度か書いてきた。記録媒体自体は,磁気テープだったり、磁気ディスクであったり、ポリカーボネート製の光ディスクであったり、あるいは半導体メモリであったりするわけで、これらに対して衣を着せるというのはそうそう不自然なことではない。
 フロッピーなどは殻やジャケットがなければ文字通り floppy なワケで、普通には利用できようもない。フラッシュメモリにしても,剥き出しの半導体チップや基板を持って来られるというのも考えものだ。光ディスクにしたって、塵埃や指紋の付着問題を考えれば何らかのケースに入っているほ方が安心できるかもしれない。
 こうした記録媒体やそのドライブ装置のベンダも、何某かの理由を謳って様々な“形”のメディアを世に送り出しているワケで、勿論その謳い文句に故無し,とは筆者も思わない。だがその一方で、果たしてそれが謳い文句の通りだったか、については疑いの目を向けている。10年位前の話だが、CD-ROMのキャディーについて「4倍速以上の高速読み出しには不可欠」とか「読み出しの安定性が高い」などと吹聴されたこともある。現在ではキャディなど見かけるのが稀なことは周知の通りだ。DVDにしても、当初は「非常に記録密度が高く、埃に弱く、書き換え可能媒体ではケースは不可欠」として開封不能なケースを纏って登場した 2.5GB DVD-RAM だったが、4.7GBに記録密度が増加してケースは開けられるようになった。Blu-ray に至っては、規格の段階で既にして開封可能なケースも用意されている。

 さて、右の写真を見てみよう。フラッシュメモリ用のスロットが沢山掘ってある,所謂「6-in-1」スロットだ。フラッシュメモリは現在デジカメや携帯などにも用いられ、浸透している記録媒体なのだが、その規格は乱立気味である。
 規格は乱立しているのだが、写真のようなUSB接続のアダプタを介することによって、昨今では大抵のメディアを読み書きできるようになっている。こんな僅か3千円足らずの読み書き装置で多くのメディアに読み書きできることから分かるように、詰まるところ,それぞれのメディアは形こそ違っていても中身については大同小異なのだ。

 では何故、大同小異で形が違うものが多数出現するのだろうか。勿論、それは装置のベンダが言うように、それぞれの形にはそれぞれの特質があるのだとは思う。だがそれとは別に、その答えは特許庁で閲覧できる文書の中にあるのではないか、と筆者は見ている。他社が特許を取得してライセンス商売に走れば、競合他社は別のカタチのものを作らざるを得ない。要するに、「出来ることならば自社で独占したい」,「他社に独占は許したくない」という商売の都合が様々なカタチを生んでいるのではないか、ということだ。
特許3501104号公報の図4より引用  具体的な例を占めそう。左の図はS社の特許3501104号公報で公開されている“メモリカード”の図だ(詳細はこちらで文献種別をBとして検索できる)。この公報を読んで頂ければすぐに分かるが、この特許はメモリカードの方式や読み書き技術ではなくカタチを権利化したものである。第1の請求項(特許の権利範囲)もそうだが、請求項4には “上記カード本体は平面形状が挿入方向に長い略長方形とされ、短辺の長さが長辺の長さの1/2以下とされていることを特徴とする請求項1記載のメモリカード。”(引用) などとある。
 要するに、中身の如何を問わず,このメモリカードと同じスロットに挿さるものは似た形状のものを含めて全て権利として押さえられているというわけだ。勿論、発明した会社の権利は守られて当然である。その一方で、似たような機能・中身の製品を他社が出そうとすれば、ライセンス料を支払うか,別のカタチにするかの二者択一を迫られることになるわけだ。このような場面で競合他社が後者を選ぶというのも、不自然なことではないだろう。

 このようにリムーバブル・メディアにとって、特別なカタチを与える“殻やコロモ”は権利を主張する一手段という場合もあるということだ。勿論、光ディスクに関してもそのカートリッジの形状やシャッターの構造、妙な窪みや突起等についても数々の特許出願があるようだ。
 リムーバブル記録媒体の歴史を眺めると、もちろん生き残ったものもあるが、淘汰されたものも多い。技術が同じであってもカタチが違うために生き残れなかったものもある。3インチ・コンパクトフロッピーや2インチ・ビデオフロッピー然り、HS規格ドライブ(MOに酷似しているが、非互換。) 然りだ。Zip や Jazz, SyQuest のドライブもこうした部類に入るかもしれない。
 こうしたものを開発するメーカーにとって、ライセンス路線で行くのか,オープン化路線で行くのか,独自路線で行くのか,は難しい選択であろうし、どれが良いとも悪いとも一概には言えない。もちろん、出始めこそ特殊なカタチの記録媒体であっても生き残ることは充分にある。ただ、いち消費者として思うのは,従来にない妙なカタチに出会ったら注意しようということだけだ。きっとそのカタチの奥にはベンダの思惑があったりするものなのだ。(16.Nov, 2004)

[追伸] “USB インターフェイスと一体化してなることを特徴とする記録媒体。”なんて特許があったりするのだろうか。調べてはいないが、無いのではないかと思う(流行しているので)。

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[番外] 12cm 光メディアの保護層は薄いのか

 この記事は,前回の記事に関連した内容で、本来は「追記」として書こうかと思った。だが、少々長くなりそうなのと,筆者の勘違いからなるネタだったので「番外」として記すことにしたものだ(既に事実関係を正しく理解しておられる方には申し訳ない)。
 前回の記事を書きながら考えたのは、Blu-ray の保護層の薄さとカートリッジの関係であり、「12cm系光メディアは果たしてそんなに傷に弱いのだろうか」ということだ。Blu-rayディスク(以下 BD)の保護層は、DVDのそれが 0.6mm であるのに対して 0.1mm と薄く傷や埃に弱い、ということがカートリッジが必要な大義名分として吹聴されている。 筆者も当初は、「さすがに記録密度が高まると、随分と薄い保護層も必要なものだ。これでは、記録層まで届くような傷もついてしまうかも」と妙に納得していた。

 だが、よくよく考えて見ると、0.1mmというのはそんなに薄かったのか、という疑問が湧いてくる。DVD の 0.6mm というのも、良く考えるとかなりブ厚い。12cm光メディアの厚さは 1.2mm なので、DVDの場合厚みの半分は保護層だ。
 では、“0.1mm”というのはどのくらいの厚みなのだろうか? 気になった筆者は、右図のように手元にあった厚みが 0.1mmに近しい物体を色々測定してみた。その結果、フロッピーの円盤の厚さはおよそ 80μm であり、BD の保護層の厚さより若干薄い程度だということが分かった。つまり、BD の保護層の強度や耐久性はフロッピーの円盤程度かそれ以上はありそうだということだ。
 筆者はフロッピーを随分長いこと使ってきたし、記録面が剥き出しでかつ接触読み取り式の5インチフロッピーも千枚以上保有して傷がついたものも随分見てきたが、使っているうちにホコリや傷で破れたりすり切れたり、というのは見たことが無い。  更に思い出して見ると、CD の場合では読み取り側の面から記録層までの厚さは 1.1mm に達する。つまり、厚さの殆どが保護層なのだが、レーベル面側は 0.1mmしかない(これが、CD のレーベルに尖ったペンなどで書いてはいけないとされる理由なのだが)。要するに、記録層に傷が達してしまうかどうかということに関して BD は、CD のレーベル面と同等だということだ。普通の使用方法では、そう簡単にそこまでの傷がついたりするものではない。

 結局のところ、「傷や埃に弱いというのが強度や耐久性の話をしている」というのは、単なる筆者の思い違いであったようだ。これは、記録層に近い位置に傷なり埃などがつくということが、レーザーの焦点位置の近くにその結像を妨げるものがついてしまう、ということを意味していたようだ。そういう観点からすると、BD は本質的に外乱に弱い性質を有しているようにも思えたりする。ごついカートリッジもやむなきことか、とも考えたりした。

 こうした保護層の厚さとカートリッジの必要性について考えていた筆者だったが、メディアの厚さを測定しているうちに更に重要なことに気付いてしまった。それはカートリッジの厚みの問題だ。ブルーレイディスクの協議会によれば、カートリッジの厚さは7mmもある。CD や DVD の厚さが 1.2mm だから、5倍から6倍近くの厚みがあることになる。
 そう考えて見ると、BD は確かに面積的な記録密度は向上したが、カートリッジに納めた場合の体積的な記録密度は全然向上していない。大変な技術的努力が紡ぎ出したであろう面密度向上分は、殻が生み出す空間に食い潰されているのかもしれない。2層記録式のDVD と比較してしまうと、体積効率の面では既に破綻していたようだ。
 2004年現在、BD は HD-DVD と政治ゲームの中で競争しているようだが、どうやら我々称市民のところに現物が降りて来る頃にがっぷり四つの対決があるとすれば、それは裸同士の戦いになりそうな予感だ。筆者は,妙なカタチのメディアが変に流行してしまうことを少なからず心配していたが、どうやらそれは杞憂に終わる気配である。(1.Dec, 2004)

フラッシュメモリの進化スピードの驚異

 この2005年の夏、“iPod-nano”は、音楽配信ビジネスに関する話題やソリッド(?)オーディオの普及に関する話題などを振りまいたことはご存知の通りだ。ソリッドオーディオとその配信ビジネスは、コンシューマ市場においても十分に認知される時代になってきており、これに用いられているフラッシュ・メモリもまた世間で広く知られる世の中になっている。なんせ、各種メモリカードがカメラ売り場に置かれているご時世なのだ。フラッシュメモリは、もはやパソコン用携帯メディアの域を越えて市民権を得つつあると言える。
 そんな中、コンピュータ業界においてある種の驚きを以って迎えられた事実に、「iPod-nano にはHDDではなくフラッシュメモリが採用された」ということがあった。これまでの iPod といえば、小容量系の“シャッフル”を除けばその媒体はHDDだったのであり、iPod 登場当時にはそれより以前に幅をきかせていたフラッシュメモリを用いたオーディオ類を尻目に「オーディオ媒体は大容量のHDDが主流にになる」との感さえ与えられたものである。
 それがどうだろうか。今度のiPod-nano のフラッシュメモリ採用は,「ハードディスクからフラッシュメモリに向かう動き」なのだとの見解が多く見られるのである。世間ではその原因として、NAND型のフラッシュメモリにより容量が大きくなってきたことなどが、フラッシュメモリがHDDに追いついてきたことなどが挙げられているようだ。

 だが、筆者は iPod-nano のニュースを聞いて驚くと同時に、筆者自身の“感覚”に疑問を持たざるを得なかった。当サイトでも指摘しているように、HDD容量の進化スピードは極めて速く、PC系デバイスの中では群を抜いているとの認識があったからである。
 これに対してフラッシュメモリの方はどうだろうか。筆者のまことにいいかげんな感覚によれば、“フラッシュメモリの主流の容量は、巷のPCのメインメモリ容量と同じか半分くらい”である。2005年現在で言えば、PCの標準的なメインメモリ容量は大体512MB くらいだろうか。これに対して、フラッシュメモリ容量の主流は大体 256MB とか 512MB なのであり、筆者の感覚からそう乖離していない。また、10年前の1995年ごろを思い出してみると、巷のPCのメインメモリ容量16MB程度に対して、その当時筆者が購入していたのはそういえば 12MB のPCMCIAカードであった。(それより以前は筆者も良く知らない。フラッシュメモリと言うものが消費者向けに出回り始めたのはこの頃だったと思う。それ以前は、数百KBの SRAM カードが“ICカード”などと称されて主流であった。)
 こうして思い返してみると、筆者の感覚もまんざらでも無かったことが分かる。要するに、容量の面ではここ10年間(1995-2005)でフラッシュメモリの容量はおよそ 20-40倍程度の増加にすぎなかったということだ。これに対して、ここ10年間でHDDの容量は 200倍前後にまでなってきている。こうしたことから、容量をウォッチしている限り、フラッシュメモリがHDDに対して即座に脅威になるとは考えにくいというのが筆者の感覚であった。

 だとすると、つじつまが合わない。遅い進化のスピードのフラッシュメモリが、進化の速いHDDを追い越して行くことなどあるのだろうか。だが、よくよくフラッシュメモリの進化の歴史を回想してみた筆者は、媒体のサイズという感覚が抜け落ちていたということに気が付いた。そう、ハードディスクの容量は確かに凄まじいスピードであったわけだが、それは媒体の大きさ(例えば3.5インチ)を固定した場合の話である。
 これに対してフラッシュメモリはどうか。そう、筆者が最初に目にした PCMCIA から、最近の miniSD(あるいは最近発表になったメモリスティック・マイクロ) に至る過程では,容量を増加しながら容積を常に低下させてきたのである。  外径寸法が 86×53×5 (mm) で体積がおよそ22.8立方cm もあったPCMCIA のメモリカードに対して、コンパクトフラッシュでは5立方cm, SDカードで1.5立方cm、そして miniSD では 0.6立方cm にまでなっている。つまり 10年前のPCMCIAからSD カードに至るまでで容積は 1/15 に,miniSD までを考えれば 1/38 にまで小型化が図られているというわけだ。

 もちろん上述の外径寸法の変遷は、メモリ・チップの記録密度向上だけでなく、メモリカードの規格の問題も含んではいるのだが、そうだとしてもフラッシュメモリの“容積効率”の向上には目を見張るべきものがあったということだ。容量こそ10年間で 20-30倍にしかなっていないのだが、容積効率は同じ10年間で実に300-450倍にもなっていたというわけである。
 そういう視点で見ると、HDDがフラッシュメモリに喰われていく構図というのも納得が行く。フラッシュメモリは容量の絶対値の水面下で記録密度を高める努力を続けていたとも言えるし、あるいは“小ささ”という付加価値を加え続けることで容量あたりの単価を維持してきたとも考えられる。最初に冒頭の“iPod-nano”を見たときに、その小ささにある種の驚きを感じたわけだが,その驚異の源泉はフラッシュメモリの容積効率の向上にあったのかもしれない。(9.Oct, 2005)

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