98/SEP/23   台風に出会った


 

岐阜へ出張していた。1泊2日の出張の帰り、台風7号に出会ってしまった。当初、午後4時台の新幹線に乗るはずだったが、昼頃から強まってきた風雨のため、予定より1時間ほど早く午後3時前に出張先を出発した。

岐阜羽島という新幹線の駅に向かう道は、かつて私が経験したことのない風雨の中だった。前が見えない。横も見えない。後ろは、見る余裕などなかったからわからない。水しぶきがタクシーの回りを取り囲んでいる。まるで、タクシーごと別の世界へ連れ去られたかのようだ。私には、こんな状況下でハンドルを握る自信など全くない。運転手さんを信頼する以外にないのだ。それだけでも、十分に怯えていたのだが、川の土手の上で、タクシーが信号待ちをしたとき、である。ひっくり返るのではないかと思うような強風にさらされた。停止しているはずなのに、タクシーの車体に対しての横風の猛威は、ゆらゆらと車体を揺らしている。ドアの取っ手を握りしめる手に力が入る。風速何メートルなんだかわからないが、もうほんの少しでも、強い風になってしまったら、このまま横転するに違いない、と、確信を持ってしまうほど、車体が揺れているのだ。

車中が妙にしんと静まり、ラジオだけが淡々と台風情報を伝えていた。

信号が青に変わり、タクシーが前進し始めて、ようやく車中の人間は、タクシーの運転手さんも含めて、それぞれが横転への恐怖を言葉に出して確認し合ったのである。運転手さんは、もう土手を通行するのは無理だと、無線でタクシー会社に伝えた。

後になって、他のタクシーの運転手さんから聞いたのだが、荷を積んでいない2トントラックが横転したそうだ。おお、恐・・。恐怖がよみがえってきた。無事でよかった、と実感したのである。

そして、その後に待っていたのは、ただただ、じっと待つ時間だった。停電した駅構内、どこから持ってきたのか、段ボールをござ代わりにして座り込む人々。仲間と酒を酌み交わし始める人々。改札口に寄りかかったままじっとたたずんでいる人。携帯電話であちこちに電話をかけまくっている人。誰にとっても、いったいいつまで待てばいいのか、が一番気がかりでありながら、誰一人、その答えを知り得ない。それでも台風なのだから、いつかは必ず通り過ぎることだけはわかっている。そんな、いらいらとあきらめと期待と、様々な感情が交錯する時間が、少しずつ経過していく。

結局、午後7時40分頃に岐阜羽島の駅を出るこだまに乗車し、名古屋から午後3時28分発と表示されたひかりに乗り換えて、午後10時半頃、東京にたどり着いたのである。

この台風で亡くなられた方も、家や車を失われた方もいらっしゃる。本当にお気の毒なことだ。自宅でニュースを見ながら、とにかく無事に帰宅できてことに感謝した。

 

 

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