宮沢賢治の歌稿 その1(1996.7.25)

宮沢賢治の歌稿 その1(1996.7.25)



うしろよりにらむものありうしろよりわれらをにらむ青きものあり

入合の町のうしろを巨なる
銀のなめくぢ
過ぐることあり

 宮沢賢治の作った「心象スケッチ」という言葉には、「方法論」が意識されている。あるいは自分の作るものが結果的にこう呼ぶべき方法論を無意識にとっているという宣言でもある。
 正岡子規の「叙事文」の有名な一節、

 或る景色又は人事を見て面白しと思ひし時に、そを文章に治して読者をして己と同様に面白く感ぜしめんとするには、言葉を飾るべからず、誇張を加ふべからず、只ありのまゝ見たるままに其事物を描写するを可とす。

 という方法論を延長していけば、では描写する側の感覚の、あるいは身体の状態を意識して、どうして写生できるか、またどこまで写生できるか、ということを考えるのは当然といっていいだろう。
 だいたい、人間の視界にはその眼球の構造からいって制限がある。後ろはもちろん見えない。しかし、たとえば森を歩くときに無意識に右左の枝を避けることがある。これは早くいえば、前頭葉に達しない、海馬の部分から反応した身体運動かもしれない。つまり、じつは前方の視界の端を無意識は見ていることになる。それを「気配」といってもいいし、聴覚も含めたもの五感全体で感じている視界の境界からその外といってもいい。
 上の一首は「写生」の延長上、さらに方法論を拡張したものといえるのではないかと思う。この短歌のうまさはちょっと別にする。短歌、俳句のうまさは上の句と下の句のイメージの段差が絶妙の比喩になっているときに感じられる、これはレトリック上の方法論であるから。
 下の一首はすでに賢治のイメージ機構をそのまま使っている。遠景を捕らえるときに、「巨きなる 銀のなめくぢ」という、雲や気流の比喩に使った。
 あきらかに上の一首と下の一首までの表現の階梯のなかに賢治は「心象スケッチ」という言葉を見つけた。

*註:賢治の歌稿については折々書いていくつもりです。

|
清水鱗造 連続コラム 目次| 前頁(宮沢賢治の歌稿 その2(1996.7.31))| 次頁(喜納昌吉(1996.7.17))|
ホームページへ