複雑系――その1(1997.1.29)

複雑系――その1(1997.1.29)



 このところ読んでいるM・ミッチェル・ワールドロップの『複雑系』にはとても興味をそそられるところがあった。カタカナ表記の研究者の名前がたくさん出てくるので、ドストエフスキーの作品などを読むときのようにメモをとっておかないと忘れてしまう名前もあるが、クリス・ラングトンは「人工生命」の研究をしている。
《ラングトンにとって、プログラミングは人間がこれまでに考え出したゲームのうちで最高のものだった。》と書かれている。いわゆるハッカー出身といっていいだろう。その研究者に至る道筋は奔放である。でも吸収力がすごい優秀な頭脳の持ち主だ。
 ライフ・ゲームはパソコン通信の掲示板などにアップロードされていたことなどもあり、僕もだいぶやったことがある。ラングトンはこのゲームに啓示を受けたという。このゲームについてはだいぶ有名なので、内容についてははしょるが、後のほうの記述でmailシステムのバグを利用できないこともないが、やらなかった、というところを見ると、彼はほんもののハッカー出身だと思う。古瀬さんの本などにも指摘されているように、じつはハッカーとクラッカーとは違う。暗証番号などを盗んだり、悪質なウィルスを撒いたりという悪いことをするのはクラッカーである。日本では後者もハッカーという概念に統一されてしまった。この本で使われているハッカーには「デキる奴」という意味が含まれている。
 ラングトンは4つのきわめて精密なアナロジーを手にする。つまり、

セル・オートマトンのクラス
1と2―― 4 ――3
力学系
秩序――「複雑系」――カオス
物質
固体――「相転移」――流体
コンピュテーション
停止――「決定不可能」――暴走

 である。
 さらに仮設的に

生命
あまりにも静――「生命・知性」――あまりにも動

 というアナロジーを見つける。僕は次の文章を読んで心が躍った。
《しかしこの生命観、一方では秩序過剰の状態に、また他方ではカオス過剰の状態に陥る危険につねにさらされつつ、カオスの縁で必死にバランスを保とうとしている、これこそが生命の本質だという見方は、ラングトンの頭に抗しがたいものとして焼きついていた。そしてもしかしたら、生命が、自らのパラメータを少しでも確実に自分の支配下におくにはどうしたらよいかを学び、またそうすることによって、カオスの縁でバランスを保っていられる可能性を少しでも高めようとするプロセス、これこそが進化なのかもしれない、とラングトンは考えた。》
 これは今西などの生物学者の新しい進化論のヒントに合致している。
 ここまで書いて、簡単な複雑系のプログラムが付録でつく本が刊行されるのを思いだした。そのプログラムの実行の例を画像で引用すればわかりやすいと思う。次か次のエッセイで書いてみたいと思う。

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