ロンさんとの文通 その2(1998.6.17)

ロンさんとの文通 その2(1998.6.17)



 日本では外国語を避けて通ることができるのは、特殊事情に近いらしい。この国では、単一言語を使うといっていい。『英語と日本人』(太田雄三著、講談社学術文庫)を読んで、いくつか印象に残った記述に、このことがある。
 数箇所の印象に残った部分を挙げると――。ジョン万次郎の手紙の引用。明治初期急速に西欧文化を取り入れる必要がある時期のほんの短い数年のあいだに、「英語名人世代」が現れる(内村鑑三など)。敗戦時、敵性語として英語を学習しない時期があったが、捕虜になるときにアメリカ軍の将校が流暢な日本語で会談を始めた。つまり、戦時アメリカでは徹底的に日本語を習得する軍機関があって、ドナルド・キーンなどもそこで学んだこと。唯一の日本の詩人の文章の引用、西脇順三郎の文章は、外国語への憧れの文脈に置かれていること。日本語を下手にしゃべる著者に、アジアの他の国の人々が会議で羨望のまなざしでみたこと。つまり自国語で文化を賄えるというのを羨望の対象にする国も多いらしい。
 西脇の詩の和風のイメージは、いわば欧風文化への憧れを通過し、今度はそこから本質的に日本の文化に戻ってくるのではなく、屈折した融合を作ることに終わっているような気がする。実は日本語で柳田国男をよく読めば、西欧の本質的な庶民的感性への通路もあるという認識が大事なのだと思う。その意味で柳田は世界に通用する思想家といえると思う。
 この本を読んだのは、たまたま英語を勉強していて現在の英語の感触というようなものを確かめたかったからである。この本の著者、カナダで日本文化を教えている太田が漱石の英語に対する考え方を数多く引用し、同意しているのはまっとうだと思った。
 マチネ・ポエティック(1942年に結成された文学グループ、中村真一郎、福永武彦、窪田啓作などが参加している)が戦時中試みた押韻定型詩の試みは、さんざん批判されたのであるが、もともと等時拍を基調とする日本語では、英語の syllabic meter を移入するのは無意味に近い。日本語のシラブルは時枝誠記のいうように、「無音の拍」を意識しなければ成立しない。このことはまた別に書こうと思う。
 実は欧語での定型押韻詩はとても面白そうだ。10世紀ごろの定型押韻詩などは、吟遊詩人の味がとてもよく出ているのではないかと想像する。まだ、ロンさんの手紙で知ったばかりなのであるが。
 いずれにせよ、アジアに国際語としての英語が流通するのなら、むしろ国際語として採用される英語に各国の感性をこちらから付加できるのなら付加してしまうことが大事なのではないかというのが、この本を読んだ最終的な感想である。

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