鱗翅目

鱗翅目



天井から吊り下げたポリエチレンの袋のなかで
数匹の蛾がはばたき
湿気が耳介のうぶ毛に凝集して水滴になっていく
蛾を展翅する掌は
汗と鱗粉でべたべたである
蛾を整理するかれを見ながら
電燈の笠に大きな蛭が這っている
蛭は今や笠の縁から頭をもたげた
蛇口から水を出して石けんで手を洗い始める
注射器には錆びた針がつけてある
壁には蛾の標本がいちめんに掛けてある
蛭は背中を見ている
錆びた針がずるりと蛾の腹に入る
踏んづけられて腐る死体とコルクにピンでとめられる死体
かれは死体を並べる
床にたまった翅の断片や鱗粉は部屋の隅のバケツに入れてある
注射された蛾は翅を二、三度震わせて絶えた
床のコンクリートには昆虫の体液が染みになっている
引出しを開ければびんに入れたアルコール漬けの幼虫が並んでいる
蛭が首筋にぽとりと落ちた
耳介のうぶ毛の水に蛭が濡れる
シャーレに入れた蛾の卵を触るピンセットを置いて
首筋に手をやった
はげしい尿意を覚える
こびりついた蛭をはがすと血が数滴落ちて
シャーレの卵を染める
鼻に近づけてにおいを嗅いでから手首にそっと置くと
蛭は袖口からゆっくりと中に動いていく
おびただしい繭玉
彼は血を舐める
繭が赤く染まる
蛭はじわじわ腕を這う
アルコールに浮かんだ幼虫がぐるりと回る
蟻が一列に並んでいく
ポリエチレン袋の角に鱗粉が溜まる
蛭は肘の内側まで来た
膀胱の回りの筋が緊張する
尿道のあたりが熱くなる
爪の間の鱗粉は黒い
蛾が翅を並べて整列する
蛭はわきの下に食い込んだ
膀胱が収縮する
眉間に汗が滲む
わきの下に蛭は食い込む
かれは蛾を並べる
わきが痛いが
蛭をわきに食い込ませたままさらに蛾を並べる


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